液滴を利用した二次元半導体の折り畳み手法の開拓 ――液-液相分離による液滴を用いたひねり二層構造の大量形成――
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東京大学 北陸先端科学技術大学院大学 筑波大学 |
液滴を利用した二次元半導体の折り畳み手法の開拓
――液-液相分離による液滴を用いたひねり二層構造の大量形成――
【発表のポイント】
- 液-液相分離により形成される液滴の運動を駆動力にした二次元半導体の折り畳み手法を開拓しました。
- 従来の機械的手法とは異なる液滴の表面張力を利用した二次元材料の新奇変形手法です。
- 新奇物性の発現が期待されるひねり二層モアレ構造を大量に作製する技術として発展しうる手法です。

液滴を用いた単層二次元半導体の折り畳みのイメージ
【概要】
| 東京大学大学院総合文化研究科の四谷祥太郎博士後期課程学生と桐谷乃輔准教授、北陸先端科学技術大学院大学のLimi Chen博士後期課程学生(研究当時)と大島義文教授、筑波大学の丸山実那助教と岡田晋教授らによる研究グループは、二次元物質である遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC)(注1)の単層材料に対して液-液相分離(注2)により形成された液滴を作用させることで、二次元物質に折り畳みを生じる手法を開拓しました(図1)。 TMDCは、原子3つ分の厚みしか有さない薄い二次元状の物質として注目を集め、薄層構造に由来する物理現象の探究など、世界中で広く研究が行われています。2枚のTMDCをずらして二層に積層させると、上下のTMDCに空間的な周期のずれが発生し、格子定数と比較して長大な周期長を持つモアレ構造(注3)が現れます。この特殊な構造を作れるのもTMDCの醍醐味です。このモアレ構造において、物質内部の電子状態は、形成される新たな周期構造にあわせて大きく変わり、単層のTMDCでは見られない特性を示します。この点が多くの研究者の注目を集めています。しかしながら、従来の多くの研究例では、1枚ずつ機械的に重ね合わせて二層の構造を1つずつ作製するのが一般的な方法でした。 本研究では、液滴を利用した方法により、二層構造を持つTMDCを作製できるとともに、モアレ構造の形成を確認しました。特に、溶液を用いた方法であるため、モアレ構造を同時に、大量に作製することが可能となりました。 |

図1:液滴を用いた単層二次元半導体の折り畳みによるひねり積層構造の大量形成
| 上:折り畳み処理の概念図と折り畳み処理に用いた有機分子であるPPh3の構造式。左下:溶液の乾燥過程における液滴の形成を確認した光学顕微鏡像。下中央:折り畳み前後の単層MoS2。折り畳み二層構造の大量形成が確認できる。右下:折り畳み二層MoS2の透過電子顕微鏡(TEM)像。ひねり積層構造に見られるモアレ構造が確認できる。 |
【発表内容】
〈研究の背景〉
モアレ構造は、周期的な光の点で描画されたモニタを撮影した際の写真や、レースのカーテンの重なりあいなどで現れる長周期の模様として知られる一般的な構造です。周期を持った結晶性の物質を2つ重ね合わせた際にも、原子スケールでモアレ構造が現れます。本研究の対象となっている二次元物質を2枚重ね合わせても、結晶構造の周期構造間の空間的なうねりが生じることでモアレ構造が現れることがあります。このモアレ構造は、新たに形成される周期構造により内部の電子状態を大きく変えることが知られています。また、特定の重なり角度(積層角)を有するひねり二層構造において、超伝導が発現することも報告されており、非常にホットなトピックとなっています。しかしながら、これまでの二層構造の作製手法では、機械的に1枚ずつ単層の二次元物質を積み重ねる必要があり、作製プロセスが煩雑かつ効率が低いという課題がありました。その作製プロセスに対して、我々は化学的な溶液を用いた簡便な手法を開拓しました。
〈研究の内容〉
本研究チームでは、溶液処理により基板上に用意した多数の単層二次元物質を一度に折り畳むことで、モアレ構造を有した大量のひねり二層構造を簡便に作製する手法を開拓しました。二次元物質という究極の薄さの物質を折り畳む手法として、液滴の表面張力に着目し、二次元物質表面における液滴の凝集運動を駆動力にした折り畳みが生じることを明らかにしました。液滴の生成には、液-液相分離現象を用いました。近年では生化学の分野でも注目される現象です。本研究では、その1つと考えられるウーゾ効果(注4)を、疎水性の有機分子であるトリフェニルホスフィン(Triphenylphosphine;PPh3)と低級アルコールの2-プロパノールと水を特定の比率で混合した混合溶液中で発現させました。具体的には、上述の溶液の乾燥過程において、突如としてマイクロメートル程の大きさの液滴が形成されることがわかり、このサイズの液滴は、折り畳み手法に有効であることを確認しました。形成された折り畳み構造を透過電子顕微鏡(TEM)を用いて観察したところ、それぞれの積層角に依存したモアレ構造が形成されていることが確認されました。モアレ構造の制御には積層角の制御が重要ですが、折り畳み処理前の単層サンプルの形状を制御することによって一定の確率で望んだ方向に折り畳みを生じさせることが可能であり、一定の積層角制御性が認められることも明らかにしました(図2)。

