連載 最先端の科学と人類の歴史を学び 社会の分断を防ぐには

第12話 所有権から人権を重視する社会を目指して
 第1話第2話で指摘した グローバル資本主義による貧富の格差や気候激変など地球規模の問題が生じている中, 「コスモポリタニズム」という考え方が注目されています. 古代ギリシャに起源を持つものの現代的な解釈では, 世界的な国家政府として一元的に統一支配するのではなく, 以下のように民族・宗教・文化などの差異を認めつつ, 独占的な「所有権(経済的な富)」より共通の「人権(等しく尊い命)」を重視 するものです. どう考えても, 貧しい人々や社会的弱者は自己責任でそうなってるのではなく, また機会は平等であるべきで努力が報われないのもおかしいでしょう. どうも, 独占支配は, 「人のモノ化」(第8話のオレンジ組織や 第10話のかつてのヨーロッパ思想) で正当化されているように思えてなりません. 「人間としてのあり方」を見つめ直して, 便利さや欲望に駆られた私たちの利己的な価値感を大転換する, 人権重視こそ, 半ば強制的な搾取や従属から人々を守り, 雇用や暮らしを守り, 第10話で指摘した都市-地方の問題を解決して, 結果的に地球環境も守る, 必要不可欠な方法と考えられます. 一方, 過度な競争や序列化は不要なことにも気づかないといけません.

「コスモポリタニズムの特徴は, すべての人々が「人類共同体」の一員として, また「人間」として, 平等の倫理的価値と尊厳を持っているということに尽きる. (中略) コスモポリタニズムは, 必ずしも地域や民族, 国家への帰属感やアイデンティティを否定しているわけではない. それを肯定すると同時に, 超えていこうとするのである. 同時に, そうした帰属感やアイデンティティが排他的なものにならないように, 行き過ぎを規制するものである.(中略) 「世界政府」は中央集権的・画一的になりやすいので, 文化的・政治的な多様性を危険にさらすという見解は, コスモポリタニストの間でも共有されているのである.(中略) 「人間」や「人類」という言葉は, 祖国や民族という言葉と異なって, 諸国民の情念を呼び覚ます戦いのイデオロギーにはなりにくいのである. (中略)共通の人間性を伝達する道徳的コスモポリタニズムは, 世界市民に権利と義務を付与する法制的コスモポリタニズムへと発展する可能性を含んでいるのである.」書籍[12-1]2-5頁引用.

 経世済民(第4話)により雇用を確保する (第6話)ためにも, 自然破壊と貧困労働は密接に関わり, 気候激変や南北格差など地球規模のもろもろの問題は国境を越えると同時に, 食料, 資源(鉱物, 木材, 水など), 科学技術を国家間で融通し合うことは必要不可欠です. したがって, 自分の国だけ(会社だけ, 地域だけ等)が良ければ, という訳にはいきません.

「本書の構成の中心的な枠組みは, コスモポリタニズム対国民国家であり, この対立軸が中心となって展開されている. 従ってコスモポリタニストの間でも論争が存在するし, 国民国家の側に立つ人々の中でも激しい論争が繰り広げられてきた.(中略) またコスモポリタニズム対国民国家という対立軸は, 当然のことながら財の再配分を否定する新自由主義と財の再配分を説く社会民主主義との対立軸と同じではない. (中略)問題は, 社会正義, 財の再配分を国境を越えて実現しようとするのかの一点にかかわっている. その際の評価の基準は, 社会正義の原則が国境を越えて普遍的に通用するものなのか, それとも正義概念が歴史的, 文化的な価値によって制約されているものなのかという点にかかわっている. 」書籍[12-1]8-9頁引用.

 以下, いくつかの重要な指摘を紹介します. それらは, 理想や幻想ではなく, 国連が定めた「世界人権宣言」「国際通貨基金(IMF)」 に直結する具体的な対策を促すものです. 両世界大戦期間とその後に生きたJ.Maritain(1882-1973)は, ファシズムやナチズムに対して人間の尊厳や人権を擁護し, 世界人権宣言の起草に関与したコスモポリタニストとして知られています.

