連載 最先端の科学と人類の歴史を学び 社会の分断を防ぐには

第7話 望ましい未来を支える技術と産業システム
 この第7話で説明したいこと, すなわち, 技術を積極的に活用してグローバル資本主義企業による支配の呪縛から逃れられる術があること を概要的に述べた以下を, まず引用しておきます. 現代社会において, 日々の生活はもちろん企業活動にとっても, 通信や電力は必要不可欠ですが, 一部の大企業に独占されない社会インフラ資産として民衆が共有できること, 及び, 農業・酪農・小売業だけでなく科学技術を扱う業種でも, 助け合いに基づく企業運営が可能 なことを, これらさまざまな国や地域における例は示しています. 一方, 自前の通信や電力があれば, 第6話で触れた「漏れバケツ理論」における域外への穴を塞ぎ, それら経費分を地域内で循環させたり, 飲食業や介護業などでも有効活用できます. 小規模な協同組合からの事業拡大においてはこれまで, 農業や酪農業では土地や自然環境におのずと制約されある程度の規模に留まりがちで, (食品加工を含めた) 製造業では原料備蓄と設備投資で拡大できても多額の資金が必要で株式化したと考えられます. ところが, IT活用など広い意味でのサービス業では, 協同組合企業に新たな活路が見いだせる可能性があることを以下は示唆しています.

「この本を通じて, 現在のインターネットに関した権力の関係を変容させるストーリーを共有してきた. これらの話は, デジタルテクノロジーへのアクセスを提供する際に, シリコンバレーやおそらくは中国のハイテク企業さえも今日当たり前のように行っているようなトップダウンのパターンに従う必要はないことを思い出させてくれる. ブルックリンからデトロイト, カタルーニャまで, 私たちはメッシュネットワークがゼロから構築され, 成功した接続可能なものになるところを目の当たりにしてきた. それらは, あらゆるユーザーが自分たちの利益になり, 陰で搾取されることのないような方法でテクノロジーを創造し, 使用する可能性を示している. データやお金を搾取されてるコミュニティも, テクノロジーの展開を支配する力をもてば, 仕事やスキルトレーニング, 教育の機会について決定できるようになる. 私は, メキシコ南部の雲霧林やジャングルに住む先住民でさえも, 自ら携帯電話ネットワークを構築できることを示してきた. これらのコミュニティは, 共同所有権のおかげで, プロジェクトで得たお金を家族や地域の組織を支援するために再配分できた. 」書籍[7-1]189頁引用.

 米国ニューヨーク市内のマンハッタン南東に位置して 多様な文化を持つことで知られるブルックリンと, 自動車の街としてかつて栄えたデトロイトにおける, 無線通信やインターネットサービスのインフラ整備の例をもう少し詳しく見てみましょう. 第10話でも触れますが, 「災害資本主義」は東日本大震災にも存在しました. これに対抗する1つの手段が自律した通信インフラの構築です.

「20年近くコミュニティネットワークを探求してきた研究者であり政治運動家でもあるサシャ・マインラスは, 「他者の犠牲を顧みず利益を追求すること」 を重視するようなデジタルの未来の危険性を説いてくれた. その一例として「災害資本主義」を考えてみよう. ハリケーンや地震, 火災などの被害を受けた人々が, 誰かに助けを求めなければならなくなったとき, 支援を必要としている人々にサービスを届けることなく, 民間企業が資金を得ることになってしまうかもしれない. しかしコミュニティは収奪される代わりに, たとえば, メッシュネットワーク(階層をもたずに直接・動的にデータをやりとりするような, 相互接続された点の集まりと考えてほしい)のような, 独自の強靭さをもつ解決策を作成し, 維持することで対処することもできる.(中略) ニューヨーク州ブルックリンのコミュニティネットワーク 「レッドフックWiFi」は, 2012年のハリケーン「サンディ」 後に近隣で機能した数少ない通信インフラの一つであり, その後, 将来の災害に備えて近隣を支援するために拡張されている. 」書籍[7-1]10-11頁引用.

