研究活動の検索
研究概要(研究室ガイド)やプレスリリース・受賞・イベント情報など、マテリアルサイエンスの研究室により公開された情報の中から、興味のある情報をタグや検索機能を使って探すことができます。金沢大学・北陸先端科学技術大学院大学 第1回共同シンポジウムを開催
令和5年6月26日(月)、本学小ホールにおいて、金沢大学・北陸先端科学技術大学院大学 第1回共同シンポジウムを開催しました。
金沢大学と本学は、融合科学共同専攻における分野融合型研究を推進してきましたが、本年度より、融合科学共同専攻にとどまらず、両大学間の共同研究の発展と促進を目指し、共同シンポジウムを開催することといたしました。
第1回である今回は、「エネルギー関連材料・デバイスにおける最新研究の展開」をテーマに開催し、寺野 稔学長による開会挨拶後、本学 サスティナブルイノベーション研究領域 大平圭介教授、金沢大学 理工研究域 機械工学系 辻口拓也准教授、金沢大学 ナノマテリアル研究所 當摩哲也教授、本学 融合科学共同専攻長 松見紀佳教授にそれぞれエネルギー関連の最新研究についてご講演いただき、金沢大学 和田隆志学長の挨拶をもって閉会となりました。
本シンポジウムが、今後の両大学間の共同研究の発展と促進を目的としていることから、各講演者は、自身の研究内容の説明に加えて、「どのような研究分野との共同研究が可能か」という点も併せて講演されました。
オンライン配信とのハイフレックス形式にて開催しました本シンポジウムには、両大学より多くの方が参加され、質疑応答の時間には研究者間による活発な意見交換が行われました。次回は金沢大学を会場として開催される予定であり、本シンポジウムが今後両大学間の共同研究発展の端緒となるよう推進して参ります。

開会の挨拶をする寺野学長

講演① 「シリコン系太陽電池の高性能・低コスト・長寿命化技術の開発」
大平圭介 教授(本学 サスティナブルイノベーション研究領域)

講演② 「ギ酸を中心とした循環型社会の構築に向けた要素技術開発」
辻口拓也 准教授(金沢大学 理工研究域 機械工学系)

講演③ 「軽くて柔らかい有機材料を用いた太陽電池の長寿命化と実用化」
當摩哲也 教授(金沢大学 ナノマテリアル研究所)

講演④ 「次世代型蓄電池の開発を目指した部材開発」
松見紀佳 教授(本学 融合科学共同専攻長)

閉会の挨拶をする金沢大学 和田学長
令和5年6月28日
出典:JAIST お知らせ https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/info/2023/06/28-1.html学生のXIONGさんが、国際シンポジウムEM-NANO2023においてStudent Awardを受賞
学生のXIONG, Weiさん(博士後期課程2年、ナノマテリアル・デバイス研究領域、大島研究室)が第9回有機・無機エレクトロニクス材料とナノテクノロジーに関する国際シンポジウム(EM-NANO2023)において、Student Awardを受賞しました。
EM-NANO2023は令和5年6月5日~8日にかけて金沢市で開催されました。先端的な材料やそれを用いたデバイスに関する研究に関する講演が約300件あり、そのうち、学生発表が約140件ありました。この中で優れた発表を行った学生10名に対し学生優秀賞が授与されました。
*参考:The 9th International Symposium on Organic and Inorganic Electronic Materials and Related Nanotechnologies (EM-NANO2023)
■受賞年月日
令和5年6月7日
■研究題目、論文タイトル等
引張り変形のその場透過電子顕微鏡法によるMoS2ナノシートのリップル構造評価
■研究者、著者
XIONG, Wei
■受賞対象となった研究の内容
2次元材料の構造的な新しさの一つに、2次元材料の伸縮による原子レベルの波紋構造の形成がある。しかし、このような構造に関する実験的な報告はほとんどない。
本研究では、2つの電極間に吊り下げたMoS2ナノシートを伸張できるin-situ透過型電子顕微鏡(TEM)ホルダーを開発し、MoS2ナノシートの原子レベルの波紋構造を観察することに成功した。得られたTEM像を解析したところ、波紋構造はアームチェア方向に沿って形成されていることがわかった。幾何学的位相解析(GPA)法を用いてTEM像を解析することで、波紋構造の周期と振幅を推定することができた。0.26%、0.51%、0.77%、1.02%の引張ひずみでリップル構造の周期と振幅を推定した。その結果、MoS2ナノシートは引っ張りに対して非線形な力学応答を示すことがわかった。
■受賞にあたって一言
It's my honor to receive the "Student Award" in EM-NANO2023. Participating in this academic conference has benefited me a lot. I have listened to many excellent presentations and read many creative posters at this conference. The experiences and conversations during this trip made me think more deeply about my research. I will also put the inspiration and ideas I got at this conference into practice in my future experiments. For this honor, I would like to express my sincere gratitude to my supervisor, Prof. Yoshifumi Oshima, his profound knowledge gave me strong support in my study and research, his peaceful personality made me feel no pressure to get alone with him in life. I also want to thank Dr. Lilin Xie, a graduate of our lab, his research work has given me great convenience and confidence, and it has a great weight in this award I have received. Also, I'd like to thank assistant professor Kohei Aso and the laboratory members for their help in my life, study and research.
令和5年6月15日
第1回 金沢大学・北陸先端科学技術大学院大学 共同シンポジウム
| 開催日時 | 令和5年6月26日(月)13:30~17:00 |
| 会 場 | マテリアルサイエンス系講義棟1階 小ホール ※Webexにて同時配信(ハイフレックスにて開催) |
| 対 象 | 両大学の教職員・学生 |
| テーマ | エネルギー関連材料・デバイスにおける最新研究の展開 |
| プログラム | 13:30~ オープニング(共同シンポジウムの趣旨説明等) 13:40~ 開会挨拶 北陸先端科学技術大学院大学 寺野学長 13:45~14:25 ≪講演1≫ 講演者:大平圭介 教授(本学 サスティナブルイノベーション研究領域) 講演タイトル:シリコン系太陽電池の高性能・低コスト・長寿命化技術の開発 14:30~15:10 ≪講演2≫ 講演者:辻口拓也 准教授(金沢大学 理工研究域 機械工学系) 講演タイトル:ギ酸を中心とした循環型社会の構築に向けた要素技術開発 15:10~15:30 休憩 15:30~16:10 ≪講演3≫ 講演者:當摩哲也 教授(金沢大学 ナノマテリアル研究所) 講演タイトル:軽くて柔らかい有機材料を用いた太陽電池の長寿命化と実用化 16:15~16:55 ≪講演4≫ 講演者:松見紀佳 教授(本学 融合科学共同専攻長) 講演タイトル:次世代型蓄電池の開発を目指した部材開発 16:55~17:00 閉会挨拶 金沢大学 和田学長 |
| 参加申込 | 下記申込み用フォームからお申込みください https://forms.gle/eUG4xNHfKwfutWNq8 ※会場での参加、オンライン参加ともに申込みが必要です ※オンライン参加の方には、アクセス用のURLをご連絡いただいたメールアドレス宛に後日送付いたします。 【本件問合せ先】 研究推進課 学術研究推進係 内線:1907/1912 E-mail:suishin@ml.jaist.ac.jp |
リチウムイオン2次電池の急速充放電を促すリチウムボレート型のバイオマス由来バインダーを開発
リチウムイオン2次電池の急速充放電を促す
リチウムボレート型のバイオマス由来バインダーを開発
ポイント
- リチウムイオン2次電池開発において、急速充放電技術の確立は急を有する課題となっている。
- リチウムイオン2次電池のグラファイト負極用バインダーとして、カフェ酸*1とLiBH4(水酸化ホウ素リチウム)との脱水素カップリング重合によりリチウムボレート型水溶性ポリマーを合成した。
- 本負極バインダーを適用した系では、低い最低被占軌道(LUMO)を持つポリマーによりホウ素を含むSEI(固体電解質界面)が形成され、界面抵抗が低減することが分かった。また、同バインダーを用いることにより、負極内におけるリチウムイオンの拡散係数の向上が観測された一方、リチウム挿入反応の活性化エネルギーは減少することが観測された。
- このことから、従来負極バインダーとして使用されているPVDF(ポリフッ化ビニリデン)やCMC-SBR(カルボキシメチルセルロース-スチレン - ブタジエンゴム)をバインダーとした系と比較して急速充放電条件において顕著な適性を示した。
| 北陸先端科学技術大学院大学 (JAIST) (学長・寺野稔、石川県能美市)の物質化学フロンティア研究領域 松見紀佳教授、ラージャシェーカル バダム元講師、アヌシャ プラダン研究員、宮入諒矢元大学院生、高森紀行大学院生(博士後期課程2年)は、リチウムイオン2次電池*2の急速充放電を促すリチウムボレート型バイオベースバインダーの開発に成功した。 |
【研究の内容と背景】
リチウムイオン2次電池の開発においては、高容量化やサイクル耐久性の向上、高電圧化など様々な開発課題解決に向けた取組みが行われているが、それと同時に急速充放電の実現に向けた技術開発についても高い関心が集まっている。しかしながら、その実現には固体中のリチウムイオンの拡散速度の向上や電極―電解質界面の特性、活物質の多孔性などの諸ファクターの検討を要している。
今回、本研究においては、カフェ酸とLiBH4(水酸化ホウ素リチウム)をテトラヒドロフラン溶液中で脱水素カップリング重合することによって、リチウムボレート型バイオベースポリマーを合成した(図1)。合成によって得られたポリマーは水溶性であり、環境負荷の少ない水系スラリーからの負極作製が可能であった。また、得られたポリマーの構造はNMR、XPS、SEM等の各測定によって決定した。
まず、合成によって得られたポリマーを負極バインダーとして用い、アノード型ハーフセル*3を構築し、性能を評価した。本バインダーを用いた系においては、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)やCMC-SBR(カルボキシメチルセルロース-スチレン - ブタジエンゴム)を用いた系と比較して、リチウム挿入反応のピークにおけるオーバーポテンシャルが20 mV-100 mV低下し、よりスムーズな電極反応が示唆された。また、Randles-Sevcik式から、負極におけるリチウムイオンの拡散係数を算出すると7.24 x 10-9 cm2s-1であり、PVDFやCMC-SBR系バインダーと比較して有意に高い値であった。
さらに、インピーダンス測定を経て算出したリチウム挿入反応の活性化エネルギーは、本バインダー系において22.6 kJ/molであり、PVDF(28.78 kJ/mol)やCMC-SBR系(58.34 kJ/mol)バインダーと比較して有意に低下した。
次に、充放電試験の結果、1C*4条件において100サイクル時点で放電容量は本バインダー系では343 mAhg-1であり、PVDFで278 mAhg-1、CMC-SBRで188 mAhg-1であった(図2)*5。さらに、急速充電条件(10C)においては、本バインダー系では73 mAhg-1、PVDFで40 mAhg-1、CMC-SBRで17 mAhg-1であり、本バインダーの急速充放電条件における適性が示された(図2)。本バインダー系では1200サイクル(10C)まで安定した充放電挙動を示し、1200サイクル時点の容量維持率は93%であった。
また、動的インピーダンス(DEIS)測定を行ったところ、本バインダー系におけるSEI(固体電解質界面)抵抗はPVDFやCMC-SBR系バインダーと比較して有意に低下した(図3)。これは、充放電試験後に電池セルを分解し負極を分析したところ、XPSによる測定においてホウ素を含有したSEI形成が観測されたことから、SEI抵抗の低減に大いに寄与していると考えられる(図3)。
1200サイクル(10C)充放電後においても、負極を分解し、SEM(走査型電子顕微鏡)の断面像を観察したところ、PVDFバインダーの場合の体積膨張は15.49%であったが、本バインダー系では8.50%に抑制された。さらに本負極バインダーを用いたフルセルにおいても良好に作動した。
本成果は、ACS Materials Letters (米国化学会)のオンライン版に1月9日に掲載された。
本研究は、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(スマートバイオ産業・農業基盤技術)の支援のもとに行われた。
【今後の展開】
バインダーを含む負極コンポジットの担持量をさらに向上させつつ電池セル系のスケールアップを図り、産業的応用への橋渡し的条件において検討を継続する。
すでに国内特許出願済みであり、今後は、企業との共同研究を通して将来的な社会実装を目指す。急速充放電技術の普及を通して社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
【論文情報】
| 雑誌名 | ACS Materials Letters (米国化学会) |
| 題目 | Extreme Fast Charging Capability in Graphite Anode via a Lithium Borate Type Biobased Polymer as Aqueous Polyelectrolyte Binder |
| 著者 | Anusha Pradhan, Rajashekar Badam*, Ryoya Miyairi, Noriyuki Takamori and Noriyoshi Matsumi* |
| 掲載日 | 2023年1月9日 |
| DOI | 10.1021/acsmaterialslett.2c00999 |

