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骨を伝って音を聴く:騒音環境でも耳を塞がずに明瞭に音声を聴きとる技術の開発に成功

骨を伝って音を聴く:
騒音環境でも耳を塞がずに明瞭に音声を聴きとる技術の開発に成功

ポイント

  • 音声を骨伝導[用語説明]で提示した場合、音声了解度[用語説明]が低下してしまうこと、特に騒音環境での骨導音声の了解度が著しく低下するといった問題点の主因を明らかにした。
  • 騒音環境でも骨導提示音声の了解度を大幅に改善する技術の開発に成功した。この技術は、骨導伝達特性の逆特性を利用して音声を補償するものであり、簡便な方法(低次高域強調)と精密な方法(高次高域強調)の二つの方法を開発した。
  • 開発した技術を利用した骨導音声提示により、騒音環境であっても、ヘッドホンなどで耳を塞ぐことなく(耳を開放した状態で)、音声を明瞭かつ正確に聴き取ることを可能とした。
 北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)人間情報学研究領域の鵜木 祐史教授は、骨導伝達特性の逆特性を利用して音声信号の周波数を補償することにより、骨導提示音声の了解度を改善する技術の開発に成功した。この技術を用いることで、耳をいつでも開放した状態で、また騒音環境であったとしても骨導提示により正確に音声を聴き取ることが可能になる。本技術は、骨伝導を利用した補聴器への応用やウェアラブルデバイス[用語説明]などへの応用が期待される。

【研究の背景】

 骨導ヘッドホンはウェアラブルデバイスの一つとして注目されている。骨導ヘッドホンの利点として、耳を塞がずに音声を聴取できるため、周囲の環境音を気導で聴取しながら同時に骨導提示音を聴取できることが挙げられる(図1)。骨導音は気導音と伝達経路が異なり、周囲の騒音・雑音の影響を受けにくいといった点で優れているが、骨導ヘッドホンで音声を聴取する際には、気導聴取時に比べて音質や音声了解度が低下してしまうことが課題となっている。一方、耳栓を装着して外耳道を閉塞した状態で骨導提示音を聴取すれば、気導聴取時よりも音声了解度は向上するが、耳栓を装着すると、気導音と骨導音を同時に聴取できるという骨導ヘッドホンの利点が損なわれる。
 このような背景のもと、種々の音環境下での骨導ヘッドホンの応用に向けて、外耳道を開放した状態で音質劣化や音声了解度の低下を防ぐことが求められる。

【着眼点】

 骨導音声の伝達経路には、頭部(頭蓋骨や軟組織)の振動が中耳や内耳に直接伝達される経路や、頭部の振動が外耳道内に空気振動として漏れ出る経路(外耳道内放射)が存在する。このような複雑な伝達過程の影響により、骨導音のスペクトル特徴は気導音のものとは大きく異なる。
 今回、鵜木教授の研究グループでは、観測可能な二種類の骨導音声(側頭部振動・外耳道内放射音)に着目し、気導音声を基準とした側頭部振動(RT)・外耳道内放射音(EC)の伝達特性を測定した。その結果、いずれの伝達特性とも気導音声と比較して高域成分が減衰することがわかった。この結果から、骨導伝達特性の直線的な高域減衰あるいは微細なスペクトル変形が、高騒音環境における骨導提示音声の了解度低下の主因であると考えられる。

【研究の内容と成果】

 本研究では、側頭部振動(RT)および外耳道内放射音(EC)の二種類の骨導伝達特性に作用する逆特性を用いて、骨導デバイスに入力される音声信号の周波数特性を事前に補償するための高域強調処理法を開発した。ここでは、直線的な高域減衰の補償と微細なスペクトル変形の補償の両方に着目するため、一次高域強調(FOE)と高次高域強調(HOE)という二種類の強調処理を提案した。
 これらを組み合わせた四種類(RT-FOE、RT-HOE、EC-FOE、EC-HOE)の高域強調を施した際の骨導提示音声の了解度改善効果を評価するため、単語了解度試験を行った。正常聴力を有する男性の日本語母語話者10名(23~26歳)を対象に試験を行った結果、側頭部振動(RT)から得られた骨導伝達特性を補償する高域強調手法(RT-FOE、RT-HOE)により、高騒音環境においても骨導提示音声の了解度を効果的に改善できることがわかった(図2)。

 本研究成果は、エルゼビア社が発刊する学術雑誌「Applied Acoustics」に2023年5月に掲載された。

 なお、本研究は、文部科学省科研費 基盤研究(B)(21H03463)、(公財)澁谷学術文化スポーツ振興財団・研究助成ならびにウエストユニティス株式会社の支援を受けて行われたものである。また、本学生体機能・感覚研究センターの協力のもと行われたものでもある。

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図1 骨導ヘッドホンの装着例

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図2 単語了解度試験における、フィルタタイプ・親密度ランク別の単語正答率
(a)雑音レベル55 dB、(b)雑音レベル65 dB、(c)雑音レベル75 dB。
(エラーバーは標準誤差を示す。)

【今後の展開】

 本研究は、産業向けウェアラブルデバイスの開発・製造等を手掛けるウエストユニティス株式会社との共同研究でもあり、同社が開発した産業用スマートグラス(https://www.westunitis.co.jp/infolinker3/)での骨伝導技術には本成果が採用されている。今後は、ウェアラブルデバイスへの応用だけでなく、骨伝導を利用した補聴技術への応用や災害現場(高騒音環境)での音声コミュニケーションデバイスとしての拡張へ展開していく予定である。

【論文情報】

雑誌名 Applied Acoustics(Volume 207, May 2023, 109337)
題 目 Methods for improving word intelligibility of bone-conducted speech by using bone-conduction headphones
著 者 Teruki Toya, Maori Kobayashi, Kenichi Nakamura, Masashi Unoki
掲載日 2023年5月
DOI 10.1016/j.apacoust.2023.109337

【用語説明】

骨伝導(または骨導):
生体内部(頭蓋骨や中耳・内耳など)を伝播する音を聞く仕組みのこと。声などの生体内部から発生する音を生体表面で計測する方法を指すこともある。これに対し、外部から空気の振動となって外耳道を通り鼓膜に伝播する音を聞く仕組みのことを、気伝導(または気導)という。

音声了解度:
通信などでの音声品質を示す尺度の一つであり、単語あるいは文章がどれだけ正確に相手に伝わるかを表す値である。一般に受話者が完全に了解できた数と送話した数との比をパーセントで表す。単語での値を単語了解度、文章の場合を文章了解度と呼ぶ。

ウェアラブルデバイス:
手首や腕、頭などに装着するコンピューターデバイスのこと。代表的なウェアラブルデバイスの例として、腕時計のように手首に装着するスマートウォッチ、あるいはメガネのように装着するスマートグラスが挙げられる。

令和5年6月14日

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