「内陸部の都市で見捨てられたのは貧困層で, 黒人とヒスパニックの人々が特に多かった. 彼らは職と, 職が提供するセーフティネットを失っていた. その結果, 街の複数の区画が見捨てられ, ギャングと麻薬活動に乗っ取られた.(中略) 2014年, ヌセラと彼女のチームは, コミュニティにサービスを提供し, 支援するための技術を開発するため, 「公平なインターネットイニシアティブ」「メディア同盟プロジェクト」と共同で 「デトロイト・コミュニティテクノロジー・プロジェクト」を結成した. テクノロジーについての啓発は, 若者に基本的なリテラシーと教育を提供し, パートナーや顧客を探している中小企業を支援するという全体的な目標の一部に過ぎない. (中略)デトロイトのコミュニティネットワークは, 利用者の主権と自己決定の拡大を支援するためにデザインされたもので, 注目を集め続けている.(中略)それは, 市民の倫理観や価値観に真に根ざした未来のインターネットであり, 都市や非営利組織, 慈善家, コミュニティの組織者, 企業の内外でのコラボレーションを促進するものだ. 」書籍[7-1]12-13頁引用.

 以下は, アフリカにおいて, 電力会社の送電網(グリッド)に接続せず, 太陽光や風力などの自然エネルギーを使って電力を自給自足する オフグリッド電力の企業活動に挑戦している例です. 食料の支配からの脱却のみならず, 社会インフラをも共有物にして, グローバル市場経済への依存を軽減する試みだと言えます. また, 製造企業の売上は減るものの, 贅沢品でなく適度の良いものを出来るだけ長く大切に使う, 製品リサイクルという観点からも見習うべき点があると思います.

「アフリカ全土には電力網が整備されていないため, グリーンライト・プラネット, D・ライト, オフグリッドエレクトリック(OGE), M-コパソーラー, フェニックスインターナショナル, BBOXXなどのオフグリッド電力のスタートアップ企業が数多く生まれている. ドローンは, 一般には世界の富裕な部分から「飛び込んできた」 高度な技術と思われているが, ルワンダのような国では遠隔地に医療品を届けている. アフリカ大陸では, 正式な工学教育を受けていない人たち (つまりこの大陸の専門家階級以外の人たち)でも, テクノロジーの革新者として活躍している. アフリカ大陸の各都市では, 路上でハードウェアの修理が多く行われており, 欧米では時代遅れとして扱われるような技術 (古いiPhoneなど)に新しい命を与えている.」書籍[7-1]46頁引用.

 南米メキシコでは, 多くの先住民コミュニティが独立に所有する携帯電話ネットワークが構築されています. 中央集権的な富や知(おそらく技術や対話等から生まれる叡智) の独占に対抗する1つの形ではないでしょうか. また近年の動向として欧州のみならず世界各国で, 新自由主義の拡大により1980年代以降に一旦は民営化された社会インフラ: 水道, 電力, 通信, 交通, 教育, 行政サービス, 医療・福祉サービス, 廃棄物回収処理などが, 投資家への配当分は品質低下や料金値上げで対処するしかなく民営化による改善が見られない こと等から, 再公営化 されていることは特筆すべきです.

「メキシコ南部にあるオアハカ地方の山間部は, アメリカ大陸で生物学的かつ文化的に最も多様性のある地域である. そこでは, テクノロジーの再構築が行われており, 世界最大のコミュニティ所有の携帯電話ネットワークである先住民コミュニティ通信 (TIC)プロジェクトがある. TICは, ハッカー, 活動家, 地域の先住民コミュニティのリーダーたちによって2012年に設立された組織で, 何世紀にもわたる哲学から生まれた. TICはオアハカ・デ・フアレス市を拠点に, サポテク族, ミステク族, ミへ族の63以上の先住民コミュニティに, 各コミュニティが所有する独立した携帯電話ネットワークを構築してきた. この取り組みは, メキシコで通信ネットワークを構築するうえで最も過酷な条件である, 高地, 雨, 鬱蒼とした森, 電力などの信頼性の高いインフラがないという状況にもかかわらず, 3500人以上の人々に毎日サービスを提供してきた.(中略) TIC設立を支援した非営利団体であるリゾマティカの名は, 哲学者のジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリに由来する. 彼らは「リゾーム(根茎)」という言葉を用いて, 中央で生産された知識が周辺部に伝達されるという一般的な見方を否定しようとした.」書籍[7-1]93-101頁引用.

