電池材料の電極界面ごとの"イオンの流れ"を初めて分離 ―電池材料の性能向上に新たな指針―
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北陸先端科学技術大学院大学 東京理科大学 |
電池材料の電極界面ごとの"イオンの流れ"を初めて分離
―電池材料の性能向上に新たな指針―
ポイント
- 電池材料の電極界面ごとに、イオン(プロトン)の流れを分離・定量する手法を開発
- 酸化物界面と金属・炭素界面の輸送特性を定量化することに初めて成功
- 電池材料の性能向上に新たな設計指針を提示し、燃料電池や水電解などの性能向上に貢献
| 北陸先端科学技術大学院大学 物質化学フロンティア研究領域の阿部雄介大学院生(博士前期課程)(研究当時)、青木健太郎助教、Athchaya SUWANSOONTORN研究員(研究当時)、長尾祐樹教授らは、カナダ・カルガリー大学および東京理科大学 創域理工学部の四反田功准教授らとの共同研究により、電池材料の電極を構成する高分子電解質*1薄膜における「イオン(プロトン)」*2輸送を、界面*3ごとに分離・定量する新たな計測手法を開発しました。電池材料の性能向上に新たな指針を与える成果です。 燃料電池や水電解などの電池材料では、電極と高分子電解質が接する「界面」における「プロトン」の流れが性能を大きく左右します。しかし実際の電極では、酸化物、白金、炭素など複数の界面が混在しており、従来の測定ではそれらの輸送が重なって観測されるため、どの界面がどの程度プロトン輸送に寄与しているのか、プロトン伝導度*4を直接測定することができませんでした。このため、電池材料の性能向上に向けた界面設計の指針が得られないという課題がありました。 そこで本研究では、電極構造(くし形のインターディジテッド電極*5)の設計と低周波領域まで拡張したインピーダンス測定*6を組み合わせることで、これまで分離できなかった界面ごとのプロトン輸送を初めて分離・定量する手法を開発しました。その結果、電池材料の電極における酸化物界面と白金・炭素界面で最大で2倍程度異なるプロトン輸送特性を示すことを明らかにし、それぞれの役割を個別に評価できることを実証しました。本成果により、電極界面ごとのプロトン輸送の律速要因を明確に把握することが可能となり、電池材料の選択や界面設計をより合理的に進めることができるようになります。燃料電池に加え、水電解や二次電池、センサなど、さまざまな電気化学デバイスの性能向上に貢献することが期待されます。 |
【研究の背景】
燃料電池や水電解など、次世代エネルギー技術の高効率化に向けて、電極と電解質が接する「界面」におけるプロトンの流れの理解が重要となっています。特に近年、脱炭素社会の実現に向けて、燃料電池や水電解装置の性能向上への期待が高まっており、その鍵を握る界面設計の高度化が求められています。
燃料電池や水電解では、高分子電解質(アイオノマー)が電極表面を覆い、その界面を通じてプロトンが移動しています。しかし、実際の材料では、白金、炭素など複数の界面が混在しており、従来の測定ではそれらすべての寄与が一つに重なって観測されていました。そのため、どの界面でプロトンがどの程度流れているのかを区別することができず、界面設計の指針が得られないという課題がありました。
このように、界面ごとのプロトン輸送を分けて評価する手法が存在しないことが、電極材料や界面構造の最適設計を進める上で大きなボトルネックとなっていました。
【本研究の成果】
本研究では、電極構造(くし形のインターディジテッド電極)の形状を精密に制御するとともに、低周波まで拡張したインピーダンス測定を組み合わせることで、これまで一つに重なって観測されていたプロトン輸送の成分を分離・定量する新たな手法を開発しました。これにより、電極界面ごとのプロトンの流れを個別に評価することに初めて成功しました。その結果、測定信号に含まれる複数の抵抗成分が、それぞれ異なる界面に由来することを明確にし、
・高周波側の抵抗成分は酸化物(SiO2)界面のプロトン伝導
・低周波側の抵抗成分は白金および炭素界面のプロトン伝導
に対応することを明らかにしました。

| 図1 本研究の概念図と結果の概要。左図は、ナフィオン薄膜中をプロトンが電極界面に沿って移動する様子を示しています。SiO2基板界面(σ1)と、炭素または白金電極界面(σ2)で異なる輸送経路が存在します。従来はσ2を正確に得ることができていませんでした。右図は、電極パッド長(Long / Short)を変えても、それぞれの界面に対応する伝導度(σ1, σ2)がほぼ一致することを示しています。これは、測定された伝導度が電極構造の影響ではなく界面固有の値であり、σ2が高い精度で定量できていることを示します。 |
