AI設計の次世代ステルス材料と極細硬性内視鏡を開発 ―光熱がん治療の新たな可能性を切り拓く―
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| 国立大学法人東北大学 国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 エア・ウォーター株式会社 帝京大学先端総合研究機構 |
AI設計の次世代ステルス材料と極細硬性内視鏡を開発
―光熱がん治療の新たな可能性を切り拓く―
【発表のポイント】
- 血中滞留時間が従来のPEG(注1)の4倍以上で生分解性(注2)を持つ新しい人工タンパク質「IDP1(注3)」を人工知能(AI)を用いて開発しました。
- IDP1でコーティングした光熱変換ナノ粒子(注4)は静脈投与だけで腫瘍に効率よく集積し、正常臓器への分布が少ないことを定量的に確認しました。
- 標準的な注射針に挿入できる極細硬性内視鏡(注5)を開発し、腫瘍内部から直接レーザを照射する「接触型照射システム」を実現しました。
- マウスの大腸がんモデルにおいて、1回の薬剤投与と1回のレーザ照射の組み合わせで腫瘍が14日以内に消失し、40日以上再発しないことを確認しました。
- 観察期間中、明らかな全身毒性は認められませんでした。
【概要】
| 近赤外線レーザでがん細胞を熱で破壊する「光熱療法」は、手術や放射線治療に比べて体への負担が少ない次世代のがん治療として期待されています。しかし、治療薬を運ぶナノ粒子が免疫細胞に排除されて腫瘍へ届きにくいことや、体外からのレーザ照射では深部腫瘍に十分な熱を届けられないことが課題でした。 東北大学 多元物質科学研究所の都 英次郎教授(北陸先端科学技術大学院大学 客員教授)らと、エア・ウォーター株式会社の山下 紘正グループリーダー(帝京大学先端総合研究機構 特任准教授)らは、共同研究によりこれら2つの課題を同時に解決しました。タンパク質構造予測AI「AlphaFold(注6)」を活用して設計した人工タンパク質「IDP1」をナノ粒子にコーティングすることで腫瘍への集積性を高めるとともに、注射針に挿入可能な極細硬性内視鏡を用いた接触型レーザ照射システムを開発し、低出力で高い加熱効果を実現しました。マウス大腸がんモデルでは、1回の治療で腫瘍の消失と長期的な再発抑制を確認しました。 本研究成果は、ナノサイエンス・材料科学分野の専門誌Small Scienceに、2026年7月14日付で掲載されました。 |
【詳細な説明】
研究の背景
光熱療法はがん細胞を近赤外線レーザで選択的に加熱・破壊する治療法で、低侵襲性・繰り返し治療の可能性・免疫活性化効果などから次世代がん治療として世界中で研究が進んでいます。治療薬はナノ粒子に封入して静脈投与されますが、体内の免疫細胞(主にマクロファージ)がナノ粒子を異物として認識し、肝臓や脾臓で回収してしまうため、腫瘍への到達効率が低下するという課題があります。
これを防ぐためにPEGというプラスチック由来の分子でナノ粒子を覆うことが広く行われてきましたが、繰り返し投与によって体がPEGへの抗体を産生し2回目以降の投与では薬剤が急速に排除される「加速血中消失現象(注7)」が起こること、またPEGが体内で分解されず長期的な安全性に懸念が残ることが問題でした。
レーザ照射については、体の外から照射する従来法では皮膚・皮下組織・筋肉などがレーザを吸収・散乱するため、深部の腫瘍に十分な熱を届けるには1 W以上の高出力が必要となり、皮膚熱傷などの副作用リスクが高まります。光ファイバを腫瘍内に挿入する方法も存在しますが、これまでのシステムはファイバが太く、小動物実験への適用や最小侵襲性の観点で課題がありました。
今回の取り組み
研究グループはこれらの課題を以下の2つの独自技術で解決しました。
1つ目は、コンピュータ設計による人工ステルスタンパク質「IDP1」の開発です。血液中に豊富に存在する「ヒト血清アルブミン(HSA)(注8)」は表面に親水性アミノ酸を多く持ち、ナノ粒子への非特異的タンパク吸着を防ぐ性質を持っています。研究グループはまずHSAの立体構造データを解析して水との接触面積が大きいアミノ酸だけを選び出し、得られた改変HSAの立体構造をノーベル賞受賞技術にも貢献したタンパク質構造予測AI「AlphaFold」で予測することで、固有の立体構造を持たない柔軟な領域(固有無秩序領域)を特定しました。この候補配列の中から最も高い親水性と適切な電荷バランスを持つ配列をIDP1として選定しました。AlphaFoldの高精度な構造予測能力があってこそ、従来は困難だった「無秩序な領域の同定」が可能になりました。これらを評価した結果、弱いマイナス電荷を持ち最も高い親水性を示す候補をIDP1として選定しました。IDP1は大腸菌を使って生産でき、マウスへの投与実験では血中滞留時間がPEGの4倍以上(半減期150.5分対17.8分)を達成しました。
