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協調ロボットの未来:広範囲触覚・近接センシングの簡易な実現に成功
ポイント
- 周囲の環境や人に対する安全な動作を実現するための近接覚と、利用者に対して安心感を提供する触覚、2つの感覚を備えたセンシングロボットアームの開発に成功した。
- 広範囲なセンシング機能を備えていながら、複雑な配線がなく、シンプルかつ耐久性の高い設計を実現した。
- センシング装置におけるデジタルツインを構築することによって、データ駆動型のセンシング機能を備えることができ、Sim2Real[用語説明]の効果を高めることにも成功した。
北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)人間情報学研究領域のホ アン ヴァン(Ho Anh Van)准教授は、視覚による触覚・近接検知装置を備えたロボットアームの開発に成功した。これにより、ロボットと人間とのインターフェースに関して、人工知能(AI)を活かした人間とCyber-Physical System (CPS) [用語説明]環境における、新たな価値を創出する研究につながることが期待される。 |
【研究の背景と目的】
これまでの産業用ロボットの考え方では、人間とロボットは作業領域が明確に分離されており、ロボットは人間の安全半径内に立ち入ることが許されなかった。これは、第一義的には人間を危険から守るためだが、一方で、産業用ロボットの安全性に関する技術・研究の発展を阻害していた側面がある。安全性の確保は、最低限のセンシング技術と簡易なフェイルセーフ機能で十分とされ、研究開発のリソースは、より製品の競争力を高めるためのロボットの高速化・高精度化に注ぎ込まれてきた。しかしながら、近年の我が国における労働力不足や長引くコロナ禍による新しい生活様式の中で、これまで人間の手で行ってきた作業をロボットで代替しようとする動きが急速に高まってきている。さらに、全ての人が健康的な生活を送ることができる社会を目指すSDGsの大きな流れが加わり、現在ロボット技術に人間との調和、つまりロボットが人間と共存し、さらに人間とコラボレーションすることが強く求められている。
例えば、ロボットが人間をサポートする技術として、アームで人間を支える介護ロボットでは、介護サービスの提供を受ける人間が安心感を得られる触覚センシングの活用が検討されている。触覚は、人間同士の触れ合いにおいては愛情や信頼、思いやりを伝える重要な感覚である。しかし、ロボットの触覚技術は長年研究されてきているが、視覚技術の研究と比較すると未だ応用例は極めて少ない。また、同時に周囲の人間や環境に対する安全性を確保するためには、ロボットが周辺状況を高い精度で検知する必要があるが、特に外付けのカメラを利用する場合に、アームや利用者によって遮蔽される領域が多く、アームの近接領域の検出が困難となっている。
このような問題点に鑑み、今回、利用者が安心感を得られる接触と、安全な動作を実現する近接の両方の感覚を兼ね備えたロボットアームの技術を提案した。本研究において実現される近触覚・接覚のセンシング技術では、人間を含む周囲の環境を認識し、自立的な判断行動が可能となるロボットアームを開発することで、衝突回避等の安全性だけではなく、接触が許容される状況の判断および接触を通じた安心感の提供といった機能を有する、人工知能(AI)を搭載した協働ロボットの実現を目指す(図1)。
図1:本研究の位置付け
【研究の内容】
本研究では、低コストかつシンプルな構造を有する柔軟な触覚装置と、人間との接触を即時に検知することで、人間の行動を推定しながら人間と調和するロボットを実現した。このロボットは、人間の皮膚を模した柔軟なスキン上の複数の接触点へ加えられた力を、ロボットアームの両端に設置されたカメラが、スキンの変形の状態をリアルタイムで測定する技術によって実現した。さらに、透明なシリコンゴムと薄い柔軟な高分子分散液晶(PDLC)フィルムを組み合わせることで、柔軟なスキンの透明性をアクティブに切り替えることが可能となった(図2)。利用するPDLCフィルムは、外部から小さな電圧を印加することにより、透明/不透明を切り替えることができる。この透明/不透明の切り替えでは、近接覚と触覚の二つのモードを備え、またそのモードをシームレスに切り替えることができる。
図2:設計概念
(図2)
(右)近接覚モード(PDLCが透明):スキン内部の2台のカメラは、スキン近傍の外部オブジェクトを検知できる。
(左)触覚モード(PDLCが不透明):これまでの研究成果と同様、2台のカメラが接触または相互作用下でのスキンの歪みを検知し、触覚または力のセンシングが可能となる。
本研究で使用したロボットアームは、柔軟なスキンの内側に格子状のマーカーを備え、スキン内部に2台の小型カメラを配置している。スキンの透明性の能動的な切替えにより、近接覚と広範囲の触覚をセンシングする独創性の高い手法である。圧力センサを用いずカメラによるマーカーの変位から外力を算出することから、配線の複雑さやオクルージョン (光学遮蔽)などをほぼ完全に無くすことに成功しており、高いセンシング精度と耐久性を実現した。さらに、各モジュールの内圧を変えることでスキンの柔らかさを調整し、スキンに触れた人間に対する触感についても、制御可能である。さらに、深層学習を通じて多様な近接・接触動作・状況を予め学習させることで、人間と調和し、人間との複雑な近接・接触を実現する潜在的に高い適応性を持つと期待される。
図3:各動作モード
<参考動画>
動作ビデオ1:https://youtu.be/NN2u8YBLITY
動作ビデオ2:https://youtu.be/m8QzvDx_vpc
今日、ロボットは、いわゆる物理的な人間とロボットの相互作用(pHRI;physical Human-Robot Interaction)シナリオのように、安全半径の外で動作しつつ、人間と同じワークスペースを共有し(共存)、さらには人間と相互作用(コラボレーション)する必要がある。pHRIでは、ロボットは衝突の可能性を回避するだけでなく、避けられない物理的接触と意図的な物理的接触の両方を安全かつ信頼できる方法で対応することが期待されている。これを達成するために、深度カメラと力/トルクセンサーの組み合わせが提案されているが 、これは、外部カメラを使用するために、先述した視覚の遮蔽の問題を有している。近年、マルチモーダル知覚(触覚、近接など)を備えた大規模センサースキンが開発されたが、センサーネットワークのデータ取得と処理が複雑であるため、微調整が困難であり、衝突等の突発的な事故への応答が遅くなる可能性がある。
