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シミュレーションとデータ科学の融合により金属表面の濡れ性現象を解明

シミュレーションとデータ科学の融合により金属表面の濡れ性現象を解明

ポイント

  • スーパーコンピュータを用いたナノレベルでのシミュレーションとデータ科学を融合させて、親水性や撥水性といった金属表面の濡れ性現象の解明に成功しました。
  • この濡れ性現象のシミュレーション技術は、防汚コーティングや接着剤、触媒活性や腐食防止などの設計指針を与えることが可能であるため、産業応用への展開も期待できます。

【背景と経緯】
 親水性や撥水性といった「濡れ」は日常で身近な自然現象です。例えば、木の葉が水滴を弾く「撥水性」はよく知られていますが、撥水スプレーを使えば、人工的に、身の回りのものに撥水機能を与えられます。濡れ性は、他にも、塗料・顔料など多くの産業分野に関与します。この濡れ性現象のシミュレーション予測を実現できれば、実験することなく、所望の濡れ性を持つ材料表面の設計が可能になり、製品開発の促進につながります。
 濡れ性は、表面上の水滴のなす角度(接触角)θとして定量的に評価できます(右図)。直角を基準としてθの大小で、疎水(撥水)性と親水性に分類されます。この接触角の大小は、表面・界面の張力のバランスで決まります(ヤングの式)。これらの張力の起源は、ナノレベルで見ると、水分子同士の引力や、固体表面の原子と水分子の引力で、原理的には、第一原理計算(用語解説1)で算定可能な量です。しかし、表面や水滴を構成する原子や水分子の数が膨大なだけではなく、水滴中では、水分子同士が比較的自由に動き回ったり、集団(クラスター)を形成したりと、固体表面上の水分子は、莫大な構造自由度を持ちます。そのため、このような固体表面と自由度の甚大な水滴の系を丸ごとシミュレーションで扱うことはできませんでした。先行研究によれば、こういったシミュレーションは、構造自由度の高い水滴ではなく、構造自由度を凍結した氷で代用しています。氷中の水分子や固体の表面・界面の原子におけるシミュレーションでは第一原理計算は確立されていて、それらの表面・界面エネルギーを算定でき、ヤングの式に代入すれば接触角が得られることがわかっています。

【研究の内容】
 金属表面は、電気化学反応の触媒活性や腐食現象に関連し、その濡れ性現象が重要な役割を果たすため、その解明は産業への応用においても重要な課題です。しかし、これまで金属表面の濡れ性現象を対象とする理論研究は行われていませんでした。また、前述の氷モデルに基づく接触角の第一原理算定は、半導体や絶縁体にしか適用されていませんでした。
 今回、北陸先端科学技術大学院大学サスティナブルイノベーション研究領域の本郷研太准教授は、同大学の前園涼教授中野晃佑助教らとこの金属表面の濡れ性現象の解明を目的に、シミュレーションとデータ科学を融合させることにより、典型的な金属表面である銅表面の濡れ性接触角を統計的に推定する技術を開発することに成功しました。
 研究当初は、氷モデルで接触角を算定しましたが、銅表面上では特定の構造を持つ水分子クラスターが形成されていることが先行実験によって既に報告されており、本研究でも実験値との齟齬が明らかになりました。次に、本研究グループでは、氷モデルの代替として、典型的なクラスター構造モデルを採用して、構造モデルごとに接触角を第一原理計算を用いて算定しました。このとき、実験の接触角がわかれば、個々の第一原理算定値との比較から、適切なクラスターモデルを選択できますが、銅表面に対する実験測定値はばらつきが大きく、実験結果との比較や適切な構造モデル選定はできませんでした。
 そこで、本研究では、第一原理計算を用いて得られた接触角データをデータ科学的に扱うことにより接触角を統計的に推定することにしました。まず、接触角と被覆率の散布図を作成し、回帰分析(用語解説2)により、接触角を被覆率の関数として記述する統計的回帰モデルを作りました(左図)。この回帰モデルに対して、既知の被覆率(~0.4)を代入すれば、統計誤差を伴うものの、接触角を推定できます。得られた推定値(74±6°)は、実験測定値の範囲内に収まり、かつその誤差は、実験結果のバラツキ(60-87°)よりも小さく、定量的にも高い精度の結果が得られました。
 ただし、上記の統計的内挿アプローチでは、被覆率が、実験や計算で既知である必要がありますが、この被覆率はすべての金属表面について知られているわけではありません。そこで、本研究では、統計サンプリングの方法で、接触角とその誤差を推定しました。これは、通常の統計平均ではなく、固体表面への水分子吸着エネルギーを活用した重み付きサンプリングを開発し、誤差を推定するものです。その結果、前述の推定値とよく一致する接触角の推定値(78±4°)が得られました。このアプローチであれば、被覆率が未知の金属表面でも、このシミュレーションデータを活用して、接触角を統計的に推定できます。

