連載 最先端の科学と人類の歴史を学び 社会の分断を防ぐには

第8話 頒布権から派生した組織の価値観
 資本主義企業の多くに見られる, 地位的に上から下への指揮命令系に従う階層的組織は, ソフトウェア業界には余り適さず, 水平分業的組織が数多く存在します. そうした組織の違いは, ソフトウェア開発という仕事が創造的で従来の ウォーターフォール型 に従わないこと, 及び, ソフトウエアは著作物であると同時に, 電子情報は一旦作れば容易に複製が可能であり 従来の物質的「所有権」では都合が悪い ことに由来するようです.

「所有権付きのソースコードはコンピュータソフトウェアにおける従来の知的財産権の体制の要石だ. (中略)オープンソースソフトウェアは, この論理をあっさりひっくり返す. オープンソースソフトウェアの本質とは, ソースコードがフリーであることだ. つまり, オープンソースソフトウェアのソースコードはソフトウェアと共にすべて使用者に公開されているのだ. この場合, 「フリー」とは自由を指す(無料とは限らない). フリーのソースコードは公開された公共物で, 非独占的なのだ. リチャード・ストールマンの言い方では, 自由にはそのプログラムを任意の用途に使い, その動作を研究して必要に応じて変更し, 複製を他人に再配布してプログラムを改良し, 全員に利益が及ぶように改良点をコミュニティで分かち合うという権利が盛り込まれている. プログラマーはこれを簡単な言い方で表現する. フリーソフトウェアの「フリー」は, 「無料なビール」という意味でのフリーではなく, 「自由な討論」という意味でのフリーだ.」書籍[8-1]14-15頁引用.

 そして, ソフトウェアによる問題解決は, 自らの所得を得るための単なる手段ではなく, (今まで出来なかったことを可能にしたり, 驚くほど早く処理してくれるなど) 世の中に大きな影響を与えることにプログラマが半世紀前頃に気づき出し, 金儲けだけの為に独占技術とすることに対峙するようになりました. こうした行動は, 第7話で引用した, 伝統的で閉鎖的な米国東海岸の企業から開放的な西海岸の企業への人材流出をも促したと考えられます. 実際, シリコンバレーはオープンソース技術の世界的な中心地の一つですから.

「スティーヴン・レビーの『ハッカーズ』は, 1970年代後半から1980年代前半の独占ソフトウェアの伸びがMITコミュニティに与えた切実な影響について触れている. 腕の良いプログラマーの多くは, ソフトウェアを手がける新興企業から実入りの良い条件を提示されて引き抜かれた. そして, MITは職員たちに守秘義務契約を結ばせるようになった.(中略) 彼にとって, ソフトウェアはコンピュータを動かすただのツールではなかった. つまるところ, 人間の創造性と表現の現れだったのだ. さらに重要なことは, ソフトウェアは公共善のために問題を共に解決するコミュニティの重要な産物だった. つまり, これは人間が用いる技術に関する問題であると同時に, 人間が暮らす社会に関する問題でもあったのだ. 独占ソフトウェアは, まともな社会の道徳的感情にまっこうから逆らうものだった.(中略) 主流の知的財産法の主張とは違って, 排他的な所有権は良いソフトウェアを書くように人々を動機付けない. それどころか, 従来の所有権をソフトウェアに適用すれば, 助け合いの心を持つ隣人たちを「海賊」にしてしまう.」書籍[8-1]66-68頁引用.

 従来の「所有権」が他者を排除して独占使用する権利であることに対して, 自由に複製・改良して広められる頒布する権利を守るため, 法的にGPLライセンスを定め, オープンソースソフトウェア開発を推進する組織が設立されました. それは, 強欲な利益追求を目的とするこれまでの資本主義企業とは明らかに違うものでした. (ソフトウェアに限らず) ものを共同で作り上げるうえでの「仕組み」としての重要性も以下にあげておきましょう. 大小あれど何らかの社会問題を解決する「助け合いの仕組み」は, 英国をはじめ欧州や日本では農民を救うために出来ました (第4話)が, 米国ではソフトウェアのプログラマーと彼らか望む社会生活のために (形は多少違えど)芽生えたのは興味深いですね.

「1984年に, ストールマンはMITの職を辞した. 「フリーソフトウェア」というものに専念するために, 彼は非営利団体であるFSF(フリーソフトウェア財団)を設立した. 誰でもダウンロードし, 変更して自由に配布できるまったくのフリーOSを作ることがその目的だった.(中略) GPLの下に使用を許諾されたソフトウェアを独占化できず, フリーソフトウェアの派生作品もフリーでなければならない. GPLはさらにこの考えを推し進め, GPLの下にあるコードを独占物に使用するのを禁じたのだ. GPLではフリープログラムを「非」フリープログラムと混合することは許可されていない. 」書籍[8-1]68-70頁引用.