本研究は、ロボットの周りの多様な近接や接触動作・状況などをたった2台のカメラで検知することが可能なシンプルな構造をしており、信頼性を持つpHRIの実装方法となり得る。また、Sim2Realのプロセスで、実物の特性を再現できるデジタルツインにおいて、必要なデータ収集や学習などをシミュレーション環境で実施し、学習の結果を、実物に反映させることができ、今後の研究・開発の時間を大幅に縮小することも期待される。
本研究成果は、2023年2月28日にIEEE(米国電気電子学会)が発行する学術雑誌「IEEE Transactions on Robotics」のオンライン版に掲載された。また、2023年4月3日から7日までシンガポールで開催の、国際会議IEEE-RAS International Conference on Soft Robotics (RoboSoft 2023)で発表された。
なお、本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)・戦略的創造研究推進事業さきがけ「IoTが拓く未来」研究領域(JPMJPR2038)の支援を受け行った。
【今後の展開】
本研究によって、今後の展開が期待される製品・サービスとして、次の二つが挙げられる。一つ目は、利用者がより多くの事を自分自身でできるように支援し、さらに利用者に加え、周りの状況も考慮したロボットアームを備えた車椅子への活用である。二つ目に、サービスの提供を受ける利用者に安心感や大事にされているという感覚、思いやりなどを伝えることができる介護ロボットである。将来的に、これらの製品が介護保険等の給付対象として認可されることで普及促進へと繋がることが期待される。
【論文情報等】
(1) | |
題目 | Simulation, Learning, and Application of Vision-Based Tactile Sensing at Large Scale |
雑誌名 | IEEE Transactions on Robotics |
著者 | Quan Khanh Luu, Nhan Huu Nguyen, and Van Anh Ho |
掲載日 | 2023年2月28日 |
DOI | 10.1109/TRO.2023.3245983 |
(2) | |
題目 | Soft Robotic Link with Controllable Transparency for Vision-based Tactile and Proximity Sensing |
国際会議名 | the 6th IEEE-RAS International Conference on Soft Robotics (RoboSoft 2023) |
著者 | Quan Luu, Dinh Nguyen, Nhan Huu Nguyen, anh Van Anh Ho |
発表日 | 2023年4月6日 |
【用語解説】
コンピュータ内のシミュレーション等で学習したモデルを現実世界に用いるという強化学習の手法。
実世界(フィジカル)におけるデータを収集し、サイバー世界でデジタル技術などを用いて分析・知識化を行い、それをフィジカル側にフィードバックすることで、産業の活性化や社会問題の解決を図っていく仕組み。
令和5年4月12日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/04/12-1.html名古屋国際学園(名古屋インターナショナルスクール)の生徒が来学 -SDGs特別授業&施設見学-
5月18日(木)、名古屋国際学園(名古屋インターナショナルスクール)の9年生(中学3年生相当)41名が来学し、SDGsに関する特別授業を受けました。
授業に先立ち、グローバルコミュニケーションセンターの元山琴菜講師から歓迎の挨拶があり、幅広い研究領域があることや、留学生・外国人教員の比率が高いといった本学の特色について紹介がありました。
その後、サスティナブルイノベーション研究領域の宮田全展講師によるSDGsの観点からのエネルギー変換に関する特別授業を開講しました。異なる金属間の電圧を温度差に変換するペルティエ効果と呼ばれる現象の科学実験もあり、生徒たちはペルティエ効果によって水が一瞬にして凍る様子に驚いていました。
続く施設見学では、本学の留学生による解説のもと、貴重図書室の『解体新書』(杉田玄白著)や情報社会基盤研究センターの大規模並列計算機「KAGAYAKI」、JAISTギャラリーのパズルを興味深く見ていました。留学生と生徒が、互いの出身国について紹介しあう場面も見られました。
今回の訪問は、SDGsの達成に寄与する科学技術について学ぶとともに、国際色豊かな大学院の雰囲気を体験する有意義な機会となったようです。

本学の紹介

科学実験を見つめる
名古屋国際学園の生徒

貴重図書室の見学

大規模並列計算機
「KAGAYAKI」の見学
令和5年5月22日
出典:JAIST お知らせ https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/info/2023/05/22-1.html学生の坪原さんが世界農業遺産国際スタディ・プログラムに参加
学生の坪原真旺さん(博士前期課程2年、サスティナブルイノベーション研究領域、小矢野・宮田研究室)が石川県主催の世界農業遺産国際スタディ・プログラムに参加しました。
令和5年度より、石川県内の大学生を対象に、県と国連大学が共同で開始した同プログラムは、「能登の里山里海」が世界農業遺産(GIAHS)に認定され、その認定効果が地域活性化に結び付いており、「石川モデル」として国内外から高い評価を受ける同県の特徴を活かし、世界農業遺産をテーマに国際的な視点で学習し、学生それぞれが自身の専攻分野の知識を活かして石川県の地域活性化等についての提案を検討し、成果発表としてプレゼンテーションするという研修プログラムです。これにより、国際的な視点を持って地域に貢献する若者を輩出するとともに、県内で学ぶことの魅力向上を図るもので、坪原さんは書類および面接選考を通過し、プログラムのメンバーに選ばれました。