|
図1.(A) 高分子バインダーの合成スキーム
(B) MALDI-TOF MSスペクトル (C) DFT計算によるポリマーの最適化構造 (D) 1H NMR スペクトル (E) 13C NMR スペクトル (F) XPS スペクトル(Li 1s 及びB 1s) |

|
図2.充放電試験結果
(a) 1C. (b) 10 C.種々の負極バインダー使用時の充放電曲線(0.01-2.1V at 1C ) (c) CAB. (d) PVDF (e) CMC-SBR |

|
図3.動的インピーダンススペクトル
(a) 本バインダー使用時 (b) PVDF使用時 (c) フィッティングに用いた等価回路 (d) CMC-SBR使用時 (e) RSEI 抵抗の比較 (f) XPS スペクトルB 1s (g) XPS スペクトルO 1s |
【用語説明】
カフェ酸は、ケイ皮酸のパラ位及びメタ位がヒドロキシ化された構造を持つ芳香族カルボン酸で、フェニルプロパノイドの1種である。カフェ酸はリグニン生合成の重要な中間体であるため、全ての植物に含まれている。
電解質中のリチウムイオンがイオン伝導を担う2次電池。従来型のニッケル水素型2次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
リチウムイオン2次電池の場合には、アノード極/電解質/Liの構成からなる半電池を意味する。
バッテリー容量に対する充放電電流値の比であり、バッテリーの充放電特性(充放電するときの電流の大きさや放電能力・許容電流)を表す。1Cとは1時間で満充電状態から完全に放電した状態になる時の電流値を表し、この数字が高ければ高いほど大きな電流を出力できる。
電極電位を直線的に掃引し、系内における酸化・還元による応答電流を測定する手法である。電気化学分野における汎用的な測定手法である。また、測定により得られるプロファイルをサイクリックボルタモグラムと呼ぶ。
令和5年2月1日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/02/01-1.html分子自己集合の常識が覆る!? 自己集合で低対称な分子集合体を形成できることを発見
![]() |
| 国立大学法人長崎大学 国立大学法人東京大学大学院総合文化研究科 国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 |
分子自己集合の常識が覆る!?
自己集合で低対称な分子集合体を形成できることを発見
ポイント
- 分子自己集合によるC1対称性分子集合体の形成を発見し、分子低対称化に基づく光物性変化を確認した。
- 低対称な分子集合体の形成は大きなエントロピーロスを伴うため、分子自己集合で得ることは困難だと考えられていた。
- 低対称構造を有する分子集合体を得るための新たなアプローチを提供し、低対称構造に基づく新奇機能性材料の創出につながる可能性がある。
| 長崎大学大学院工学研究科の馬越啓介教授、東京大学大学院総合文化研究科の堀内新之介講師、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科バイオ機能医工学研究領域の山口拓実准教授らの研究グループは、有機分子と遷移金属錯体(注1)を混ぜるだけで、分子対称性が最も低いC1対称の分子集合体が形成することを発見し、自己集合に基づく分子低対称化が物質の光学特性にどのような影響を与えるかも明らかにしました。 通常、分子自己集合では化学熱力学の原理によって、物質の配置エントロピー(注2)が最も高くなる高対称構造体が生成物として得られやすいことが知られています。本研究では、そのような分子自己集合の常識を覆し、分子自己集合によって低対称な分子自己集合体が得られることを発見し、分子自己集合に基づく低対称化(Symmetry-breaking assembly)が起こることを見出しました。これまで様々な研究グループによって低対称構造を有する分子集合体を合成しようとするアプローチが報告されてきましたが、本研究成果はそれらとは一線を画す、新しい方法論となりました。 本研究成果は、1月11日に英国のNature Research社が出版する総合科学速報誌「Nature Communications」誌に掲載されました。 |
【研究の背景】
分子自己集合は自然界で一般的に観測される現象であり、小さな分子がひとりでに集まって巨大な集合構造が構築される現象のことを指します。身近な例では雪の結晶が成長する過程がそうであり、規則的で様々な形状を持つ美しい雪の結晶が報告されています。近年では新しい材料を作り出す手法にこの分子自己集合を取り入れる試みが盛んであり、自己集合性化合物に関する研究はノーベル化学賞の有力候補とされています(図1)。

図1. 金属イオンと有機分子の自己集合によって得られる分子集合体の例
自己集合性化合物の一番の特徴は、雪の結晶でも見られるような、規則的で美しく対称性の高い構造です。これは、分子自己集合の過程が系の乱雑さを表す指標であるエントロピーを大きく減少させる反応であるため、自己集合によるエントロピーの損失を少しでも抑えるため、生成物の構造は高配置エントロピーをもつ対称性の高い構造体になりやすいことに由来しています。自然界では自己集合によって形成する酵素やDNAが生体活動を司っていますが、人類はまだそれらに匹敵するような洗練された機能をもつ自己集合性化合物を合成できていません。この理由は、酵素やDNAが人工的な自己集合性化合物と異なり、低対称で高い複雑性を持つ集合体であるためです。自己集合によって様々な集合構造が合成できることが当たり前となった今日では、自然界で達成されている複雑な仕組みを人工分子系でも達成するため、得られる分子集合体を低対称化する試みや複雑性を付与する研究が盛んに行われています。
【研究内容】
酵素やDNAは水素結合や分子間相互作用のような弱い会合力の協同作用によって自己集合構造を形成しています。研究グループは、自己集合の仕組みに弱い会合力の協同作用を取り入れることで、新しいタイプの分子集合体の合成を探索しました。その結果、水素結合能を持つ有機分子とカチオン性遷移金属錯体(注1)の組み合わせから、通常の自己集合では得ることが困難な最も対称性の低いC1の分子対称性を持つ分子集合体が得られることを発見しました(図2)。

図2. 有機化合物と遷移金属錯体を用いたC1対称性分子集合体の形成
さらに、分子自己集合によって遷移金属錯体の物性が大きく変化することも明らかにしました。遷移金属錯体が有機分子と分子集合体を形成すると、金属錯体の発光特性が大きく向上(高エネルギー化・高効率化・長寿命化)しました。次に研究グループは、用いた遷移金属錯体が2種類の光学異性体の混合物であることに目をつけ、低対称な分子集合構造がキラル光学特性(注3)に与える影響を調べました。その結果、分子自己集合に基づく低対称化(Symmetry-breaking assembly)によって、キラルな遷移金属錯体から観測される円偏光発光の異方性因子glum値が向上することを明らかにしました(図3)。類似な遷移金属錯体を用いてもSymmetry-breaking assemblyを伴わない場合はglum値に変化がなかったことから、このglum値の変化は低対称構造に由来する物性変化であると結論しました。

