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ハイエントロピー合金中の「隠れた規則構造」をスーパーコンピュータを用いたシミュレーションによって発見

ハイエントロピー合金中の「隠れた規則構造」を
スーパーコンピュータを用いたシミュレーションによって発見

ポイント

  • 構成元素が4種類以上で、それらの含有率が同程度の合金は、「完全にランダムな配置」をとって高いエントロピー[用語解説1]を稼ぐ構造を持つと思われていましたが、元素の組み合わせ次第で、一部の元素が規則的な配置を示すことをスーパーコンピュータを用いたシミュレーションによって発見しました。
  • 合金の機械的特性や電子的特性は、そのミクロな構造に大きく依存することがわかっていますが、それらの特性と構造との関係性を正しく捉えた本研究により、合金設計指針の基盤が得られ、合金設計の精度が向上することが期待されます。

【背景と経緯】
 冶金学の常識では、これまで、「強さ」と「粘さ」を両立することは難しく、用途ごとに、異なる材料を使用してきました。例えば、日本刀では、刃先と刀身で、強い鋼と粘い鋼を組み合わせて、強さと粘さを両立していました。このように、従来の合金設計では、これらの特性のどちらかにフォーカスして、1−2種類の合金母材に対して、多種類の微量原子を添加して特性・機能を改善してきました。
 ところが、4種類以上の元素を等しい比率で混ぜてできた合金は、従来の冶金学の常識を覆し、「強さ」と「粘さ」を両立することが近年の研究で発見されました。これにより、最近では、耐酸化性や触媒特性などの従来合金には見られなかった特異な特性・機能が明らかになりつつあります。
 また、当該分野では、ハイエントロピー合金[用語解説2]の結晶構造を「完全にランダムな原子配置」と仮定し、それを前提として、構造と物性、特に材料の伸びや耐力といった機械的特性の理論解析・実験研究が行われてきました。ところが先行研究によって、NiFeCrCo(ニッケル/鉄/クロム/コバルト)のような典型的なハイエントロピー合金中に、Crが副格子上に規則的に配列した「規則構造」と、その周りを残り3元素がランダムに取り囲む「不規則構造」が共存するという驚くべき結果が報告されました。このような「規則-不規則共存構造」を実験的に検証することは非常に難しく、計算科学による理論解析が非常に有用となります。しかし、ハイエントロピー合金は、原子配置自由度が高く、膨大な計算が必要となることから、スーパーコンピュータの利用が必須となります。

【研究の内容】
 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)サスティナブルイノベーション研究領域の本郷研太准教授は、韓国科学技術研究院(KIST)計算科学研究センターの水関博志主幹研究員および物質・材料研究機構(NIMS)構造材料研究拠点の佐原亮二主幹研究員との国際共同研究により、ハイエントロピー合金の構造における「隠れた規則性」を発見しました。
 本研究では、6種類の遷移金属元素(Cr(クロム)/Mn(マンガン)/Fe(鉄)/Co(コバルト)/Ni(ニッケル)/Cu(銅))から4種を選んだ、4元系合金に対して、網羅的に第一原理計算[用語解説3]を実施しました。その結果、安定な結晶構造は、構成原子の価電子総数に依存して、ある温度領域に存在していることがわかりました。また、そのような安定構造の中では、前述のCrに加えて、MnやFeにも、隠れた「規則-不規則共存構造」が存在することが明らかになりました(下図:エンタルピー駆動による安定化)。
 一般に、合金の機械的特性などのマクロな特性は、ミクロな構造の違いに依存することがわかっています。しかし、このように、ハイエントロピー合金の安定構造を理論解析する場合には、「規則性と不規則性の共存」によって安定構造が実現する可能性を考慮しなければ、その構造の持つ潜在的な機能を見逃してしまいます。本研究により、ミクロな構造とマクロな特性の正しい関係性を捉えることで、合金設計の指針となる基盤が得られ、合金設計の精度が向上することが期待されます。

 なお、本成果は、文部科学省科研費「新学術領域研究 (研究領域提案型)」"ハイエントロピー合金:元素の多様性と不均一性に基づく新しい材料の学理"(19H05169)および日本学術振興会二国間交流事業セミナー(JSBP220218802)の支援の下で行われました。

 本研究成果は、2023年1月4日(グリニッジ標準時間)にTaylor & Francis社発行の科学雑誌「Science and Technology of Advanced Materials: Methods」のオンライン版に掲載されました。

【今後の展開】
 今後は、構成原子や結晶格子の種類を広げ、隠れた「規則構造」の普遍性を、実験と連携しながら検証し、その知見を活かした新素材開発に取り組んでいきたいと考えています。

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図 本研究で対象とした遷移金属元素から構成された4元系ハイエントロピー合金15種類の相安定性の分類。天秤の左側のグループには、従来通り、「エントロピー駆動による安定化」で不規則構造が安定相として出現するが、天秤の右側のグループには、本研究で発見した「エンタルピー駆動による安定化」で、ある特定の元素が副格子上に規則的に配列した「規則構造」と、その周りを残り3元素がランダムに取り囲む「不規則構造」が共存する「規則-不規則共存構造」が実現されている。なお、CrMnFeCu合金は固体状態としては不安定であるため、上図には現れていない。

【用語解説】

*1 エントロピーとエンタルピー
 物質は、様々な形態(原子配列)を取る可能性(自由度)を持つが、現実に実現するのは、自由エネルギーと呼ばれるエネルギーが最も低い形態だけである。自由エネルギーは、エンタルピー項とエントロピー項に分割することができるが、それらの競合によって、原子配列が決まる。規則構造を持つ場合には、その規則的な配列によって、原子配列の自由度は凍結されるので、不規則構造を持つ場合に比べて、エントロピーは減少する。
*2 ハイエントロピー合金
 従来の合金は、1種類の特定元素を主成分として、そこに少量の元素を添加したもので、ステンレス鋼やニッケル超合金など、我々の生活でも耳にする材料です。ハイエントロピー合金は、このような従来合金のような主要元素は存在せず、多数の元素がほぼ等量で不規則に混ざりあって合金−固溶体−を構成しています。この高濃度多元固溶体合金系は、構成元素の種類と濃度が大きいために、原子配置の場合の数が莫大となり、大きな配置エントロピー効果によって構造が安定化します。このような合金系は、ハイエントロピー合金と呼ばれ、多様な構成原子間の非線形相互作用に起因して、従来合金とは異なる物性が発現することが知られています。
*3 第一原理計算
 「電子レベルのミクロな世界」を記述する非常に多くの基礎方程式を解くことで、分子や固体の構造やエネルギーなどを計算する、スーパーコンピュータを活用する高性能計算分野を代表するシミュレーション技術の一つ。物理学の基本法則に基づくため、物質の種類には依らずに、全ての物質を同一の方程式で記述できるため、様々な問題を同一プログラムで解析できる高い汎用性を持つ。

【論文情報】

掲載誌 Science and Technology of Advanced Materials: Methods
論文題目 Order-disorder competition in equiatomic 3d-transition-metal quaternary alloys: Phase stability and electronic structure
(3d遷移金属等組成4元系合金における秩序-無秩序競合:相安定性と電子状態)
著者 Hiroshi Mizuseki, Ryoji Sahara, Kenta Hongo
掲載日 2023年1月4日(グリニッジ標準時間)
DOI 10.1080/27660400.2022.2153632

【リンク】

研究室 [https://www.jaist.ac.jp/english/laboratory/si/hongo.html]

令和5年2月3日

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