2つ目は、エア・ウォーター株式会社との共同研究による注射針サイズの極細硬性内視鏡です。エア・ウォーター株式会社が培ってきたグレーデッドインデックス型プラスチック光ファイバ(GI-POF)のレンズ応用技術を医療応用に展開し、直径0.5 mmのレンズを持つ極細硬性内視鏡を実現しました。この内視鏡は標準的な16ゲージ注射針の内腔に収まり、腫瘍内に直接挿入して808 nmのレーザを照射できます。レーザが皮膚や周囲組織を通過しないため光の減衰がなく、腫瘍全体に均一に熱を届けられます。実験では従来の外部照射(700 mW、ΔT≈40°C)と比べて28%低い出力(500 mW)で同等の温度上昇(ΔT=36.3°C)を達成しました。さらに励起波長785 nm・検出波長810〜860 nmの蛍光観察モジュールを搭載し、薬剤集積のリアルタイム確認と最適照射位置の決定を同一デバイスで行えるシステムを実現しました。
実験結果
細胞実験では、IDP1でコーティングしたナノ粒子(IDP1-CNH/ICG)は免疫細胞であるRAW264.7マクロファージへの取り込みが従来のコーティングなし粒子と比べて大幅に抑制されました。がん細胞(Colon26)に対しては接触型レーザ照射によって濃度依存的な細胞死が誘導され、正常細胞(MRC5)への影響は最小限に留まりました。
マウスを使ったin vivo実験では、投与24時間後に腫瘍部位への強い蛍光集積が確認されました。蛍光解析では腫瘍への集積量が肝臓、腎臓、心臓、脾臓、肺を大幅に上回り、正常臓器への分布が少ないことが定量的に示されました。
がんの治療実験では、IDP1-CNH/ICG投与+接触型レーザ照射群において14日以内に全マウスで腫瘍が消失しました。40日以上の観察期間中に再発は認められませんでした。体重に変化はなく血液検査でも異常は見られず、安全性が示唆されました。腫瘍組織の病理解析ではアポトーシス(細胞の自然死)とネクローシス(壊死)の強い誘導が確認されました。なお薬剤投与なしで接触型レーザのみを照射した群、および薬剤投与+従来の外部レーザ照射群ではいずれも腫瘍の消失には至らず、IDP1-CNH/ICGと接触型照射の組み合わせが治療成功に重要な要素であることが示されました。
今後の展開
IDP1の設計手法はがん治療薬の運搬だけでなく、さまざまなバイオ医薬品の体内での安定性向上(半減期延長)にも広く応用できると期待されます。また接触型光ファイバ内視鏡システムについては、エア・ウォーター株式会社と連携しながら内視鏡が届くさまざまながん種(頭頚部がん、食道がん・乳がん・大腸がんなど)への展開を進める予定です。今後は非臨床安全性試験の実施と早期臨床応用に向けた研究開発を推進します。

| 図1. 本研究の概要。ヒト血清アルブミンからコンピュータで設計した人工タンパク質IDP1でコーティングした光熱変換ナノ粒子(IDP1-CNH/ICG)を静脈投与し、注射針サイズの極細硬性内視鏡を腫瘍内に挿入して直接レーザを照射することで、効率的な光熱がん治療を実現した。 |

| 図2. IDP1の優れたステルス性能。(左)静脈投与後の血中濃度の変化。IDP1(赤線)は従来のPEG(水色線)と比べて4倍以上長く血液中に留まることが示された。(右)がん細胞(Colon26)および免疫細胞(RAW264.7マクロファージ)へのナノ粒子の取り込み量の比較。IDP1でコーティングしたナノ粒子(薄紫)は、コーティングなし(濃紺)と比べて取り込みが大幅に抑制された。 |

| 図3. マウスを用いた光熱療法の治療効果。(左)近赤外線サーモグラフィによる腫瘍部位の温度分布。注射針サイズの極細硬性内視鏡を用いた接触型レーザ照射(右下)では、照射開始から5分後に腫瘍内温度が約67.7°Cに達した。体外からの従来照射(右上)では温度上昇が限定的であった。(右)各治療群における腫瘍体積の経時変化。IDP1-CNH/ICGの投与と接触型レーザ照射を組み合わせた群(黒丸)でのみ、マウスの腫瘍がレーザ照射の14日以内に消失した。他の治療群では腫瘍の増大が確認された。データはマウス5匹の平均値±標準偏差を示す。 |
【謝辞】
