PCサイトを見る

ニュース・イベント

プレスリリース

厳密な電子状態計算 × 機械学習ポテンシャル:高圧水素における液体-液体相転移の研究

厳密な電子状態計算 × 機械学習ポテンシャル:
高圧水素における液体-液体相転移の研究

ポイント

  • 最も厳密な電子状態計算とされる「第一原理量子モンテカルロ法(*注1)」と「機械学習ポテンシャル」の技術を組み合わせることで、第一原理量子モンテカルロ法の精度を担保しつつも、高速に分子動力学計算を実行する方法を開発し、この手法を、材料科学や惑星科学の分野で注目されている高圧液体水素の相転移研究に応用した。
  • スーパーコンピュータ「富岳」(*注2)を活用し、機械学習ポテンシャルの作成に必要となる大規模かつ大量の第一原理量子モンテカルロ法の訓練データを作成した。
  • 大規模かつ長時間の分子動力学計算を、現時点で最も厳密であるとされる第一原理量子モンテカルロ法の精度を保ちながら実施することが可能となり、従前の手法が太刀打ちできない物質に対する理論計算の予測精度がさらに向上することが期待される。

【背景と経緯】
 物質中において原子にどのような力が働き、原子が運動し、どのような並び方に落ち着くのかを知ることは、原子レベルで材料の働きを理解し改良する上で基本的な情報です。シミュレーションでこうした運動を理解できると、実験では測ることのできない範囲まで予測が可能になり、材料開発の可能性が大きく広がります。このような材料の動的物性を数値的に解く手法に、ニュートンの運動方程式に基づいて物質の動的物性をシミュレートする「分子動力学計算」があり、産業界、学術界で広く利用されています。分子動力学計算の実行には、原子間に働く引力や斥力の関数が必要であり、これを「ポテンシャル」もしくは「力場」と呼んでいます。従来、ポテンシャル関数は、実験値等を再現するために経験的にパラメータを定めたものを使うことが主でしたが、計算機の進化に伴い、第一原理計算によって非経験的に求めたポテンシャルを利用する、第一原理分子動力学計算が行われるようになってきました。

 「第一原理量子モンテカルロ法」は、第一原理計算の中でも最も厳密な電子状態計算手法の1つとされており、エクサスケールコンピュータとの相性の良さから、次世代の高精度計算手法として注目を集めています。これは例えば、従前の密度汎関数計算の予見定量性が失われる極限環境下(例えば、超高圧下)の物質研究に役立ちます。しかしながら、計算の厳密さと計算コストはトレードオフの関係にあります。そのため、第一原理量子モンテカルロ法は、静的な電子状態を求めるためにのみ利用されてきており、動的な物性を求める分子動力学計算への応用、つまり「第一原理量子モンテカルロ法によって求められた原子間ポテンシャルを利用する分子動力学計算」は、計算コストの観点からとても現実的な計算ではありませんでした。

【研究の内容】
 北陸先端科学技術大学院大学サスティナブルイノベーション研究領域の中野 晃佑助教らは今回、第一原理量子モンテカルロ法と機械学習ポテンシャルの技術を融合させることで、第一原理量子モンテカルロ法の計算厳密性を有する分子動力学計算を、高速に実行することに成功しました。

 機械学習ポテンシャルは、近年の機械学習・人工知能の研究潮流の中で注目を集めている技術であり、原子間ポテンシャルを、大量の計算データと、ニューラルネットワーク等の技術を組み合わせて作成する方法です。機械学習ポテンシャルは、一般的な経験的ポテンシャルと異なり、系のポテンシャル関数系を仮定する必要がなく、また第一原理計算と比較して同程度の精度計算を保ちつつ、計算を高速化できる等の利点があります。
 しかしながら、既存の機械学習ポテンシャル作成方法を第一原理量子モンテカルロ計算と組み合わせることには問題がありました。それは、従前のニューラルネットワークを利用する機械学習ポテンシャルの手法では、必要な予測精度が得られないことです。従前の第一原理計算である密度汎関数計算と、第一原理量子モンテカルロ計算で得られる原子に働く力の差は、今回研究した高圧水素液体の場合だと、わずか数mHa/Bohrのオーダーです。一方、この小さい差が、最終的に得られる相図に多大な影響を与えることが分かっています。つまり、作成する機械学習ポテンシャルは、このオーダーの精度で原子間ポテンシャルを予測できる必要があります。中野助教らの研究グループは、まず、公開されている既存の機械学習ポテンシャル作成のパッケージをいくつか利用しましたが、これら既存のフレームワークでは、この必要な精度を達成できないことが明らかとなりました。

