世界初「女王が渡る橋」を発見 ~アユの遡上を数理的に明らかに~
世界初「女王が渡る橋」を発見
~アユの遡上を数理的に明らかに~
ポイント
- 清流の女王と呼ばれ、日本国民に親しみ深い魚類であるアユの稚魚について、10分毎の遡上数データを分析。
- 数理科学の「橋」と呼ばれる、終端に向かって係数が爆発するユニークな確率過程モデルを用い、アユの遡上数データをモデリングし「女王が渡る橋」を発見。
- 日内の時間帯によって遡上の規模は大きく揺れ動き、その発生が間欠的に起きていることを解明。また、広く人力で行われているアユ遡上の観測手法そのものを再考・改善する重要性も示唆。
北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)トランスフォーマティブ知識経営研究領域の吉岡秀和准教授は、アユ(Plecoglossus altivelis altivelis)稚魚の遡上に関する新しい知見を発表しました。従来、遡上数は日単位で記録・分析されてきましたが、本研究では10分毎の高解像度データを用い、遡上数の詳細な時間的変動を分析しました。とくに注目すべきは、モデリングにおいて数理科学で「橋(Bridge)」と呼ばれる、終端に向けて係数が爆発するというユニークな確率過程モデルを採用し、遡上数の揺らぎや間欠性を含む日内の遡上ダイナミックスを記述した点です。本研究によりアユ稚魚が日々渡る「橋」を見出し、アユの回遊の新しい側面を数理的に浮き彫りにできました。本研究の成果は、生物および資源としてのアユをより深く理解する一助となることが期待できます。 |
【研究概要】
アユやサケなどの海と河川を行き来する回遊魚は、地球上における炭素などの物質循環や生態系を駆動する役割を有しており、またその多くは人類の貴重な食料資源、地域の文化や社会経済の形成、レクリエーションなどの多面的機能を発揮しています。
回遊魚の中でも、清流の女王と呼ばれ日本国民に親しみ深く夏の風物詩であるアユ(Plecoglossus altivelis altivelis)は、生物・生態・水産といった多方面から研究がなされてきましたが、未解明の部分も残されています。毎年春にアユの稚魚が海から河川に遡上する現象をニュースで耳にすることが多いですが、異なる環境を往来する命がけの一大行事である回遊について詳しく分析することは、生物および資源としてのアユに対する理解を深めることに繋がります。先行する研究や調査では、主に人力で遡上数が観測され、日単位という比較的粗いスケールでデータ化されてきましたが、本研究では日単位より細かい時間スケールで遡上の様子が大きく変動していることを解明しました。
世界農業遺産である木曽川水系の一級河川長良川で2023年と2024年に高度なビデオ分析による観測で得られたアユの稚魚の10分毎遡上数データを、水資源機構 揖斐川・長良川総合管理所から提供いただきました。このデータについて、遡上数と河川水温の関係性や日内の遡上数の時間変化を分析し、特に日内の遡上数の時間変化について、遡上数が日内で大きく揺らぎ、さらには間欠的である(遡上がある時刻とない時刻にメリハリがある)ことを解明しました。10分毎の遡上数の揺らぎの大きさは遡上数の平均値の3-6倍程度であり、日内の遡上という動きの変動が大きく、予測が非常に難しい生物現象であることが示唆されました。
遡上の様子を記述するためのモデリングも行い、アユの遡上が日の出以降に開始され日の入りまでに終了し、なおかつ間欠性を表現できるモデリングを構築しました。所定の開始時刻と終了時刻の間でのみ現象が生じる事象は、教科書的な手法では定式化が難しく注1)、モデルに何らかの特異な性質を組み込む必要があります。
本研究では、橋(Bridge)と呼ばれ係数が日の入り時刻で爆発注2)するユニークな確率過程モデルを開発することで、日の出から日の入りの間でだけ遡上が生じるという事象をモデリングしました(図)。10分毎の遡上データをもとに係数を同定したモデルからは、ある程度継続する間欠的な遡上が1日平均1-2回生じていること、それらの継続時間は1時間程度であることが示唆されました。時間的に細かいスケールでアユの遡上を分析およびモデリングできたことが本研究の大きな成果であり、「橋」に依拠した定式化は他に類を見ません。本研究で提示した「橋」そのものが新しいモデルであるため、その詳細な数学解析も行いました。その結果、特定の条件下において「橋」の解が唯一に定まることを数学的に解明し、このモデルの信頼性を理論的に裏付けました。
本研究では、新しいモデリングに基づいて「女王が渡る橋」を発見・分析することで、数理と応用のスパイラルアップに貢献できたと考えられます。本研究で解明された遡上数の揺らぎや間欠性は、日本国内に膨大数ある人力で得られた遡上データに対する改善や再解釈の重要性を示唆しています。例えば、遡上が活発に生じている時間帯と観測を行った時間帯が重なっているか否かで、期間全体の遡上数の推定結果が変化する可能性があります。今後も既存データの再解釈、生物・資源としてのアユへのさらなる理解に向けた研究が行われる予定です。
図:本研究におけるモデリングの概念図。一日の間に間欠性を伴いつつ大きく揺らぐアユ稚魚の遡上データを統一的にモデリングすることで、その背後に潜む法則性を確率論に基づいて抽出できます。図はモデルの数値計算によって作成されたものであり、説明の都合上、左右の図で縦軸の縮尺は異なります。 |
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR24KE)の支援のもとで行われました。また、本研究で用いたアユ遡上データを快くご提供いただきました水資源機構 揖斐川・長良川総合管理所の方々に、改めてお礼申し上げます。
【論文情報】
掲載誌 | Chaos, Solitons & Fractals |
題名 | CIR bridge for modeling of fish migration on sub-hourly scale |
著者名 | Hidekazu Yoshioka |
掲載日 | 2025年7月28日 |
DOI | 10.1016/j.chaos.2025.116874 |
【補足説明】
令和7年7月31日