「『世界人権宣言』は前文において「人間社会(human family) のすべての構成員の尊厳と平等を譲ることのできない権利と承認することは, 世界における自由, 正義および平等の基礎である」と述べ, 第一条では, 「すべての人は生まれながらにして」自由であり, かつ尊厳と権利とについて平等である. 人間は理性と良心を授けられており, 互いに同胞の精神(sprit of brotherhood) を持って行動しなければならない」とコスモポリタニズムの精神を挙げている. (中略)「世界人権宣言」は, 三つの柱によって構成されているが, これは, マリタンの『人間と国家』における「人間的人格」, 「市民的人格」そして「社会的・労働的人格」にそれぞれ対応する権利である. 「人間的人格に付属する権利が, 「人間の生存権」, 「人格的自由権」などであり, 「市民的人格」の権利は選挙権であり, 「社会的ないし労働的人格」の権利は, 労働する権利, 職業選択の権利, 労働組合の結成の権利, 家族の生活を確保するに足る賃金を求める権利, 失業保険や疾病年金など社会保障を受ける権利などである. 」書籍[12-1]67-69頁引用.

 D.Held(1951-)の考え方は, コモンズ(第2話)に基づき, 国家間で富の再配分を訴えるもの (国内での再配分ではないかも知れません?)です.

「ヘルドのコスモポリタニズムについての貢献は, 第一に新自由主義の「ワシントン・コンセンサス」 に対してグローバルな社会民主主義を対置したこと, 第二に民主主義を国民国家の枠組みからグローバルな領域に拡大しようと試みたことである. 」書籍[12-1]170頁引用.

「言語や領土を土台とするナショナル・デモクラシーを否定するのではなく, それと重層的にグローバルな公共圏を領土や言語を越えて創造していくのがヘルドの試みである. (中略) ヘルドはコスモポリタン的主権が, 市場メカニズムと経済権力の暴走を阻止し, IMFといった国際金融機関への代表枠を発展途上国に広げ, グローバルな課税(エネルギー消費税, 炭素排出税, 国内資源の採掘に関するグローバルな課税, 一定の発展水準を超えるGNP諸国に対する課税, 外国為替市場における金融取引量に関する課税) といったコスモポリタン的経済法の制定を要請することを指摘する. 一連の課税が, コスモポリタン・ガバナンスや貧しい諸国に対する財の再配分の財源となりうるのである. 」書籍[12-1]191-194頁引用.

 また, D.Miler(1946-)の考え方は, 「報徳」と同様に独り占めしたりタダ乗りをせず, 人々は助け合うべきことを言ってるように思われます.

「ミラーの正義論を支えているのは, 人間は貧しく, 「傷つきやすい」 という面を持っていると同時に, 「自らの生のために選択をなし責任を取ることのできる人間である」 という自律的人間観である. 」書籍[12-1]362頁引用.

 こうしたコスモポリタニズムの考え方をまとめると, 自分たちだけ良ければという価値観からまず脱却しなければならない と言えます. そしてそれは, 便利さや目先の利益(第9話, 第10話)に囚われず, 視野を広げて, さまざまな人々(物事も)が繋がって互いに影響を及ぼすことを認識しつつ, 国境を越えて人々が文化的で安全な生活ができるよう目指すことです. そこで, 分断され支配されないように, バラバラになりにくいネットワークの自律的な構築が重要となります.

「コスモポリタニズムの挑戦とは一体何か. それは, グローバリゼーションが進行し, 国境を越えた相互依存が進展する今日, 「世界市民」という立場から国際秩序を考えることではないだろうか. それは, 人類が一つの船に乗っており, その船が転覆の危機に晒されているという危機意識である. 現代のコスモポリタニズムは, 楽観的な人間観や歴史観に支えられている幻想ではなく, 人類共通の危機を克服する処方箋といっても過言ではない. とりわけコスモポリタニズムの挑戦は, 私達が今まで自明の理として, 私達の思考を暗黙の裡に規定してきた国民国家を単位とする人権保護や民主主義を越えていくことを教えている. 私達はコスモポリタニズムの挑戦を, 抽象的で根無しの草であると批判することなく, しっかりとその挑戦を受け止めていかなければならない. 国民国家を中心とするパラダイムから, コスモポリタニズムを中心とするパラダイムへの 「パラダイム転換」が求められているのである. 」書籍[12-1]376-377頁引用.

 繰り返しになりますが, 世界の現状に目を向けて, それらが私たち自身に関わっていることを再認識しましょう.