 そこで、本研究では、(1)Δ(デルタ)学習と呼ばれる機械学習のアプローチを採用すること、及び(2)機械学習ポテンシャルのフレームワークとしてSOAP(smooth overlap of atomic position)と呼ばれるカーネルに基づく方法を採用することによって、上記問題を解決しました。(1) Δ学習は、第一原理量子モンテカルロ計算で得られた原子間ポテンシャルそれ自体を学習するのではなく、第一原理量子モンテカルロ計算と従前の密度汎関数計算で得られた原子間ポテンシャルの「差分」を学習する方法です。(2) SOAPカーネルは、原子配置同士の類似度を計算する関数です。本研究では、SOAPカーネルに基づいて「原子に働く力を予測したい原子配置」と「学習に利用した原子配置」の類似度を計算し、その値から、最終的に原子間に働く力を計算する機械学習ポテンシャルのフレームワークを採用しました。これらのアプローチを採用することにより、予測の際の計算コストは高くなりますが、少ない訓練データ数かつ高い精度での予測が可能となりました。この実装は、独自のソフトウェアTurboMLとして実装されており、近日中に一般公開する方向で開発を進めています。

 機械学習ポテンシャルの作成には学習データが必要であり、第一原理量子モンテカルロ法の計算コストの大きさから、学習データの作成にはスーパーコンピュータの活用が必須となります。本研究において、第一原理量子モンテカルロ法の計算には、中野助教らが開発したTurboRVBというソフトウェアが利用されました。中野助教はこれまで、研究代表者として、富岳におけるTurboRVBの応用を主導しており、今回はその成果を活用し、液体水素原子のおおよそ700パターンの原子間ポテンシャルを、富岳を用いて計算しました。

 図1では、作成した機械学習ポテンシャルを利用して計算した、高圧水素の液相-液相転移の境界線を示しています。今回、機械学習ポテンシャルを利用して得られた液相-液相転移の境界線 (赤丸[This work])は、大量の計算資源を利用して、第一原理量子モンテカルロ法を利用した分子動力学計算により直接計算して得られた液相-液相転移の境界線(薄緑の四角[Mazzola et al.2018])を再現できたことを示しています。

 本研究成果は、2022年7月8日(米国東部標準時間)に米国化学会の科学雑誌「Physical Review B」のオンライン版に掲載されました。
 なお、本研究は、中野助教が課題代表者である一般財団法人高度情報科学技術研究機構(RIST)の「富岳」利用課題「第一原理量子モンテカルロ法:ジェミナル型多体波動関数に基づく強相関物質の動的物性研究」(課題番号:hp210038)及び「第一原理量子モンテカルロ法と機械学習力場を活用した極限物質の物性解明」(課題番号:hp220060)の支援を受けて実施しました。

pr20220719-1.png

図1 分子動力学計算により得られた高圧水素の液相-液相転移の境界線。今回、機械学習ポテンシャルを利用して得られた液相-液相転移の境界線は赤丸 [This work]として示されている。大量の計算資源を利用して、第一原理量子モンテカルロ法を利用した分子動力学計算により直接計算して得られた境界線は薄緑の四角 [Mazzola et al.2018]で示されている。その他は、密度汎関数計算等の他の手法によって得られた境界線である。

【今後の展開】
 今回開発したフレームワークは、高圧水素液体だけでなく、他の物質群にも適用可能な汎用的なものであり、材料科学や惑星科学の分野への貢献が期待されます。今後も、密度汎関数計算が太刀打ちできないとされている他の極限物質の物性計算に、本手法を適用していく計画です。

【論文情報】

掲載誌 Physical Review B (Letter)
論文題目 High-pressure hydrogen by machine learning and quantum Monte Carlo
(機械学習と量子モンテカルロ法を利用した高圧水素の研究)
著者 Andrea Tirelli*, Giacomo Tenti, Kousuke Nakano, Sandro Sorella*
掲載日 2022年7月8日(米国東部標準時間)にオンライン版に掲載
DOI 10.1103/PhysRevB.106.L041105

【用語説明等】

*注1 第一原理量子モンテカルロ法:
「電子レベルのミクロな世界」を記述する多体シュレーディンガー方程式を解く方法の一つ。乱数を使って多体波動関数を陽に評価する手法を採用している。1体軌道描像に基づく従来の密度汎関数法よりも手間が掛かるが、正確な見積もりを行える。大量の乱数を発生させて数値評価を行うため、富岳などのスーパーコンピュータの活用が必須となる。
*注2 スーパーコンピュータ「富岳」:
スーパーコンピュータ「京」の後継機として理化学研究所に設置された計算機。令和2年6月から令和3年11月にかけてスパコンランキング4部門で1位を4期連続で獲得するなど、世界トップの性能を持つ。令和3年3月9日に本格運用開始。

【リンク】

令和4年7月19日

PAGETOP