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ロボットが「既知物体か新規物体か」を確率的に見分ける新手法を開発 ―物体地図の重複登録を抑え、位置推定誤差を最大72%低減―

ロボットが「既知物体か新規物体か」を確率的に見分ける新手法を開発
―物体地図の重複登録を抑え、位置推定誤差を最大72%低減―

【ポイント】

  • ロボットが観測した物体を「既知」か「新規」か確率的に判断する新手法「BPDA-GMM」を開発しました。
  • 対応付けの履歴を軽量なカウントとして蓄積し、新しい物体である確率を地図の規模に応じて自動調整します。
  • 高難度シミュレーションで位置推定誤差を約72%低減し、組み込み計算機で10Hz超の実時間動作を達成しました。

【概要】

 北陸先端科学技術大学院大学 人間情報学研究領域の丁 洛榮(チョン・ナクヨン)教授、グエン・カン・タン大学院生(博士後期課程)らの国際共同研究グループは、ロボットが観測した物体を地図上の既存物体と対応付ける新手法「BPDA-GMM」を開発しました。ロボットが椅子や机、車などの物体を認識し、それらを手掛かりに自分の位置を把握しながら周囲の地図を作る「意味的SLAM(スラム)*1*2」では、観測した物体が「以前にも見た物体」なのか、「新しく見つけた物体」なのかを判断する「データ対応付け*3」が重要です。
 本研究ではロボットがこれまでどの物体を何度観測してきたかという履歴を蓄積し、その情報を次の判断に生かす仕組みを導入しました。これにより、以前からある物体なのか、新しく現れた物体なのかを一つの確率的な仕組みの中で判断できます。また、新しい物体と判断する確率を地図の規模に応じて自動調整することで、同じ物体を重複して登録しにくくしました。こうした仕組みには、ディリクレ過程(中華料理店過程)*4と呼ばれる統計モデルを用いています。さらに、物体検出のノイズがロボットの軌跡推定を直接乱さない設計を導入しました。対応付けが特に難しいシミュレーションでは、位置推定誤差を最良の従来法より約72%低減しました。
 屋内のドローン実験と公開データセットKITTIでも精度向上を確認し、小型の組み込み計算機上で10Hzを超える実時間動作を達成しました。本成果は、長時間稼働するロボットが、重複や欠落の少ない物体地図を維持するための基盤技術として期待されます。チョン教授は、「将来的には複数ロボットの協調や、人の言葉による指示への応用にもつながる可能性があります」と述べています。
 本成果は、2026年8月21日付で 国際学術誌「IEEE Robotics and Automation Letters」Vol. 11, No. 10に正式掲載され、オンライン公開されました。

1.背景

 ロボットが未知の場所を自律的に移動するためには、自分が現在どこにいるのかを推定しながら、同時に周囲の環境地図を構築するSLAM が重要な技術となります。
 近年では、壁や床などの幾何学的な特徴だけでなく、「椅子」「机」「車」「樹木」といった人が理解しやすい物体とその種類を手掛かりに地図を作る「意味的SLAM」 が注目されています。物体単位の地図は、環境を意味のある情報として表現できるため、人とロボットの協働作業や、ロボットの長時間運用などへの応用が期待されています。
 一方、意味的SLAMでは、ロボットが新しく観測した物体を「地図上にすでに登録されている物体のどれに対応するのか」、あるいは「まだ地図に存在しない新しい物体なのか」を判断する「データ対応付け」が大きな課題となります。
 例えば、同じ部屋に複数の似た椅子が並んでいる場合、ロボットは目の前の椅子が以前見た椅子なのか、別の椅子なのかを判断する必要があります。この判断を誤ると、一つの物体が地図上に何度も登録されたり、反対に本来存在する物体が地図から欠落したりします。さらに、物体の観測情報を自己位置推定にも利用するシステムでは、誤った対応付けがロボット自身の位置推定を不安定にすることもあります。
 従来の確率的データ対応付け*5では、物体を観測した時点で複数の候補に対応付けの確率を割り当てますが、その確率を固定したまま用いる方法や、地図の変化に応じて改めて計算する方法が一般的でした。また、新しい物体として登録するための確率や判定範囲を、対応付けとは別に人手で調整する必要がある手法もあり、物体数が増える環境や、似た物体が多数存在する環境への適応が課題でした。

