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生命の「代謝」を真似た機能性ハイドロゲル材料を開発 ―自律運動や光エネルギー変換を実現する人工材料―

生命の「代謝」を真似た機能性ハイドロゲル材料を開発
―自律運動や光エネルギー変換を実現する人工材料―

ポイント

  • 心拍や呼吸(異化)、光合成(同化)といった生体代謝を模倣した機能性の高分子ハイドロゲル材料「代謝模倣ハイドロゲル」開発に成功
  • 高分子ゲルが、化学反応の単なる「入れ物」ではなく、化学反応と一体となって機能を生み出す能動的主体として働くことを初めて提示
  • ソフトロボティクスや人工光合成によるエネルギー技術など応用に期待
 北陸先端科学技術大学院大学 物質化学フロンティア研究領域の桶葭興資准教授と、東京大学大学院工学系研究科の吉田亮教授の研究グループは、生体の「代謝」機能に着想を得て、化学反応回路と高分子ネットワークを統合した新しい機能性ハイドロゲル*1材料「代謝模倣ハイドロゲル」を開発しました。
 生体は外界と物質・エネルギーを交換する「開放系」であり、体内では複数の化学反応が連携して進行することで生命活動が維持されています。こうした代謝は、エネルギーを取り出し心拍や呼吸のように自律的な運動を引き起こす「異化」と、光合成のように外部エネルギーを利用して物質を合成する「同化」に大別されます。本研究では、この2つの機能を高分子ハイドロゲルを用いて、人工材料として再現しました。
 具体的には、外部刺激なしに周期的な膨潤・収縮を示す「自励振動*2ゲル」と、光エネルギーを化学エネルギーへ変換する「人工光合成*3ゲル」を開発しました。前者は、異化反応を模したもので、化学振動反応(BZ反応)を利用し、化学エネルギーを機械運動へと変換します。後者は、水分解に関わる反応系を高分子ネットワーク内に組み込むことで、光合成のような同化反応で見られる効率的な電子移動を実現しています。
 本研究は、高分子ゲルを単なる反応の場ではなく、反応と一体化して機能を発現する材料として位置づけ、「化学反応回路×高分子ネットワーク」という新たな材料設計指針を提示するものです。今後は、自律して動く人工筋肉などのソフトロボティクスや、人工光合成によるエネルギー変換、さらには環境応答型スマート材料などへの応用が期待されます。
 本成果は2026年5月5日、英国王立化学会の学術誌「Chemical Communications」に掲載されました。

【研究の背景】

 生体は外界と隔絶された閉じた系ではなく、物質やエネルギーを外界と交換しながら機能する「開放系」です。このような開放系において、生体内では多数の化学反応が同時かつ協調的に進行し、それによって生命活動が維持されています。こうした一連の反応の体系は「代謝」と呼ばれます。
 代謝機能は大きく二つに分類されます。第一に、物質を分解してエネルギーを取り出す異化反応(例:呼吸)、第二に、外部エネルギーを利用して物質を合成・蓄積する同化反応(例:光合成)です。例えば、異化反応ではTCA回路に代表される循環型の反応ネットワークによってエネルギーが生成され、心拍や呼吸といった周期的な生命現象が支えられています。一方、同化反応では、植物の葉緑体において光エネルギーが捕集され、カルビン・ベンソン回路を通じてブドウ糖などの高エネルギー物質へと変換されます。
 これらの代謝機能は、単なる分子反応の集合ではなく、それらを取り囲む生体膜や高分子ネットワークといった「柔軟で動的な媒体(ソフトメディエーター)」と一体となって実現されています。
 一方、材料科学においても刺激応答性を有する高分子ゲルが広く研究されてきましたが、化学反応回路と高分子ネットワークが一体となって機能を発現する材料設計は、これまで十分に検討されていませんでした。

【本研究の成果】

 本研究では、生体の代謝機能に着想を得て、化学反応回路と高分子ネットワークを統合した新しい機能性ハイドロゲル材料を開発しました。具体的には、以下の2種類の材料を実現しています。
① 自励振動ゲル(異化反応の模倣)
 本材料は、生体の異化反応に対応し、外部刺激なしに周期的な膨潤・収縮を繰り返す自律振動挙動を示します。これは、BZ(Belousov-Zhabotinsky)反応と呼ばれる化学振動反応を高分子ゲル内部に組み込み、化学エネルギーを力学的運動へと変換することで実現されました。
② 人工光合成ゲル(同化反応の模倣)
 本材料は、生体の同化反応に対応し、光エネルギーを化学エネルギーへ変換する機能を有します。水分解反応に関わる複数の機能分子や触媒を高分子ネットワーク内に組み込むことで、電子移動を効率的に促進し、光合成に類似したエネルギー変換を実現しました。
 これらの材料は、生体の代謝機能を「反応回路 × 柔軟媒体」という観点から再構成し、人工材料として実装したものです。