図3. 分子低対称化にともなうキラル光物性の変化
【今後の展開】
従来の分子自己集合では、得られる化合物の構造は対称性の高い構造という常識があり、低対称構造体を自己集合によって合成することは困難とされてきました。本研究では分子自己集合の常識を覆し、C1対称性を持つ分子集合体を得ることに成功し、その低対称構造に由来する特徴的な物性変化も明らかにしました。この研究成果は、低対称構造を有する分子集合体を得るための新たなアプローチを提供するだけでなく、低対称な分子集合体を用いた機能性材料の礎となる可能性があります。
【謝辞】
本研究は、科研費「若手研究(課題番号:JP19K15589)」、科研費「基盤研究C(課題番号:JP20K05542)」「新学術領域研究「配位アシンメトリー」(課題番号:JP19H04569、JP19H04587)」、「新学術領域研究「水圏機能材料」(課題番号:JP22H04554)」、「文部科学省 マテリアル先端リサーチインフラ(課題番号:JPMXP1222JI0014)」、JSPS国際交流事業「ナノ空間を反応場・デバイスとして活用する物質科学国際拠点の構築」(整理番号R2906)、長崎大学卓越大学院プログラム(整理番号1814)、日揮・実吉奨学会研究助成、野口遵研究助成、小笠原敏晶記念財団一般研究助成、泉科学技術振興財団研究助成、高橋産業経済研究財団研究助成
の支援により実施されました。
【発表雑誌】
| 雑誌名 | 「Nature Communications」(オンライン版:1月11日) |
| 論文タイトル | Symmetry-Breaking Host-guest Assembly in a Hydrogen-bonded Supramolecular System |
| 著者 | Shinnosuke Horiuchi, Takumi Yamaguchi, Jacopo Tessarolo, Hirotaka Tanaka, Eri Sakuda, Yasuhiro Arikawa, Eric Meggers, Guido H. Clever, Keisuke Umakoshi |
| DOI | https://doi.org/10.1038/s41467-023-35850-4 |
【用語解説】
遷移金属イオンと有機化合物が配位結合によって複合体となった化合物の総称。その中でも正の電荷を帯びたものはカチオン性と呼ばれる。
分子の位置と構造情報に関する状態量。分子の位置が平均化され構造情報が少ない集合構造は高配置エントロピーを持ち、全ての分子の位置が個別に観測され構造情報に富んだ集合構造は低配置エントロピーの構造となる。
元の構造とその鏡像が重なり合わない性質をキラリティと言い、この性質を持つことを形容詞系でキラルと表す。キラル分子特有の光学特性をキラル光学特性と言い、化合物の立体構造に由来した物性値である。
令和5年1月16日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/01/16-1.html微生物合成したバイオマス由来化合物の添加によるリチウムイオン2次電池用正極の安定化
![]() |
国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 国立大学法人筑波大学 |
微生物合成したバイオマス由来化合物の添加による
リチウムイオン2次電池用正極の安定化
ポイント
- リチウムイオン2次電池の正極材料としての活用が活発に検討されているLiNMC系正極は、その安定化のために、有効な添加剤を活用するアプローチが重要である。
- 微生物合成により得られたバイオマス由来のピラジンアミン化合物(2,5-ジメチル-3,6-ビス(4-アミノベンジル)ピラジン(DMBAP))がリチウムイオン2次電池のLiNi1/3Mn1/3Co1/3O2正極の安定化に有効な添加剤であることを見出した。
- 微生物合成を採用することにより、比較的複雑な構造を有する添加剤を簡易かつ低コストに、また低環境負荷な手法で合成することが可能となる。
- DMBAPは汎用の電解液よりも最高被占軌道(HOMO)が高く酸化されやすいため、電解液に先立ち正極表面で酸化され、好ましい界面を形成しつつ、電解液の過度な分解を抑制した。その結果、界面抵抗を顕著に低下させるに至った。SEM(走査型電子顕微鏡)像においてもDMBAPがLiNi1/3Mn1/3Co1/3O2正極の形態の変性を抑制することが示された。
- カソード型ハーフセル (3.0 V-4.5 V)において、DMBAP 2 mg/mlを電解液(EC/DEC/LiPF6)に添加した系においては、1Cの電流密度における100サイクル後の放電容量は83.3 mAhg-1であり、DMBAP非添加系における放電容量の42.6 mAhg-1を大幅に上回った。さらにDMBAPによる電池系の安定化効果はフルセルにおいても顕著であった。
| 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)(学長・寺野稔、石川県能美市)の物質化学フロンティア研究領域 松見紀佳教授、ラージャシェーカル バダム元講師、アグマン グプタ研究員、高森紀行大学院生(博士後期課程2年)、筑波大学生命環境系 高谷直樹教授、桝尾俊介助教、皆川一元大学院生は、微生物合成したピラジンアミン化合物(2,5-ジメチル-3,6-ビス(4-アミノベンジル)ピラジン(DMBAP))がリチウムイオン2次電池のLiNi1/3Mn1/3Co1/3O2正極の安定化に有効な添加剤であることを見出した。 |
【研究の内容と背景】
近年、リチウムイオン2次電池[用語解説1]開発において、高電圧化に有効なLiNMC系正極(LiNixMnyCozO2; x+y+z = 1)の活用が活発に検討されている。一方、正極材料としては比較的不安定なLiNMC系正極を安定化するためには有効な添加剤を活用するなどのアプローチが重要である。北陸先端科学技術大学院大学の松見教授らの研究グループでは、この添加剤の活用について、正極添加剤BIANODAの合理的な設計法[参考文献1,2]について報告したが、有機合成化学的な添加剤の合成においては材料の精製等がやや煩雑であった。
そこで今回は微生物合成によってピラジンアミン化合物(2,5-ジメチル-3,6-ビス(4-アミノベンジル)ピラジン(DMBAP))を合成し、LiNMC系正極用添加剤として検討した。本化合物もBIANODAと同様にHOMOが高く、重合性官能基を持つこと、正極活物質の劣化因子であるフッ化水素(HF)をトラップ可能な構造であること、遷移金属への配位子構造等を併せ持つなど、LiNMC系正極の安定化剤として理想的な構造を有している(図1)。この微生物合成を採用することにより、比較的複雑な構造を有する添加剤を簡易かつ低コストに、また低環境負荷な手法で合成することが可能となる。
また、筑波大学の高谷教授らのグループでは、Pseudomonas fluorescens SBW25の遺伝子クラスターがDMBAPの微生物合成に有用であることを見出しており[参考文献3]、さらにグルコースを原料としてDMBAPを発酵生産する組換え細菌も見出している[参考文献3]。
このような系の積極的活用は、新たなカテゴリーの電池用添加剤ライブラリーを見出すとともに電池材料のバイオマス代替を促進する上で大変魅力的である。
本研究では、まずLiNi1/3Mn1/3Co1/3O2/電解液(エチレンカーボネート(EC)/ジエチレンカーボネート(DEC)/ヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF6))/Li型ハーフセルにおいて、電解液に2 mg/mlのDMBAPを添加し、正極安定化剤としての性能を評価した。カソード型ハーフセルのサイクリックボルタモグラム (3.0 V- 4.5 V)の第一サイクルにおいては、DMBAP添加系においては非添加系には見られない酸化ピークが観測され、添加剤に基づいた被膜形成挙動が示唆された。
添加剤DMBAPの量を変化させつつ充放電特性評価を行うと、電解液への添加量が 2 mg/mlの系において最善の性能が観測された。DMBAP 2 mg/mlを電解液(EC/DEC/LiPF6)に添加した系においては1Cの電流密度における100サイクル後の放電容量は83.3 mAhg-1であり、DMBAP非添加系における放電容量の42.6 mAhg-1を大幅に上回った(図2(b))。また、DMBAP添加系においては、リチウム挿入・脱離反応のオーバーポテンシャルの低下も観測された(図2(d))。さらにDMBAPによる電池系の安定化効果はフルセルにおいても顕著であった。
次に、カソード型ハーフセル[用語解説2]における界面形成挙動の解析のため動的インピーダンス(DEIS)測定を行った。各電圧下におけるそれぞれのインピーダンススペクトルに関する等価回路フィッティングを行い、カソード側の界面抵抗(CEI)を算出したところ、DMBAP添加系においてはすべての測定条件下において非添加系よりも抵抗が低く、DMBAPの界面抵抗低減効果が顕著であることが明らかとなった。
また、LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2正極を電解液(EC/DEC/LiPF6)中で保管した系においては、SEM(走査型電子顕微鏡)像において形態の変性が観測されるが、DMBAPを共存させた系においては形態変化は抑制され(図3)、DMBAPによる安定化効果が再び示された。
本成果は、ネイチャー・リサーチ社刊行のScientific Reportのオンライン版に11月25日に掲載された。
本研究は、内閣府の戦略的イノベーション創出プログラム(スマートバイオ産業・農業基盤技術)の支援のもとに行われた。
【今後の展開】
リチウムイオン2次電池の開発においては、作用機構が異なる他の添加剤との併用により、さらなる相乗効果につながることが期待される。
さらに、遷移金属組成の異なる様々なLiNMC 系正極(LiNixMnyCozO2; x+y+z = 1)を効果的に安定化することが期待できる。
既に国内において特許出願済みであり、今後は、企業との共同研究を通して将来的な社会実装を目指す。特に、電池セルの高電圧化技術の普及と電池材料のバイオマス代替を促進することを通して社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
【論文情報】
| 雑誌名 | Scientific Reports(Springer-Nature) |
| 題目 | Microbial pyrazine diamine is a novel electrolyte additive that shields high-voltage LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2 cathodes |
| 著者 | Agman Gupta, Rajashekar Badam, Noriyuki Takamori, Hajime Minakawa, Shunsuke Masuo, Naoki Takaya and Noriyoshi Matsumi* |
| WEB掲載日 | 2022年11月25日(英国時間) |
| DOI | 10.1038/s41598-022-22018-1 |

|
図1.DMBAPによるLiNMC系正極安定化の概念図
重合性官能基(-NH2)を持つこと、フッ化水素(HF)をトラップ可能な構造であること、遷移金属への配位子構造(C₄H₄N₂)等を併せ持つことなど、安定化剤として理想的な構造を有する。 |

|
図2.(a)様々な電流密度におけるカソード型ハーフセル(DMBAP添加物存在下及び非添加系)の充放電挙動
(b) 1Cにおけるカソード型ハーフセル(DMBAP添加物存在下及び非添加系)の充放電挙動 (c) DMBAP添加物存在下及び非添加系の容量維持率の比較 (d) 1CにおけるDMBAP添加物存在下及び非添加系のオーバーポテンシャルの比較 |