2.研究内容

 研究グループは、これらの問題を解決するため、ベイズ統計に基づく確率的データ対応付け手法「BPDA-GMM(Bayesian Probabilistic Data Association via Gaussian Mixture Models)」を開発しました。
 BPDA-GMMでは、観測した物体が「どの既知物体から得られたのか」、または「新しい物体なのか」という複数の可能性を、混合ガウスモデル*6を用いた確率分布として表現します。
 その中心となるのが、ディリクレ過程から導かれる「中華料理店過程」と呼ばれる統計モデルです。これは、中華料理店に新しく来た客が、すでに多くの客が座っているテーブルを選びやすい一方、一定の確率で新しいテーブルを選ぶ、という考え方になぞらえたものです。
 これを物体地図に置き換えると、これまで多くの観測が対応付けられてきた物体ほど「以前にも見た物体」と判断されやすくなる一方、「新しい物体」である可能性も残すことができます。各物体に蓄積された対応付けの情報は単純な「カウント」として保持できるため、新しい観測が得られるたびに過去のデータを最初から処理し直す必要がなく、軽量に更新できます。
 また、BPDA-GMMでは、新しい物体である可能性も既存物体と同じ確率計算の中で扱い、その確率を地図に登録されている物体数に応じて調整します。これにより、従来のような固定的な新規物体用の重みや判定範囲への依存を抑え、地図が大きくなった場合にも不要な物体が増えにくい仕組みとしました。
 さらに、以下の仕組みを組み合わせています。
1.物体の種類と位置の両方を利用した候補の絞り込み
 観測した物体と種類が一致し、位置関係から見ても妥当な既存物体だけを候補とすることで、計算量と誤った対応付けを抑えます。
2.判断が曖昧な場合だけ確率を調整
 複数の候補がほぼ同じ確率となり、どの物体か判断しにくい場合には、有力な候補がより明確になるよう確率を調整します。一方、候補が十分明確な場合には、この処理を行いません。
3. 物体観測と自己位置推定の影響を分離
 カメラやレーザーセンサから得られる物体位置には、大きな揺らぎが含まれる場合があります。そこで、物体の観測誤差がロボットの軌道推定に直接影響しないよう、物体地図の更新と軌跡推定の影響を分離する設計としました。
 また、ロボットが以前訪れた場所に戻った際には、蓄積した対応付け情報を利用して過去の物体を再認識し、ループ閉じ込み*7によって、長時間移動で蓄積した地図のずれを修正する仕組みも導入しています。

<実験結果>
 BPDA-GMMの有効性を、3種類のシミュレーション、ドローンを用いた屋内実験、および車載センサによる公開データセットKITTIで検証し、複数の既存手法と比較しました。
① 対応付けが難しい屋外シミュレーション
 「Outdoor Loop」と呼ばれるシミュレーション環境で100回の試行を行ったところ、BPDA-GMMの位置推定誤差の中央値は8.16mでした。比較した従来手法のうち最も良かった手法の29.57mに対し、誤差を約72%低減しました。
 また、物体の意味ラベルを正しく推定できた割合は0.9875となり、比較手法を大きく上回りました。特に、似た物体が存在して対応付けが難しい環境で、本手法の効果が顕著に現れました。
② ドローンによる屋内実験
 RGB-Dカメラを搭載したドローンを使い、椅子、机、モニター、冷蔵庫、植物の5種類、計84個の物体が存在する屋内環境で評価しました。その結果、BPDA-GMMは77個のランドマークを推定し、物体地図の総合的な精度を示すF1スコアで比較手法中最高の0.749を達成しました。一方、比較手法の中には101個のランドマークを推定したものもあり、BPDA-GMMでは同じ物体の重複登録を抑えながら、精度の高い物体地図を構築できることが示されました。
③ 公開データセットKITTIによる屋外評価
 車載レーザーセンサによる公開データセットKITTIを用いた評価では、BPDA-GMMの位置推定誤差は0.99mとなり、2番目に良かった手法の1.99mのおよそ半分でした。
 物体地図についても、適合率0.899、F1スコア0.890と、ともに比較手法中最高の値を達成しました。
④ 組み込み計算機上での実時間処理
 小型の組み込み計算機Jetson Xavier AGXで処理時間を評価したところ、BPDA-GMMのデータ対応付け、ランドマーク更新、後段の最適化に要する時間は、1キーフレーム当たり平均約0.8ミリ秒でした。
 システム全体でも10Hzを超える実時間動作が可能であり、計算資源が限られる移動ロボットへの搭載にも適した軽量性を確認しました。

