環境・気象・経済変動の予測に資する新たな数理手法を確立 ―手取川の流量データへの適用で洪水・渇水の変動幅を予測―
環境・気象・経済変動の予測に資する新たな数理手法を確立
―手取川の流量データへの適用で洪水・渇水の変動幅を予測―
ポイント
- 環境や気象、経済変動など「過去を引きずる変動」(長記憶過程)における予測の不確実性を厳密に評価する新しい数理手法を開発しました。
- ムシェラク=オルリッチ空間を導入し、多様な時間スケールが混在する複雑現象のリスクを数値化しました。
- 手取川の流量データへの適用で洪水・渇水の変動幅を定量評価。洪水予測や水力発電など、広範な応用展開が期待されます。
| 私たちは天気予報や経済見通しを頼りに日々の判断を下していますが、現実には予測を超えた「まさか」の事態が繰り返し発生します。環境・気象・経済のダイナミクスはしばしば「過去を引きずる現象(長記憶過程)」の性質を持ち、過去の状態が長期にわたって現在に影響し続けます。しかし長記憶過程は数学的な複雑さに起因して、数理モデルが内包する不確実性が予測にどれほどのエラーをもたらすかを評価する枠組みが未整備でした。今回、北陸先端科学技術大学院大学 データ社会メディア研究領域の吉岡秀和准教授がこの課題を克服する新たな数理手法を開発しました。本成果は学術誌「Chaos, Solitons & Fractals」に掲載されました。 本研究では、多様な時間スケールの変動が複合的に作用する「重ね合わせオルンシュタイン=ウーレンベック過程(supOU過程)」に着目し、「場所ごとに異なるものさしでデータを扱える」数学的枠組み「ムシェラク=オルリッチ空間」を導入しました。これにより、予測のズレが持つリスクの上限・下限を現実のデータに即して厳密に数値化できるようになりました。さらに、この手法を、石川県の一級河川・手取川上流域の流量データへ本手法を適用し、不確実性に応じた洪水・渇水の頻度や持続時間の変動幅を定量的に評価しました。 本成果は長記憶過程の不確実性評価という応用数学上の課題を解決するとともに、防災・水資源管理に直結する実践的枠組みを提供するものです。吉岡准教授は「予測の限界を正直に知り、リスクの幅を定量化することが、真に頼れる予測技術の第一歩です。防災・経済分野の研究者や実務者とも連携し、社会実装に向けた研究を進めたい」と述べています。 |
【概要】
私たちは日々、天気予報や経済予測などの様々な予測を頼りに生活していますが、現実には予測を上回る想定外の事態が起こります。とくに、人間社会と関りが深い環境や経済のダイナミクスはしばしば過去を引きずる現象(長記憶過程と呼ばれる)であり、過去の引きずり方に着目した様々な理論が提案されてきました。しかしながら、長記憶過程については数学的な複雑さに起因して、数理モデルに含まれる理想と現実のズレが将来的にどれほど大きなエラーをもたらすかを評価するための枠組みが十分に整備されていません。本研究では、こうした予測の不確実性を高度な数学的理論を用いて厳密に評価するための新手法を開発しました。
【本研究のポイント】
シンプルでありながら豊かな数理構造を持つ重ね合わせオルンシュタイン=ウーレンベック過程(supOU過程と呼ばれる)という長記憶過程に着目し、理論構築を行いました。supOU過程は河川流量や経済指標のダイナミクスを表現できるモデルであり、無限大から無限小に及ぶさまざまな時間スケールの変動が複合的に作用するという特徴を持ちます。この性質を、河川を流れる水はどこから来るのかという身近な現実問題で例えると、山に雨が降ると、雨水は山の斜面を素早く流れ落ちる水(小さい時間スケールに対応)、地下に浸透してゆっくり河川に到達する水(大きい時間スケールに対応)、ならびに両方の経路を辿る水に分かれます。雨の降り方や強度によって、雨水が河川に到達するまでの時間や経路は変化します。supOU過程は、こうした現象をシンプルに表現できる数理モデルです。
supOU過程はマルチスケールなダイナミクスを表現できるという利点の反面、不確実性に起因するエラーを評価するための数理基盤が未成熟です。その原因の一端は、厳密かつ数値実装できるように不確実性を評価するための関数空間の設定が未解明であった点にあります。『数物的に意味がある不確実性が住む関数空間はどこ?』という問いへの回答がなされていなかった、とも言い換えられます。本研究ではこの課題を克服するために、「ムシェラク=オルリッチ空間」という数学的な枠組みを使うことで、予測のズレが持つリスクの最小・最大幅を、より現実の状態に即し、かつ厳密に評価できるようにしました(図1)。上述した河川を流れる水の例でムシェラク=オルリッチ空間の効能を例えると、『データの性質や重要度について、地表水や地下水の割合等に依存して柔軟に評価できる数学の道具』といえます。

図1.本研究の取り組み。
【河川流量への応用】
山地の豊かな水資源を用いた堅豆腐の製造や渓流魚の養殖といった地域独特の営みが行われており河川流量の多寡が重要な、手取川上流域の風嵐(かざらし)地点におけるオープンデータから実際にsupOU過程を同定し、その不確実性を評価しました。とくに、本研究で提案する枠組みを用いることで、不確実性の大きさに応じて河川流量や洪水・渇水の頻度や持続時間がどのように上振れ・下振れするのかを評価できました(図2、図3)。世界的に見て地形が比較的急峻な日本国内には数多の山地河川が存在するため、本研究の枠組みは他河川にも応用することができると考えられます。

図2.風嵐における1時間毎河川流量。赤は欠測をあらわす。

| 図3. (a)不確実性下における風嵐の流量が上振れした場合について、1年(=8760時間)分をシミュレートしたもの。 (b)(a)と同様に、下振れした場合についてシミュレートしたもの。青→緑→赤の順に、より不確実性が大きいケースに対応。 |
【研究資金】
本研究は、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(さきがけ、JPMJPR24KE)ならびに日本学術振興会の科研費(25K00240, 25K07931)の支援を受けて実施したものです。
【論文情報】
| 題名 | A Musielak-Orlicz approach for modeling uncertainties in long-memory processes |
| 著者 | Hidekazu Yoshioka |
| 掲載誌 | Chaos, Solitons & Fractals |
| DOI | 10.1016/j.chaos.2026.118494 |
| 掲載日 | 2026年5月22日 ※なお、本論文はオープンアクセスですのでどなたでも閲覧やダウンロードを行うことができます。 |
令和8年5月26日