同プログラムは7月~10月にかけて実施され、国連大学職員による、世界農業遺産や能登の里山里海に関する講義の受講や、能登地域の方々から、さまざまな取り組みや現状の課題などについてお話を伺う能登視察研修に参加し、その後、イタリアにある世界農業遺産の認定機関である国連食糧農業機関(FAO)の本部を訪問、能登についての紹介や、学生が考案した能登地域の活性化策などについて、英語でプレゼンテーションを行ったほか、関連機関である国連世界食糧計画(WFP)、国際農業開発基金(IFAD)の本部や、イタリアの世界農業遺産認定地を訪問し、さらに学習を深めました。また、プログラムの最後には成果発表会が開かれ、これまでの学習成果や、それをもとに考えた能登地域の活性化についての提案を発表し、世界農業遺産を活用した地域活性化策などについて意見交換を行いました。
■坪原さんより一言
普段、入ることができない国連の敷地や職員さんと話すことによって、環境問題やSDGsなどを肌で感じ、考えるきっかけができました。また、英語を実践的に使うことによって、プレゼンの能力向上や実力を試すことができたので、今後の研究に活かしたいと思います。
※詳しくは、石川県ホームページ「世界農業遺産国際スタディ・プログラム」をご覧ください。

国連でプレゼンテーションをしている様子
令和5年11月16日
マイクロロボットを"流れ"作業で迅速に作製 -生体分子モーターによる人工筋肉で自在にプリント・動的再構成可能に-

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国立大学法人 大阪大学 国立大学法人 北陸先端科学技術大学院大学 国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学 |
マイクロロボットを"流れ"作業で迅速に作製
-生体分子モーターによる人工筋肉で自在にプリント・動的再構成可能に-
【ポイント】
- マイクロ流路※1の中で、光に応答する材料を流しながら、マイクロロボット※2のボディと駆動源となるアクチュエータ※3を連続的に生産・組み立てを行う「マイクロロボットその場組み立て法」を開発
- 様々な機能をもつマイクロロボットの迅速な作製に成功
- より高機能なマイクロロボットの実現と、マイクロロボットの量産化に期待
【概要】
大阪大学・大学院工学研究科の森島圭祐教授、王穎哲特任研究員(常勤)は、 北陸先端科学技術大学院大学・先端科学技術研究科 バイオ機能医工学研究領域の平塚祐一准教授、岐阜大学・工学部の新田高洋教授との共同研究で、マイクロ流路内で、マイクロロボットの部品をプリント成形し、その場で組み立てることに成功しました。マイクロロボットの機械構造は光応答性ハイドロゲル※4でつくられ、アクチュエータは同じチームが開発した生体分子モーターからなる人工筋肉を利用しました。このアクチュエータと機械部品をマイクロ流路内で組み立てることにより、マイクロロボット製造の柔軟性と効率が向上しました。この方法で、様々な機能のマイクロロボットが実現されました。また、この成果により、これまで困難であった、特に柔軟な構造を持つマイクロソフトロボットの実現や、マイクロロボットの量産化が期待されます。 本研究成果は、2022年8月24日午後2時(米国時間)に発行される科学雑誌「Science Robotics」の表紙を飾りました。 |
【研究の背景】
マイクロロボット、特に柔軟な構造を持つロボットは、生物医学などの分野で非常に幅広い応用の可能性があるものの、小さなロボットにアクチュエータなど様々な機械部品を組み込むことは困難で、高機能のマイクロロボット開発の障害となっています。従来の方法では、通常、機械構造やアクチュエータなど、マイクロロボットの様々な部品を異なる場所で製造し、一つ一つ組み上げていくピック アンド プレース アセンブリによってマイクロロボットがつくられていました。この方法は時間と労力がかかり、また多くの制限があることが課題となっています。
【研究の内容】
本研究では、自然界の生体内システムの自己組織化プロセスに着想を得て、2021年に発表したプリント可能な生体分子モーターからなる人工筋肉(1)(2)に基づき、ロボット部品をその場で加工・組み立てしてマイクロロボットを製造する方法を開発しました。マイクロ流路内で、マスクレスリソグラフィー※5により、ハイドロゲル材料の機械的構造をプリントし、次に生体分子モーターからなる人工筋肉がハイドロゲル機構の狙った位置に直接プリントすることで、機構を駆動して目的の仕事を実施します(図1) 。 このその場組み立てにより、マイクロロボットを迅速に次々と生産することができます。
また、マイクロロボットに新しい人工筋肉を再プリントすることにより、アクチュエータを迅速に動的再構成し、複雑な仕事を行うマイクロロボットを実現しました(図2)。
さらに、生体分子モーターを使用する本研究とは異なる、生きた筋肉細胞を用いるアプローチとして細胞ハイブリッドロボット※6が注目されています。細胞ハイブリッドロボットは、柔軟性が高く、環境負荷が低いという利点があるものの、筋肉細胞の培養に数日かかってしまうという問題があります。本研究では、設計の柔軟性を向上させながら、製造プロセスを大幅に簡素化することに成功しました。今後のオンチッププリンティング技術の向上や人工筋肉の性能向上により、現在の細胞ハイブリッドロボットのボトルネックを打破し、実用化に向けた一歩を踏み出すことが期待される手法であると考えています。
(1) https://www.nature.com/articles/s41563-021-00969-6
(2) https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2021/04/20-1.html
図1 マイクロロボットその場組み立て法
図2 その場組み立て法によって製造したマイクロロボットが生体分子モーターからなる人工筋肉によって駆動する様子
【本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)】
今回の研究により、自然界の生体分子モーターによって運動が創発する自己組織化現象をオンチップ微小空間上で工学的に制御し、自在にデザインできる加工プロセスをボトムアップ的な発想でより簡便に実現できました。これにより、これまで超微小部品をトップダウン的に組み立てることが大きなボトルネックであったために遅れていた、マイクロロボットの組み立てやマイクロソフト機構のオンデマンド生産が可能になりました。今後、様々な機能を付与したマイクロロボットがオンチップ上で連続的にオンデマンド生産することが可能になり、化学エネルギーだけで駆動する超小型マイクロロボットが健康医療応用など様々な分野に展開、波及していくことが期待できます。
【特記事項】