「オープンソースの神髄はソフトウェアではなく, ソフトウェアが作られるプロセスなのだ. (中略)生産プロセスあるいは物作りのやり方は, 生産される人工物よりもはるかに大きな重要性を持つ. なぜなら, さらに広く広まるからだ. たとえば, トヨタは他に先駆けて自動車工場にリーン生産方式を導入した. 二十年後には, この方式は産業経済全体に浸透していた. 同様に, オープンソースもソフトウェア作りの手法の一つとして自らを確立したのだ. 」書籍[8-1]78-79頁引用.

 また以下のように, オープンソースのコミュニティへの参加者は, 難問を鮮やかにこなす「クール」な機会を通じてスキルを向上させ, 並行作業の中で自発と淘汰を促しつつ, 大勢で見落としがちなバグを修正, その技術で何ができるかを議論するのを好む文化(立ち振舞いや価値観)を形成していました.

「オープンソースのユーザー兼プログラマーたちの行動論理は, 抽象的な理論から生まれたわけではない. 大規模で分散的な協力体制を維持する方法について, 本格的に議論して必要な課題や手順を導き出したわけでもない. 試行錯誤からそれは生まれたのだ.(中略) オープンソースで人々が何をするのかの要点をとらえた八つの理念をここに並べてみよう. 1. おもしろくて, 必ず実現させること. 2. かゆいところに手は届くこと. 3. 一からやり直すのはできるだけ最小限に. 4. できる限り並行作業で問題の解決にあたること. 5. 大数の法則を利用すること. 6. することを文書化すること. 7. 早めのリリース, しょっちゅうリリース. 8. たくさん話すこと. 」書籍[8-1]98-110頁引用.

これらに時間や努力を惜しまない理由として以下の2つが挙げられています. 1つ目は, 個人の動機付けとして,

「芸術と美, 天職としての仕事, 共通の敵, エゴの拡張, 評判, アイデンティティと信念体系」書籍[8-1]180頁引用.

を重視することです. 2つ目は, 分散化を推進するハッカー文化の信念として, 人間活動の改善に対して中央集権化した権威による

「コントロールは創造性を抑圧するが, 情報処理は最終的には創造性をもたらすべき」書籍[8-1]191頁引用.

と考えることです. こうしたものは組織文化とも言え, オープンソースに限ったものではなく, おそらく広く社会正義に通じるものと考えられます.   

 さて, ソフトウエア開発から派生した現行の企業組織の問題を, もっと広い業種における一般性を持って考えてみましょう. これまでの内容と重なる部分は多々ありますが, その問題は以下のように表現できるのではないでしょうか. 働きやすいかどうかを超越して, 働く場の確保そのものが脅かされている と言えます. 新自由主義が広まってから, リストラや非正規雇用が増えてることとも無関係ではありません. 第1話で概説した世界規模ながら表面的な課題は, 私たち自身に深く関わる雇用にも悪影響を及ぼしていることが, やっと鮮明に理解できるようになったと思います.

「企業組織は貪欲で無慈悲なまで利益と成長追求をしています. それに対する乖離が今日増え続けています. そして, こうした誤った経営は, さまざまな組織で見受けられるのです. 私たちが知ってる範囲では, 非営利団体はその崇高な目的にもかかわらずより良い雇用を提供することにはなっていません. 政府機関も同様です. 病院を魂の抜けた工場に変えてしまい, 看護師たちは皆こぞって病院を去っていきます. 教師たちも, 教師と生徒たちがお互いの心を育てあうことができていません. 」書籍[8-2]21頁引用.

 こうした現状の打開を視野に, F.Lalouxは, 組織の型を人類の意識の進化過程に対応づけて, 「レッド(衝動型)組織」「アンバー(順応型)組織」「オレンジ(達成型)組織」 「グリーン(多元型)組織」「ティール(進化型)組織」の 5つの色で表現 しました. これらは各組織の特徴を良しとする価値観の違いを反映したものと考えられます. まず, 狼の群れやマフィアのように, レッド(衝動型)組織は, 仕事の分業とトップダウンの権力構造が特徴です.

「およそ1万年前になって, 私たちは新しいレッド(衝動型)ステージに入りました. 数千人単位の社会が現れ, このまったく新しい複雑さのレベルに対応し, 社会秩序を保つために, 首長という役割が出現しました. 首長は, 必要ならば暴力を行使しました. 研究からわかることは, この時代の人々は, かなり衝動的で自己中心的な方法で組織を運営していたということです. 彼らはまた, 内面化されたルールというものを持っていませんでした. 」書籍[8-2]27-29頁引用.

 次に, アンバー(順応型)組織は, かつての軍隊や封建時代のカトリック教会のように, 安定した組織体系下で反復的な同じ手続きを行うのが特徴です. 現在の政府機関や学校の組織も基本的にはこの延長上と捉えられます.

