研究活動の検索
研究概要(研究室ガイド)やプレスリリース・受賞・イベント情報など、マテリアルサイエンスの研究室により公開された情報の中から、興味のある情報をタグや検索機能を使って探すことができます。学生のXUさんがEM-NANO 2025においてStudent Awardを受賞
学生のXU, Yuanzheさん(博士後期課程3年、ナノマテリアル・デバイス研究領域、大島研究室)が、The 10th International Symposium on Organic and Inorganic Electronic Materials and Related Nanotechnologies(EM-NANO 2025)において、Student Awardを受賞しました。
EM-NANO 2025は、有機・無機エレクトロニクス材料とナノテクノロジーに関する国際シンポジウムで、令和7年6月11日~14日にかけて、福井県福井市のAOSSA(福井県県民ホール)にて開催されました。
同シンポジウムでは、全体講演(Plenary lectures)や招待講演、特別セッションのほか、開催10回目を記念する式典も行われ、エレクトロニクス分野における最新の研究成果について活発な議論が行われました。
※参考:EM-NANO 2025
■受賞年月日
令和7年6月14日
■研究題目、論文タイトル等
Microscopic study of Kanazawa gold leaves
■研究者、著者
Yuanzhe Xu, Satoshi Ichikawa (大阪大学) , Kohei Aso, Hideyuki Murata, Yoshifumi Oshima
■受賞対象となった研究の内容
超薄膜(約100~200 nm)である金沢金箔の組織変化を調査しました。常温で処理されたにもかかわらず、焼鈍や熱間圧延を行わなくても、面心立方(FCC)金属において強い{001}テクスチャが形成されることは、長年の謎でした。今回、EBSDとTEMを用いて、No. 4金箔において[101]方向に沿って幅約100nmのスリップバンドが形成され、{011}-<011>スリップシステムと一致することを発見しました。この滑り系はFCC金属では稀な現象であり、超薄膜による活性化が原因と考えられます。この現象と交差滑り活動が、ハンマー加工中の{001}組織の形成を促進しています。
■受賞にあたって一言
It is a great honor to receive the "Student Award" at EM-NANO2025. I am truly encouraged by this recognition from the committee, which strengthens my determination to further explore the unique deformation mechanisms of Kanazawa gold leaf. As this research is closely tied to the cultural and scientific heritage of Kanazawa and the Hokuriku region, receiving this award at a local conference is especially meaningful to me. This achievement would not have been possible without the invaluable support and guidance of my supervisor, Prof. Yoshifumi Oshima, and the generous assistance of Specially Appointed Professor Satoshi Ichikawa from the Research Center for Ultra-High Voltage Electron Microscopy, Osaka University. I would also like to thank Senior Lecturer Kohei Aso and all the laboratory members for their generous support in both research and daily life.
令和7年7月17日
出典:JAIST 受賞https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/award/2025/07/17-2.html令和7年度 第1回 先端国際・社会変革推進本部セミナー「走査トンネル顕微鏡を用いた量子スピン計測及び制御」
下記のとおりセミナーを開催しますので、ご案内します。
