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第一原理量子モンテカルロ法のソフトウェア「TurboRVB」を開発 -密度汎関数法を超える次世代の電子状態計算を目指して-

第一原理量子モンテカルロ法のソフトウェア「TurboRVB」を開発
-密度汎関数法を超える次世代の電子状態計算を目指して-

ポイント

  • 国際的な共同研究を通じて、密度汎関数法を超える次世代の電子状態計算手法と目されている、「第一原理量子モンテカルロ法」のソフトウェアを開発
  • フレキシブルな多体波動関数、構造最適化計算、分子動力学計算などを実装しており、他の計算コードとは一線を画する独自性の高いコードになっている
  • 高度に並列化されており、大型計算機においても100%に近い並列化効率を達成する。エクサスケール級スーパーコンピューターの性能を、最大限に発揮できることが期待される

 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)(学長:寺野 稔、石川県能美市)、先端科学技術研究科/環境・エネルギー領域の前園研究室に所属する中野 晃佑 助教らは、国際先端研究大学院大学(SISSA/伊)のSandro Sorella教授、ソルボンヌ大学(仏)のMichele Casula 博士、他、ロンドン大学(UCL/英)、アルゴンヌ国立研究所(米)、ニューヨーク大学(米)らの研究者と共同で、第一原理量子モンテカルロ法のソフトウェア「TurboRVB」を開発したと発表した [K. Nakano et al. J. Chem. Phys. 152, 204121 (2020), DOI: 10.1063/5.0005037]。TurboRVBは国際的な共同研究を通じて開発された第一原理量子モンテカルロ法のソフトウェアであり、本手法は、現在最も普及している電子状態計算手法である密度汎関数法の難点を解消する、次世代の電子状態計算手法として国内外で注目を集めている。
 物質の化学的/物理的な性質を司る「電子」の量子力学的性質は、シュレーディンガー方程式[*1]を解くことにより、原理的には予測できる。しかし、特殊な例を除いて解析的な解は得られないため、通常は、大型計算機による第一原理計算[*2]により、数値的にその解を求める。現在、最も普及している第一原理計算は、密度汎関数理論 (Density Functional Theory:DFT)に基づく方法[*3]であり、材料科学/凝縮系物理学分野において、数多くの成功を収めている。しかしながら、密度汎関数法においては、交換相関汎関数[*4]の選択によって大きく予見が変わるという大きな問題点があり、より厳密な、次世代の電子状態計算開発が望まれてきた。
 第一原理量子モンテカルロ法[*5]は、モンテカルロ法を利用してシュレーディンガー方程式を解く手法である。多体波動関数[*6]を直接扱うことができる点、及び、密度汎関数法とは異なり 結果が交換相関汎関数に依存しない点などから、次世代の厳密計算手法として期待されている。基礎理論が20世紀初頭に提案された後、21世紀になり大型並列計算機が発達したことにより、モンテカルロ法を利用することに起因する原理的な問題であった統計誤差の問題が大幅に緩和され実用化が急激に進んだ。エクサスケール級スーパーコンピューター[*7]との相性がよく、現在、世界中で熾烈な開発競争が始まっている。
 TurboRVBは、他の第一原理量子モンテカルロ法の計算コード[*8]と比べて、以下の点に特徴を有する。

- 多体波動関数として、Resonating Valence Bond (RVB)型[*9]のジャストロージェミナル/ジャストローパフィアン波動関数を実装しており、一般的なジャストロースレーター波動関数を採用する他の計算コードに比べて、電子相関をより正確に取り込んだ計算が可能。

- 変分量子モンテカルロ法[*10]における多体波動関数の振幅/節最適化を安定的に実行するStochastic ReconfigurationやLinear methodなどの優れた最適化アルゴリズムを実装。

- 格子離散化拡散量子モンテカルロ法 (Lattice regularized diffusion Monte Carlo)を実装しており、数値的に安定な第一原理拡散量子モンテカルロ計算[*11]が可能。

- トップダウン型自動微分法[*12]の実装により、多体波動関数の微分値を効率的に求めることができ、原子に働く力の計算/構造最適化/分子動力学なども実行可能。

fig1
図1. TurboRVBの計算実行フロー図 [K. Nakano et al. J. Chem. Phys.152, 204121 (2020)]。Ansatzとして、JSD:ジャストロースレーター型、JAGP:ジャストロージェミナル型、JPf:ジャストローパフィアン型、などの多体波動関数を実装している。 密度汎関数法(DFT)コードから試行関数を作成し、続く第一原理変分量子モンテカルロ法(VMC)/第一原理格子離散化拡散量子モンテカルロ法(LRDMC)の計算を実行する。原子に働く力を計算できるため、構造最適化、分子動力学なども実行可能になっている。

fig2.
図2 (a) ウィークスケーリング、 (b)ストロングスケーリング、のベンチマーク結果。慣用2×2×2胞のダイヤモンド(256電子/シミュレーションセル、擬ポテンシャル利用)を利用し、CINECAが運営するスーパーコンピューターMarconi上で計測したもの [K. Nakano et al. J. Chem. Phys. 152, 204121 (2020)]。TurboRVBは高度に並列化されており、理想値に近い並列化効率を達成する。エクサスケール級スーパーコンピューター[*7]の性能を、最大限に発揮できることが期待される。

 今回発表された論文では、TurboRVBに実装されたこれらアルゴリズムの詳細を解説すると共に、これまでの応用例などについても解説している。
 今後はソフトウェアの一般公開に向けて、準備を進めるとともに、計算のワークフロー化/自動化を通じて、材料科学分野/物性物理学分野での応用をさらに推進する計画である。

