修了生インタビュー『知識科学研究科で身につけた「具体と抽象を往来する思考習慣」』

篠原 直登 さん

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2007年に商学部会計学科を卒業後、知識科学研究科前期課程に入学。橋本研究室にてエージェントシミュレーションによるCSR(企業の社会的責任)の普及メカニズムの解明に取り組む。2009年住友信託銀行(現三井住友信託銀行)に入行し、現在同行の年金運用部に勤務している。

 

――現在銀行に勤務されていますが、子どものころの夢は何でしたか?

 小学生の頃は医者に憧れていました。一時期入院したことがあり、両親以外で一番多くの時間接し、異質な世界を感じたのが医者だったからです。しかしながら、本を読むのも勉強するのも嫌いで、血を見るのもダメだったので早々に憧れは消えました。

 夢ではないですが、中学生くらいの時から、もし大学へ進学するなら社会科学の分野へ進みたいと思っていました。そのきっかけは中学生の頃に見たNHKの番組にあります。金融工学がノーベル経済学賞を受賞した直後に特集されたものだったのですが、当時は内容についてほとんど理解できていなかったと思います。ただ、その番組ではシミュレーションを通じて市場の暴騰、暴落を説明する研究者が取り上げられており、経済を勉強すれば世の中の動きがわかってしまうのかと非常に驚いた記憶だけはあります。そのような経験を経たことにより、社会科学へ進みたいと考えるようになりました。

 

――学部での専門は何でしたか?学部のゼミで取り組んでいたことについて教えてください。

 大学は商学部会計学科です。大学の進路を考えるようになると、まず経済学部を考えたわけですが、経済学部の説明を聞いても全く興味が湧きませんでした。当時は就職氷河期で、資格を取るのが最善ということで会計学科に進みました。しかしながら、勉強が嫌いであったことや、大学生の「自由に学びたいことを学ぶ」というイメージと現実のギャップに大きな違和感がありました。そのような違和感がありつつも、ドロップしたら大学に入った意味がなくなるとの思いもあり無為に時間を過ごしたわけですが、2年生よりゼミが始まり、こちらに興味が順次シフトしていきました。ゼミでは人工市場シミュレータによる市場研究というテーマで取り組んでいました。文系のゼミなので、研究といえるようなものではなかったのですが、U-Martという市場シミュレータを使って市場取引の戦略を考えたり、市場全体としての振る舞いに特徴性を見出したりできないのかということを手探りでやっていました。学部の指導教員の専門が理論経済学であったこともあり、いわゆる株式売買シミュレータでトレーディングの疑似体験という趣旨のものではなく、市場シミュレータを活用することで経済学を勉強する機会となり非常に有意義でした。

 

――商学部からなぜJAISTの知識科学研究科へ進学しようと考えたのですか?

 学部の3年生の夏にあるサマースクールに参加しました。内容は、人工市場をモデリング対象としたオブジェクト指向プログラミングだったのですが、他の参加者は全員理系の大学院生という中でグループワークを行いました。周りの大学院生の方々は、対象に関する知識がなくても、議論しながらアウトプットへつなげていく力を持っており、そこに学部生の自分との圧倒的な違いを感じさせられました。3年生ということで、就職を意識するタイミングでもあったわけですが、このような経験から対象に依存しない考える力を身に付けてから就職したいと考え、大学院へ進学することを決めました。

 研究室に籠もって研究できるという意味でJAISTには魅力を感じましたし、2年間を費やすからには最も恩恵を享受できる環境に進もうと考えました。また、就職先の選択肢が広がるという点でも大学院は魅力でした。

 

――知識科学研究科へ進学するにあたって不安や心配はありましたか?もしあれば、それらをどのように取り除いていったのか教えてください。

 いわゆる理系的な素養がなかった点については非常に不安でした。また、理系の研究室では、指導教員の進める研究の一部に組み込まれ指示されたことのみを研究する、そうでない場合には指導らしい指導がされないケースが多いことにも不安を感じていました。この点に関しては、学部の指導教員、面倒を見て頂いていた他大学の先生にいろいろ相談し、研究の自由度を保ち育ててくれる研究室を紹介して頂くことで解消しました。