| 日 時 | 令和7年6月9日(月)15:30~16:30 |
| 場 所 | マテリアルサイエンス系講義棟 1階 小ホール ※オンライン配信あり ※オンラインでの参加をご希望の方は、下記お問い合わせ先にご連絡ください。 |
| 講演者 | 東京大学物性研究所 土師 将裕 助教 |
| 講演題目 | 走査トンネル顕微鏡を用いた量子スピン計測及び制御 |
| 使用言語 | 日本語 |
| お問合せ先 | 北陸先端科学技術大学院大学 ナノマテリアル・デバイス研究領域 准教授 安 東秀 (E-mail:toshuan |
● 対面参加の場合、参加申込・予約は不要です。直接会場にお越しください。
出典:JAIST イベント情報https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/event/2025/06/04-1.htmlPufferFace Robot:フグに着想を得たボディ一体型振動推進型ロボット
PufferFace Robot:フグに着想を得たボディ一体型振動推進型ロボット
【ポイント】
- ソフトロボットの設計:PufferFace Robot(PFR)は、フグに着想を得た振動駆動型のソフトロボットで、やわらかく膨らむ外皮により配管の直径の変化に柔軟に対応して進みます。
- 移動性能及び配管内走行能力:3つの移動モード(振動のみ/膨張・収縮のみ/両者の組み合わせ〈メインモード〉)を備えています。自身の外径の1~1.5倍サイズの配管を通過可能で、本体と同サイズの配管内では最大0.5 BL/s(体長/s)の速度で移動可能です。
- 複雑な配管構造での実走行:90度エルボ、T字コネクタ、高曲率セクションなど、複雑な配管構造での走行能力を実験により検証しました。
- 応用可能性:PFRは複雑で狭隘な小口径の配管における点検作業を目的としています。例えば、石油・ガス配管、化学プラント、上下水道管などが挙げられます。また、有害化学物質や高温などの過酷な環境での探査にも有効で、シンプルな制御でも安定した動作が可能です。
- シミュレーションと実験アプローチ:ABAQUSを用いた簡易的な有限要素解析(FEA)によるシミュレーションを通じて、PFRの走行可能性を評価した結果、実験と高い一致性を確認しました。
| 北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)ナノマテリアル・デバイス研究領域のHo Anh Van教授(IEEE上級会員)が、Linh Viet Nguyen大学院生(博士後期課程)(研究当時)、Khoi Thanh Nguyen大学院生(博士後期課程)らの研究チームを率いて、テキサス大学オースティン校のThe Advanced Robotic Technologies for Surgery Laboratory (ARTS Lab)との共同研究により、複雑な配管内部を自在に前進できる新しいソフトロボット「PufferFace Robot (PFR)」を開発しました。PFRは、フグのように体を膨らませる柔軟な素材と、振動による推進する機構を組み合わせることで、多様な管内形状に対応できる設計となっています。これにより、90度の曲がり角やT字型の分岐、高曲率セクションなど、従来のロボットが苦手としていた区間でも安定した走行を実現しました。本研究では、複雑な計算処理を必要とせず、ロボット本体の構造によって環境への適用を実現する「身体性知能(embodied intelligence)」という考え方も重要視されています。 PFRは、JAISTプレスリリースにて前回紹介した振動駆動型ソフトロボット「Leafbot」(※)の進化形であり、ソフトロボティクス分野の新たな基盤となる可能性を秘めています。 (※)https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2025/02/17-1.html |
【研究背景と内容】
柔軟素材を用いたソフトロボットは、その柔軟性と適応性により、従来の硬い素材を用いたロボットでは効果を発揮することが困難な環境でも活躍することができることから、近年大きな注目を集めています。ソフトロボットは、適応的な形態変化を備えており、これは身体知能の一形態として機能し、最小限の計算で環境の変化に応じて反応することが可能です。従来のロボットが複雑な中央制御に依存しているのに対し、適応型ロボットは物理的構造を通じて局所的に調整を行うことで、計算負荷が軽減され、環境応答性が向上します。本研究では、産業、車両、航空宇宙分野で流体やガスの輸送によく使用される配管のような、制約のある可変形状における適応的な移動に焦点を当てました。このような配管は狭く人間が立ち入ることが難しいため、ロボットによる点検のニーズが高まっています。しかし、このような配管は直径、形状、長さが場所によって大きく異なるため、ロボットの設計には大きな課題があります。