【社会的意義・今後の展開】

 本研究の意義は、従来の材料設計の枠組みを拡張し、「化学反応回路 × 高分子ネットワーク」を一体化するという新しい設計指針を提示した点にあります。
 高分子ゲルは単なる反応の場ではなく、反応と一体化して機能を発現する材料であり、その構造変化(相転移など)を通じて、化学反応や電子移動を能動的に制御・加速できることが示されました。また、分子レベルからマクロスケールに至る階層的な設計が可能であり、複数の機能が相互作用する「創発的機能」を持つ材料としての可能性が示されています。
 こうした特性を踏まえ、本研究で開発された「代謝模倣ハイドロゲル」は、以下のような展開が期待されます。
(1)自律駆動型ソフトロボティクス
 自励振動ゲルは外部電源なしで動作する人工筋肉やソフトアクチュエータとして利用可能であり、柔軟なロボットへの応用が期待されます
(2)人工光合成によるエネルギー・環境技術
 人工光合成ゲルは、水素生成などのエネルギー変換に応用可能であり、カーボンニュートラル技術への貢献が見込まれます。
(3)環境応答型スマート材料
 環境に応じて機能を変えるスマート材料として、高機能センサーへの展開が期待されます。
 本研究は、材料を受動的な存在から、エネルギー変換・運動・応答を内包した動的システムへと拡張するものであり、次世代材料科学の基盤となる可能性を有します。
 今後は、精密重合や自己組織化と組み合わせることで、より高度な機能材料の創製が期待されます。さらに、精密重合や自己組織化技術と組み合わせることで、より高度で進化的な機能を持つ材料の創製が期待されます。また、生体の代謝機能の理解にも新たな視点を提供するものです。

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図 「代謝機能」をまねたハイドロゲル材料

【論文情報】

掲載誌 Chemical Communications (The Royal Society of Chemistry)
論文タイトル Design of metabolism inspired hydrogels driven by emergence of function
著者 Kosuke Okeyoshi, Ryo Yoshida
DOI 10.1039/d5cc06562c
掲載日 2026年5月5日付、オンライン版(オープンアクセス)

【関連情報】

高分子ネットワークで人工光合成(2024.11.6 プレスリリース)
https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2024/11/06-1.html

精密な高分子設計による能動的電子輸送が終始可能に
-高分子が触手のように電子を授受-(2023.12.14 プレスリリース)
https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/12/14-1.html

高分子の"伸び縮み"で「人工光合成」を加速する!
-電子伝達を制御する高分子の相転移(2019.6.12 Academist Journal)
https://academist-cf.com/journal/?p=11128

高分子の相転移を利用した人工光合成に成功
-可視光エネルギーによる高効率な水素生成を達成-(2019.5.15 プレスリリース)
https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2019/05/15-1.html

【用語解説】

1. ハイドロゲル:
水を含んで膨潤した三次元網目構造の総称。天然または合成ポリマーの三次元ネットワークであり、大量の水または生体液を吸収する。特に、高分子ゲルの構造や機能は多種多様で、天然のハイドロゲルの身近な例として、コンニャク、寒天、ゼラチンなどがある。合成のハイドロゲルでは、その高分子主鎖だけでなく多様な架橋構造が開拓されている。
2. 自励振動:
その系自体の特性により系内部で非振動入力が振動に変換されて引き起こされる振動現象のこと。例えば、生体のTCA回路を模したベロウソフ・ジャボチンスキー反応(BZ反応)と呼ばれる化学振動反応系がある。
3. 人工光合成:
光合成を人為的に行う技術のこと。自然界での光合成は、水・二酸化炭素と、太陽光などの光エネルギーから化学エネルギーとして炭水化物などを合成するものであるが、広義の人工光合成には太陽電池を含むことがある。自然界での光合成を完全に模倣することは実現していないが、部分的には技術が確立している。可視光エネルギーによる水の分解もその代表例である。

令和8年5月12日

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