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費 基盤研究(S)(課題番号22H04951)、基盤研究(A)(課題番号22H00196)、基盤研究(B)(課題番号19H02106)、学術変革領域研究(A)(課題番号21H05880)、挑戦的萌芽研究(課題番号21K18700)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「次世代人工知能・ロボット中核技術開発」(JPNP15009)の支援を受けて行われました。
【論文情報】
タイトル | In situ integrated microrobots driven by artificial muscles built from biomolecular motors |
著者名 | Yingzhe Wang, Takahiro Nitta, Yuichi Hiratsuka ,and Keisuke Morishima |
DOI | https://www.science.org/doi/10.1126/scirobotics.aba8212 |
【用語説明】
ガラスや高分子材料で作製した数ミリメートルから数マイクロメートルの流路で、効率的に化学反応などを起こすことができる。微小なバイオセンサーや化学分析装置に利用されている。
数ミリメートル以下のサイズのロボットで、医療などへの応用が期待されている。
モーターやエンジンなどのように電気や化学エネルギーなどを利用して、動きや力を発生する装置。
紫外線などの光を照射することでゼリー状に固まる物質。
光照射による微細加工技術で、半導体デバイスなどの製造に利用されている。
培養細胞と機械部品を融合させて作製したロボット。
【SDGs目標】
【参考URL】
森島圭祐教授 研究者総覧URL https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/90351526dc15ef59.html
生命機械融合ウェットロボティクス領域URL http://www-live.mech.eng.osaka-u.ac.jp/
令和4年8月26日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2022/08/26-1.html量子センサーによる熱磁気流の観測に成功 -量子センシングとスピンカロリトロニクスの融合に道-

量子センサーによる熱磁気流の観測に成功
-量子センシングとスピンカロリトロニクスの融合に道-
ポイント
- 熱により励起された磁気の流れ(熱マグノン流)をダイヤモンド中のNV中心と呼ばれる極小な量子センサーを用いて計測することに成功
- 量子センシング分野とスピンカロリトロニクス分野を融合する新手法として期待
北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野 稔、石川県能美市)、先端科学技術研究科 応用物理学領域のドゥイ プラナント元博士後期課程学生(2019年6月修了、安研究室)、安 東秀准教授らは、京都大学、物質・材料研究機構と共同で、熱により励起された磁気の流れ(熱マグノン流注1))をダイヤモンド中の窒素-空孔複合体中心(NV中心(図1))注2)と呼ばれる極小な量子センサー注3)を用いて計測することに成功しました。 |
【背景と経緯】
近年、持続可能な社会の実現(SDGs)に向けた環境・エネルギー・情報通信などの問題への取り組みが活発化する中で、計測分野においては、量子力学を原理とした新しい計測技術に基づき従来の性能を凌駕する量子センシング分野の発展が期待されています。その中でも、ナノサイズの量子センサーとしてダイヤモンド中の欠陥構造であるNV中心が注目されています。
一方で、デバイス分野においては、これまで情報を入出力する方法として電流が用いられてきましたが、デバイスの微細化とともに多くのエネルギーが熱として浪費され発熱によりデバイスの動作が不安定となる問題がありました。これを解決する分野として、電流を用いずに電子の自由度であるスピン注4)を用いるスピントロニクス分野注5)が期待され、その中でもスピンと熱の相互作用を積極的に利用することで問題を解決しようとするスピンカロリトロニクス注6)が注目されています。
従来、量子センシング分野とスピンカロリトロニクス分野は独立に発展してきましたが、今回、これらを融合した分野の発展に繋がる新手法を実証しました。今回の研究では、熱により励起された磁気の流れ(熱マグノン流)をNV中心に存在する量子スピン状態により計測が可能であることを実証しました。
【研究の内容】
図2に示すように、まず、磁性ガーネット試料(Y3Fe5O12: YIG) 注7)中に温度勾配を印加して熱の流れを創り、これにより熱励起された磁気の流れ(熱マグノン流)を生成します。続いて、試料端でマイクロ波によりコヒーレント(エネルギーと位相の揃った)なスピン波注8)を生成して試料中に伝搬させます。この状況で試料中央にはダイヤモンドNV中心を含有したダイヤモンド片がYIGに近接され、このダイヤモンドNV中心を用いてスピン波を計測しました(図3(左))。今回、スピン波の強度を、光学的磁気共鳴検出法注9)を用いたNV中心のラビ振動注10)により計測し、熱マグノン流による変調信号を観測することに成功しました(図3(右))。
本研究成果は、2021年12月23日(米国東部標準時間)に米国物理学会の学術誌「Physical Review Applied」のオンライン版に掲載されました。
【今後の展開】
本研究では、スピン波を介して熱マグノン流を量子センサーであるNV中心を用いて計測することに成功しました。このことは、量子センシングとスピンカロリトロニクス分野を融合する新手法となることを示唆します。特に、NV中心はナノスケールの分解能で量子計測が可能であり、将来的には熱マグノン流に関する現象をナノスケールで計測すること、さらには熱マグノン流とNV中心の量子状態との相互作用に関する新しい研究展開を可能にし、スピンカロリトロニクスと量子センシングの融合研究に貢献することが期待されます(図4)。
図1 ダイヤモンド中の窒素(N)-空孔(V)
複合体中心(NV中心)スピン状態
図2 スピン波を介したNV中心による熱マグノン流計測の概念図
図3 (左)実験配置図、(右)NV中心のラビ振動計測による熱スピン流による変調信号の観測
図4 量子センシングとスピンカロリトロニクスの融合
【論文情報】
掲載誌 | Physical Review Applied |