これまでにも様々な推進機構(車輪式、歩行式、クローラー式、振動式など)を持つロボットが開発されてきましたが、それらをセンチメートルスケールの配管に適応させるのは困難です。近年の研究では、圧電素子、誘電エラストマー、流体エラストマー、ハイドロゲル、形状記憶合金、電磁アクチュエータなどのスマート素材を用いた生物に着想を得たロボットが開発されています。これらのコンパクトで柔軟な設計は、複雑で狭い配管システムの中を移動するための適応性とエネルギー効率を向上させます。しかし、このような制約のある環境において、機敏で配管のサイズに適応して移動できる信頼性の高い点検ロボットの実現は、依然として課題です。
前述の課題(図1A参照)に対応するため、本研究では新たに「PufferFace Robot (PFR)」という適応型ソフトロボットを開発しました(図1B, D, E参照)。この名称はフグ(pufferfish)から着想を得たことに由来します。PFRは、形態学*1的なスパイクパターンを持つシリコーンゴム製の膨張可能な柔らかい外皮を特徴としており、その設計パラメータは我々の先行研究である「Leafbot」から受け継いだものです。外部の圧縮空気源によって膨張・収縮を操作し、様々な配管形状に適応させることが可能です。PFRの移動メカニズムは、柔らかいスパイクの先端に分布された非対称な摩擦特性に基づいています。その非対称性と振動源を組み合わせることでPFRは前進します。この構成により、PFRの小型構造でも前進移動が可能であると示しました。PFRには3つの移動モードがあります。モード1では、振動モータを作動させて水平な配管を移動します。モード2では、柔らかい外皮の膨張・収縮のみで動作します。モード3は、モード1とモード2を組み合わせたハイブリットモードで、配管内移動における主要なモードです。

| 図1 (A)配管システムにおける形状が制約された様々な空間の例、 (B)様々な空間に適応可能なPufferFace Robotのコンセプト、 (C)フグから着想を得たPFRの設計コンセプト、(D)PFRの膨張状態、(E)PFRの通常状態 |
PFRの設計の詳細を図2に示します。様々な配管サイズに対応するための形態学的なソフトスキンに加え、PFRには暗所での点検作業を支援するためにLEDと小型カメラが搭載されています。今回、設計したPFRには以下の利点があります。

図2 PFRの詳細な設計図 (A) PFRの構成部品 (B) PFRの前面図および側面図
本研究では、「テラダイナミクス(terradynamics)」の手法を採用し、PFRが配管システムの困難な「地形条件」に対して、どれほど効率的かつ効果的に走行できるかを評価しました。これには、鋭角な曲がり(エルボ継手)、高曲率領域、分岐点、水平から垂直への移行、あらゆる方向での配管サイズの変化、T字分岐での操縦が含まれます。これらのシナリオにおけるPFRの性能を図3に示しています。有限要素解析(FEA)に基づいたシミュレーションプラットフォームであるABAQUSのDynamic Explicitモジュールを使用し、PFRを実環境に配置する前に特定の管状環境における通過可能性を評価しました。すべてのテストケースにおいて、シミュレーションの結果は実験結果とよく一致しました。図3(C),(F),(J)は、ABAQUS環境下でシミュレーションした検討シナリオを示しています。

| 図3 実験及びシミュレーション解析による配管システム内の重要な領域を走行するPFRの能力評価 (A, B, G) PFRが実環境及びシミュレーション環境(C,J)においてエルボ(曲がり)部分を走行する様子、 (D, E, F) PFRが実験及びシミュレーションの両ケースにおいて、サイズの異なる空間の移行部を通過する様子、(I) 振動モータの回転方向を変えることで、PFRが方向転換能力を発揮する様子 |
本研究では、ハイブリット推進システムを搭載した生物に着想を得たロボット「PufferFace Robot(PFR)」を提案しました。提案した設計では、狭隘な環境への高い適応性、検査中に気体や流体の流れを妨げない中空機構、複雑な配管内でも最小限の制御で移動可能な適応形態といった利点を有しています。さらにPFRは振動駆動型ソフトロボット、特に小規模配管用途に特化した設計の可能性を広げます。この技術革新は、工業点検だけでなく、医療用途、特に大腸検査のような低侵襲手術にも大きな可能性を秘めています。柔らかく適応性のある構造は、複雑で傷つきやすい生物学的環境を安全に移動することを可能にし、従来の内視鏡ツールに代わる、より安全で効率的な選択肢を提供します。今後は、さらなる小型化と移動性能の向上を目指し、より狭く限られた空間でも自在に動けるように改良を進めていく予定です。
