血液を「隠れ蓑」に使うナノ粒子で、最も治療困難な乳がんに挑む ― 光熱療法・免疫抑制解除・自然免疫活性化の三位一体戦略 ―
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国立大学法人東北大学 国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 |
血液を「隠れ蓑」に使うナノ粒子で、最も治療困難な乳がんに挑む
― 光熱療法・免疫抑制解除・自然免疫活性化の三位一体戦略 ―
【発表のポイント】
- 液体金属(注1)をコアに持つナノ粒子を、血液成分を「隠れ蓑」にして免疫細胞による排除を回避し、腫瘍への薬物集積量を約5倍に向上させました。
- がんの免疫逃避の主因である制御性T細胞(Treg)(注2)を腫瘍内から選択的に除去し、「がんの免疫ブレーキ」を解除することに成功しました。
- 近赤外線レーザー照射により腫瘍を加熱・破壊すると同時に、内包したSTINGアゴニスト(注3)を腫瘍内で放出し、自然免疫を強力に活性化させることで、原発巣の完全消失と肺転移の劇的な抑制を同時に達成しました。
- マウスモデルの実験において、難治性の三種陰性乳がん(TNBC)(注4)の原発腫瘍を100%完全消退させ、肺転移を90%以上抑制し、観察期間70日を超える長期生存を実現しました。
【概要】
| 三種陰性乳がん(TNBC)は、最も悪性度の高い乳がんサブタイプであり、診断から5年以内に遠隔転移を起こすリスクが他の乳がんの約3倍に達します。免疫チェックポイント阻害薬(注5)が一部の患者には有効ですが、その恩恵を受ける患者は20%未満にとどまり、腫瘍内に蓄積した制御性T細胞(Treg)による強力な免疫抑制が主因として挙げられています。 東北大学 多元物質科学研究所の都 英次郎 教授(北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 客員教授)の研究グループは、液体金属ナノ粒子を全血バイオミメティックコーティング(注6)で包み、制御性T細胞を標的とする抗体と免疫賦活物質STINGアゴニストを搭載した多機能ナノプラットフォーム「B-LM-DMX-αCD25」を開発しました(図1)。 正所性4T1乳がんモデル(注7)マウスを用いた検証では、全治療群において原発腫瘍の完全消退を達成し、実験的肺転移モデルでは転移巣結節数を90%以上減少させ、中央生存期間70日超という顕著な成果を示しました。 本研究成果は、材料科学・医学分野の国際的権威ある学術誌Advanced Scienceに、2026年8月11日付けでオンライン掲載されました。 |
【詳細な説明】
研究の背景
乳がんは女性における最も多いがん種の一つであり、そのうちTNBCは全乳がんの約15〜20%を占める最難治性のサブタイプです。既存の免疫療法(免疫チェックポイント阻害薬)は一部の固形腫瘍に有効性を示す一方で、TNBCでは腫瘍微小環境(TME)(注8)に高密度に浸潤した制御性T細胞(Treg)が免疫応答を強力に抑制するため、奏効率は20%未満に留まります。Tregは免疫抑制性サイトカイン(IL-10、TGF-β)を分泌して細胞傷害性T細胞の活性化を阻害し、転移性の伝播を促進する免疫微小環境の「司令塔」として機能します。乳がん患者の腫瘍内にFOXP3陽性Tregが多く存在するほど、無再発生存率・全生存率が低下することが臨床的に示されており、Tregの選択的除去が有望な治療戦略として期待されています。
一方、ガリウムベースの液体金属ナノ粒子は、50%を超える優れた光熱変換効率(注9)と高い生体適合性を持つ新世代の光熱変換材料として注目されていますが、水中での凝集しやすさや免疫細胞による急速な排除が、臨床応用の大きな障壁となっていました。
今回の取り組み
本研究グループは、全血バイオミメティックコーティングという独自のアプローチを採用し、合成ナノ粒子を複雑な膜成分の精製・再構築なしに一工程で、血液成分でコーティングすることを可能にしました。このコーティングにより、ナノ粒子は「自己(self)」として認識され、免疫細胞による排除を回避します。コーティングに含まれるCD47などのタンパク質が「eat me」シグナルを発するマクロファージの食作用を抑制し、腫瘍への到達効率を飛躍的に高めます。
今回開発した多機能ナノプラットフォーム「B-LM-DMX-αCD25」は以下の特徴を持ちます。粒子サイズは約171 nmで分散均一性が高く(多分散指数 < 0.2)、7日以上の保存安定性を確認しました。光熱変換効率は約54%と、金ナノロッドをはじめとする既存の光熱変換材料を上回ります。STINGアゴニストDMX(5,6-ジメチルキサンテノン-4-酢酸)の封入効率は95.7%以上という高い値を達成し、レーザー照射なしではほとんど薬剤が漏れ出ない(<5%)一方、近赤外線レーザー(808 nm、1.0 W)照射後15分以内に約90%が放出されるオンデマンド型の薬物放出を実現しました。抗CD25抗体の結合効率はほぼ100%で、腫瘍内のTregを選択的に除去するのに十分な抗体密度が確保されています。
B-LM-DMX-αCD25は、以下の3つの治療作用が連動する三位一体の治療メカニズムにより、相乗的な抗腫瘍免疫を引き出します(図2)。