「この本では, 気候変動, 災害, 食料と水の不足, 戦争や貧困など, 世界の現状と, 子供たちを取りまくさまざまな問題を伝え, それらが私たちの暮らしとどのようにつながっているのかをお話ししています. これらの問題は, 命をまず第一に考えていたら, おこらなかったと思うものばかり. 」書籍[12-2]2-3頁引用.

 例えば, 国際的環境規制はあるものの, 大量の廃プラスチックが輸出され, それらを貯めた場所から川や海を渡ってマイクロプラスチックとなって魚介類を汚染しています. 一方で, 海産物, 農産物, 木材などが輸入され, 私たちの食卓や家庭で消費されるとともに, それらは貧困者を作り出すことにも関わっています.

「カリムくんは, 学校に行っていません. 家族みんなでゴミをひろわないと, その日食べるものを買うお金さえかせげないから, 子供のカリムくんも学校に行かずに, ゴミをひろっているんです. ひろうのは, リサイクルできる, あきかんやプラスチック, ガラスなどです.(中略) カリムくんは, 以前は森に住み, ゆたかな森のめぐみを食べて生活していました. けれども, お金をえるために, 森の木をたくさん切ってしまったことで, 土地があれて, 作物が育たなくなってしまい, 都会に出てきました. お金がないから, 「スラム」と呼ばれる, 貧しい人たちが住む場所で暮らしています. 」書籍[12-2]26-27頁引用.

 ダイヤモンドの産地であるアフリカのシエラレオネでは, お金をめぐる争いが絶えず, 武器を持った兵士が残っている場所があります.

「ソロシスくんは誘拐されて, むりやり兵士にさせられ, 2週間ほど銃をうつ訓練をしたあと, すぐに戦場におくられました. 「こわい」と言うと, こわくなくなる薬, 麻薬を注射されます. そうすると, 頭がぼーっとして, こわいと思わなくなるそうです. なかには, 体に麻薬をうめこまれる子どもたちもいます. 地雷がたくさんうまっている原っぱを, 「先に行け!」と歩かされる子どももいて, 地雷をふんだら, バン!と爆破してしまう. でも, そのあとはもう地雷はないわけだから, そこをおとなたちが歩く. 子どもを先に歩かせて, 地雷をふませてから, 自分たちが歩くわけです.(中略) まるで, 子どもたちを戦う機械のようにあつかっていると思いませんか?(中略) はたらかされている子どもたちも同じ. まるで, はたらくロボットのようにあつかわれています. 人間だと思ってないみたい.」書籍[12-2]34-35頁引用.

 第2話で説明したように, 中世ヨーロッパで「農地の囲い込み」から略奪の歴史が始まったことを思い出しましょう. 同様な目先の利益によって, 世界規模で森が破壊されています.

「いま, 地球からすごいスピードで森がきえています. 毎年, 日本の北海道, 九州, 四国をあわせたくらいの大きさの森がきえているんです. 森がきえるのは, 木を切っているからです. 木を切るのは, その木を売ってお金をもらうためだったり, もっと高く売れる作物を育てるために, もともと生えていた木を切って畑を作るためです. (中略)水をたくわえていた森がなくなることで, 川下で洪水がおこりやすくなったり, 砂漠になってしまう場所もあります. いったん砂漠になってしまったら, もうかんたんにはもとにもどりません. あれた土地や砂漠では食べ物がとれないので, そこに住んでいた人たちは, ほかの土地にうつり住むことになります.(中略) また, 人間だけでなく, 森がなくなると, そこにすんでいた生きものたちもいなくなります. 土の栄養分は, 少しずつ流れ出して, 川をとおって海の生きものたちも育てているのですが, 森がきえると, 流れてくる栄養分がなくなり, さらに農薬をふくんだ土が流れてくるようになったりして, 川も海もよごれ, 海の生きものたちも育たなくなってしまいます. (中略)森がきえるということは, 命がきえるということじゃ. 森を大事にしないなんて, もったいない.」書籍[12-2]56-57頁引用.

「森には, たくさんの種類の木が生えていて, それぞれの役割があり, 悪いところがあってもおぎないあって, 全体で森のバランスを作っているのですが, それらの木を切って, もともとそこに生えていなかった一種類の木ばかりをたくさん植えると, 問題がおきやすくなるのです.(中略) 目先の利益だけを見ていたら, すべてをうしなうことになってしまうかもしれない. 結局最後にのこるのは, あれた土地だけになっちゃうよ. 」書籍[12-2]58-59頁引用.

