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物質中の原子に働く力を高精度かつ高速に評価する手法を開発

物質中の原子に働く力を高精度かつ高速に評価する手法を開発

ポイント

 物質のミクロな振る舞いをシミュレーションする次世代の高精度計算手法として期待されている「第一原理量子モンテカルロ法」においては、物質に含まれる原子番号が大きくなるにつれ、その物質中の原子に働く力の計算コストが指数関数的に増大することが大きな問題となっていた。本研究では、「Space-warp coordinate transformation法(SWCT法)」と呼ばれる手法を適用することにより、この問題が解消できることを見出した。

【背景と経緯】
 物質中において原子にどのような力が働き、原子が運動し、どのような並び方に落ち着くのかを知ることは、原子レベルで材料の働きを理解し改良する上で基本的な情報です。シミュレーションでこうした運動を理解できると、実験では測ることのできない範囲まで予測が可能になり、材料開発の可能性が大きく広がります。
 シミュレーションによる原子運動の予測は、スーパーコンピュータの利用により大きく進展しました。ただし、現実的な計算時間で予測を行うためには、さまざまな正確性を犠牲としなければならず、生体系など柔らかな物質をはじめとして、現在普及しているシミュレーション法では十分な予測精度で原子の運動を計算できない物質群があります。このような、従来の手法では扱いに難渋する問題に対して、これまでとは全く異なる思想に基づき、大量の乱数を用いた方法を発展させてシミュレーションを行う「第一原理量子モンテカルロ法」が、次世代の高精度計算手法として注目を集めています。

【研究の内容】
 この第一原理量子モンテカルロ法は、物質の安定性や分子の結合力の大小を比較するため、「エネルギー」の厳密な評価に広く使われて成功を収めてきましたが、より進んだ計算である、「原子に働く力」の計算コストが非常に大きいという問題がありました。
 具体的には、材料に含まれる原子の原子番号が大きくなればなるほど(原子が重くなればなるほど)、原子に働く力の計算コストが指数関数的に増えることが問題となっていました。学術界のみならず産業界でも原子レベルでの材料理解は非常に重要視されており、水素やヘリウムなどの軽い元素にととまらず、あらゆる元素を含む、物理/化学的に興味がある物質を扱う応用段階に進んでいる現在において、この計算コストの悪化が、第一原理量子モンテカルロ法の普及を妨げていました。
 北陸先端科学技術大学院大学 環境・エネルギー領域の中野 晃佑助教らの研究グループは、この長らく問題となっていた力の計算コストの悪化を抑えるために、Space-warp coordinate transformation法(SWCT法)を適用することが重要であることを見出しました。SWCT法を適用しない場合、力とエネルギーの計算コストの比が、Z~2.5に従って増加する(Zは原子番号)、つまり、「力の計算コストが、重い原子になればなるほどエネルギー計算コストに対して指数関数的に増える」のに対し、SWCT法を適用した場合は、原子番号に関わらず、その比がほぼ定数になることを見出しました(図1)。これにより、原子に働く力を以前より高精度かつ短時間で計算できるようになり、材料開発の加速が期待されます。
 本手法は、中野助教らが開発した第一原理量子モンテカルロ法のソフトウェア「TurboRVB」に実装されています。

 本研究成果は、2022年1月18日(米国東部標準時間)に科学雑誌「The Journal of Chemical Physics」のオンライン版に掲載されました。

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図1 8つの等核二量体において、原子に働く力とエネルギーの計算コストの比(一定の計算コストで得られる統計誤差)を、SWCT法あり(青色)/なし(橙色)で評価したもの。横軸は原子番号。SWCT法を適用すると、その比がほぼ一定となること(=エネルギー計算コストと力計算コストの計算量オーダーが同等であること)を示している。

【今後の展開】
 第一原理量子モンテカルロ法において原子に働く力の計算が確立すると、物質の合成可能性が直接議論できるようになるなど、その応用範囲は劇的に広がります。現在最も普及している原子の電子状態計算は密度汎関数計算ですが、応用が進むにつれて、その手法の範囲内では扱えない問題が多数散見されるようになってきています。研究グループでは開発した手法を用いて、従前法では扱えない物質に対する第一原理量子モンテカルロ法の応用を進めていきます。

【論文情報】

掲載誌 The Journal of Chemical Physics
論文題目 Space-warp coordinate transformation for efficient ionic force calculations in quantum Monte Carlo
(第一原理量子モンテカルロ法における効率的な力計算のための、Space-warp coordinate transformation法の適用)
著者 Kousuke Nakano, Abhishek Raghav, and Sandro Sorella
掲載日 2022年1月18日(米国東部標準時間)にオンライン版に掲載
DOI 10.1063/5.0076302

【用語説明】
Space-warp coordinate transformation法(SWCT法):
 第一原理量子モンテカルロ法において、エネルギーや原子に働く力などを計算する際に問題となるのは、モンテカルロ法(モンテカルロ積分)を利用することに起因する統計誤差である。この評価値の統計誤差を低減するため、モンテカルロ積分においては一般に、重点サンプリングという手法が利用される。Space-warp coordinate transformation法(SWCT法)は、力の計算を実行する際に、その評価値の統計誤差を低減するために適用される、重点サンプリングの一種である。具体的には、原子の変位に付随して、(モンテカルロ積分の対象となる)電子位置も同時に変位させることにより、評価値の統計誤差を低減させることができる手法である。

【リンク】

令和4年1月28日

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