3.今後の期待

 BPDA-GMMは、物体単位の地図を利用するロボットにおいて、同じ物体の重複登録や物体の取り違えを抑えながら、地図を長時間安定して維持するための基盤技術となることが期待されます。
 カメラを利用した屋内実験とレーザーセンサを利用した屋外実験の双方で有効性が確認されたことから、家庭用サービスロボット、工場や倉庫の搬送ロボット、屋外点検ロボット、自律移動車両など、さまざまな環境への応用が考えられます。
 今後は、物体を単一の点として扱うだけでなく、大きさや形状を考慮した物体表現への拡張、データから対応付けの確率を学習する手法、より多様な物体カテゴリを扱うための拡張、複数ロボット間で地図を共有する協調SLAMなどへの発展を目指します。
 本研究で開発したソフトウェアはGitHubにて公開しており、研究コミュニティや産業界での活用・発展も期待されます。
 https://github.com/pairs-lab/BPDA-SLAM

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図1.開発したBPDA-GMMのシステム概要
ロボットがカメラなどで検出した物体について、種類や位置から対応候補を絞り込み、過去の対応付け情報を用いて「地図上の既知物体か、新しい物体か」を確率的に判断します。その結果を用いて物体地図を更新し、ロボットの移動軌跡と重複の少ない物体地図を構築します。

【用語説明】

*1 SLAM:
Simultaneous Localization and Mapping。ロボットが自己位置を推定しながら、同時に周囲の環境地図を構築する技術。
*2 意味的SLAM:
Semantic SLAM。椅子、机、車などの物体と、その物体が何であるかという意味情報を利用して環境地図を構築するSLAM。
*3 データ対応付け:
センサで新しく観測した情報を、地図上のどの既存物体に対応付けるか、または新規物体として扱うかを決定する処理。
*4 ディリクレ過程:
候補の数があらかじめ決まっていない状況を扱う確率モデル。
*5 確率的データ対応付け:
対応先を一つに決め打ちせず、複数の候補に確率を割り当てて扱うことで、対応付けの不確実性を表現する手法。
*6 混合ガウスモデル:
複数の正規分布を組み合わせて、一つに絞り切れない候補や不確実性を確率的に表現するモデル。
*7 ループ閉じ込み:
ロボットが過去に訪れた場所へ戻ったことを検出し、それまでに蓄積した位置や地図のずれを修正する処理。

【論文情報】

論文タイトル Bayesian Probabilistic Data Association via Gaussian Mixture Models for Semantic SLAM
日本語タイトル 意味的SLAMのための混合ガウスモデルを用いたベイズ確率的データ対応付け
著者 Thanh Nguyen Canh, Haolan Zhang, Antonio Sgorbissa, Xiem HoangVan, Nak Young Chong
掲載誌 IEEE Robotics and Automation Letters
掲載日 2026年8月21日
DOI 10.1109/LRA.2026.3726389
ソースコード https://github.com/pairs-lab/BPDA-SLAM

【研究資金】

 本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)次世代研究者挑戦的研究プログラム(JST SPRING、課題番号:JPMJSP2102)の支援を受けて実施されました。

令和8年9月3日

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