 本研究成果は、2022年9月13日(グリニッジ標準時間)にエルゼビア社発行の科学雑誌「Surfaces and Interfaces」のオンライン版に掲載されました。

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 固体表面上の水滴における表面・界面張力(赤[左向き矢印]・青[右向き矢印]・黒[上向き矢印])の釣り合いの式から、ヤングの式が導かれます(右図)。水滴は、多数の水分子から構成されていますが、固体表面では、水分子が多種多様な集合体(クラスター)を形成しています。それらの各構造パターンに対して第一原理計算を行い、ヤングの式に代入すると、接触角を算定できます(左図)。クラスターの構成分子数や形状配置パターンごとに、接触角は異なります。接触角データを、被覆率に着目して整理して、統計的回帰モデルを適用すると、左図のような関数(青色の曲線)と予測誤差(緑色の帯)が得られます。銅表面上の水クラスターの被覆率として知られている値(0.4)における接触角をグラフから読み取ると、銅表面での統計的な予測値が得られます。

【今後の展開】
 表面の濡れ性現象の制御は、これまで、試行錯誤の実験から経験的に確立されてきました。シミュレーションとデータ科学の融合した本研究のアプローチにより、この濡れ性現象の解析手法が確立しました。本研究において開発した手法は、種々の表面系に対して、濡れ性現象制御の指針を与えることができます。このことにより、濡れ性制御の道が拓ければ、触媒活性や腐食防止など、工業応用上の重要課題の解決に繋がることが期待できます。

【用語解説】

*1 第一原理計算:
「電子レベルのミクロな世界」を記述する非常に多くの連立する基礎方程式を解くことで、分子や個体の構造やエネルギーなどを計算する、スパコンを活用する高性能計算分野を代表するシミュレーション技術の一つ。物理学の基本法則に基づくため、物質の種類には依らずに、全ての物質を同一の方程式で記述できるため、様々な問題を同一プログラムで解析できる高い汎用性を持つ。
*2 回帰分析:
データ内の変数(説明変数Xと目的変数Y)の間に内在する関数関係Yf(i>X)を、統計学に基づき推定する手法であり、データ科学の最も重要な基本手法の一つ。多項式などをfの関数形として仮定し、データをよく再現するように、多項式の展開係数値を誤差とともに統計的に推定する。得られた回帰関係を使うことで、未知のXに対して、Yを予測できる。

【論文情報】

掲載誌 Surfaces and Interfaces
論文題目 Ab-initio-based interface modeling and statistical analysis for estimate of the water contact angle on a metallic Cu(111) surface
(シミュレーションとデータ科学を活用して金属表面の濡れ性現象を解明)
著者 Takahiro Murono, Kenta Hongo, Kousuke Nakano, Ryo Maezono
掲載日 2022年9月13日(グリニッジ標準時間)にオンライン版に掲載
DOI 10.1016/j.surfin.2022.102342

【リンク】

研究室 (日/英)
[https://www.jaist.ac.jp/is/labs/maezono-lab]

令和4年11月2日

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