 

――博士前期課程での研究テーマは何でしたか?そのテーマに決めた経緯についても教えてください。

在学中に情報処理学会の数理モデル化と問題解決研究会で研究成果を発表
在学中に情報処理学会の数理モデル化と問題解決研究会で研究成果を発表

 研究テーマは「CSR(企業の社会的責任)普及メカニズムについて-エージェントシミュレーションによる解析-」でした。非常に大きな括りでは、経済におけるマクロ的な秩序形成とその変化、そして秩序間の相互作用に興味がありました。それに対し、指導教員からは、経済活動を行う主体に注目して考えると、各主体に共有されている考え方や行動、価値観などはマクロ的な秩序と捉えることができること、そして、このような主体間で共有されている考え方や行動、価値観は経済学の文脈では制度として語られていることをご指摘頂きました。そこで、制度の観点からその形成、変化を考えることとし、制度の具体的な対象としてCSRを捉え、その普及メカニズムについてマルチエージェントシミュレーションを用いて研究していくことにしました。具体的な対象の選定に際しては、制度の形成過程として捉えられる事象を探している中で当時議論が盛り上がっていたCSRが該当することに気づき、文献調査を進めても、CSRについて制度的な観点から語られていないことがわかり、自分の研究テーマとして決めました。

 

――研究を進めるに当たって最大の困難は何でしたか?また、その困難をどのように乗り越えましたか?

研究室のメンバーと研究室の冬合宿にて
研究室のメンバーと研究室の冬合宿にて

 研究に当たっての困難は、すべてのフェーズでありました。その中でも、私にとっての最大の困難は、モデリングとそのコーディングにありました。エージェントベースシミュレーションのような構成的手法は一度作ったら終了はなく、作って動かしてそこから出てきたインプリケーションに基づきモデルを改良してということを繰り返し行っていくことが重要になります。その際には、適切なモデルの修正とそのコーディングが必要になりますが、この部分で躓くことが多かったです。

 それらに対しては、ひたすら時間を費やすとともに、研究室の先輩や指導教員に何度も相談しました。そもそものモデル部分での躓きなのか、単なるコーディングの問題なのかといった切り分けができていないことも多々ありました。そういった点については、先輩と話すことでどちらに起因するものなのかを明らかにし、その上でモデル部分については指導教員に相談するといった進め方をしていました。研究を進めるにあたっては、研究室のメンバー全員が協力してくれました。今振り返っても、本当に皆様に感謝しています。

 

――知識科学研究科で得られたこと、身につけたことは何ですか?また、それらはいまの仕事とどのように関わっていると考えていますか?

 大学院では、最初から最後までオーナーシップを持って研究をやり切るという経験をしました。そしてその過程では、指導教員、研究室の先輩、当該分野の研究者などに協力してもらうことの大切さを実感しました。そして、個別具体的なことから議論を抽象化し、既存のフレームワークに乗せることでこれまでの知見を活用し、そしてそこからまた個別具体的なことへ着地させるといった思考習慣を少しながらでも身に着けることができたと考えます。

 私は現在資産運用ビジネスに身を置いていますが、日々の仕事の中で自分がこれまで触れていない事例・領域に遭遇する機会が多々あります。そういった場合には、知らないながらもその都度調べてベストエフォートをアウトプットします。自分が知らない対象に関してもそれなりのクオリティで対応できるのは、こういった思考習慣を少しでも身に着けることができたからだと考えています。その意味では、知識科学研究科で身に着けたことは、現在の仕事において根幹を形成する部分だと思っています。

 

――研究で得られたことや身につけたことと知識科学研究科における講義に関係はありましたか?