|
図3.(a) LiNMC 系正極
(b) 電解液(エチレンカーボネート(EC)/ジエチレンカーボネート(DEC)/ヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF6))処理後のLiNMC系正極 (c) DMBAPを添加した電解液で処理後のLiNMC系正極のSEM像 |
【参考文献】
【用語説明】
電解質中のリチウムイオンが電気伝導を担う2次電池。従来型のニッケル水素型2次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
リチウムイオン2次電池の場合には、カソード極/電解質/Liの構成からなる半電池を意味する。
令和4年11月30日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2022/11/30-1.html学生のZUMILAさんが2022年度日本化学会北陸地区講演会と研究発表会において優秀ポスター賞を受賞
学生のZUMILA, Haililiさん(博士後期課程2年、バイオ機能医工学研究領域、藤本研究室)が2022年度日本化学会北陸地区講演会と研究発表会において優秀ポスター賞を受賞しました。
北陸地区講演会と研究発表会は、毎年秋に、金沢大学、福井大学、富山大学、北陸先端科学技術大学院大学のいずれかの大学にて開催しています。特別講演のほか、ポスター発表があり、200~300名が参加しています。
今回、2022年度日本化学会北陸地区講演会と研究発表会は、令和4年11月11日に富山大学にて開催されました。
■受賞年月日
令和4年11月16日
■発表題目
Development of 3-cyanovinylcarbazole induced ultra-fast photocrosslinking mediated DNA circuits
(超高速DNA光架橋反応を用いたユニークなDNA回路開発)
■発表者名
ズミラ ハリリ、セティ シダント、藤本 健造
■受賞対象となった研究の内容
DNAはナノスケールのバイオ高分子として知られており、過去数十年の間に様々なナノスケールの分子デバイスの構築に利用されてきました。今回、研究室オリジナルの超高速DNA光架橋剤である3-シアノビニルカルバゾールを用いて、光エネルギーによって制御可能な新しいDNA回路の設計に挑戦しました。高いDNA架橋率を実現することで、望ましくない複合体を防ぎつつ、高速にDNAの入力順を計算できるような光誘起メモリ回路の構築に成功しました。
■受賞にあたって一言
この度は、2022年度日本化学会北陸地区講演会と研究発表会におきまして、このような賞を頂けたことを大変光栄に思います。本研究の遂行にあたり、日頃よりご指導いただいている藤本健造教授にこの場をお借りして心より御礼申し上げます。また、多くのご助言やディスカッションにご協力頂いた藤本研究室の皆様に深く感謝いたします。
令和4年11月22日
出典:JAIST 受賞https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/award/2022/11/22-1.htmlリチウムイオン2次電池の急速充放電を実現する新しいナノシート系負極活物質の開発
リチウムイオン2次電池の急速充放電を実現する新しいナノシート系負極活物質の開発
ポイント
- リチウムイオン2次電池開発において、急速充放電技術の確立は急を有する課題となっている。
- TiB2(二ホウ化チタン)粉末のH2O2による酸化処理、遠心分離、凍結乾燥により簡便に得られる二ホウ化チタンナノシートをリチウムイオン2次電池の負極活物質として適用した。
- 二ホウ化チタンナノシートを負極活物質としたアノード型ハーフセルで充放電挙動を評価した結果、比較的低い充放電レートの0.025 Ag-1では約380 mAhg-1の放電容量を示した。
- 当該アノード型ハーフセルにおいて、1 Ag-1 (充電時間約10分)の電流密度では、174 mAhg-1の放電容量を1000サイクル維持した(容量維持率89.4 %)。さらに超急速充放電条件(15~20 Ag-1)を適用すると、9秒~14秒の充電で50~60 mAhg-1の放電容量を10000サイクル維持するに至り(容量維持率80%以上)、高い安定性が確認された。
- 急速放充電技術の普及を通して社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
| 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)(学長・寺野稔、石川県能美市)の先端科学技術研究科 松見紀佳教授(物質化学フロンティア研究領域)、ラージャシェーカル バダム元講師(物質化学フロンティア領域)、アカーシュ ヴァルマ元大学院生(博士前期課程修了)、東嶺孝一技術専門員らの研究グループとインド工科大学ガンディナガール校カビール ジャスジャ准教授、アシャ リザ ジェームス大学院生は、リチウムイオン2次電池*1において二ホウ化チタンナノシートの負極活物質への適用が急速充放電能の発現に有効であることを見出した。 |
【研究の内容と背景】
リチウムイオン2次電池開発において、急速充放電技術の確立は急を有する課題となっている。しかしながら、その実現には固体中のリチウムイオンの拡散速度の向上や電極―電解質界面の特性、活物質の多孔性などの諸ファクターの検討を要している。これまで急速充放電用途のナノ材料系負極活物質としては、チタン酸リチウムのナノシートや酸化チタン/炭素繊維コンポジットなどが検討されてきたほか、新しい2次元(2D)材料*2への関心が広がりつつあり、グラフェン誘導体や金属カーバイド系材料にも検討が及んでいる。
本研究においては、TiB2(二ホウ化チタン)のH2O2による酸化処理、遠心分離、凍結乾燥による簡便なプロセスで作製可能なTiB2ナノシートをリチウムイオン2次電池負極活物質として適用し、アノード型ハーフセルを構築して急速充放電能について検討した。
合成は、共同研究者であるインド工科大学准教授カビール氏らが報告している手法*3に従い、TiB2粉末を過酸化水素水と脱イオン水との混合溶液に懸濁させ、24時間の攪拌後に遠心分離し、上澄みを-35oCで24時間凍結させた後に72時間凍結乾燥することにより粉末状のTiB2ナノシートを得た(図1)。得られた材料のキャラクタリゼーションは前述の手法に従い、XRD、HRTEM、FT-IR、XPS等の各測定により行った。
電池セルの作製において、負極の組成としてはTiB2ナノシートを55 wt%、アセチレンブラックを35 wt%、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)を10 wt%を用い、NMP(N-メチルピロリドン)を溶媒とした懸濁液から銅箔集電体にコーティングした。電解液としては 1.0 M LiPF6 のEC/DEC (1:1 v/v)溶液を用い、対極にはリチウム箔を用いた。
TiB2ナノシートを負極活物質としたアノード型ハーフセル*4のサイクリックボルタモグラム(図2)においては、第一サイクルにおいてのみ0.65 V (vs Li/Li+)に電解液の分解ピークが現れたが、それ以降は消失した。リチウム脱離に相当するピークは2つ観測され、0.28 Vにおけるピークはリチウムが複数インターカレートしたTiB2からの脱リチウムピーク、0.45VにおけるピークはTiB2の再生に至る脱リチウムピークにそれぞれ相当する。約1.5 Vからの比較的高いリチウム挿入電位は、チタン酸リチウムやホウ素ドープTiO2とほぼ同様であった。
また、このアノード型ハーフセルの充放電挙動では、比較的低い充放電レートの0.025 Ag-1では約380 mAhg-1の放電容量を示した(図3)。
アノード型ハーフセルにおいて、1 Ag-1(充電時間約10分)の電流密度では、174 mAhg-1の放電容量を1000サイクル維持し、容量維持率は89.4 %を示した(図3)。さらに超急速充放電条件である15-20 Ag-1を適用すると、9秒~14秒の充電で50-60 mAhg-1の放電容量を10000サイクル維持するに至り、容量維持率は80%以上であった。
本成果は、ACS Applied Nano Materials (米国化学会)のオンライン版に9月19日に掲載された。なお、本研究は、文部科学省の「大学の世界展開力強化事業」採択プログラムに基づいた北陸先端科学技術大学院大学とインド工科大学ガンディナガール校(JAIST-IITGN)の協働教育プログラム(ダブルディグリープログラム)のもとで実施した。
【今後の展開】
TiB2ナノシートの積極的活用により、急速充放電能を有する次世代型リチウムイオン2次電池の発展に向けた多くの新たな取り組みにつながり、関連研究が活性化するものと期待される。
さらに活物質の面積あたりの担持量を向上させつつ電池セル系のスケールアップを図り、産業的応用への橋渡し的条件においても検討を継続する。
既に日本国内及びインドにおいて特許出願済みであり、今後は、企業との共同研究(開発パートナー募集中、サンプル提供応相談)を通して将来的な社会実装を目指す。急速充放電技術の普及を通して社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
【論文情報】
| 雑誌名 | ACS Applied Nano Materials(米国化学会) |
| 題目 | Titanium Diboride-Based Hierarchical Nanosheets as Anode Material for Li-ion Batteries |
| 著者 | Akash Varma, Rajashekar Badam, Asha Liza James, Koichi Higashimine, Kabeer Jasuja * and Noriyoshi Matsumi* |
| WEB掲載日 | 2022年9月19日 |
| DOI | 10.1021/acsanm.2c03054 |

| 図1.TiB2ナノシートの合成とキャラクタリゼーション (a)バルクのTiB2粉末 (b)過酸化水素水(H2O2) (3% v/v)にTiB2を分散した黒色の分散液 (c) 24時間攪拌後のTiB2の溶解と遠心分離後の上澄みの使用 (d)凍結乾燥後の粉末のナノ構造 (e) FESEM像 (f) TiB2 粉末及び TiB2ナノシートのFTIRスペクトル (g)ホウ素のハニカム状平面にチタンがサンドイッチされた結晶構造 (h) Si/SiO2 ウエハに担持させたTiB2ナノシートの光学像 (i) TiB2ナノシートのHRTEM像。ポーラスなシート状構造を示す。 |

| 図2.TiB2ナノシートを負極活物質としたアノード型ハーフセルのサイクリックボルタモグラム (a) 電圧範囲0.01-2.5V ;掃引速度 0.1 mV/s (b) 電圧範囲0.5-2.5V ;掃引速度 0.1, 0.3, 0.5, 0.7, and 1 mV/s. |