図2:二次元物質の形状制御による折り畳み方向制御
| 上:形状制御による折り畳み方向制御の概念図。長方形状に二次元物質を成形することで、表面に吸着する液滴の凝集方向を制御し、特定の方向に折り畳みを生じる。下:実際の実験における、形状制御した単層MoS2における液滴の凝集運動と折り畳みの生じた方向を示した光学顕微鏡像。長方形の長軸方向への液滴間の凝集と短軸方向への折り畳みを生じている様子が確認された。 |
〈研究の意義〉
本研究は、簡便にかつ大面積で処理が可能な溶液を用いて、二層構造を大量に作製する手法を提案しました。この成果は、これまで1つずつ機械的に作製されていた手法とは大きく異なります。さらに、二層構造の積層角制御についても、その可能性を示しました。この方向制御が可能になったことで、興味深い物性(超伝導など)を簡便に、かつ効率よく作製する手法としての大きな可能性が示されたと考えています。
【発表者・研究者等情報】
東京大学
大学院総合文化研究科
四谷 祥太郎 博士後期課程学生
李 辰 博士後期課程学生
劉 冠廷 博士研究員
桐谷 乃輔 准教授
物質・材料研究機構
ナノアーキテクトニクス材料研究センター
遠藤 尚彦 研究業務員
宮田 耕充 グループリーダー
北陸先端科学技術大学院大学
ナノマテリアル・デバイス研究領域
CHEN, Limi(チン レイマイ) 研究当時:博士後期課程学生
大島 義文 教授
慶應義塾大学
大学院理工学研究科
尾上 弘晃 教授
Université Savoie Mont Blanc
クリスチャン・リュイエ=クイル 教授
(Christian Ruyer-Quil)
大阪公立大学
大学院理学研究科
津留崎 陽大 准教授
筑波大学
数理物質系
丸山 実那 助教
岡田 晋 教授
大阪大学
レーザー科学研究所
Luwei Zheng 研究当時:博士後期課程学生
Yaheng Wang 研究当時:博士後期課程学生
芹田 和則 准教授
兼:早稲田大学理工学術院(情報生産システム研究科・センター)准教授
【論文情報】
| 雑誌名 | Matter |
| 題名 | Microdroplet Coalescence Driving Mass Formation of Twisted Bilayer Fragments via Spontaneous Liquid-Liquid Phase Separation |
| 著者名 | Shotaro Yotsuya, Takahiko Endo, Yasumitsu Miyata, Chen Li, Guanting Liu, Limi Chen, Yoshifumi Oshima, Hiroaki Onoe, Christian Ruyer-Quil, Akihiro Tsurusaki, Susumu Okada, Mina Maruyama, Luwei Zheng, Yaheng Wang, Kazunori Serita and Daisuke Kiriya |
| DOI | 10.1016/j.matt.2026.102658. |
| URL | https://www.cell.com/matter/fulltext/S2590-2385(26)00021-4 |
【研究助成】
本研究は、「創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR2125, JPMJFR213X)」、「戦略的創造研究推進事業 先端的カーボンニュートラル技術開発(課題番号:JPMJAN23F1)」、「JSPS科研費(課題番号:21H05232, 21H05234, 22H04957, 23H01798, 24H00888, 24KJ0796)」、「次世代研究者挑戦的研究プログラム(課題番号:JPMJSP2108)」、「平成記念研究助成」、「文部科学省 マテリアル先端リサーチインフラ(課題番号:JPMXP1223JI0040)」の支援により実施されました。
【用語解説】
(注1)遷移金属ダイカルコゲナイド(Transition metal dichalcogenides, TMDC):
遷移金属原子(M)とカルコゲン原子(X)が組成式MX2で結合した二次元物質としての結晶構造を有する物質群の総称。二次元半導体としての性質を示すものにはモリブデンと硫黄の化合物である二硫化モリブデン(MoS2)やタングステンとセレンの化合物であるセレン化タングステン(WSe2)などがある。
(注2)液-液相分離(Liquid-liquid phase separation, LLPS):
一様な液体が、相分離を生じることで界面を有した2つの液相状態に分離する現象。代表的な例として、水と油の自発的な分離現象が日常生活でよく見られる。細胞内小器官の形成メカニズム等の原理として生化学分野で注目が集まっている。
(注3)モアレ構造:
空間的な周期構造を有するものがずれた状態で存在することで形成される、空間的なうなりともいわれる元の周期構造とは異なる周期構造。元の周期構造よりも長い周期長を有しており、ずれが小さい程、周期長は長くなる。結晶格子に対して非常に長い周期長を形成することから、内部の電子状態を大きく変調できるとされており、二次元物質の分野では特に注目されている構造である。
(注4)ウーゾ効果:
疎水性分子を溶かしたアルコール溶液に水を添加することで透明な溶液が白濁するエマルションの形成、つまり液滴の形成を生じる現象である。疎水性分子、アルコール、水の3成分を混合した溶液に生じるLLPSであり、アルコールの濃度を乾燥過程によって制御することで発生させる例も報告されている。
令和8年3月5日