【論文情報】
| 雑誌名 | Science Advances |
| 論文名 | Adaptable cavities exploration: Bioinspired vibration-propelled PufferFace Robot with morphable body. |
| 著者 | Linh Viet Nguyen; Hansoul Kim; Khoi Thanh Nguyen; Farshid Alambeigi, and Van Anh Ho |
| 掲載日 | 2025年4月30日 |
| DOI | 10.1126/sciadv.ads3006 |
【用語説明】
生物の体制や構造を研究する学問
令和7年5月8日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2025/05/08-1.htmlLiNMC電極を高安定化するホウ素系電解液の開発
LiNMC電極を高安定化するホウ素系電解液の開発
ポイント
- リチウムイオン二次電池の汎用電解液にメシチルジメトキシボラン(MDMB)を加えた3成分系電解液は非常に高いリチウムイオン輸率を示した(エチレンカーボネート(EC):ジエチレンカーボネート(DEC):メシチルジメトキシボラン(MDMB)=1:1:1(v/v/v))。
- ホウ素を含む電解液の使用により正極上にホウ素を含む安定性の高い正極電解質界面(CEI)が形成され、正極の大幅な安定化につながった。
- XPS測定により正極電解質界面(CEI)へのホウ素導入が確認された。ホウ素導入の結果、電荷移動界面抵抗の顕著な低減及び電極反応の活性化エネルギーの低下につながった。
- 電解液中のホウ素成分は系内のHFをB-F結合形成によりトラップしており、これも正極の安定化の要因となっている。
- エチレンカーボネート:ジエチレンカーボネート:メシチルジメトキシボラン=1:1:1(v/v/v)系では溶媒層(solvation sheath)とリチウムイオンとの相互作用がMDMBを含有しない系よりも弱まっていることがMaterials Studioを用いた計算により示唆され、アニオントラップ効果と相まってリチウムイオン輸率を向上させていると考えられる。
| 北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)物質化学フロンティア研究領域の松見紀佳教授、Liu Zhaohan大学院生(博士後期課程)、Amarshi Patra研究員は、LiNMC正極を安定化できるホウ素系電解液の開発に成功した。 |
【研究背景と内容】
リチウムイオン二次電池1においては、高エネルギー密度の向上を目的として高電圧化が可能なLiNMC系正極が活発に研究されている。LiNMCを安定化させるための様々な添加剤が検討されているが、本研究では電解液設計によりLiNMC系正極を安定化させるアプローチを試み、その有効性を見出した。LiNMCの安定化の手法として、ホウ素系添加剤を活用する試みはこれまで国外グループにおいて検討されていたものの、LiBOBを添加剤とした系では電解液中のHF(フッ酸)の捕捉において有効性が認められたものの、正極電解質界面(CEI)へのホウ素導入は認められていなかった。本研究においては、添加剤と比較して大幅に多い分量の電解液成分として液状のホウ素化合物(MDMB)を用い、HF捕捉のみならず、顕著なCEIへのホウ素導入及び界面抵抗の低減、電極反応の活性化エネルギー低下、それらの結果としての正極の安定性の大幅な向上につながった。
本研究では、エチレンカーボネート:ジエチレンカーボネート:メシチルジメトキシボラン=1:1:0(v/v/v)系(110)、1:1:1(v/v/v)系(111)、1:1:2(v/v/v)系(112)のそれぞれを電解液とした系について検討を行った。
Materials Studioによる計算の結果(図1)、各系におけるリチウムイオンと溶媒層との相互作用のエネルギーは110系においてEint=-156.67 kJ/mol、111系において-147.97 kJ/mol、112系において-149.97 kJ/molとそれぞれ算出された。MDMBを電解液成分として含む系においてはEC/DEC系と比較してリチウムイオンと溶媒層との相互作用が弱まっていることが示唆された。したがって、MDMB含有系においては脱溶媒和の活性化エネルギーの顕著な低下が期待される。
各電解液のリチウムイオン輸率を測定したところ(図1)、MDMBを含む系においては、EC/DEC (110)の0.41に対して0.93 (111)、0.86(112)と大幅に高い値を示し、ホウ素によるアニオントラップ効果に加えて前述のリチウムイオン―溶媒層相互作用の低下が影響を与えていると考えられる。
