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より良い音声コミュニケーションのために聴く力を考える/人間情報学研究 領域 木谷俊介講師

コロナ禍の影響もあり、近年は身近なコミュニケーションの必要性について、より痛感させられた時代でもありました。
JAISTでは、五感情報通信技術に代表される生体機能の解明・次世代の応用研究を行う「生体機能・感覚研究」を通じて、よりよい社会の実現に貢献したいと考えています。そこで今回は「人間情報学研究領域」で、聴覚機能の解明や成長過程における耳の健康について研究を進める、木谷講師のお話を動画とともにご紹介していきます。

「聴く」 を科学してヒトの生活をより良いものに- 人間情報学研究領域 木谷 俊介 講師

 

聞こえを守るための環境整備と、耳の健康の普及を目指す

いまだ明らかにされていない人の聴覚機能のひとつに、さまざまな騒がしい音が鳴っている中から、自分が必要とする“狙った音”のみを聞き取ることができる「選択的聴取」が挙げられます。雑踏とした電車や街中でも、自分に話しかける友人の声を無意識のうちに取捨選択し、クリアに聞きとることができる能力、これが「選択的聴取」です。

「選択的聴取」は、ヒトの成長段階で獲得されていくことが知られており、木谷講師は学びの大切な時期にある児童の耳について、実際の教育現場で調査を行いました。

「選択的聴取は、子どものころはなかなか上手く調整できない能力で、小学生の間はまだ成長段階であることがわかっています。したがって、幼児期ほど能力のばらつきが大きく、小学校高学年になっても獲得が難しい子もいます。学習を進める小学校の段階では、学んでいる内容がしっかりと耳にとどくように、聞き取りやすい環境を作ってあげることが重要です。また、教育現場では、授業の内容が理解できないのではなく、聞き取れていない、伝わっていない場合もあると考えた上で、子どもたちと接していただきたいと思っています。」

聞こえの成長段階と耳の健康について、木谷講師が注目したのは「保育施設における音の大きさ」です。保育施設の調査では、教室内の音や声の大きさが耳に悪影響を与えるレベルであったことがわかっています。

「にぎやかな場所にいると人は無意識に声が大きくなります。つまり、保育園のどこか1箇所が賑やかになると、話し声はさらに大きくなり、賑やかさが賑やかさを生んでいきます。そのため、できるだけ賑やかではない状態で先生の声が伝わりやすい環境をつくるため、施設に吸音材を貼り、声が混ざらずに必要な人に必要な情報が届くような環境の整備に取り組んでいます。」
聴覚機能は、大きな音を聞くことによって徐々に損傷していくことが知られており、木谷講師は、幼児期からの聴力を守るための環境整備を通じて、新たな耳の健康の普及を目指します。

能楽の謡が表現する「幽玄」の世界を、科学でひも解く

聴覚と音の研究で、木谷講師が次に進めているのが、能楽の謡が表現する「幽玄」の世界。「幽玄」は、優雅で上品・高尚とさまざまな意味を持ちますが、木谷講師はその芸術性や世界観を、科学で突き止めようと試みています。

「幽玄の意味について、辞書には“奥深くてはかり知れないこと”と書かれているのですが、本来は物理的に暗く深いところ、洞窟の奥のような場所を指す言葉です。これまで幽玄という言葉がどのように使われてきたのか、文献などをあたって調べるとともに、能舞台の違い、能面の違い、話す人の違いなど、さまざまな条件下で譜を録音し、分析します。また、その謡がどのような感情を想起させるのかということも、科学的にアプローチしているところです。」
無駄を省いたシンプルで抽象的な舞と所作で、この世との隔離を行き来する能楽の世界に対し、木谷講師はさまざまな音声データから、私たちが感じとる「幽玄」の解明に迫ります。

「まだはっきりとは言えませんが、音の大きさの変化と周波数の変化を見ますと、熟練度の高い謡い手ほど表現している音の範囲が狭くなっています。そうであれば幽玄の世界では全てを情報として伝えていないということが、音の分析によってわかります。能というのは全てを表現するのではなく、必要なところだけを伝える、あるいはそのように洗練されていく過程で感情や物語がうまれるものなのかもしれません。650〜700年と長く続く能楽の良さがどういった所に含まれているのか、ヒトの音声が生み出せる芸術性とはどんなものなのか、解明できるかもしれません。」

音から湧き上がってくる感情や感動。木谷講師は、これまでは感覚的にしか語られてこなかった人の心を捉える音の究明に乗り出します。

※本件に関するお問い合わせは以下までお寄せください。
北陸先端科学技術大学院大学 未来創造イノベーション推進本部
Tel: 0761-51-1070
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