本研究は、科学技術振興機構(JST)共創の場形成支援プログラム(JPMJSF2318)、JSPS科研費(JP23K17209、JP23H00551、JP25K21827)同 地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(JPJS00420230006)、文部科学省先端研究基盤共用促進事業(JPMXS0440200021)の支援を受けて実施されました。また、極細硬性内視鏡の開発にあたってはエア・ウォーター株式会社、帝京大学先端総合研究機構から実験的・技術的サポートをいただきました。
【用語説明】
石油由来の水溶性ポリマーで、ナノ粒子を免疫細胞から守るため医薬品分野で広く使われてきた材料です。しかし繰り返し投与によって体が抗体を産生し薬剤が急速に排除される問題や、体内で分解されないという長期安全性の課題が知られています。(ポリエチレングリコール)
体内の酵素や化学反応によって自然に分解される性質のことです。IDP1はアミノ酸から構成されており、体内のタンパク質分解酵素によって最終的に無害なアミノ酸に分解されます。プラスチック由来のPEGが体内で分解されないことと対照的な特長です。
本研究で新たに開発した人工タンパク質です。通常のタンパク質は決まった立体構造を持ちますが、IDP1(内在性無秩序ポリペプチド1)は形が決まらず水の中で柔軟に揺らめく「無秩序な」構造を持ちます。この柔軟性と水との強い親和性が、免疫細胞から認識されにくいステルス効果の源となっています。約100個のアミノ酸から構成される比較的小さなタンパク質で、大腸菌による大量生産も可能です。
本研究で開発したナノ粒子の正式名称です。直径約200 nmの脂質ナノ粒子の内部にカーボンナノホーン(CNH、炭素製の光熱変換材料)とインドシアニングリーン(ICG、FDA承認の蛍光色素)を封入し、表面をIDP1でコーティングしたものです。近赤外線レーザを照射すると効率よく熱に変換され、がん細胞を破壊します。(IDP1-CNH/ICG)
エア・ウォーター株式会社と共同開発した極細の硬性内視鏡です。グレーデッドインデックス型プラスチック光ファイバ(GI-POF)という、光を効率よく伝える特殊な素材を活用したレンズを使用しています。レンズ径わずか0.5 mm、標準的な注射針(16ゲージ)の内腔に挿入して腫瘍内に刺し込むことができ、腫瘍内部から直接レーザを照射できます。同時に腫瘍内の蛍光画像をリアルタイムで観察できる機能も搭載可能なデバイスです。
英国のDeepMind社(現Google DeepMind)が開発したタンパク質の立体構造を予測する人工知能(AI)プログラムです。アミノ酸の配列情報だけから、タンパク質がどのような三次元構造を取るかを高精度で予測できます。この技術は生命科学に革命をもたらしたとして、2024年のノーベル化学賞の受賞対象となった研究に深く関連しており、世界中の研究者が無償で利用できます。本研究では、ヒト血清アルブミンの改変配列がどのような構造を取るかを予測し、形が決まらない「無秩序な」領域を特定するために使用しました。(アルファフォールド)
PEGでコーティングしたナノ粒子を繰り返し投与した際に、免疫系がPEGに対する抗体を産生することで2回目以降の投与では薬剤が急速に排除される現象です。がん治療では複数回投与が必要な場合が多く、PEGベースの薬剤送達システムの重大な課題として広く認識されています。IDP1はタンパク質由来であるため、この問題が起きにくいと考えられます。(ABC現象)
血液中に最も多く含まれる主要タンパク質で、体重60 kgの成人では血液中に約200 gが存在します。脂肪酸・ホルモン・薬物を全身に運ぶ輸送役を担うほか、表面に親水性アミノ酸を多数持ち免疫細胞からの認識を受けにくい性質があります。本研究ではHSA全体ではなく、そのステルス性に寄与する部分の配列だけをコンピュータで特定・抽出しました。
【論文情報】
| タイトル | Intrinsically Disordered Polypeptides-Based Stealth Materials Enable Enhanced Photothermal Cancer Therapy Using an In Situ Fiber-Based Penetrating Laser System |
| 著者 | Kei Nishida, Hiromasa Yamashita, Akira Takahashi, and Eijiro Miyako* *責任著者:東北大学多元物質科学研究所 教授 都 英次郎 |
| 掲載誌 | Small Science |
| DOI | 10.1002/smsc.70342 |
| URL | https://doi.org/10.1002/smsc.70342 |
令和8年7月21日