| 図3.TiB2ナノシートを負極活物質としたアノード型ハーフセルの充放電挙動 (a)レート特性の検討結果 (b)充放電曲線 (c)長期サイクル特性 |
【用語説明】
電解質中のリチウムイオンが電気伝導を担う2次電池。従来型のニッケル水素型2次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
グラフェンや遷移金属ジカルコゲニドなどの2次元(2D)層状無機ナノ材料は、その優れた物理的および化学的特性のために最近注目されている化合物で、光触媒や太陽電池、ガスセンター、リチウムイオン電池、電界効果トランジスタ、スピントロニクスなどへの応用が期待されている。
James, Asha Liza; Lenka, Manis; Pandey, Nidhi; Ojha, Abhijeet; Kumar, Ashish; Saraswat, Rohit; Thareja, Prachi; Krishnan, Venkata; Jasuja, Kabeer
Nanoscale (2020), 12 (32), 17121-17131CODEN: NANOHL; ISSN:2040-3372. (Royal Society of Chemistry)
リチウムイオン2次電池の場合には、アノード極/電解質/Liの構成からなる半電池を意味する。
令和4年9月30日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2022/09/30-1.htmlサスティナブルイノベーション研究領域の水田教授が応用物理学会からフェロー称号を受理
サスティナブルイノベーション研究領域の水田 博教授に公益社団法人応用物理学会からフェローの称号が授与され、表彰を受けました。
応用物理学会は、半導体、光・量子エレクトロニクス、新素材など、それぞれの時代で工学と物理学の接点にある最先端課題、学際的なテーマに次々と取り組みながら活発な学術活動を行っています。公益性の高い学会として広く活動を展開し、社会連携事業にも取り組んでいます。
*参考:公益社団法人応用物理学会ホームページ
■フェローの概要等
「応用物理学会フェロー表彰」制度は、同学会の会員表彰制度の一環として、2006年に創設されました。この表彰制度は、同学会における継続的な活動を通じて、学術・研究における業績、産業技術の開発・育成における業績、教育・公益活動を通した人材育成や教育における業績などにより、応用物理学の発展に貢献した在籍累計年数10年以上の正会員を対象とし、特に貢献が顕著であると認められた会員を表彰するものです。また、フェローの人数は同学会個人会員数の3%程度と定められています。
*参考:第16回(2022年度)応用物理学会フェロー表彰者
■授与日
令和4年9月20日
■表彰内容
ナノメータスケール電子-機械複合機能素子の研究
■水田教授からの一言
本フェロー表彰の対象となった研究は、企業から大学に異動した2003年頃に「従来の電子デバイスの中に機械的に動くパーツを入れたら面白いことができるのでは?」という単純な発想で開始したものです。約20年にわたり東工大、サウサンプトン大、本学と職場を移しながら継続し、特に本学ではグラフェンなど原子層材料を用いて、気相単分子センシングやナノスケール熱制御素子などの極限機能素子について原理探索から社会実装までを進めてきました。英国で働いた期間も長かったのですが、その間、応用物理学会では200件超の発表、分科会・研究委員会幹事、シンポジウム世話人、また応物主催/共催の国際学会の実行委員長・論文委員長など、微力ながら学会の活動に参画させていただきました。これらはひとえに学内外の多くの方々からいただいた多大なご支援、特に研究室の同僚の方々・学生の皆さんのご協力の賜物です。この場をお借りして心より御礼を申し上げます。
*水田教授は2012年に英国物理学会(IOP)フェローの称号も受理しています。
![]() 表彰を受けた水田教授(左) |
![]() |
![]() |
![]() |
| 記念盾とフェローバッジ | |
令和4年9月21日
出典:JAIST お知らせ https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/info/2022/09/21-1.htmlマイクロロボットを"流れ"作業で迅速に作製 -生体分子モーターによる人工筋肉で自在にプリント・動的再構成可能に-
![]() |
国立大学法人 大阪大学 国立大学法人 北陸先端科学技術大学院大学 国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学 |
マイクロロボットを"流れ"作業で迅速に作製
-生体分子モーターによる人工筋肉で自在にプリント・動的再構成可能に-
【ポイント】
- マイクロ流路※1の中で、光に応答する材料を流しながら、マイクロロボット※2のボディと駆動源となるアクチュエータ※3を連続的に生産・組み立てを行う「マイクロロボットその場組み立て法」を開発
- 様々な機能をもつマイクロロボットの迅速な作製に成功
- より高機能なマイクロロボットの実現と、マイクロロボットの量産化に期待
【概要】
| 大阪大学・大学院工学研究科の森島圭祐教授、王穎哲特任研究員(常勤)は、 北陸先端科学技術大学院大学・先端科学技術研究科 バイオ機能医工学研究領域の平塚祐一准教授、岐阜大学・工学部の新田高洋教授との共同研究で、マイクロ流路内で、マイクロロボットの部品をプリント成形し、その場で組み立てることに成功しました。マイクロロボットの機械構造は光応答性ハイドロゲル※4でつくられ、アクチュエータは同じチームが開発した生体分子モーターからなる人工筋肉を利用しました。このアクチュエータと機械部品をマイクロ流路内で組み立てることにより、マイクロロボット製造の柔軟性と効率が向上しました。この方法で、様々な機能のマイクロロボットが実現されました。また、この成果により、これまで困難であった、特に柔軟な構造を持つマイクロソフトロボットの実現や、マイクロロボットの量産化が期待されます。 本研究成果は、2022年8月24日午後2時(米国時間)に発行される科学雑誌「Science Robotics」の表紙を飾りました。 |
【研究の背景】
マイクロロボット、特に柔軟な構造を持つロボットは、生物医学などの分野で非常に幅広い応用の可能性があるものの、小さなロボットにアクチュエータなど様々な機械部品を組み込むことは困難で、高機能のマイクロロボット開発の障害となっています。従来の方法では、通常、機械構造やアクチュエータなど、マイクロロボットの様々な部品を異なる場所で製造し、一つ一つ組み上げていくピック アンド プレース アセンブリによってマイクロロボットがつくられていました。この方法は時間と労力がかかり、また多くの制限があることが課題となっています。
【研究の内容】
本研究では、自然界の生体内システムの自己組織化プロセスに着想を得て、2021年に発表したプリント可能な生体分子モーターからなる人工筋肉(1)(2)に基づき、ロボット部品をその場で加工・組み立てしてマイクロロボットを製造する方法を開発しました。マイクロ流路内で、マスクレスリソグラフィー※5により、ハイドロゲル材料の機械的構造をプリントし、次に生体分子モーターからなる人工筋肉がハイドロゲル機構の狙った位置に直接プリントすることで、機構を駆動して目的の仕事を実施します(図1) 。 このその場組み立てにより、マイクロロボットを迅速に次々と生産することができます。
また、マイクロロボットに新しい人工筋肉を再プリントすることにより、アクチュエータを迅速に動的再構成し、複雑な仕事を行うマイクロロボットを実現しました(図2)。
さらに、生体分子モーターを使用する本研究とは異なる、生きた筋肉細胞を用いるアプローチとして細胞ハイブリッドロボット※6が注目されています。細胞ハイブリッドロボットは、柔軟性が高く、環境負荷が低いという利点があるものの、筋肉細胞の培養に数日かかってしまうという問題があります。本研究では、設計の柔軟性を向上させながら、製造プロセスを大幅に簡素化することに成功しました。今後のオンチッププリンティング技術の向上や人工筋肉の性能向上により、現在の細胞ハイブリッドロボットのボトルネックを打破し、実用化に向けた一歩を踏み出すことが期待される手法であると考えています。
(1) https://www.nature.com/articles/s41563-021-00969-6
(2) https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2021/04/20-1.html

図1 マイクロロボットその場組み立て法

図2 その場組み立て法によって製造したマイクロロボットが生体分子モーターからなる人工筋肉によって駆動する様子
【本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)】
今回の研究により、自然界の生体分子モーターによって運動が創発する自己組織化現象をオンチップ微小空間上で工学的に制御し、自在にデザインできる加工プロセスをボトムアップ的な発想でより簡便に実現できました。これにより、これまで超微小部品をトップダウン的に組み立てることが大きなボトルネックであったために遅れていた、マイクロロボットの組み立てやマイクロソフト機構のオンデマンド生産が可能になりました。今後、様々な機能を付与したマイクロロボットがオンチップ上で連続的にオンデマンド生産することが可能になり、化学エネルギーだけで駆動する超小型マイクロロボットが健康医療応用など様々な分野に展開、波及していくことが期待できます。
【特記事項】
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費 基盤研究(S)(課題番号22H04951)、基盤研究(A)(課題番号22H00196)、基盤研究(B)(課題番号19H02106)、学術変革領域研究(A)(課題番号21H05880)、挑戦的萌芽研究(課題番号21K18700)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「次世代人工知能・ロボット中核技術開発」(JPNP15009)の支援を受けて行われました。
【論文情報】
| タイトル | In situ integrated microrobots driven by artificial muscles built from biomolecular motors |
| 著者名 | Yingzhe Wang, Takahiro Nitta, Yuichi Hiratsuka ,and Keisuke Morishima |
| DOI | https://www.science.org/doi/10.1126/scirobotics.aba8212 |
【用語説明】
ガラスや高分子材料で作製した数ミリメートルから数マイクロメートルの流路で、効率的に化学反応などを起こすことができる。微小なバイオセンサーや化学分析装置に利用されている。
数ミリメートル以下のサイズのロボットで、医療などへの応用が期待されている。
モーターやエンジンなどのように電気や化学エネルギーなどを利用して、動きや力を発生する装置。
紫外線などの光を照射することでゼリー状に固まる物質。
光照射による微細加工技術で、半導体デバイスなどの製造に利用されている。
培養細胞と機械部品を融合させて作製したロボット。
【SDGs目標】

【参考URL】
森島圭祐教授 研究者総覧URL https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/90351526dc15ef59.html
生命機械融合ウェットロボティクス領域URL http://www-live.mech.eng.osaka-u.ac.jp/
令和4年8月26日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2022/08/26-1.htmlサスティナブルイノベーション研究領域の宮田助教が第19回日本熱電学会学術講演会において優秀講演賞を受賞
サスティナブルイノベーション研究領域の宮田 全展助教が第19回日本熱電学会学術講演会において優秀講演賞を受賞しました。
日本熱電学会学術講演会は、熱電科学 · 技術、アルカリ温度差電池(AMTEC)、熱光電池(TPV)などに関する材料、素子、デバイス、モジュール、アセスメント等について幅広く議論するものです。優秀講演賞は、熱電科学、工学と技術の発展に貢献しうる優秀な講演論文を発表した者に授与されます。
今回、第19回日本熱電学会学術講演会は令和4年8月8日から10日にかけて新潟県長岡市のアオーレ長岡にて開催されました。
■受賞年月日
令和4年8月10日
■講演題目
二元系リン化物 AgP2 の電子・フォノン物性と Ag 原子の大きな非調和フォノン散乱
■受賞対象となった研究の内容
蒸気タービンによるエネルギー回収が困難な低温排熱から、エネルギー回収をおこなえる熱電変換材料が注目を集めています。中でも、リンPを主成分としたリン化物が候補物質として近年注目を集めつつありますが、格子熱伝導率が高いことが問題の一つとなっています。
本研究では、合成したリン化物AgP2が高いHall移動度と低い格子熱伝導率を両立することを発見し、その起源がキャリアの長い緩和時間、軽い有効質量、およびAg-Pの異方的結合・質量差によって引き起こされるAg原子の大きな非調和フォノン振動であることを、実験と第一原理電子・フォノン計算の両面から明らかにしました。これにより、「Ag原子が異方的結合をもつAg-P化物は、Agの非調和振動により低い格子熱伝導率を示す」という新たな材料設計指針を確立することに成功しました。
■受賞にあたって一言
この度、日本熱電学会より優秀講演賞を賜りまして大変光栄に思います。今回の受賞を励みに、当該研究分野の発展により貢献できるよう邁進してまいります。本研究の推進にあたり数多くのディスカッション・ご助言をいただきました小矢野幹夫教授をはじめ、研究室の学生の皆様、熱電学会関係各所の皆様に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。また。本研究は日本学術振興会(JSPS)科研費 JP20K15021の助成を受けて実施されました。感謝御礼申し上げます。


