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日本企業のイノベーション、四半世紀で収益化が困難に ―1994年と2020年の大規模調査を比較、産学連携の重要性も示唆―

日本企業のイノベーション、四半世紀で収益化が困難に
―1994年と2020年の大規模調査を比較、産学連携の重要性も示唆―

【ポイント】

  • 日本の製造企業を対象とした1994年と2020年の大規模調査の結果を比較し、特許による保護やリードタイムの活用など、イノベーションから収益を確保するためのほとんどの方法で有効性が低下していることを明らかにしました。
  • 1990年代半ばの大規模調査によって確立され、その後広く引用されてきたイノベーション・マネジメントの知見を、四半世紀後のデータを用いた比較分析によって更新しました。
  • イノベーションにつながる情報源として、企業内部や競合他社の活用が減少する一方、大学を活用した企業の割合は39%から62%に増加し、産学連携の重要性が高まっていることが示唆されました。

【概要】

 北陸先端科学技術大学院大学 社会システムマネジメント研究領域の永田晃也特任教授らは、日本企業がイノベーションから利益を確保するために用いる様々な方法の有効性が、過去四半世紀の間に大きく低下していることを明らかにしました。永田特任教授らは1994年に、日米の製造企業を対象とした大規模質問票調査を実施しており、その結果はイノベーション・マネジメント分野の研究で広く参照されてきました。今回、その調査結果と比較可能な2020年のデータを用いることで、約四半世紀にわたる変化を分析しました。
 2020年のデータは、文部科学省科学技術・学術政策研究所が毎年実施している「民間企業の研究活動に関する調査」に、1994年調査と比較可能な項目を設けることで取得しました。企業規模や業種の違いが結果に与える影響を統計的に調整して比較したところ、特許による保護、競合より早く製品を市場に投入するリードタイムの活用、技術情報の機密化など、イノベーションから利益を確保するためのほとんどの方法で有効性が低下していました。一方、イノベーションにつながる情報源として大学を活用した企業の割合は39%から62%に増加しました。
 今回の結果は、企業内部に利益を囲い込む仕組みだけではイノベーションの収益化が難しくなっていることに加え、従来の産業や企業組織の枠を超えて新たなイノベーションを生み出す上で、大学などアカデミックセクターとの連携の重要性が高まっていることを示唆しています。本研究成果は、技術経営分野の国際学術誌「Research Policy」に掲載されました。

1.背景

 企業が新製品や新しい製造方法などのイノベーションを生み出しても、その成果から必ずしも十分な利益を得られるとは限りません。競合企業による模倣や、生産設備、販売網など事業化に必要な資産の制約によって、利益の回収が難しくなる場合があります。企業がイノベーションから生じる利益をどの程度自社に確保できるかという問題は「専有可能性問題(appropriability issues)」*1と呼ばれ、技術経営やイノベーション研究の重要なテーマの一つとなっています。
 1980年代半ば、米国イェール大学の研究者らは、製造企業を対象とした大規模な質問票調査「イェール・サーベイ」を実施しました。その結果、企業は特許や技術情報の機密化だけでなく、競合企業より早く製品を市場に投入する「リードタイム」の活用、生産ノウハウや販売網などの補完的資産*2の確保といった、多様な方法を組み合わせて利益を確保していることが明らかになりました。
 その後、1994年には米国カーネギーメロン大学の研究者らと日本の科学技術政策研究所(現・文部科学省科学技術・学術政策研究所)による国際共同研究として、日米で同一の質問票を用いた大規模調査が行われました。この調査から、日米ともリードタイムの効果が最も高く、これに次いで米国では情報の機密化、日本では特許による保護の有効性が高いことなどが示されました。
 この日米比較研究の成果は、技術経営分野の国際学術誌「Research Policy」に掲載され、その後の論文やテキストにたびたび引用されてきました。しかし、調査から四半世紀以上が経過し、企業のイノベーションを取り巻く環境も大きく変化しています。このため、1990年代に得られた知見を、新たなデータによって更新することが求められていました。