論文題目 | Probing Thermal Magnon Current Mediated by Coherent Magnon via Nitrogen-Vacancy Centers in Diamond |
著者 | Dwi Prananto, Yuta Kainuma, Kunitaka Hayashi, Norikazu Mizuochi, Ken-ichi Uchida, Toshu An* |
掲載日 | 2021年12月23日(米国東部標準時間) |
DOI | 10.1103/PhysRevApplied.16.064058 |
【研究助成費】
本研究の一部は、次の事業の一環として実施されました。
・ 日本学術振興会(JSPS)科研費
新学術領域研究「ハイブリッド量子科学」公募研究(18H04289)、基盤研究(B) (18H01868) 、
若手研究(19K15444)、新学術領域研究(15H05868)
・ 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST(JPMJCR1875, JPMJCR1711)
・ 文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP, JPMXS0118067395)
【用語説明】
注1)熱マグノン流
磁性体中の磁気の流れ(マグノン、またはスピン波とも呼ばれる)が熱により励起されたもの
注2)NV中心
ダイヤモンド中の窒素(N)不純物と空孔(V)が対になった構造(窒素-空孔複合体中心)であり、室温、大気中で安定的にスピン量子状態が存在する。
注3)量子センサー
量子力学を原理とした量子状態を利用して超高感度測定を行うセンサー
注4)スピン
電子が有する自転のような性質。電子スピンは磁石の磁場の発生源でもあり、スピンの状態には上向きと下向きという2つの状態がある。
注5)スピントロニクス
電子の持つ電荷とスピンの2つの性質を利用して新しい物理現象や応用研究をする分野
注6)スピンカロリトロニクス
スピントロニクスの分野の中でもスピンと熱の相互作用の利用を目指す分野
注7)磁性ガーネット
希土類元素をイットリウム(Y)としたイットリウム鉄ガーネット(Y3Fe5O12)結晶。スピン波の拡散長が数ミリメートル以上と長いことで知られている。
注8)スピン波
スピンの集団運動であり、個々のスピンの磁気共鳴によるコマ運動(歳差運動)が磁気の波となって伝わっていく現象
注9)光学的磁気共鳴検出法(Optically Detected Magnetic Resonance, ODMR)
磁気共鳴現象を光学的に検出する手法。本研究では532ナノメートルのレーザー光入射により励起・生成されたマイクロ波印加による蛍光強度の変化を計測しNV中心スピンの磁気共鳴を検出する。
注10)ラビ振動
ここではNV中心の2つのスピン状態間のエネルギーに相当するマイクロ波磁場を印加することにより状態が2準位の間を振動する現象。本研究ではスピン波(マグノン)が生成するマイクロ波磁場によりラビ振動を励起した。
令和3年12月27日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2021/12/27-1.html環境・エネルギー領域の小矢野教授がSSH指定校の福島高校でオンライン講演会を実施
9月24日(金)、環境・エネルギー領域の小矢野 幹夫教授が、文部科学省「SSH(スーパーサイエンスハイスクール)」指定校である福島市の県立福島高等学校において、SS(スーパーサイエンス)部の1学年26名を対象に、オンラインによる講演会を行いました。
文部科学省のホームページはこちら
福島高校のSSHニュースはこちら
今回の講演は、「熱電変換の物理と最先端のエネルギー変換の研究」というテーマで行われました。
導入部分では、SDGsの観点から、熱電変換の研究がエネルギー問題にどのように貢献できるかについての説明がありました。続いて、物質の両端に温度差を与えると電位差が生じる「ゼーベック効果」を利用して、熱を電気エネルギーに変換する技術について、解説が行われました。
生徒の皆さんは、熱電材料の金属組成を変えることで、より高い変換効率を目指す研究開発が盛んに行われてきたことを学ぶとともに、有毒または希少な元素を含まない、環境に優しい次世代の熱電材料の開発の重要性についても理解を深めました。
また、身の周りにある熱を"収穫(ハーベスト)"して電気エネルギーに変換する「エネルギーハーベスティング」の考え方にも触れ、エネルギーの捉え方に新たな視点を持ったようでした。
最後に、小矢野教授から生徒の皆さんに向けて、「自身の知的好奇心と向き合い、ぜひ大学院進学というキャリアプランも考えてみてほしい」とメッセージを送りました。
講演後には質疑応答が活発に行われ、生徒の皆さんからは、「講義の中で化学物質がたくさん出てきたので、化学の分野ももっと勉強してみたい」、「効率を改善する方法がいくつも研究されており、自分の研究でも一つで満足しないようにしたい」、「学者の交友関係、進路の考え方、研究への向き合い方を学ぶことができた」といった前向きな感想があり、向学心の高さがうかがえる講演会となりました。
![]() 講演を行う小矢野教授 |
![]() 受講の様子(写真:福島高校提供) |
![]() 質疑応答の様子 |
令和3年9月29日
出典:JAIST お知らせ https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/info/2021/09/29-2.htmlメムキャパシタと自律局所学習を用いるニューロモーフィックシステムを開発
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学校法人 龍谷大学 国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学 国立大学法人 北陸先端科学技術大学院大学 |
メムキャパシタと自律局所学習を用いるニューロモーフィックシステムを開発
超コンパクト・低電力消費の人工知能への応用を期待
ポイント
- メムキャパシタと自律局所学習を用いるニューロモーフィックシステムを開発した。従来の人工知能と比べると、劇的なコンパクト化・低電力消費が期待できる。
- メムキャパシタとして、強誘電体キャパシタを用いることで、構造を単純なものとし、薄膜の液相プロセスを用いることで、作製プロセスも単純なものとしており、将来の高集積化が容易となる。DC電流が無く、過渡電流も減り、電力消費が大幅に減る。