 知識科学研究科の講義を振り返ると、学部までに得てきた知識が出てくるという講義はひとつもなく、すべての講義は知らない内容でした。それでも、レポート課題の提出が短期間で課されることから、分からないながらも文献を漁り、自分なりの見解をまとめてアウトプットする必要がありました。したがって、知識研究科の講義においても上記の思考習慣を身に着けるための訓練になったと考えています。

 

――他の大学院と比べて知識科学研究科で学ぶことの優位性はどこにあると思いますか?

成績優秀者に贈られる優秀修了者賞を受賞
成績優秀者に贈られる優秀修了者賞を受賞

 知識科学研究科で学ぶことの優位性は、2年間の研究を通じて個別具体的な知識を吸収するとともに、その過程を通じて思考習慣そのものを身に着けることができるという点だと考えます。

 知識科学研究科では、研究活動を通じて個別具体的な対象にとらわれない思考習慣を身に着けるように全体が設計されており、そして、それを可能にするための指導体制が敷かれていると思います。

 これはコースワークの位置付けについても言えます。外部からの流入が多い大学院ではコースワークが充実している傾向がありますが、一方でその内容は、進学を機に専攻を変えた人を対象にした知識面でのフォローアップ的な要素が強い印象があります。その点、知識科学研究科のコースワークは、講義により差異はあるものの、研究に向けた基礎的な取り組みを身に着ける場として位置づけられています。したがって、コースワーク、研究双方が有機的に結び付けられ、2年間を通じて明確な方針に基づいて鍛えてもらえる点は修了後を見据えると大きなアドバンテージになると考えます。パーツ毎に見ると魅力的な施策を打ち出している大学院は多々ありますし、研究室単位で見た場合に優位性を持つ先はいろいろあるかと思います。しかし、研究科としてのビジョンを打ち出して、それに基づきカリキュラム構成し、育成してくれるという点では、知識科学研究科のユニークさは際立っているのではないでしょうか。

 

――最後に知識科学研究科に進学しようと考えている受験生にメッセージをお願いします。

 修了後に就職した私のケースでは、大学4年間の後にJAISTで2年間学んだわけですが、振り返ってみるとJAISTでの2年間は非常に濃密であり、年数で見れば大学4年間の方が長いものの、物事に取り組んだウェイト感でいえば完全に逆転しています。また、私の価値観にも非常に大きな影響を与えることになりました。大学卒業後の2年間はあっという間に過ぎてしまいますが、定年を設けている一般的な日本の企業に就職することを想定した場合、この大学院の2年間はもっとも給与水準の高い2年間を潰すことになります。したがって、それなりの合理性を有する人であるならば、この2年間を経験することでそれを上回る何かを獲得することを望むのではないかと思います。その意味において考えても、私が知識科学研究科を選択したということは非常にポジティブな結果につながっていると思っています。もちろん、今後の先行き不透明感というものは常にあるわけですが、仕事の内容が変わっても知識科学研究科での経験は生きてくるものと考えます。

 ちなみに私は浦和の出身で、大学時代に実家を出ていたものの大学も都内だったので関東から出て暮らしたことがありませんでした。そのため、地理的な観点からの不安感も当初は持っていました。しかしながら、石川県は温泉も豊富で、海や山も近く、また、金沢まで行けば一通りそろえることもでき、東京からも飛行機で1時間程度の立地です。個人の価値観にも依りますが、私にとってはこの立地も非常に楽しめた2年間でした。

 大学院選びは、将来の進路を見据えるという意味では、大学選びよりも大きな選択になるかと思います。選択に際しては、一項目のみで評価するのではなく、各大学院、研究室を比較し、自らが重視する評価項目に基づいて、トータルでの納得感が最も高いところに進むのがベストだと私は考えます。是非、いろいろと迷い抜いたうえで、自分が一番納得できる先に、自らの意思で進んでください。

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