令和4年8月18日
出典:JAIST 受賞https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/award/2022/08/18-2.html超高強度シェルを有する高度安定化マイクロサイズシリコンの新規負極活物質の開発とリチウムイオン2次電池への応用
超高強度シェルを有する高度安定化マイクロサイズシリコンの
新規負極活物質の開発合成とリチウムイオン2二次電池への応用
ポイント
- 低コストながら、ナノサイズシリコンと比較して充放電に伴う体積膨張・収縮制御がより難しいマイクロサイズシリコンを用いた負極活物質に関して、シリコンオキシカーバイドの超高強度シェルを付与することにより課題の解決に成功した。
- 内部のマイクロサイズシリコンに一定の体積変化の余地を与えるために中間層としてカーボン層をスペーサーとして導入した。また、外殻層の電導性を確保するためにシリコンオキシカーバイド層にアセチレンブラック粒子を導入した。
- 本負極活物質を用いることにより、汎用のバインダー材料を用いた系であっても高放電容量と長期サイクル耐久性を同時に発現させることが容易に可能であり、優れたレート特性を有することも明らかとなった。
- 高容量放充電技術の普及を通して社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
| 北陸先端科学技術大学院大学 (JAIST) (学長・寺野 稔、石川県能美市)の先端科学技術研究科 松見 紀佳教授(物質化学フロンティア研究領域)、バダム ラージャシェーカル講師(物質化学フロンティア研究領域)、東嶺 孝一技術専門員、Ravi Nandan研究員、高森 紀行大学院生(博士後期課程2年)らのグループは、リチウムイオン2次電池*1の安定な高容量充放電を低コストで可能にする新規負極活物質(Si/C/ABG)の開発に成功した。 |
【研究内容と背景】
リチウムイオン2次電池の負極材開発において、高容量の発現の観点から関心を集めているシリコンは充放電に伴う体積膨張・収縮制御の困難さに対応するためナノサイズシリコン粒子が広く用いられてきたが、汎用性やコスト性の観点からマイクロサイズシリコンを用いた高容量2次電池の実現が切望されている。体積膨張・収縮制御においては、マイクロサイズシリコンの適用によりさらなる困難が伴うが、新たなアプローチによる課題の克服への要求が高まっている。
本研究においては、ナノサイズシリコン粒子に代わってマイクロサイズシリコン粒子を適用しつつ、充放電に伴う大きな体積膨張・収縮を抑制するために特殊な材料設計を行った。本負極活物質の外殻には、超高強度を有することが知られるシリコンオキシカーバイド層をコーティングした。また、シリコンオキシカーバイドの不十分な電導性を補う目的でシリコンオキシカーバイド層にアセチレンブラック粒子を共存させた。また、内部のマイクロサイズシリコンに一定の体積変化の余地を与えるためにスペーサーとしてあらかじめマイクロサイズシリコン表面にカーボン層のコーティングを行い、中間層とした。
合成手順としては、マイクロサイズシリコン(~1μm)表面にpH8.5においてポリドーパミン形成させ、乾燥後焼成し、カーボンコーティングを行った。その後、アミノプロピルトリエトキシシラン(APTES; シリコンオキシカーバイドの前駆体)にアセチレンブラックを混合した懸濁液で処理し、乾燥後焼成した(図1)。得られた材料をTEM、HAADF-STEM、EDSマッピング、XPS等の各測定によりキャラクタライズした(図2)。マイクロサイズシリコン上のカーボン層及び外殻層のシリコンオキシカーバイド(ブラックグラス)層が観測され、外殻層にはアセチレンブラック粒子が埋め込まれている様子が見受けられた。XPS測定からは、シリコンオキシガーバイド(ブラックグラス)層にはSi、SiC4、SiC3O、SiC2O2、SiCO3、SiO4が混在している様子が観測された。
このようなシリコンオキシカーバイドは、7.1 GPaの弾性率、13 MPaの曲げ強さ、11 MPaの圧縮強度を有することがShellemanら*2により報告されており、本負極活物質においても外殻部分に著しい力学的強度をもたらすと期待できる。
合成した負極活物質(Si/C/ABG)の評価に先立って、マイクロサイズシリコンとシリコンオキシカーバイド層との間にカーボン中間層を有さない材料に関しても合成し、これを負極活物質としたアノード型ハーフセル*3を構築して評価した。この系においては、マイクロサイズシリコンの体積変化が大幅に抑制された結果、セルの充放電能は大幅に減少した。一方、中間カーボン層を有するマイクロサイズシリコン/カーボン/シリコンオキシカーバイド型の負極活物質(Si/C/ABG)を70 wt%(アセチレンブラック15 wt%; CMC 7.5 wt%; PAA 7.5 wt%)用いた系では、750 mA/gの充放電速度において775サイクル後に1017 mAhg-1の放電容量を維持し、優れたレート特性を有することが明らかとなった (図3)。また、正極をNCA(ニッケル酸リチウム)とした場合のフルセルも良好に動作した(詳細は原著論文参照)。
さらに、充放電サイクル(65サイクル)後の負極のSEM像(断面像)より、充放電後にもクラック形成や活物質層の崩壊、層の剥離などは認められず、本負極活物質が極めて高い安定性を示していることも明らかとなった(図3)。
本成果は、Journal of Materials Chemistry A(英国王立化学会)のオンライン版に7月18日に掲載された。
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST) 未来社会創造事業(JP18077239)の支援を受けて実施した。
【今後の展開】
マイクロサイズシリコンの外殻層に超高強度シリコンオキシカーバイドを導入した特異的な負極活物質デザインにより、次世代型リチウムイオン2次電池へのマイクロサイズシリコン活用に道が拓かれると期待される。
さらに活物質の面積あたりの担持量を向上させつつ電池セル系のスケールアップを図り、産業応用への橋渡し的条件においての検討を継続する(国内特許出願済み)。
今後は、企業との共同研究(開発パートナー募集中、サンプル提供応相談)を通して将来的な社会実装を目指す。高容量充放電技術の普及を通して社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
【論文情報】
| 雑誌名 | Journal of Materials Chemistry A (英国王立化学会) |
| 題目 | Black glasses grafted micron silicon: a resilient anode material for high-performance lithium-ion batteries |
| 著者 | Ravi Nandan, Noriyuki Takamori, Koichi Higashimine, Rajashekar Badam, Noriyoshi Matsumi* |
| 掲載日 | 2022年7月18日 |
| DOI | 10.1039/D2TA03068C |

図1.マイクロシリコンへのシリコンオキシカーバイド層導入の手順

図2.(a-c) Si/C/ABGのTEM像
(d-h) Si/C/ABGのHAADF-STEM 像及び EDS マッピング

図3.充放電後のSEM像
(a,b) マイクロシリコン 負極(断面像)、(c) Si/C/ABG 負極top view、 (d) Si/C/ABG 負極(断面像)、 (e)シリコンオキシカーバイドをコートしたマイクロシリコン(Si/C/ABG)を負極としたハーフセルの充放電サイクル特性
【用語説明】
電解質中のリチウムイオンが電気伝導を担う2次電池。従来型のニッケル水素型2次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
リチウムイオン2次電池の場合には、アノード極/電解質/Liの構成からなる半電池を意味する。
令和4年7月28日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2022/07/28-1.htmlサスティナブルイノベーション研究領域の金子研究室の論文がLangmuir誌の表紙に採択
サスティナブルイノベーション研究領域の金子 達雄教授、高田 健司助教、学生の舟橋 靖芳さん(博士後期課程3年、金子研究室)らの論文が、米国化学会(American Chemical Society :ACS)刊行のLangmuir誌の表紙(Supplementary Cover)に採択されました。
■掲載誌
Langmuir 2022, 38, 17, 5128-5134
掲載日2022年5月3日
■著者
Yasuyoshi Funahashi, Yohei Yoshinaka, Kenji Takada*, and Tatsuo Kaneko*
■論文タイトル
Self-Standing Nanomembranes of Super-Tough Plastics
■論文概要
本研究では、高いタフネスを有するバイオベースプラスチックを用いて自己支持性ナノ薄膜の作製に成功しました。
ナノ薄膜は材料の表面保護からナノデバイスなど幅広い応用が期待されている機能性材料の一つです。特にこれらナノ薄膜を膜として単離するには、タフネス(強度、伸び率の関係)に優れた材料特性が要求されます。本研究では、著者らが従来から研究を進めてきた、高強度、高耐熱バイオベースポリアミドがこれらナノ薄膜作製に適した材料であると着目して、高分子構造の設計と強度の評価、そしてナノ薄膜の作製を試みました。その結果、当該バイオポリアミドは脂肪族ジカルボン酸と共重合化させることで、耐熱性を維持したまま非常に高いタフネスを発揮し、その数値は高強度バイオ繊維として知られるクモの糸にも匹敵するものでした。さらにこの高タフネス性によって、自己支持性のナノ薄膜を単離することができ、これらがナノデバイスやナノロボットへの応用の可能性を広げるものであることが提案されました。
本論文の表紙では、本研究によって得られたポリアミド薄膜の写真が採択され、光の干渉により虹色に見えるほどの薄膜が得られていることが分かります。
論文詳細:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.langmuir.1c02193
表紙詳細:https://pubs.acs.org/toc/langd5/38/17