- 自律局所学習として、メムキャパシタのヒステリシス特性を上手く利用することにより、結合強度の制御回路など無しに、ニューロモーフィックシステムに学習させることができ、やはり将来の高集積化が容易となる。
- 研究の成果は、「IEEE Transactions on Neural Networks and Learning Systems」(Impact Factor=10.451)に掲載。
【概要】
龍谷大学 先端理工学部電子情報通信課程の木村睦研究室は、奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 中島 康彦教授、北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 徳光 永輔教授(応用物理学領域)らと共同で、メムキャパシタと自律局所学習を用いるニューロモーフィックシステムを開発しました。 メムキャパシタは、印加電圧の履歴によりキャパシタンスが変化する回路素子で、本研究では、強誘電体キャパシタを用いることで、構造を単純なものとし、Bi3.25La0.75Ti3O12 (BLT)の薄膜の液相プロセスを用いることで、作製プロセスも単純なものとしており、将来の高集積化が容易となります。従来の大規模な模倣回路やメモリスタ(可変抵抗素子)の代わりに、メムキャパシタ(可変容量素子)を用いるため、DC電流が無く、過渡電流も減り、電力消費が大幅に減ります。 また、自律局所学習は、単一素子が自分自身の駆動条件のみで特性を変化させる学習方式であり、やはり将来の高集積化が容易となります。従来のシナプス素子の結合強度の制御回路など無しに、メムキャパシタの電圧履歴のキャパシタンス特性を上手く利用することにより、メムキャパシタだけで、ニューロモーフィックシステムに学習させることができます。 従来の人工知能と比べると、劇的なコンパクト化・低電力消費が期待できます。 |
【研究の背景】
「人工知能」は、現在、さまざまな用途に用いられ、将来、SDGs・Society 5.0・IoTといった未来社会に不可欠な情報インフラです。人工知能のための代表的な技術が、生物の脳の機能を模倣することで、自己組織化・自己学習・並列分散処理・障害耐性などの特長をもつ「ニューラルネットワーク」です。しかしながら、従来のものは、ハイスペックなハードウェアで実行される複雑・長大なソフトウェアで、人工知能のために最適化されておらず、コンピュータのサイズは巨大で、電力消費は膨大であり、また、並列分散処理・障害耐性などの特長は限定的でした。ニューラルネットワークを基本的なハードウェアのレベルから生体の脳の構造で模倣し、ニューロン素子やシナプス素子を実装するのが、「ニューロモーフィックシステム」です。しかしながら、従来のものは、人工知能としての最適化が不十分で、上記の特長は完全には得られていませんでした。この原因は、(1) 大規模な模倣回路やメモリスタ(可変抵抗素子)を使うため、DC電流・過渡電流が大きく、電力消費が大きい (2) 大規模なシナプス素子の結合強度の制御回路を使うため、サイズが大きいということによります。
【研究の目的】
そこで、本研究では、ニューロモーフィックシステムにおいて、(1) 模倣回路やメモリスタ(可変抵抗素子)の代わりに、メムキャパシタ(可変容量素子)を用いるため、DC電流が無く、過渡電流も減り、電力消費が大幅に減る (2) シナプス素子の結合強度の制御回路の代わりに、自律局所学習を用いるため、サイズが小さいということを目的とします。
【メムキャパシタ】
メムキャパシタは、印加電圧の履歴によりキャパシタンスが変化する回路素子です。本研究では、強誘電体キャパシタを用いることで、構造を単純なものとし、Bi3.25La0.75Ti3O12(BLT)の薄膜の液相プロセスを用いることで、作製プロセスも単純なものとしており、将来の高集積化が容易となります。ここでは、クロスバー型でメムキャパシタを作製し、印加電圧の履歴により強誘電体キャパシタの自発分極が変化することで、キャパシタンスが変化する回路素子を実現しています。
メムキャパシタ
【自律局所学習】
自律局所学習は、単一素子が自分自身の駆動条件のみで特性を変化させる学習方式であり、やはり将来の高集積化が容易となります。メムキャパシタの電圧履歴のキャパシタンス特性を上手く利用することにより、シナプス素子の結合強度の制御回路など無しに、メムキャパシタだけで、ニューロモーフィックシステムに学習させることができます。学習フェーズでは、シンプルに、クロスバー型の横電極と縦電極に電圧を印加するだけで、必要なキャパシタンスの変化が誘起されます。推論フェーズでも、シンプルに、横電極に電圧印加し、縦電極の電圧を読み取るだけです。
自律局所学習
【ニューロモーフィックシステム】
メムキャパシタと自律局所学習を用いるニューロモーフィックシステムを、実際に組み立てました。アルファベットの「T」と「L」を記憶させ、わずかに異なるパターンを入力するとき、記憶した「T」または「L」のより近いほうが出力されることを確認しました。この動作は「連想記憶」というもので、文字認識や画像認識に直接に応用できるものであると同時に、問題設定により、さまざまな人工知能の取り扱う課題に応用できるものです。
ニューロモーフィックシステム
連想記憶の実験結果
【研究の意義と今後の展開】
従来の人工知能では、たとえば、いま最も有名なコグニティブシステムは、サイズは冷蔵庫10台ほど、電力消費は数百kWと言われています。本研究の基本的な成果をもとに、同様の機能のシステムを構築することを想定すると、サイズはLSI 1チップ、電力消費は20W程度と、劇的なコンパクト化・低電力消費が期待できます。SDGs・Society 5.0において、世界的なエネルギ危機を回避し、IoTにおいて、各々の機器へ搭載することが可能となります。なお、先行研究として、メモリスタと外部学習を用いるニューロモーフィックシステム(M. Prezioso, Nature, 521, 61, 2015)と比較すると、本研究で同様の機能が、低電力消費のメムキャパシタと、外部学習なしの局所自律学習で、実現できています。
【論文情報】
論文名 | Neuromorphic System using Memcapacitors and Autonomous Local Learning (メムキャパシタと自律局所学習を用いるニューロモーフィックシステム) |
掲載誌 | IEEE Transactions on Neural Networks and Learning Systems (TNNLS) |