第一に、制御性T細胞の選択的除去です。ナノ粒子表面の抗CD25抗体が腫瘍内Tregを標的とし、その細胞数を80%以上減少させます。これにより腫瘍微小環境の免疫抑制が解除され、後続の免疫応答の舞台が整います。
第二に、光熱療法による免疫原性細胞死(注10)の誘導です。近赤外線レーザー照射により腫瘍温度を5分以内に58℃まで上昇させ、がん細胞を熱で破壊します。この過程で腫瘍関連抗原(TAA)(注11)や危険シグナル分子(DAMP)(注12)が大量に放出され、免疫応答の「スターター」となります。
第三に、STING経路の活性化です。レーザー照射と連動してDMXが腫瘍内に放出され、cGAS-STING-TBK1-IRF3シグナル経路(注3)を活性化します。これにより樹状細胞が成熟してTAA提示能力が高まり、インターフェロンβ産生が誘導されて腫瘍特異的な細胞傷害性T細胞(CTL)の育成が促進されます。
研究チームは、インビトロおよびインビボでの有効性を検証しました。
細胞実験では、難治性の多剤耐性EMT-6/AR1細胞に対してレーザー照射下で選択的な細胞死(生存率<15%)を誘導し、正常肺線維芽細胞MRC-5の生存率(>40%)を大きく上回る選択性を示しました。
生体内実験においては、血液コーティングにより従来の合成高分子コーティングナノ粒子(DSPE-LM)と比べてマクロファージによる取り込みが50%以上抑制され、腫瘍への集積量が約5倍に向上することが確認されました。
正所性4T1乳がんモデルでは、B-LM-DMX-αCD25+レーザー照射群で全例が腫瘍完全消退を達成し、肺転移モデルでは転移結節数が対照群(PBS)と比較して90%超減少、肺重量も正常マウスとほぼ同等に維持され、観察期間70日超の長期生存が示されました。
免疫組織化学染色と定量的RT-PCR(注13)による分子レベルの解析により、以下の変化が確認されました。Foxp3・IL-10の発現が70%以上低下し(Treg除去の確認)、CD3陽性T細胞が13倍超、NK細胞(注14)(NKp46陽性)が大幅増加し、樹状細胞が約11倍増加しました。また、細胞傷害性マーカーであるグランザイムB(Gzmb)の遺伝子発現が3.07倍、IFN-γ(Ifng)が3.29倍上昇し(腫瘍特異的CTLの活性化の確認)、STINGシグナル関連遺伝子(Tmem173・Ifnb1・Cxcl10)が有意に増加しました。これらの知見は、局所治療が全身性の抗腫瘍免疫へと転換するメカニズムを分子・組織・機能の3レベルで実証しています。
今後の展開
本研究で開発したプラットフォームは、TNBCにとどまらず、様々な固形腫瘍への応用拡大が期待されます。今後は、異なる標的抗体や免疫調節剤の組み合わせによる他がん種への展開、NIR-IIウィンドウレーザーや光ファイバーを用いた深部腫瘍への適用、長期免疫記憶の評価と再チャレンジ実験による予防的効果の検証、GLP準拠の反復投与毒性試験を含む前臨床開発パッケージの整備を進める予定です。

図1. 本研究の概念(B-LM-DMX-αCD25の設計と三位一体の治療メカニズム)

| 図2. マウスを用いた抗腫瘍効果と生存率の検証 (a) 腫瘍体積の経時変化(治療開始からの日数):各群のマウスに治療を行い、腫瘍の大きさを継続的に観察しました。B-LM-DMX-αCD25+近赤外線レーザー照射群では、観察期間を通じて全例において腫瘍が完全に消失しました。他の治療群では腫瘍の増大が確認されました。 (b) 肺転移結節数と肺重量(治療後24日目):B-LM-DMX-αCD25+レーザー照射群では、PBS対照群と比べて肺転移結節数が90%超減少し、肺重量も正常マウスとほぼ同等に維持されました。 (c) 生存率(カプランマイヤー曲線):B-LM-DMX-αCD25+レーザー照射群では中央生存期間が70日を超え、他の全治療群を大幅に上回る生存延長効果が示されました。 |
【謝辞】
本研究は、JSPS科研費 基盤研究(A)(JP23H00551)、挑戦的研究(開拓)(JP25K21827)、地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(JPMJTR22U1)、JST共創の場形成支援プログラム(JPMJSF2318)の支援を受けて実施されました。
【用語説明】
【論文情報】
| タイトル | Blood Cell-Camouflaged Liquid Metal Nanoconjugates Orchestrate Treg Depletion and STING-Amplified Photothermal Immunity for Metastatic Triple-Negative Breast Cancer Therapy |
| 著者 | Nina Sang, Eijiro Miyako* *責任著者:東北大学多元物質科学研究所 教授 都 英次郎 |
| 掲載誌 | Advanced Science |
| DOI | 10.1002/advs.77069 |
| URL | https://doi.org/10.1002/advs.77069 |
令和8年8月21日

