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研究

教員インタビュー(この人に聞く)

橋本敬教授

知識創造する人間の本質に、言語とコミュニケーションの起源・進化から迫る

橋本敬教授

知識科学研究科 橋本敬教授

1990年神戸大学卒、1996年東京大学博士(学術)。
相互作用とダイナミクスを重視する複雑系の観点から知識科学を探究している。
現在は言語の起源・進化やコミュニケーションの創発、社会制度の形成・変化・設計などについて研究を行う。
2009年より現職。

2012年3月、言語進化に関する国際会議EVOLANG(Evolution of Language)が京都で開催されます。9回目を数える同会議がアジアで開催されるのは今回が初めてであり、言語学者のノーム・チョムスキー氏が参加することでも注目を集めています。
同会議のオーガナイザーの一員である知識科学研究科の橋本敬教授は、言語の起源と進化の側面から、人間の本質である知識創造について探究しています。

世界初、「知識」をテーマにした研究科

 知識科学研究科は、「知識」を学問のターゲットとする世界初、そして世界唯一の研究科です。本研究科では、知識の創造、共有、活用のメカニズムに焦点を当てた教育研究が行われており、さまざまな知識を集めて活用し世の中の問題を解決する領域融合型の人材を養成しています。
 現代社会が抱える問題は、ある領域に限った知見だけでは解決できない、複雑な問題ばかりです。たとえばエネルギー政策。技術面はもちろん、経済システム、政治、住民など、幅広い視野を持たなければ語ることはできません。
 価格競争をするだけでは世界は物質的にも精神的にもゆたかになってはいかないでしょう。新しい価値、知識を生み出すこと。あるいはさまざまな知識を統合し、コーディネートすること。それが人類の生き方であり、知識科学研究科の存在意義だと私は確信しています。

「人間とは何か」という問いに迫る

 こうした知識科学研究科の中にあって、言語とコミュニケーションの起源と進化を解明するという私自身の研究テーマは、どちらかというと基礎的なものです。
 知識を創造し、共有し、活用することは、人間にしかできないことであり、その活動を可能にしている一つの鍵が言語とコミュニケーションであると私は考えています。これらの起源と進化について科学的に探求することは、「私は何者か」「人間とは何か」という、何千年前から続く「問い」への現代版アプローチだといえます。過去のことを知ることが目的なのではありません。知識創造という人間の本質に、「進化」という観点から光を当てたいのです。
 一般に「言語があるからコミュニケーションできる」「言語はコミュニケーションのために進化した」と思われがちですが、私自身は言語とコミュニケーションは別の重要性があると考えています。
 人間は言語を通じて深く思考し、思いを表現し、知識を創造、蓄積します。またコミュニケーションを通じて思いや知識を共有し、さらに新しいアイデア、表現、意味をつくりだします。つまり我々は言語を使って知識創造を行い、コミュニケーションによって知識共創を行っているのです。
 人間はいかにこの能力を獲得したのでしょうか。私たちはコンピュータを用いたシミュレーションや言語進化実験などの手法で、この命題の解明に取り組んでいます。

人間はいつ、なぜ「いま・ここ・わたし」から解放されたか

 言語の起源は、言語を使えるようになる身体的・認知的能力の生物進化と深く関わっています。一方、言語の進化は、最初の単純な状態からなぜ、どのようにして、複雑化して今の言語に至っているのかという文化進化とつながりがあります。
 私たちの研究室のこれまでの具体的な研究成果を挙げると、言語における「文法化」という現象に着目し、言語が進化、複雑化するプロセスと、そのために必要な認知能力についての理解を深めています。
 文法化とは名詞、動詞など内容を表す言葉が、助詞などの文法的機能を持つようになる意味変化のことで、「go(行く)」が「be going to」という未来を表す助動詞に変化した例が分かりやすいでしょう。この変化は一方向的に起きると言われています。そして、どんな言語でも普遍的にこの性質を持っており、人間の認知傾向の普遍性が示されています。