著者 | 木村 睦(龍谷大学・奈良先端科学技術大学院大学)、石崎 勇真、宮部 雄太、吉田 誉、 小川 功人、横山 朋陽(龍谷大学)、羽賀 健一、徳光 永輔(北陸先端科学技術大学院大学)、 中島 康彦(奈良先端科学技術大学院大学) |
DOI | 10.1109/TNNLS.2021.3106566 |
掲載日 | 2021年9月1日にオンライン版に掲載 |
令和3年9月3日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2021/09/03-1.html史上最高耐熱のプラスチックを植物原料から開発
東京大学大学院農学生命科学研究科大西康夫教授、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科金子達雄教授、神戸大学大学院工学研究科荻野千秋教授、筑波大学生命環境系高谷直樹教授らの研究チームは、史上最高耐熱のプラスチックを植物原料から開発し、10月12日に、東京大学においてオンラインによる記者会見を行いました。
記者会見には本学環境・エネルギー領域の金子 達雄教授が出席しました。
また、本成果は、「Advanced Sustainable Systems」オンライン版にて10月14日に掲載されました。
<記者会見出席者>
本学発表者:金子 達雄(北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 環境・エネルギー領域 教授)
研究チーム代表者:大西 康夫(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻
東京大学微生物科学イノベーション連携研究機構 教授)
<ポイント>
- 紙パルプを原料にして超高耐熱性プラスチックであるポリベンズイミダゾールを生産する新規プロセスを開発しました。
- 新しいポリマーデザインにより、プラスチック史上、最高の耐熱性を達成しました。
- 開発した超高耐熱性バイオプラスチックは、強度や軽量性にも優れており、さまざまな用途で利用が見込めるため、脱石油化・低炭素化社会の構築に貢献できると期待されます。
<研究の概要>
循環型社会の構築にはバイオマス由来のプラスチックの利用が望まれますが、従来のバイオマス由来プラスチックは耐熱性が低いため、その用途が限られていました。この度、本学環境・エネルギー領域の金子達雄教授が所属する研究チーム(代表:大西康夫教授(東京大学大学院農学生命科学研究科))は、超高耐熱性プラスチックをバイオマスから作ることに成功しました(図1)。当該チームは高耐熱性のポリベンズイミダゾール(PBI)(注1)に着目し、その原料となる芳香族化合物を効率よく生産する遺伝子組換え微生物を創成しました。また、代表的な非可食バイオマスである紙パルプを効率的に酵素糖化し、高濃度のグルコースを含む糖化液を生産するシステムを開発しました。一方、化成品を用いた検討により、PBIフィルムの作製法を開発するとともに、PBI原料とアラミド繊維(注2)原料を共重合することで耐熱性が大きく向上することを見出し、史上最高耐熱のプラスチックフィルムの作製に成功しました。また、紙パルプ糖化液を使って発酵生産した芳香族化合物から同等の性質を有するPBIフィルムを作製できることを示しました(10%重量減少温度743℃、表1)。開発した超高耐熱性バイオPBIは、強度や軽量性にも優れており、さまざまな用途で利用が見込めるため、脱石油化・低炭素化社会への貢献が期待されます。
<研究の内容>
近年、国連が採択したSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)がますます注目を集めています。脱石油化、低炭素化のためには、バイオマス由来のプラスチックの普及が重要ですが、これまでに開発されてきたバイオマス由来のプラスチック(ポリアミド11、ポリヒドロキシアルカン酸、ポリ乳酸など)はいずれも脂肪族ポリマーであり、耐熱性が低いため、その用途が限られていました。芳香族系ポリマーは耐熱性が高いことで知られていますが、その原料はすべて石油由来の芳香族化合物です。天然に存在する芳香族ポリマーであるリグニン(注3)の利用も検討されていますが、リグニンは複雑な分子構造をしているため、リグニンを使って耐熱性の高いプラスチックを作るには、多くの困難があります。そのため、芳香族系ポリマーの原料となる芳香族化合物を再生可能資源から入手するというアプローチが重要であり、これには微生物を用いた発酵生産が有力です。しかしながら、実際に発酵生産させた芳香族化合物を用いて芳香族ポリマーを合成したのは、今回の研究チームのメンバーが以前に行った数例が知られているだけです(文献1、2)。また、これらの研究では、試薬として購入したグルコースを炭素源として微生物を増殖させていましたが、微生物による有用物質生産では、食料と競合する材料ではなく、非可食バイオマス(稲わら、とうもろこしの芯、サトウキビの絞りかす、紙パルプなど)の利用が求められています。
このような背景のもと、研究チームは、科学技術振興機構 (JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST)「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」において、「高性能イミダゾール系バイオプラスチックの一貫生産プロセスの開発(平成25年度から平成30年度)」に取り組み、超高耐熱性プラスチックをバイオマスから作ることに成功しました(図1)。
当該研究チームでは、代表的な非可食バイオマスである紙パルプを効率的に酵素糖化し高濃度のグルコースを含む糖化液(最高で90 g/L)を生産するシステムを開発しました(神戸大)。また、高耐熱性のポリベンズイミダゾール(PBI)に着目し、その原料となる芳香族化合物(3-アミノ-4-ヒドロキシ安息香酸:AHBA)を生産する遺伝子組換えコリネ菌を用いて、紙パルプ糖化液からAHBAを発酵生産し(3.3 g/L)、高純度に精製しました(神戸大、東大)。一方、共重合用の化合物として着目した4-アミノ安息香酸(ABA:アラミド繊維原料)を生産する遺伝子組換え大腸菌を構築し、同じく紙パルプ糖化液からABAを発酵生産し(1.6 g/L)、高純度に精製しました(筑波大)。一方、化成品を用いた検討により、まず、PBIの直接の原料となる3,4-ジアミノ安息香酸(DABA)をAHBAから簡便に合成する方法、DABAからPBIフィルムを作製する方法を開発しました(北陸先端大)。また、DABAとABAを共重合することで耐熱性が大きく向上することを見出し、これまでに存在するプラスチックの中で最高耐熱を達成しました(DABA:ABA=85:15のコポリマーの10%重量減少温度は740℃超、表1)(北陸先端大)。最終的に、紙パルプ糖化液を使って発酵生産した芳香族化合物から同等の性質を有するPBIフィルムを作製できることを示し、紙パルプから超高耐熱性PBIフィルムの一貫生産プロセスのプロトタイプを構築することに成功しました。
