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熟練支援者の暗黙知を構造化して、AIでウェルビーイングを支援/トランスフォーマティブ知識経営研究領域 西村拓一教授

トランスフォーマティブ知識経営研究領域の西村拓一教授は、人とAIが「共創」することで、一人一人の人生をより良いものにし、気づきを与え、さらに行動を起こせるよう支援する「介入知識生成技術」の開発に取り組んでいます。

人に気づきを与え、行動を起こさせる。そんなAIロボットを開発したい。

「暗黙知」とはどのような知識のことを指すのでしょうか?

研究者によって定義はさまざまですが、私の認識としては「基本的には形式化されていないけど、その一部を言語化できる知識」となります。職人技のように手触りや感覚といった実体験を通じて獲得せざるを得ない知識や、営業職やサービス業における洞察力なんかもそうですね。介護の現場では、利用者ひとりひとりの状態を読み取り、それぞれの個性を理解した上で、介護サービスを通じてより良い状態に向かうよう、継続的なやり取りを通じて働きかける技能などが、それにあたるのではないでしょうか。

研究テーマのひとつである「熟練支援者の知識構造化に基づく介入知識生成技術と介入生成AIの開発」について。具体的にどのような研究を行なっているのでしょうか。

介護の現場における熟練支援者の暗黙知を抽出、解析、構造化し、さらに利用者の生体情報を収集解析することで、利用者がよりよい方向に向かうための介入知識を生成するという研究です。合わせて、引きこもり状態にある方やこのままだと介護が必要になりそうな方々に対して、ウェルビーイングが高まるように支援する技術も研究しています。具体的には熟練支援者の知識を学習したAIロボットがその指導や行為を日夜学習して、今までの数十倍のパフォーマンスの実現を支援できるような仕組みづくりが目標です。また、サービス利用者の中で引きこもり状態にある方には会話の中でその方の趣味を発見してあげたり、介護が必要になりそうな方に対しては身体の動きをサポートしてあげたりといったことも可能にしたいと考えています。介護や教育の現場ではそうした支援を熟練支援者の方々が行なっていますが、人的リソースが足りていないのが現状です。当研究では、その現場の課題をAIの力で解決しようと取り組んでいます。

本研究のコアとなる「知識の構造化」とは具体的にどのようなものを指すのでしょうか。

身体知や暗黙知などを含む「知識」をAIに学習させるには、人の認知や心理を把握した上で形式化することが必要です。料理で例えますと、サンドイッチを作るためには、パンをトーストする、マヨネーズを塗る、具材を準備するなどの作業手順がありますが、それぞれの行為には、例えば食感を良くするため、味付けのため、栄養のためといった目的があります。目的達成のための行為選定に関する知識の断片を集めて体系化することで、AIは特定の行為の目的や選定理由を学習し、その背景をくみ取った判断ができるようになります。さらに、そのプロセスを通じて自信を客観的に把握するメタ認知が進み、それまで人の頭の中にしかなかった暗黙知が引き出されるといったわけです。

熟練支援者の経験則や勘に基づいたノウハウ、すなわち暗黙知を形式知化させ、ロボットに実装するなどして介護の現場で働く方を支援するということが分かりました。では、介護の現場で暗黙知を構造化するうえで、ボトルネックになるのはどのような部分でしょうか?

具体的な場面に遭遇することはそう簡単に起こらないということでしょうか。なにか大きなトラブルに対処するための暗黙知があったとしても、その知識を引き出すために事故などのトラブルを現場で実際に起こすわけにはいきません。そういった場面を追体験するためにVRを活用する取り組みも行なっているのですが、やはり「リアル」に感じないと暗黙知が出てこなかったりするので、日々の業務の中でで「ふと」したときに出たものをいかに吸い上げるかが大切です。また、サービス利用者の心身の状態を読み取るには、表情や音声に基づく感情認識など様々なノウハウが存在しますが、熟練支援者がどのようにしてサービス利用者の状況を判断しているか自体は解明されておらず、それ解明することは極めて挑戦的なものとなります。

人間とAIの融合によって仮説を立て、新しい原理や知識を探究する。

形式知化した介護サービスの暗黙知をベースに、どのようなロボットの開発を目指していますか?

介護業界のノウハウだけではなく、例えば世の中には「こういうタイプの人間にはこういうアプローチをするとモチベーションがあがる」といった、心理学の理論が数多くあります。AIにそれらの莫大なデータをインプットして、対象となるユーザのモデルを把握した上で、「この人にはこんなアプローチをしてみよう」「ダメだったから次はこうしてみよう」といった形で理論を当てはめて学習を繰り返し、どんどん進化していくんです。ロボット自身がいわゆる介護をするわけではありませんが、AIを搭載したロボットの利点は、膨大な量のデータを複合的に組み合わせて、最適解の導き方を効率的に学習することができる点です。 学習に基づく最適なアプローチの気づきを介護者に与えることで、利用者の能力が拡張され、イキイキとしながら新しいことをやり始めるーそんな心理的な部分にも働きかけるようなロボットをデザインしていきたいと思っています。

対象となるのは介護の現場だけなのでしょうか。

いえ、必ずしもそうとは限りません。たとえば食生活が偏っている、運動を全くしない、メンタル面でトラブルを抱えているといった、心身ともに健康状態から逸脱する可能性がある方を広く支援できるロボットを開発するのもこの研究の目指すところでもあります。メンタル面で言えば、怒られたときにショックを受けやすいタイプの方がいますよね。そういう方は知らず知らずの間にストレスを溜めてしまい、ある時にメンタルヘルスのバランスを崩してしまいます。そのような状況になる前に、認知行動療法の知識を学んだAIロボットが早い段階で介入することで、心が壊れてしまう前に最適な行動をナビゲートする。そのような支援を通じて、社会全体のウェルビーイングを支援していきたいと思っています。

最後に西村教授が提唱するウェルビーイングへ支援する、協働アブダクションとはどのようなものなのかお聞かせいただけますでしょうか。

変化が大きく将来が予測困難な時代だからこそ、人間の能力を拡張するための技術開発は必要不可欠。そこで注目したのが、人間とAIが連携しながら仮説を立て、新しい原理や知識を探究する協働アブダクションです。この手法を用いれば、例えば介護の現場では熟練支援者の絶妙な支援スキルをAIが学習し、サービス利用者の個々の状況を把握した上で、現場で働く方々の問題解決とサービス利用者のウェルビーイングを実現するための支援をする。そうすることで、現場の作業をサポートするだけでなく、熟練支援者のノウハウをさらに超えるアイデアの創発がAIとの協働により可能となります。そんな人の知識や能力、人間力を高めるAIロボットの開発をこれからも目指していきたいですね。