「アンバー(順応型)組織は, 農耕社会のように安定し, 再現可能なプロセスに従います. (中略)形式的肩書き, 職務, 指揮命令系統を発明しました. 身分が上の位の人間が考え, 下の位で実行がなされます.(中略) 誰もが自分の役割を知っています. 決まりきった儀式とプロセスによって, 誰もが人生の目的を知ることができるようになりました.」書籍[8-2]30-33頁引用.

 オレンジ(達成型)組織は, 産業革命以降の資本主義企業を中心に存在する機械のような組織で, 革新主義, 説明責任, 実力主義が特徴です. 工業化社会には適する型かも知れませんが, こうした組織における権力関係は, 第7話で引用した「トップダウンのパターン」に相当します. それに知らず知らずのうちに慣れてしまい, 私たちは自己中心的になり, 操作された流行に振り回されてるようです. また, この組織形態を, 私たちは最も当たり前だと思い, 政府機関や学校の組織形態をも変えようと今なお圧力が加わっていること に注意しなければなりません.

「これは, 科学と産業革命がもたらしたパラダイム(世界観)です. このステージでは, 普遍的な真と偽のルールによって統治された固定的なものとは, 世界をもはやみていません. その代わり探求することで理解可能な内的仕組みと自然法則によって時計仕掛けのように動く複雑な世界だとみなします. 他人より速く, 賢く, 革新的に, 世界を理解し操作できるならば, より多くの成功, 富, 利益, 市場独占, その他のいろいろなものを手に入れることができると考えます.(中略) 科学による産業革命は, 私たちに自由と繁栄をもたらしました. 一方で, 私たちは同時に未来を隠す大きな影を見るようになりました. 1つは「変革を求めすぎ」という影で, それは, 基本的な生活要求に表れます. 企業は必要性を創り出そうとし, 人が本当に必要としない幻想までも供給し続けるのです. もっと所有したい, もっと新しい流行を, もっと若々しい身体を, とそれが人の幸せのすべてだと訴えるのです. それは, 「成長のための成長」を追求する段階にまで達しています. 」書籍[8-2]34-41頁引用.

 グリーン(多元型)組織では, 望ましいと考える目標の決定や指揮命令の権限をトップが所有するのではなく, 権限の委譲, 営利以外にも価値観を持った組織文化, ステークホルダー(直接的・間接的な利害関係者)の価値観を活かすことが特徴です. 現行の非営利団体(協同組合も含む), NGO, 社会的ベンチャー企業が該当して, 以下それらが抱える問題点も示しているように思われます. これらは, 大規模な連合組合が抱える, 大企業病的な傾向とも関連するのではないでしょうか.

「このステージの人は, オレンジ(達成型)組織が投げかける影に敏感に気づきはじめます. それは, 物質主義への執着, 社会的不平等, コミュニティの喪失や自然破壊といった問題への気づきです. 人は, 親密で調和した他者との絆を強く求めようとするものです. グリーン(多元型)組織が主張するのは, あらゆる人には基本的に平等な価値があり, あらゆる声に耳を傾けなければならないということです.(中略) 組織の原動力となる素晴らしい力強い価値観として, 「文化」というものが存在します. 私たちは, それが本当に力を持っていることを理解しています. しかし, 中央集権性をなくし, 権限委譲を拡大することは簡単ではありません! ここにグリーン(多元型)組織モデルがかかえる矛盾があります. 平等主義であることを望み, 参加者合意を求める一方で, オレンジ(達成型)組織の階層的ピラミッド構造を保全してしまいます. ここには, 価値観と現実の間に, まったく困惑させられる断絶が生じています. 」書籍[8-2]42-46頁引用.

 そこで, 仲間10人くらいのチーム構成で水平分散的に個人と集団の解放を目指す, ティール(進化型)組織が考えられています. 業種を問わず広く協同組合にはもちろん, 利益より創造性や人命を優先すべきソフトウェア開発や介護などには特に, こうした組織が適していると考えられ, むしろ必要不可欠ではないかと思われます. 少なくとも, 過度な競争を強いる現行のオレンジ(達成型)組織とは別の形態を探る必要性はありますね.

「このティール(進化型)組織の世界観は, もはや, 神から付与された固定的なもの(アンバー:順応型)でもなく, 心のない複雑な機械のような(オレンジ:達成型)ものでもありません. それに代わり, この世界を, 本当の自分自身を発現する旅路の場とみなします. 私たちひとりひとりの可能性を広げ, 生まれつき持っている才能の錠を開けます.(中略) 私たちは「こうあるべき」 と言われる前提条件から解き放たれるのです.(中略) ティール(進化型)組織においては, 自分たちの持っている「自我」を手放すことから始めます. 私たちは, 遠くから自分たちの「エゴ」を見つめることを学び, それによって, 「エゴ」が生む恐れ, 野心, 欲望が, ひそかに自分たちの人生を操っていたことを知ります. そうして私たちは, よく見せようとか, まわりに合わせようといった支配を最小限にとどめることを学びます. その結果, 人を信頼する力を身につけ, 人生への信頼を高めることになります. 」書籍[8-2]52-53頁引用.