さらに、電極パッドの長さを変えても同じ伝導度が得られることから、これらの抵抗成分が電極構造ではなく「界面そのもの」の性質に由来することを実証しました。これにより、従来は一つの値としてしか評価できなかったプロトン伝導度を、界面ごとに分けて定量できることを初めて示しました。
本成果は、これまで"混ざって見えていたプロトンの流れ"を界面ごとに分解して捉えることを可能にした点で、電極界面におけるプロトン輸送の理解を大きく前進させるものです。

| 図2 本研究のまとめ。電池内部では、プロトンが複数の「電極界面」を通って移動していますが、従来はそれらが重なって観測されるため、どこが性能のボトルネックか分かりませんでした。本研究では、櫛のような電極構造を用いてプロトンの流れを界面ごとに「仕分け」して測定することに成功しました。その結果、酸化物と金属・炭素の界面でプロトンの進みやすさが最大で2倍程度異なることを明らかにしました。これにより、電池内部の「渋滞箇所」を特定でき、燃料電池や次世代電池の性能向上に向けた設計が可能になります。(本ポンチ絵は、AIにより作成) |
【社会への還元として期待できる内容、今後の展望】
本研究により、電極と高分子電解質が接する界面におけるプロトン輸送を、界面ごとに分離して評価できる手法が確立されました。これにより、どの界面がイオン輸送のボトルネックとなっているのかを明確に特定できるようになり、電極材料の選択や界面構造の最適化を、従来よりも科学的根拠に基づいて設計することが可能となります。特に、燃料電池や水電解装置の開発においては、エネルギー変換効率の向上やコスト低減が重要な課題であり、本手法はその設計指針を与える基盤技術として、材料開発やデバイス設計に直接的に貢献することが期待されます。また、本手法は、燃料電池に限らず、水電解、二次電池、センサなど、電極界面でのイオン輸送が重要となるさまざまな電気化学デバイスに適用可能であり、それらの性能向上に貢献すると考えられます。
今後は、実際の複雑な電極構造への展開や、界面構造とイオン輸送の関係の解明を進め、より高効率で高機能なエネルギー・デバイスの実現を目指します。
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST(JPMJCR21B3)、日本学術振興会(JSPS) 科研費 新学術研究領域「ハイドロジェノミクス」(JP21H00020)、公益財団法人 村田学術振興・教育財団 研究助成による財政的支援を受けて実施されました。
【論文情報】
| 掲載誌 | ACS Applied Materials & Interfaces |
| 論文タイトル | Decoupling Interfacial Proton Conductivity in Ionomer Thin Films on Pt and Carbon Electrodes |
| 著者 | Yusuke Abe, Kentaro Aoki, Athchaya Suwansoontorn, Kunal Karan, Isao Shitanda, Yuki Nagao* |
| 掲載日 | 2026年5月1日 |
| DOI | 10.1021/acsami.6c04425 |
【用語説明】
イオンを運ぶ機能を持つ高分子材料です。燃料電池などでは、プロトン*2を選択的に輸送する役割を担います。本研究では代表的な高分子電解質であるナフィオンを使用しています。ナフィオンは、プロトンを効率よく輸送できるため、燃料電池などで広く利用されています。
水素原子が電子を失った粒子(H+)で、電気を運ぶ役割を持つイオンです。燃料電池や水電解などは、このプロトンを電子と別々に流すことで動きます。
異なる材料が接している境界のことです。本研究では、ナフィオンとSiO2(酸化物)、白金、炭素との接触部分を指します。
プロトンがどれだけ流れやすいかを表す指標です。値が大きいほど、プロトンが移動しやすいことを意味します。
櫛(くし)の歯のように電極が交互に並んだ構造を持つ電極です。電極間を横方向に流れるイオンの動きを測定するのに適しています。
交流電圧を加えて材料の応答を調べる測定手法で、イオンの動きや電気的な抵抗を周波数ごとに解析することができます。
令和8年5月11日