令和4年5月13日
出典:JAIST お知らせ https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/info/2022/05/13-2.htmlリチウムイオン2次電池用シリコン負極を大幅に安定化する自己修復型ポリマーコンポジットバインダーを開発
リチウムイオン2次電池用シリコン負極を大幅に安定化する
自己修復型ポリマーコンポジットバインダーを開発
ポイント
- リチウムイオン2次電池の高容量化のため、シリコン負極が注目されているが、シリコン粒子の大きな体積変化等の問題によって安定した充放電が困難となっている。
- リチウムイオン2次電池用シリコン負極を安定化する目的で、BIAN(ビスイミノアセナフテン)構造を有する共役系高分子とポリアクリル酸との水素結合ネットワークから成るコンポジットバインダーを開発した。
- アノード型ハーフセルを構築し充放電特性を評価したところ、600サイクル後に2100 mAhg-1を維持し、極めて高い安定性を示した。
- 充放電後における界面抵抗が極めて低いことや、充放電後の負極の構造的耐久性も高く、劣化は極めて軽微であることが分かった。
- 高容量放充電技術の普及を通して社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
| 北陸先端科学技術大学院大学 (JAIST) (学長・寺野 稔、石川県能美市)の先端科学技術研究科 物質化学フロンティア研究領域の松見 紀佳教授、バダム ラージャシェーカル講師、アグマン グプタ研究員らのグループは、リチウムイオン2次電池*1用シリコン系負極を大幅に安定化するポリマーコンポジットバインダーの開発に成功した。 |
【背景と経緯】
リチウムイオン2次電池開発においては、EV車の更なる普及を見据えたエネルギー密度の向上を目的として、従来型負極であるグラファイトの理論放電容量を大幅に上回るシリコンの活用に関心が高まっており、カーボンニュートラルの見地からも高容量蓄電池の早期実用化が望まれている。また、シリコンは地殻に豊富に含まれる元素でありコスト面の利点が明白で、元素戦略の観点からも活用が期待される。
一方、シリコン負極においては、充放電時における大幅なシリコン粒子の体積変化が問題となっており、シリコン粒子の大幅な体積膨張による破断などの問題がある。また、充放電によってシリコン上に形成された界面被膜の破壊、集電体からの剥離、シリコン上に生成するクラック上の新たなシリコン面からの電解液の分解による厚いSEI被膜形成などの諸問題による大幅な内部抵抗の上昇によって、電池性能の劣化にも至っている。
【研究の内容】
本研究においては、負極の環境で還元され伝導性を発現するn型共役系高分子バインダー(ビスイミノアセナフテン骨格を有する共役系高分子、P-BIAN)と、この高分子(ポリマー)と水素結合性ネットワークを形成するポリアクリル酸(PAA)を組み合わせることにより、内部抵抗の低減と自己修復機能との相乗的な効果によりシリコン系負極を大幅に安定化できるコンポジットバインダーを開発した(図1)。両ポリマー間の水素結合形成はXPS測定(N1s)から確認された。
また、本コンポジットバインダーを用いてアノード型ハーフセル*2[アノード:Si/C/(P-BIAN/PAA)/AB =25/30/25/20 by wt%]を構築し、充放電特性を評価したところ、600サイクル後に2100 mAhg-1を維持し、極めて高い安定性を示した(図2)。さらに、サイクリックボルタンメトリー*3からは、可逆的で明瞭なリチウム脱挿入挙動や、電解液の分解抑制が示された。
次に、動的インピーダンス測定(DEIS)を行ったところ、本系における充放電後のSEI抵抗は、比較対象のポリアクリル酸バインダー系の場合の約1/6程度となった。
充放電試験後に電池セルを分解し負極を分析したところ、XPSにおいて負極内部の諸元素の環境に由来するピークが明瞭に観測されたことから、表面に形成したSEIは非常に薄いことが分かった。加えて、SEM観測においては400サイクル後においてもクラック形成は極めて軽微であり、比較対象(ポリアクリル酸)と対照的であったことから、本系においては充放電後の界面抵抗が極めて低いことが明らかとなった。また、充放電後の負極のSEMによる分析結果においても構造的耐久性が高く、有意な劣化が見られないことが分かった。
本成果は、ACS Applied Energy Materials (米国化学会)のオンライン版に4月29日に掲載された。なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(JP18077239)の支援を受けて実施した。
【今後の展開】
活物質の面積あたりの担持量をさらに向上させつつ電池セル系のスケールアップを図り、産業応用への橋渡し的条件においての検討を継続する。(国内特許出願済み)
今後は、企業との共同研究を通して将来的な社会実装を目指す。高容量充放電技術の普及を通して、社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
【論文情報】
| 雑誌名 | ACS Applied Energy Materials |
| 題目 | Heavy-Duty Performance from Silicon Anodes Using Poly(BIAN)/Poly(acrylic acid)-Based Self-Healing Composite Binder in Lithium-Ion Secondary Batteries |
| 著者 | Agman Gupta, Rajashekar Badam, Noriyoshi Matsumi* |
| 掲載日 | 2022年4月29日 |
| DOI | 10.1021/acsaem.2c00278 |

|
図1.(a) 高分子化BIAN(P-BIAN)及びポリアクリル酸(PAA)の構造式
(b) P-BIAN/PAAコンポジットバインダーの設計戦略 (c)P-BIAN/PAAのコンポジット生成に伴う強靭さ及び自己修復能による力学的特性の向上のイメージ図 |

|
図2.(a) Si/C/(P-BIAN/PAA)/AB負極を有するアノード型ハーフセルのサイクリックボルタモグラム
(b) P-BIAN/PAA系バインダーとPAAバインダーを有するSi系負極を用いたアノード型ハーフセルとの500 mAg-1における充放電サイクル特性の比較 (c) Si/C/(P-BIAN/PAA)/AB負極を有するアノード型ハーフセルの充放電曲線(500 mAg-1) (d) Si/C/(P-BIAN/PAA)/AB負極を有するアノード型ハーフセルと比較系(PAAバインダー系)との容量維持率の推移の比較 |
【用語解説】
*1 リチウムイオン2次電池:
電解質中のリチウムイオンが電気伝導を担う2次電池。従来型のニッケル水素型2次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
*2 アノード型ハーフセル:
リチウムイオン2次電池の場合には、アノード極/電解質/Liの構成からなる半電池を意味する。
*3 サイクリックボルタンメトリー(サイクリックボルタモグラム):
電極電位を直線的に掃引し、系内における酸化・還元による応答電流を測定する手法である。電気化学分野における汎用的な測定手法である。また、測定により得られるプロファイルをサイクリックボルタモグラムと呼ぶ。
令和4年5月12日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2022/05/12-1.htmlナノ物質の強度を決める表面1層の柔らかさ ―電子顕微鏡観察下での金属ナノ接点のヤング率測定―
![]() |
国立大学法人 北陸先端科学技術大学院大学 国立大学法人 金沢大学 |
ナノ物質の強度を決める表面1層の柔らかさ
―電子顕微鏡観察下での金属ナノ接点のヤング率測定―
ポイント
- 金ナノ接点の物質強度(ヤング率)は接点が細くなると減少した。
- 独自開発の顕微メカニクス計測法でこの計測実験に成功。
- 最表面層のヤング率のみがバルク値の約1/4に減少。
- ナノ電気機械システム(NEMS)の開発に指針を与える成果である。
| 北陸先端科学技術大学院大学 ナノマテリアル・デバイス研究領域の大島義文教授、富取正彦教授、張家奇研究員、及び金沢大学 理工研究域 数物科学系の新井豊子教授は、[111]方位を軸とした金ナノ接点を引っ張る過程を透過型電子顕微鏡で観察しながら、等価ばね定数と電気伝導の同時に測定する手法(顕微メカニクス計測法)によって、金ナノ接点のヤング率がサイズに依存することを明らかにした。 金[111]ナノ接点は砂時計のようなくびれ形状を持つ。そのくびれは、0.24nm引っ張るたびに、より小さな断面積をもつ(111)原子層1層が挿入されることで段階的に細くなっていく。この観察事実を基に、挿入前後の等価ばね定数値の差分から、挿入された(111)原子層の等価ばね定数を求め、さらにこの(111)原子層の形状とサイズを考慮してヤング率を算出した。サイズが2 nm以下になると、ヤング率は約80 GPaから30 GPaへと徐々に減少した。この結果から、最外層のヤング率が約22 GPaと、バルク値(90GPa)の約1/4であることを見出した。このような材料表面での機械的強度の差は、ナノ電気機械システム(NEMS)の材料設計において考慮すべき重要な特性である。 本研究成果は、2022年4月5日(米国東部標準時間)に科学雑誌「Physical Review Letters」誌のオンライン版で公開された。なお、本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費、18H01825、18H03879、笹川科学研究助成、丸文財団交流研究助成を受けて行われた。 |
金属配線のサイズが数nmから原子スケールレベル(金属ナノワイヤ)になると、量子効果や表面効果によって物性が変化することが知られている。金属ナノワイヤの電気伝導は、量子効果によって電子は特定の決められた状態しか取れなくなるためその状態数に応じた値になること、つまり、コンダクタンス量子数(2e2/h (=12.9 kΩ-1);e: 素電荷量、h: プランク定数)の整数倍になることが明らかになっている。近年、センサーへの応用が期待されナノ機械電気システムの開発が進められており、金属ナノワイヤを含むナノ材料のヤング率などといった機械的性質の理解が課題となっている。この解決に、例えば、透過型電子顕微鏡(TEM)にシリコン製カンチレバーを組み込んだ装置を用いて、カンチレバーの曲がりから金属ナノワイヤに加えた力を求め、それによって生じた変位をTEM像で得ることで、ヤング率が推量されている。しかし、この測定法は、個体差があるカンチレバーのばね定数を正確に知る必要があり、かつ、サブオングストロームの精度で変位を求める必要があるため、定量性が十分でないと指摘されている。
本研究チームは、原子配列を直接観察できる透過型電子顕微鏡(TEM)のホルダーに細長い水晶振動子(長辺振動水晶振動子(LER)[*1])を組み込んで、原子スケール物質の原子配列とその機械的強度の関係を明らかにする顕微メカニクス計測法を世界で初めて開発した(図1上段)。この手法では、水晶振動子の共振周波数が、物質との接触で相互作用を感じることによって変化することを利用する。共振周波数の変化量は物質の等価バネ定数に対応するので、その変化量を精密計測すればナノスケール/原子スケールの物質の力学特性を精緻に解析できる。水晶振動子の振動振幅は27 pm(水素原子半径の約半分)で、TEMによる原子像がぼやけることはない。この手法は、上述した従来の手法の問題点を克服しており、高精度測定を実現している。
本研究では、[111]方位を軸とした金ナノ接点(金[111]ナノ接点)をLER先端と固定電極間に作製し(図1上段参照)、この金[111]ナノ接点を一定速度で引っ張りながら構造を観察し、同時に、その電気伝導、および、ばね定数を測定した(図1下段)。金[111]ナノ接点は砂時計のようなくびれをもつ形状であり、0.24nm引っ張る度により狭い断面をもつ(111)原子層1層がくびれに挿入されることで段階的に細くなることを観察した。これは、図1下段のグラフで電気伝導がほぼ0.24nm周期で階段状に変化することに対応していた。この事実から、挿入された(111)原子層の等価ばね定数を挿入前後の等価ばね定数の差分から算出することができ、さらに、この(111)原子層の形状やサイズを考慮することでヤング率を見積もった。なお、28回の引っ張り過程を測定して可能な限り多数のヤング率を見積もることで統計的にサイズ依存性を求めた(図2)。その結果、ヤング率は、サイズが2 nm以下になると、サイズが小さくなるとともに約80 GPaから30 GPaへと徐々に減少した。この結果から、最外層のヤング率が約22 GPaと、バルク値(90GPa)の約1/4であることを見出した。このような材料表面の強度は、ナノ電気機械システム(NEMS)の材料設計でも考慮すべき重要な特性である点で大きな成果である。

