シナプスの接続パターンのみで神経細胞タイプを高精度に推定する新手法「NTAC」を開発 ―ショウジョウバエの脳コネクトーム解析で実証―
シナプスの接続パターンのみで神経細胞タイプを
高精度に推定する新手法「NTAC」を開発
―ショウジョウバエの脳コネクトーム解析で実証―
【ポイント】
- 神経細胞同士のシナプス※1の接続情報のみを用いて神経細胞タイプを推定する新手法「NTAC(Neuronal Type Assignment from Connectivity)」を開発
- ショウジョウバエの視覚神経回路コネクトーム※2において、全神経細胞のわずか2%の既知のラベル情報のみを用いて、残り90%以上の神経細胞タイプを推定することに成功、この解析は一般的なノートPCで数分以内に実行可能
- ラベル情報を一切使わない教師なし学習※3でも、約70%の解析精度を実現、本手法は今後拡大する大規模コネクトーム技術の自動細胞型分類研究の発展を促進
| 北陸先端科学技術大学院大学 コンピューティング科学研究領域のシュワルツマン グレゴリー准教授らの国際共同研究グループは、ショウジョウバエの脳コネクトームを対象に、シナプスの接続パターンのみで神経細胞タイプ(細胞型)を推定する新手法「NTAC(Neuronal Type Assignment from Connectivity)」を開発しました。ショウジョウバエの視覚神経回路コネクトームにおいては全神経細胞のわずか2%の既知のラベル情報を入力するだけで残り90%以上の神経細胞タイプの解析を達成し、ラベルを一切使わない場合でも約70%の精度の解析を実現しました。本成果は、大規模コネクトーム技術における細胞型分類の自動化・高速化につながる基盤技術として期待されます。研究成果は2026年1月6日付で『Nature Communications』に掲載され、Editors' Highlightsにも選出されました。 |
【研究の背景】
近年、電子顕微鏡とコンピュータビジョンの発展により、小さな生物では脳全体のコネクトーム、哺乳類でも脳の一部のコネクトームの再構築が進んでいます。こうした神経細胞同士の結合データから神経回路の働きを理解し、種をまたいで脳の構成を比較するには、個々の神経細胞がどの細胞型に属するかを正確に見分けることが重要です。ところが従来の細胞型分類は、専門家が神経細胞の形や位置を見て判断する作業に大きく依存しており、時間も手間もかかっていました。さらに、形がよく似ていても結合様式が異なる細胞型が繰り返し現れる回路では、形態情報だけでは判別が難しい場合があります。機械学習を用いた先行研究もありますが、多数のラベル付きデータを必要としたり、まれな細胞型を対象外にすることがあり、大規模なコネクトームから細胞型を自動的に分類する手法が求められていました。
【研究の内容】
今回、シュワルツマン グレゴリー准教授を中心とする国際共同研究グループ(米プリンストン大学プリンストン神経科学研究所、英エディンバラ大学、スペイン・カタルーニャ工科大学)は、コネクトームをグラフとして表現し、神経細胞同士の接続パターンを手がかりに細胞型を分類するアルゴリズム「NTAC」を開発しました。(図1)NTACには二つの動作モードがあり、一つは、少数の既知のラベル情報がある神経細胞を手がかりに残りの細胞型を推定する半教師あり学習モード、もう一つは、既知のラベル情報を使わず接続パターンの類似性だけで神経細胞をグループ化する教師なし学習モードです。

| 図1.シナプス結合パターンだけで神経細胞タイプを推定するNTACの概念図 NTACはコネクトームをグラフとして表現し、各神経細胞の結合パターンを手がかりに神経細胞タイプを推定します。 |
本手法を複数のショウジョウバエの脳コネクトームに適用したところ、形態情報に基づく既存手法を大きく上回る性能を示しました。(図2)とくに、神経細胞が空間を敷き詰めるように並び、形だけでは見分けにくい視覚神経回路コネクトームの主要部位である視葉では、少数のラベルしか使わない条件においても90%を超える解析精度を示し、一般的なノートPCで数分のうちに結果を得ることができました。さらに、教師なし学習モードでも約70%の解析精度を示し、脳全体のように細胞型の種類が非常に多い難しい設定でも52%の解析精度が得られました。これらの結果は、シナプスの接続情報に神経細胞タイプを見分けるための十分な手がかりが含まれていることを示しています。

| 図2.NTACは従来の細胞型分類手法を上回る性能を示した図 左は専門家が同一タイプと判定した神経細胞、右はNTACが同一タイプと推定した神経細胞。NTACにより、多くの神経細胞が適切に同じパターンとしてまとめられていることが分かります。 |
本成果について、シュワルツマン准教授は、「コネクトームデータの解析が急速に拡大する中、専門家の手作業による細胞型の分類は大きなボトルネックになっています。NTACは、神経回路の配線図そのものに神経細胞タイプを識別するための十分な情報が含まれていることを示しました」と述べています。
【研究の意義と今後の展望】
コネクトミクスの長期的な目標は、ヒト脳全体のコネクトームを解析し、そこから科学的・医学的な知見を引き出すことです。現時点で完全なコネクトームが得られているのはショウジョウバエのような比較的小さな生物に限られますが、NTACはコネクトームの解析と細胞型分類を大幅に加速できる可能性があります。実際に本手法は、BANCデータセットにおける数千個規模の神経細胞のラベル付けにも活用されています。今後は、マウスの脳コネクトームの解析や、形態情報や分子情報など複数のデータを組み合わせた細胞型分類へと研究を発展させることで、より高精度で包括的な神経細胞分類の実現が期待されます。
【論文情報】
| 雑誌名 | Nature Communications |
| 論文題目 | NTAC: Neuronal type assignment from connectivity |
| 著者 | Gregory Schwartzman, Ben Jourdan, David García-Soriano, Arie Matsliah |
| 掲載日 | 2026年1月6日 |
| DOI | 10.1038/s41467-025-68044-1 ※本論文は、Nature CommunicationsのEditors' Highlightsに選出されました。 |
【研究資金】
本研究は、NIH BRAIN Initiative(RF1 MH117815, RF1 MH129268, U24 NS126935)、科研費 25K00370、JST ASPIRE JPMJAP2302、JST CRONOS JPMJCS24K2、EPSRC Early Career Fellowship(EP/T00729)、スペインAgencia Estatal de Investigación AEI/10.13039/501100011033(Project PID2020-112581GB-C21 MOTION)の支援を受けて実施されました。
【用語説明】
神経細胞同士が情報をやり取りする接点。
脳内の神経細胞と、その間をつなぐシナプス結合の全体像を地図のように表したもの。
前者は一部の正解ラベルを使って残りを推定する方法、後者は正解ラベルを使わずデータの類似性だけから分類する方法。
令和8年3月19日