 第10話で指摘した<中心-周辺>における搾取の問題は, 富裕者と貧困者にも当てはまります. そしてそうした問題は, 私たちの日々の生活と密接に関わっているかも知れません. 世界中の人々の繋がりを意識することは, 一方的に責任を負わされるように感じるかも知れませんが, 持ちつ持たれつの関係にあると思いましょう. そうした繋がりによって, 一部が支配して停滞させるのではなく, お金, 物資, データ, 科学技術を含めた叡智, 人材などが循環して有効活用される, そんな未来の方が望ましくないですか. ICA原則(第6話) に基づく労働者による協同組合企業 (第7話の実績例や再公営化, 第8話のティール組織など)の促進は, その実現に向けた具体的な取り組みだと思います. 個人としても自身の興味関心ごとだけに耳を傾けず, 例えばSNS上の フィルターバブル 等で偏った意見に固執せず, 世界の現状に目を向けましょう.

「貧しい国の貧しい人たちは, お金がないために, 子どもたちまで学校に行けずはたらいて, その日食べるものさえ買えず, きたない水を飲んで病気になったり, 命をおとしてしまう... おかしいと思いませんか?, 同じ地球人なのに, こんなにちがうなんて.(中略) 私たちの暮らしは, 貧しい国の貧しい人たちと, けっして無関係ではありません. たとえば, 私たちの食卓にならぶ10個の食べもののうち, 4個しか日本で作られていなくて, あとの6個は外国から買ってきたものだから, もしかしたら, 貧しい国からはこばれてきたものかもしれない. 私たちが買うことで値段が上がって, その人たちが買えなくなっているかもしれない. もしかしたら, 私たちが使っている紙のなかには, 貧しさから森の木を切って作られたものがあるかもしれません. そして, もしかしたら, 私たちの身のまわりにあるもののなかには, 子どもたちが学校に行かず, 朝から晩まではたらいて作ったものがふくまれているかもしれません. それは, チョコレートかもしれないし, サッカーボールかもしれないし, Tシャツかもしれません. 同じ地球の上に住む地球のなかま, 地球人として, 私たちはつながっています. 」書籍[12-2]74-75頁引用.

 では, 私たちはどうすれば良いのでしょうか. まず出来ることとして, 金儲けより世の中への影響(役立つか, 喜ばれるかなど) を第一に考え自己中心的にならない, 流行に惑わされない, 多様性を認め決めつけないなどが考えられます. そしていま一度, 私利私欲(所有権)を見つめ直して命(人権)を守り, 暮らしや雇用を維持していけるよう, 助け合う努力をしなければならないと思います. 「自分(ら)だけ良ければ」や「競争(序列化)は当たり前」 という価値観を改めて, 職, 趣味, 地域など身近なところから協力し合い, 自然環境とともに雇用も守り育て, 商品の生産過程に敏感になって巨大資本主義企業に屈しないよう, さまざまな取り組みが必要でしょう. そうした取り組みにおいて, 第9話第11話で指摘したように, 便利さや目先の利益から強者(高次数のハブ)に繋がるのではなく, むしろ弱者(大多数の低次数ノード)に繋がって平等な世の中を目指しつつ, 設備等の配置集中や排他的になる密な団結を避けて, 購買活動も繋がりの一部であることを自覚して, 人種や宗教や文化などの違いも理解しながら広く様々な繋がりを維持していく, それらは決して不可能なことではないと思います. 太古の昔から(数十年くらい前までは) 多くの人類はずっと概ねそうしてきたのだし, 私たちはさらに歴史や科学から学び, 望ましい未来を描くことができるはずです. この連載で書かれた内容とは別の考え方もあるかも知れませんが, 部分的でも同意できれば, 歩み寄れることを期待したいと思います.

「自分さえよければ, という考えをもたず, 分け合う気持ちがあれば, 平和な世界がかならずできる. どうしたらみんなで幸せに暮らしていけるかを, 考えていこう. できることをやらないなんて, もったいない!」書籍[12-2]76頁引用.

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[12-1] 古賀 敬太 (著)
『コスモポリタニズムの挑戦 -その思想史的考察-』
‎ 風行社 (2014/6/1), ISBN-13: ‎978-4938662745
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[12-2] 真珠 まりこ(絵・作) (著)
『もったいないばあさんと 考えよう 世界のこと』
講談社 (2008/7/5), ISBN-13: ‎978-4062147774

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