 一方, 通信機器や回線などのハードウェアのみならず, そこを流れる 膨大なデータが一部の営利企業に独占所有される現状の問題 に対して, EUなどが社会インフラ資本として守る動きをみせています. データ活用が長期的にも「公平性, 正義, 多様性」に関わり, 不公平に一部の投資家等だけが得するのを抑制して, その利益等によって苦しむ人々を生み出さず, 人種や宗教などに基づく単一な価値観で判断しない など, 重点項目が挙げられています.

「ヨーロッパ連合(EU)では, ハイテク企業の透明性改善に取り組む措置が2018年5月に施行された. 一般データ保護規則(GDPR)では, ユーザーが自分のデータがどのように利用されるかを知る機会が与えられ, これらの利用に同意するかどうかを選べるようにするための手段として, 法的対策や罰金が設定されている. 欧州委員会は, フェイクニュースやオンライン上の偽情報(国民に害を及ぼす虚偽, 不正解, または誤解を招く情報と定義される) に対処するための政策の取り組みに助言を受けるため, 専門家のハイレベルグループ(HLEGと呼ばれる)を招請した.(中略) テクノロジーは, 公平性, 正義, 多様性といった価値への短期・長期の影響を考慮して設計することができる (設計者がこれらの価値を本当に重視していればだが). マーク・ザッカーバーグがかつて提唱した 「すばやく行動し破壊せよ」ではなく, 「ゆっくり行動して破壊するな」を信念とすべきだ.」書籍[7-1]160頁引用.

 ここで視点を変えて, 資本主義の象徴とも言えるグローバル企業を数々生み出した拠点シリコンバレーにおいては, 産業集積地としてその地域内では, IT業界関係者のさまざまな人々が助け合っていたことに注目しましょう. 地域内では密に助け合っても, 世界的には支配して他を排除するこの構図, 結局は自分たちだけ勝組になれば良いという利益追求 (第2話で触れたアメリカ的な自由主義) で根深い問題をはらんでいますが, 要は, どの部分を切り取って見るかで捉え方が変わってきます. 例えば, シリコンバレー内には(ビジネス等で成功した)裕福な人々が多く, その地域内では所得格差はさほど問題でないかも知れません. 単純に, 密な団結を良しとする危険性については, 第11話にて改めて議論します. 一方, 現行のグローバル資本主義企業にはIT企業が多く含まれますが, IT技術に関わる企業にではなく, 新自由主義に基づく強欲な成長追求の仕組みに問題 があることをしっかり認識しておきましょう.

米国東海岸のボストン郊外を取り囲む環状高速道路 「ルート128号線」沿いのハイテク産業集積地帯を, 西海岸のシリコンバレーのそれと比較すると, 以下のように本質的な違いがあったようです.

「本書の結論は技術企業同士や企業間, そしてそれらをとりまく金融, 教育, 公共セクター機関がすべて境界を解放しない限り, この地域はシリコンバレーと対等に渡りえないと述べている.(中略) 1980年代にはいくつかコンピュータ系の企業がルート128地域で創業した. でも1990年代初期には, 業界大手-シスコ社, 3コム社, ベイ・ネットワークス社-はシリコンバレーを拠点にしていた.(中略) 1960年代の半導体, 1980年代のマイクロプロセッサ利用コンピュータの場合と同じく, コンピュータ・ネットワーク部門でもこのダイナミックな新分野の重心は明らかに西に傾いている.」書籍[7-2]4-6頁引用.