【論文情報】

掲載誌 The Journal of Chemical Physics (Special topic/Electronic Structure Software)
論文題目 "TurboRVB: a many-body toolkit for ab initio electronic simulations by quantum Monte Carlo"
著者 Kousuke Nakano*, Claudio Attaccalite, Matteo Barborini, Luca Capriotti, Michele Casula*, Emanuele Coccia, Mario Dagrada, Claudio Genovese, Ye Luo, Guglielmo Mazzola, Andrea Zen, and Sandro Sorella*.
掲載日 2020年5月29日にオンライン版に掲載
DOI 10.1063/5.0005037

リンク
TurboRVB (英) [https://people.sissa.it/~sorella/TurboRVB_Manual/build/html/index.html]
前園研究室 (日/英) [https://www.jaist.ac.jp/is/labs/maezono-lab/homepage2019/index.html]

【用語説明】
*1 シュレーディンガー方程式
エルヴィン・シュレーディンガー(1933年:ノーベル物理学賞受賞)によって定式化された、物質のミクロな運動を記述する基礎方程式。
*2 第一原理計算
経験的なパラメタに依存しない数値シミュレーションの総称。電子系のシミュレーションでは、系に含まれる原子核の位置をインプットとして、シュレーディンガー方程式の解である、(多体)波動関数とそのエネルギー値をアウトプットとして求める数値計算手法を指す。
*3 密度汎関数法
ピエール・ホーエンベルグ、 ウォルター・コーン(1998年:ノーベル化学賞受賞)、リュウ・シャムなどによって定式化及び実装された、密度汎関数理論に基づく電子状態計算の方法。量子多体系の物理量が、電子密度の汎関数 (i.e., 関数の関数)として表されること利用する。実用上は、交換相関汎関数に量子系の多体効果を近似して含めることで、実際の計算を可能とする。近年の交換相関汎関数の改善に伴い、急速に応用が広がった。
*4 交換相関汎関数
系の交換/相関エネルギーを電子密度 (+ その勾配 + ...)の汎関数として表したもの。LDA/PW91/GGA/HSE06/B3LYP/LC-BLYP...など多くの種類が開発されてきた。それぞれの汎関数に一長一短があり、計算実務者は、計算対象に合わせて適切な汎関数を選択する必要がある。
*5 モンテカルロ法/量子モンテカルロ法
モンテカルロ法は、乱数を用いて行う数値シミュレーションの総称。モナコ公国の地区名から名付けられた。特に、マルコフ連鎖モンテカルロ法は、統計学、計算物理学、金融工学など、広範な分野で応用されている重要な数値計算手法になっている。量子モンテカルロ法は、モンテカルロ法を用いて量子的な粒子の性質や物性を計算する手法の総称であり、その実装には、変分量子モンテカルロ法や拡散量子モンテカルロ法などがある。
*6 多体波動関数
量子的な粒子の状態(確率振幅)を表わす複素関数であり、シュレーディンガー方程式の解として得られる。電子系のシミュレーションにおける実空間表記では、3N次元 (Nは系に含まれる電子数)の複素関数となる。
*7 エクサスケール級スーパーコンピューター
エクサは10の18乗=(100京)を表す単位。エクサスケール級スーパーコンピューターとは1秒間に100京回の演算を実行できる計算機を指し、現在、世界中で実用化が進められている。日本では、理化学研究所が開発を主導している、富岳 (京コンピュータの後継機)が、このレベルの計算能力を持つ予定である。
*8 他の量子モンテカルロ法コード
QMCPACK(米)、CASINO(英)、CHAMP(米)、HANDEQMC(英)、Qwalk(米)などが開発されている。
*9 共鳴電子価結合状態 (Resonating Valence bond state: RVB state)
ライナス・ポーリング(1954年:ノーベル化学賞受賞)によって分子系に対して提唱され、後に、フィリップ・アンダーソン(1977年:ノーベル物理学賞受賞)によって固体周期系に拡張された電子状態の記述方法。物質中の電子状態を、可能な無数の電子-電子ペアの配置を重ね合わせた状態で表現する方法。
*10 変分量子モンテカルロ法
変分原理に基づき、エネルギーやその分散の期待値が低くなるように、多体波動関数に含まれる変分パラメタを最適化することで、波動関数の基底状態を計算する方法。モンテカルロ法は、エネルギーの期待値を計算する際に必要となる多体波動関数の3N次元の積分(Nは系に含まれる電子数)を評価する際に利用される。
*11 拡散量子モンテカルロ法
シュレーディンガー方程式がフォッカープランク方程式に類似することを利用し、粒子の拡散のシミュレーションを通じて、所与の試行波動関数から、波動関数の基底状態を抽出する方法。モンテカルロ法は、粒子の酔歩拡散シミュレーションに利用される。
*12 トップダウン型自動微分 (Adjoint-mode/Reverse-mode algorithmic differentiation)
ある関数の微分値を計算機上で計算する際、数式を解析的に微分/数値的に微分するのではなく、加減乗除、及び基本的な関数に対する微分操作の組み合わせから、連鎖律を利用して微分値を計算することにより、計算量を劇的に減らす手法。トップダウン型、及びボトムアップ型自動微分法の2種類が存在する。トップダウン型は、評価する微分値に対して、変分パラメタが多い場合に、効率的な計算方法となる。ディープラーニング(ニューラルネットワーク)の学習に利用されている誤差逆伝播法はトップダウン型自動微分法に分類される。

令和2年6月1日

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