開発した超高耐熱性バイオPBIは、強度や軽量性にも優れており、さまざまな用途で利用が見込めます。まず、耐熱性が非常に高く、さまざまな軽量金属(アルミニウム、マグネシウム、亜鉛、錫など)の融点で分解が起こらないため、これらの軽量金属と溶融複合化することができ、軽量化社会で重要となる自動車ボディ、建築部材などの社会インフラ、軽量・高耐熱性が求められる駆動部位周辺具材(電線エナメル、高耐熱絶縁紙、マニホールド、オイルパン)への応用も考えられます。超難燃性の求められる航空・宇宙機器の部品などへの活用も想定されます。これらの輸送機器はグラム単位での軽量化が要求されており、バイオPBIによりエネルギー削減、脱石油化・低炭素化社会への貢献が期待されます。また、PBIをLiイオン化し、Liイオン電池の固体電解質として利用できることを既に明らかにしており、より高耐熱の固体電解質開発も可能と考えられ(文献3)、次世代電気自動車開発に貢献できると考えています。
なお、本研究チームメンバーは内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「スマートバイオ産業・農業基盤技術」に採択され、現在も引き続きバイオPBIの社会実装に向けた研究開発に取り組んでいます。
- Tomoya Fujita, Hieu Duc Nguyen, Takashi Ito, Shengmin Zhou, Lisa Osada, Seiji Tateyama, Tatsuo Kaneko, Naoki Takaya. Microbial monomers custom-synthesized to build true bio-derived aromatic polymers. Appl. Microbiol. Biotechnol. 97(20):8887-8894. (2013) doi: 10.1007/s00253-013-5078-4.
- Yukie Kawasaki, Nag Aniruddha, Hajime Minakawa, Shunsuke Masuo, Tatsuo Kaneko, Naoki Takaya. Novel polycondensed biopolyamide generated from biomass-derived 4-aminohydrocinnamic acid. Appl. Microbiol. Biotechnol. 102(2):631-639. (2018) doi: 10.1007/s00253-017-8617-6.
- Aniruddha Nag, Mohammad Asif Ali, Ankit Singh, Raman Vedarajan, Noriyoshi Matsumi, Tatsuo Kaneko. N-Boronated Polybenzimidazole for Composite Electrolyte Design of Highly Ion Conductive Pseudo Solid State Ion Gel Electrolytes with High Li Transference Number. J. Mater. Chem. A. 7(9): 4459-4468. (2019) doi: 10.1039/c8ta10476j.
<論文情報>
掲載雑誌名 | 「Advanced Sustainable Systems」(オンライン版:10月14日公開) |
Ultrahigh Thermoresistant Lightweight Bioplastics Developed from Fermentation Products of Cellulosic Feedstock | |
著者 | Aniruddha Nag, Mohammad Asif Ali, Hideo Kawaguchi, Shun Saito, Yukie Kawasaki, Shoko Miyazaki, Hirotoshi Kawamoto, Deddy Triyono Nugroho Adi, Kumiko Yoshihara, Shunsuke Masuo, Yohei Katsuyama, Akihiko Kondo, Chiaki Ogino, Naoki Takaya, Tatsuo Kaneko*, Yasuo Ohnishi* |
DOI番号 | 10.1002/adsu.202000193 |
<用語解説>
(注1)ポリベンズイミダゾール
高耐熱性ポリマーであるポリベンズアゾール類の一種であり、繰り返し単位中に「ベンズイミダゾール」を含んでいる高分子の総称。
(注2)アラミド繊維
芳香族ポリアミド系樹脂の総称。耐熱性や強度に優れた合成繊維であり、様々な用途で利用されている。
(注3)リグニン
セルロース、ヘミセルロースとともに木材を構成する主要成分であり、芳香環を有する不定形な高分子化合物。
表1 新規開発バイオPBIおよびアラミド含有バイオPBIの熱分解温度の比較表
プラスチック | 10% 熱分解温度 |
力学強度 | 弾性率 |
(℃) | (MPa) | (GPa) | |
Bio-PBIフィルム (100/0) |
716 | 68 | 3.3 |
Bio-Ami-PBI (85/15)フィルム |
743 | 66 | 3.2 |
代表的PBO (これまで最高耐熱) |
715 | 5800 | 180 |
代表的アラミド | 585 | 3000 | 112 |
代表的ポリイミド | 580 | 231 | 2.5 |
既存PBI | 570 | 100 | 5 |
ナイロン6 | 415 | 75 | 2.4 |
*Bio-Ami-PBIは、史上最高の熱分解温度で力学物性も十分に高い(ナイロンと同等)
図1 紙パルプから超高耐熱性プラスチックフィルムの一貫生産プロセス
令和2年10月14日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2020/10/14-1.html