 特に, オープンで形式張らないその組織文化の違いが, 決定的であることが以下のように指摘されています. 言い換えれば, シリコンバレーの地域内では単なる競争よりむしろ協力に基づいて, 人材の交流によって技術開発を促進しつつ革新的なアイデアを広め, 企業としての優位性を高めていったと考えられます. 職業縁コミュニティである企業の壁を越えた人材交流, これが強固な繋がりにとっての鍵となります. 以下, 同地域とはルート128号線沿いの産業集積地を指します.

「同地域においては集合的に話し合う機会がないということだ. シリコンバレーでは無数のフォーラムが, 企業や業界, 官から民, 金融, 教育, 訓練組織まで様々な人々を集わせる. こうした集まりは, 公式なものも非公式なものも, 人々 -それが明らかな競争相手であったとしても- にも共通の問題について話し合う機会を与える. かれらは解決策を論争するとともに, 業界コミュニティが個々の企業の利害を超越することを可能にするような, 共有アイデンティティを定義づけるのだ. こうした産業コミュニティだけが, 今日の競争的なグローバル経済にあっては地域の優位性を創造し, 再創造できる.(中略) 一言でいうと, シリコンバレーとルート128の経済の命運は, いまでも重要な組織文化的なちがいによって定義づけられ, その先行きが規定されている.」書籍[7-2]8-9頁引用.

「シリコンバレーは過去の産業史を持たず, 既存の経済的, 政治的な組織から遠かったために, 斬新で生産的な関係の実験が容易となっていた. 技術コミュニティモデルをマサチューセッツ州からカリフォルニア州へ移植しようとしたフレデリック・ターマンは, スタンフォード大学と地元産業との関係を, ルート128地域のものよりもっとオープンで互恵的な結びつきにした. 」書籍[7-2]58頁引用.

 こうした組織文化を形成するにあたって, 地理的かつ技術などの興味関心的な近さが非常に重要となります. 第11話で議論しますが, コミュニケーション形態として 「ゆるく結びつくこと」が重要と言えます.

「地理的, 技術的なフロンティアの挑戦に引き寄せられたパイオニアたちは, 企業や職務を超えた技術文化を作り出した. かれらが発展させたのは, あまり型式張らない社会関係と, 実験を支持する共同作業の伝統だった. かれらの作った企業は, エンジニアリングチームがゆるく結びついた連合として組織されていた. 当人たちはまったく意識していなかったが, シリコンバレーのエンジニアや起業家たちは, もっと柔軟な産業システム, 個々の企業ではなく, 地域全体とその専門的, 技術的ネットワークを中心に組織化された産業システムを作りつつあったのだった. 」書籍[7-2]62頁引用.

「地理的な近接性は, 共同作業を維持するための反復的な相互作用や相互信頼を促進し, 絶え間ない技術と技能の組み合せを加速する.(中略) 産業システムは地理的に集積していても, 適応能力が限られているかもしれない, これは圧倒的に組織構造の結果であり, 技術や企業規模に左右されるものではない. ルート128の産業システムは, 無数の新企業や新技術を生み出したが, その生産者たちがそれを適応させたり商業化したりする速度は, 地域経済を支えるには不十分だった.」書籍[7-2]279-280頁引用.

 第8話では, 新自由主義に基づく資本主義企業と対抗できる可能性を, 共同出資や一人一票制という協同組合とは違う別の観点, 組織の文化や型から探ります.

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[6-2] R.Srinivasan(著),大屋雄裕(監修),田村豪(翻訳)
『シリコンバレーを越えて -次世代の革新家がめざすデジタル新技術と平等社会-(下)』
ニュートンプレス (2021/6/30), ISBN-13: ‎978-4315523973
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[7-2] A.Saxenian (著), 山形 浩生 (翻訳)
『現代の二都物語 -なぜシリコンバレーは復活し、ボストン・ルート128は沈んだか-』
日経BP (2009/10/8), ISBN-13: 978-4822247782

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