言語的類推の効果
言語的類推の効果
言語的類推の能力を持たせた場合、飛躍的に表限度(=可能な意味全体のうち発話可能な意味の割合)が上がる。

コンピュータの仮想空間に人間の親と子を置き、何世代にも渡って言語獲得を繰り返すシミュレーションを行ったところ、言語を覚える能力を与えるだけでは100世代経っても200世代経っても言語の表現力は一定以上進化しませんでした。そこで私たちは、彼らに言語的類推を行う能力を持たせました。これは簡単に言えば「青い空」という言葉が使えたなら、「青い心」など、見たこともないものを青いと言える能力、つまり言語のルールを拡大して適用できる能力です。言語的類推能力の効果は絶大で、シミュレーションでは20世代を超えた頃から表現力が大きく上昇しました。
 人間は言語的類推能力によって、見たことや経験したことがないものも、言葉の上でつくることができるようになりました。すなわち、「いま・ここ・わたし」から解き放たれた創造性、想像力を手にしたのです。
 これは私の想像ですが、人間はホモ・サピエンスの時代から先に言葉をつくることで新しい可能性を知り、石器、衣服、住居、船など従来の概念になかったさまざまな道具を生み出してきたのではないのでしょうか。人類の歴史における5~10万年前の「文化のビッグバン」と言語的類推能力の獲得に、どんな関連性があったのか。今後さらに人類学や考古学が発展すれば、こうした秘密も解き明かされるかもしれません。

相互作用によって生まれるコミュニケーションシステム

 コミュニケーションの起源と進化については、コミュニケーション神経情報学(科研費新学術領域)のプロジェクトで、コミュニケーション創発実験を行い、その解明に取り組んでいます。
 実験では、上下左右に2つずつ並んだ計4つの部屋を用意し、2人の被験者が別々の部屋に入ります。相手がどの部屋にいるのか知らされていない被験者は、パートナーと落ち合うため、それぞれ1回だけ上下左右のいずれかの部屋に移動します。顔の見えないパートナーには、記号を2つ組み合わせたメッセージを送ることができます。記号には何の意味もルールもありません。しかし、メッセージ送信と移動を繰り返すうちに、両者は会えるようになります。これは2人の間に、どんな記号の組み合わせが何を意味するか、どのように意図を伝えるかというコミュニケーションシステムが確立したということです。
 この実験によって、人間にはコミュニケーションする能力だけでなくコミュニケーションするためのシステムをつくる能力があることが明らかになりました。
 いくつかの条件で行った実験を解析することで、コミュニケーションシステムが作られる要因・プロセスが分かって来ました。まず、ある決まった部屋に移動するという行動傾向と決まった記号を使うという傾向を持つと、意味と記号の組み合わせ、すなわち、意味生成と記号生成が行われます。これを足がかりにして、各部屋がどのメッセージで表されるかという記号システムが生成され共有されます。実はこの実験課題はこれだけでは完全に解けないものになっています。完全に解くためには、先にメッセージを送る人が「自分はこの部屋にいる」という状況を伝え、後にメッセージを送る人が「この部屋に移動してほしい」「そのまま待っていてほしい」などと意図を伝える役割分担ができなくてはなりません。コミュニケーションシステムの形成には、どの部屋を表すという「意味」が共有されるだけでなく、伝えたいことが現在位置か行き先かという状況に応じた「意図」が分かる必要があり、それが役割分担で実現されるのです。
 なぜどうやって役割分担ができるようになるかという点については現在解析を進めています。さらに、人と人が相互作用するときの脳波を同時に測定し、コミュニケーションを成立させる脳内神経機構の解明や理論モデルの構築に取り組んでいます。

コミュニケーション創発実験の概念図
コミュニケーション創発実験の概念図
記号コミュニケーションシステムの生成実験

領域融合の新分野にチャレンジを

 言語の起源と進化についての研究は、ここ20年くらいで盛んになりました。実は、それ以前はある意味タブーの領域で、実証できないため思弁的であるとされ、19世紀半ばにパリの言語学会が一時禁止したくらいです。再び脚光を浴びるようになったのは、言語学のみならず、人類学、認知科学、進化生物学、複雑系科学などの研究が進展し、周辺分野から科学的に言語にアプローチできるようになったからです。実験室で言語進化をつくり出すことができるようになったのはここ5年くらいのことでしょうか。2者の脳波を同時に計測するという手法も、私たちが今まさに確立しようとしている新しい技術です。
 こうした領域融合型の新しい研究を大胆に展開できることも、知識科学研究科の魅力です。本研究科は、チャレンジ精神、必要なことを勉強するやる気、ロジカルな資質があれば、バックグラウンドや経験を問いません。独立した大学院大学で新しいことを始めたいという方の挑戦を待っています。

平成23年12月掲載

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