2.研究の内容

 1994年調査で日本側の調査に携わった永田特任教授は、文部科学省科学技術・学術政策研究所の客員研究官として、同研究所が毎年実施している「民間企業の研究活動に関する調査」の2020年度調査票に、1994年調査と同一の項目を設けることを提案しました。これにより、二つの時点を比較できるデータを収集しました。
 今回の分析では、両調査から、資本金10億円以上で研究開発を実施している製造企業を抽出しました。分析対象は1994年が642社、2020年が777社です。ただし、この四半世紀の間には日本企業の基本属性や産業構造も変化しているため、単純に平均値を比較するだけでは、それらの変化による影響を受ける可能性があります。
 そこで永田特任教授らは、3度にわたる日本標準産業分類の改訂を考慮した上で、2020年の母集団を基準とする産業別加重平均値による比較を行いました。さらに、一般線形モデル(GLM)*3を用いて、企業規模と業種を共変量としてコントロールし、それらの影響を調整した平均値を計測しました。
 プロダクト・イノベーション(新製品導入)から利益を確保するための方法を比較した結果から、1994年には「製品の先行的な市場化(リードタイム)」が39%のプロジェクトで有効と評価されていましたが、2020年には30%に低下したことが分かりました。また、「特許による保護」も38%から30%に低落しました。このほか、技術情報の機密化などを含め、ほとんどの方法で有効性が低下していました(図1参照)。

図1

 一方、競合他社が自社のイノベーションに追いつくまでの期間である「模倣ラグ」は長くなっていました。例えば、特許化したイノベーションについては、競合企業が追いつくまでの期間が1994年の2.4年から、2020年には3.7年に伸びていました(図2参照)。

図2

 模倣に要する期間が長くなれば、本来、競合企業より先に市場に投入するリードタイムの効果は高まることが予想されます。しかし、今回の調査ではリードタイムの有効性は低下していました。永田特任教授らは、この一見矛盾する結果について、この間に日本企業の技術開発力が全般的に低下したことで、先行して市場化することが難しくなるとともに、他社のイノベーションに追いつくまでにも時間を要するようになった可能性があると解釈しています。
 さらに永田特任教授らは、日本企業が新たな収益源となるイノベーションの機会をどこに求めているのかについても分析しました。新規プロジェクトの提案に結びついた情報源を比較したところ、両調査時点で最も多く活用されていた「顧客」は78%から57%に低下していました。また、1994年には顧客に次いで活用されていた社内の他部門や競合他社についても、回答割合が低下していました。一方、大学を情報源として活用した企業の割合は39%から62%に増加し、公的研究機関を活用した割合も32%から42%に増加していました(図3参照)。

図3

 かつて日本企業のイノベーション活動における優位性は、産業内部や企業組織内部での知識共有にあると指摘されてきました。今回の結果は、イノベーション活動のパートナーが企業や産業の外部へと広がっており、優位性を再構築していく上で、大学や公的研究機関などアカデミックセクターとの連携の重要性が高まっていることを示唆しています。
 以上の分析結果を含む論文が「Research Policy」に掲載され、イノベーションの専有可能性問題と技術機会*4に関する知見を四半世紀ぶりに更新することとなりました。

3.今後の展開

 今回の時点間比較分析の結果は、利益を企業内部に確保する従来の仕組みだけではイノベーションの収益化が難しくなっていることや、従来の産業の枠を超えたイノベーションを実現する上で、産学連携の重要性が高まっていることを示唆しています。
 今後は、今回明らかになった大きな変化がどのような要因によって生じたのかを解明することが研究課題となります。また、1994年調査で国際比較の対象となった米国をはじめとする諸外国についても、イノベーションの専有可能性を取り巻く状況がどのように変化しているのかを明らかにするため、新たな国際共同研究への展開が期待されます。

【用語説明】

*1 専有可能性問題(appropriability issues):
企業がイノベーションを実施しても、競合企業による模倣や、生産・販売活動に必要な補完的資産の制約などによって、その利益を十分に回収・確保することが難しくなる問題。
*2 補完的資産:
イノベーションを事業化し、利益につなげるために必要となる生産設備、生産ノウハウ、販売網などの資産。
*3 一般線形モデル(GLM):
General Linear Model。変数間の関係を線型結合(足し算と掛け算)の数式で表す分析手法を一般化したモデル。本研究では、企業規模と業種の影響を調整した平均値を算出するために使用。
*4 技術機会:
企業の研究開発がイノベーションに結びつく機会。研究開発を取り巻く情報源から得られる。

【研究資金】

 本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(20K01881、24K05031)の支援を受けて実施されました。

【論文情報】

論文タイトル A note on the changing appropriability conditions and technological opportunities for innovation in Japan; 1994-2020
日本語タイトル 日本におけるイノベーションの専有可能性問題と技術機会の変容に関する考察(1994年〜2020年)
著者 Akiya Nagata, Akira Goto
掲載誌 Research Policy
掲載日 2026年9月7日
DOI 10.1016/j.respol.2026.105608

令和8年10月9日

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