図1
(上段)金ナノコンタクトの等価ばね定数を計測する顕微メカニクス計測法。透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて金ナノ接点の構造観察をしながら、長辺振動水晶振動子(LER)を用いて等価ばね定数を計測できる。
(下段)(左)金ナノ接点の引っ張り過程における変位に対する電気伝導及び等価ばね定数の変化を示すグラフ。(右)変位Aと変位Bで得た金ナノ接点のTEM像と最もくびれた断面の構造モデルを示す。黄色が内部にある原子、青が最表面原子である。

図2
金[111]ナノ接点の引っ張り過程を28回測定して、統計的に求めた金[111]ナノ接点ヤング率のサイズ依存性である。横軸は、断面積である。赤丸が実験値であり、誤差は、同じ断面の金(111)原子層に対して得られたヤング率のばらつきを示す。青丸は、第一原理計算によって得た結果である。
【論文情報】
| 掲載誌 | Physical Review Letters |
| 論文題目 | Surface Effect on Young's Modulus of Sub-Two-Nanometer Gold [111] Nanocontacts |
| 著者 | Jiaqi Zhang, Masahiko Tomitori, Toyoko Arai, and Yoshifumi Oshima |
| 掲載日 | 2022年4月5日(米国東部標準時間) |
| DOI | 10.1103/PhysRevLett.128.146101 |
【用語説明】
[*1] 長辺振動水晶振動子(LER)
長辺振動水晶振動子(LER、図1参照)は、細長い振動子(長さ約3 mm、幅約0.1 mm)を長辺方向に伸縮振動させることで、周波数変調法の原理で金属ナノ接点などの等価バネ定数(変位に対する力の傾き)を検出できる。特徴は、高い剛性(1×105 N/m)と高い共振周波数(1×106 Hz)である。特に、前者は、化学結合の剛性(等価バネ定数)測定に適しているだけでなく、小さい振幅による検出を可能とすることから、金属ナノ接点を壊すことなく弾性的な性質を得ることができ、さらには、原子分解能TEM像も同時に得られる点で大きな利点をもつ。
令和4年4月11日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2022/04/11-1.htmlリチウムイオン2次電池に高容量化と耐久性を容易にもたらす新型負極活物質(β-シリコンカーバイド系複合材料)の開発
リチウムイオン2次電池に高容量化と耐久性を容易にもたらす
新型負極活物質(β-シリコンカーバイド系複合材料)の開発
ポイント
- リチウムイオン2次電池の高容量化のためシリコン系負極が注目されているが、シリコン粒子の大きな体積膨張・収縮等の問題によって、安定した充放電が困難となっている。
- リチウム脱挿入時における体積膨張が大幅に抑制されることが知られている閃亜鉛鉱型構造を有するβ-シリコンカーバイド/窒素ドープカーボン複合材料の簡易合成法を開発し、リチウムイオン2次電池用負極活物質として検証した。
- 合成した活物質を用いたアノード型ハーフセルでは1195mAhg-1の放電容量を300サイクルまで示し、本負極活物質を用いることにより、汎用のバインダー材料を用いた系であっても、高放電容量と長期サイクル耐久性を同時に発現させることが容易に可能であると示された。
- 高容量充放電技術の普及を通して、社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
| 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)(学長・寺野稔、石川県能美市)、先端科学技術研究科 物質化学領域の松見 紀佳教授、バダム ラージャシェーカル講師、並びに東嶺 孝一技術専門員、Ravi Nandan研究員、高森 紀行大学院生(博士後期課程)のグループは、リチウムイオン2次電池*1の安定な高容量充放電を可能にする新規負極活物質の開発に成功した。 |
【背景と経緯】
リチウムイオン2次電池開発においては、近年、従来型負極であるグラファイトよりも大幅に大きな理論容量を示すシリコン系負極が多大な関心を集めている。一方で、シリコン粒子は充放電時の体積膨張・収縮が極めて大きく、充放電の際の粒子の破断や界面被膜の破壊、集電体からの剥離などの多様な問題により、一般に高容量を安定に発現することが非常に困難となっている。このような状況を改善するために、特殊なバインダー材料の開発などのアプローチが本研究グループも含め国内外において検討されてきた。
【研究の内容】
本研究においては、シリコン粒子に代わり、極めて安定な充放電サイクルを汎用のバインダー材料使用時においても示すシリコンカーバイド系活物質を開発した。ダイヤモンド型構造を有するシリコンにおいては、リチウム脱挿入に伴う大幅な体積膨張・収縮は避けがたいものであるが、閃亜鉛鉱型構造の無機化合物においては、リチウム脱挿入時における体積膨張が大幅に抑制されることが知られている。その挙動にヒントを得つつ、閃亜鉛鉱型構造を有するβ-シリコンカーバイドと窒素ドープカーボン*2との複合材料を合成し、新規リチウムイオン2次電池用負極活物質として検証した。
合成法としては、(3-アミノプロポキシ)トリエトキシシランに水溶液中でアスコルビン酸ナトリウムを加え、シリコンナノ粒子分散水溶液を作製した。その後pH8.5においてドーパミンを、引き続いてメラミンを加えてから遠心分離、乾燥し、600oCもしくは1050oCの二通りの条件で焼成した(図1)。
得られた材料について、HRTEM、HAADF-STEM、XPS、XRD、Raman分光法等により構造を確認した(図2)。HRTEMからは、炭素系マトリックスにβ-シリコンカーバイドの結晶が埋め込まれている様子が観測された。HAADF-STEM HRTEMからは、β-シリコンカーバイドの(111)面に相当する0.25 nmの面間距離が観測され、マトリックス内に指紋状に分布する様子が観測された(図2(c))。
次に、合成した活物質を用いて負極を構築し、アノード型ハーフセル*3(Li/電解液/β-SiC)を作製し各種電気化学的評価を行った。サイクリックボルタモグラム*4においては、シャープなリチウムインターカレーションのピークに加えて、シリコン負極の場合と形状は異なるものの0.58 Vのブロードなリチウム脱インターカレーションのピークを共に示した。
また、充放電挙動においては、1050oCの焼成処理により合成した活物質(MAD1050)を用いた系では1195 mAhg-1の放電容量を300サイクルまで示した(図3(b))。本負極活物質を用いることにより、汎用のバインダー材料を用いた系であっても高放電容量と長期サイクル耐久性を同時に発現させることが容易に可能であると示された。
本成果は、Journal of Materials Chemistry A(英国王立化学会)のオンライン版に2月16日(英国時間)に掲載された。
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(JP18077239)の支援を受けて実施した。
【今後の展開】
活物質の面積あたりの担持量をさらに向上させつつ電池セル系のスケールアップを図り、産業応用への橋渡し的条件においての検討を継続する(国内特許出願済み)。
今後は、企業との共同研究(開発パートナー募集中、サンプル提供応相談)を通して将来的な社会実装を目指す。高容量充放電技術の普及を通して、社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
【論文情報】
| 雑誌名 | Journal of Materials Chemistry A |
| 題目 | Zinc blende inspired rational design of β-SiC based resilient anode material for lithium-ion batteries |
| 著者 | Ravi Nandan, Noriyuki Takamori, Koichi Higashimine, Rajashekar Badam, Noriyoshi Matsumi* |
| 掲載日 | 2022年2月16日(英国時間) |
| DOI | 10.1039/D1TA08516F |


|
図2.(a,b)合成した活物質(MAD1050)のTEM像
(a)β-SiC粒子のHRTEM像、(c)β-SiC粒子のHAADF-STEM像 (d,e)赤色ボックス部位のFT/IFT、(f)面間距離プロファイル (g,h)黄色ボックス部位のFT/IFT、(i,j)緑色ボックス部位のFT/IFT |

|
図3.合成した各負極活物質を用いたアノード型ハーフセルの充放電特性(a/b/d)
及び比較データ(c;シリコン負極) |
【用語解説】
*1 リチウムイオン2次電池:
電解質中のリチウムイオンが電気伝導を担う2次電池。従来型のニッケル水素型2次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
*2 窒素ドープカーボン:
典型的にはグラフェンオキシドにメラミン等の含窒素前駆体化合物を混合した後に焼成することにより作製される。従来法では可能な窒素導入量に制約があり、急速充放電用活物質の合成法としては不十分であった。一方、電気化学触媒やスーパーキャパシター用など様々なアプリケーションへの用途も広がりつつある材料群である。
*3 アノード型ハーフセル:
リチウムイオン2次電池の場合には、アノード極/電解質/Liの構成からなる半電池を意味する。
*4 サイクリックボルタンメトリー(サイクリックボルタモグラム):
電極電位を直線的に掃引し、系内における酸化・還元による応答電流を測定する手法である。電気化学分野における汎用的な測定手法である。また、測定により得られるプロファイルをサイクリックボルタモグラムと呼ぶ。
令和4年2月18日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2022/02/18-1.html