 「こうあるべき」という価値観を改め, 人々が信頼し合うネットワークを築くこと, やはりここが鍵となると言えそうです. さらに以下のように, ティール組織を「生命システム」に例えることは, 第7話 で引用した先住民コミュニティの携帯電話ネットワークを 「リゾーム(根幹)」と呼ぶことにも対応します. 自己組織化については 第11話でも触れます.

「ティール的な組織の創設者たちは, まったく異なるメタファーを用います. 驚くほどよく聞くのは, ティール組織を「生き生きした有機体」 あるいは「生命システム」という言い方です. 生命は, 進化に向けてあらゆる知恵を働かせながら, 底知れぬ美しい生態系を管理しています. そして, より高次の全体性, 複雑性, 意識のある組織に向けて進化します. 中心からの命令とコントロールなしに, あらゆる細胞とあらゆる有機体は自己組織化を求め, 自然に変化していきます.(中略) ティール組織は, 3つのブレークスルーをもたらします. それは, 今私たちが知っているマネジメントに根本的に挑戦するものです. (1)セルフマネジメント(自己管理): ティール組織は, 階層的, 官僚的なピラミッド構造から, 集合知と権力を分配委譲し, 流動的システムへ変容させる鍵を見いだしました. (2)ホールネス(全体性): ティール組織は, どんなときでも, 狭い「専門性」の世界に自己を閉じ込めずに, 自己の解放を促進するように活気づけます. ティール組織は, 自分らしさを隠す仮面を外すことのできる一貫した実現方法を開発しつつあります. 心の奥底にある「全体性」を取り戻し, すべての仕事仲間をそこに導きます. (3)常に進化する目的: ティール組織には生命(いのち)があり, 自立の方法性を保持していると言えます. 未来を予測しコントロールするものではありません. 組織のメンバーは, その組織が自然にそうなろうとしてる方向へ身を任せ, それに聞く耳を持つことを理解するように促します. 」書籍[8-2]72-74頁引用.

 ティール組織における上記の3つの特徴(1)(2)(3)は, 第4話で引用した 「報徳」の考え方とも整合します. すなわち, 「セルフマネジメント」は自らを律して権限をも分配する「勤労」と「分度」, 「ホールネス」はエゴや地位などの虚勢の仮面を捨て仲間と折り合いを付ける「至誠」と「推譲」, 「常に進化する目的」は自然環境を養い維持しつつ計画的に実行した後に見直しもする 「仕法」が対応します. 但し, 組織型を変えても社会の仕組みは変わるとは限らない ことに注意しないといけません. 例えば, 第7話におけるシリコンバレーのIT企業の開発現場では, オレンジ(達成型)組織の特徴である革新主義, 説明責任, 実力主義のまま, グリーン(多元型)組織の権限委譲とティール(進化型)組織のセルフマネジメントを部分的に取り入れているように見受けられます. コンピュータの設計製造はウォーターフォール型の業務ではないので, ハードウェアとソフトウェアの上下関係は基本的になく(あったとしても弱く), 下請け業者が多少存在してもさほど深い階層にはなり得ないことにも起因してるのでしょう. 但し, 組織の型は変わっても, 他の資本主義企業より強欲な成長追求をする巨大IT企業は存在します. (プログラマ兼ユーザが拘る)ソフトウェア技術の独占だけでなく, 視野を広げて, 共有すべき食や(鉱物, 水, データなどの)資源, そして富(所得)に対しても同じ構図が成り立つことに気づくべき でしょう. もちろん, 共有はタダで勝手に使えることではありません. 言い換えれば, それらの集中独占を阻止できる社会の仕組みになってこそ, その仕組みに合った組織型が定着することに意味があります.

 第9話では, 企業組織にも社会インフラネットワークにも脱集中化が必要不可欠であることを, 最先端のネットワーク科学とレジリエンス科学に基づき説明します.

写真
[8-1] S.Weber(著), 山形 浩生, 守岡 桜(翻訳)
『オープンソースの成功 -政治学者が分析するコミュニティの可能性-』
毎日コミュニケーションズ (2007/2/10), ISBN-13: ‎9784839916589
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[8-2] F.Laloux (著), 中埜 博, 遠藤 政樹 (翻訳)
『イラスト解説 ティール組織 ―新しい働き方のスタイル-』
技術評論社 (2018/12/11), ISBN-13: ‎9784297102579

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