それぞれの電解液系を用いてLiNMC111を用いて正極型ハーフセルを構築した。サイクリックボルタモグラム2を図2に示す。EC/DEC系(110)においては掃引速度が向上すると電極反応の過電圧が上昇するが、MDMBを含む電解液(111)においては顕著な変化は見られず、高いリチウムイオン輸率により系内の電荷の分極が抑制されている効果によると考えられる。各充放電レートにおける充放電特性を検討したところ、111系電解液において最も優れた特性が観測された(図2)。また、電池セルのインピーダンス測定及びスペクトルの等価回路フィッティングにより、電荷移動界面抵抗の温度依存性に基づいた電荷移動プロセスの活性化エネルギーを算出したところ、111系において最も低い活性化エネルギー(30.5 kJ/mol)を観測した(図2)。結果として、長期サイクル試験においても111系が最も優れた放電容量を示すに至った(図3)。
充放電後の正極のXPS測定を行ったところ、MDMBを含んだ電解液を用いた系においてはいずれもB1sスペクトルにおいて192.5 eV(B-O)、194.0 eV(B-F)のピークが観測され、正極電解質界面(CEI)がホウ素化されていることが確認された(図4)。B-F結合の形成は、導入されたホウ素がHFを捕捉したことを示唆している。電極界面におけるB-Oの導入は、ホウ素―アニオン相互作用により界面における塩解離を促す役割が想定され、電荷移動界面抵抗の低減に寄与していると考えられる。
以上のように、MDMBを電解液成分とすることにより、従来のLiBOB添加剤を用いた正極の安定化手法と比較すると、直接的にCEIにホウ素導入が可能である点において優位性が顕著であり、今後一般化可能な正極安定化プロトコルとしての展開が期待できる。
本成果は、ACS Applied Energy Materials(米国化学会)オンライン版に2025年3月3日(英国時間)に掲載された。
【今後の展開】
本電解液系においてはHFの捕捉、リチウムイオン輸率の向上、界面抵抗の低減、電極反応の活性化エネルギーの低下などの多様なメカニズムにより正極が安定化されている。
今後は、企業との共同研究を通して将来的な社会実装を目指す。
本電解液系と既存の正極安定化剤などとの相乗効果も期待され、更なる研究展開の端緒となると考えられる。

図1 (a) 電解液系110, 111, 112のリチウムイオン輸率 (b) 30-60 ℃ における各系のイオン伝導度の温度依存性(c) 298Kにおける電解質系のモデル(リチウムイオンあり、上段;リチウムイオンなし、下段)

図2 2.8V-4.2 Vにおける各電解液(110,111, 112)を用いた正極型ハーフセル3のサイクリックボルタモグラム (a) 0.1 and (b) 0.2 mV s−1. (c) レート特性の検討結果(d) 異なる電解液系のEa (電荷移動の活性化エネルギー)の比較

図3 各電解液系110系、111系及び112系における長期充放電サイクル特性(正極型ハーフセル、0.5C)

図4 各電解液系111及び112における充放電後の各正極のXPS(B1s)スペクトル
【論文情報】
| 雑誌名 | ACS Applied Energy Materials |
| 題目 | A boron-containing ternary electrolyte for excellent Li-ion transference and stabilization of LiNMC based cells |
| 著者 | Zhaohan Liu, Amarshi Patra and Noriyoshi Matsumi* |
| 掲載日 | 2025年3月3日 |
| DOI | https://doi.org/10.1021/acsaem.4c02806 |
【用語説明】
電解質中のリチウムイオンが電気伝導を担う二次電池。従来型のニッケル水素型二次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
電気化学分野における汎用的な測定手法である、電極電位を直線的に掃引し、系内における酸化・還元による応答電流を測定する手法(サイクリックボルタンメトリー)により、得られるプロファイルのこと。
リチウムイオン二次電池の場合には、正極/電解質/Liの構成からなる半電池を意味する。
令和7年3月21日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2025/03/21-1.htmlLeafbot:振動機構によって駆動される一体型移動ソフトロボット
Leafbot:振動機構によって駆動される一体型移動ソフトロボット
【ポイント】
- ロボット設計: Leafbotと名付けた機構とボディ一体型(モノリシック*1)シート状ロボットは、シリコン製の本体に振動で駆動する運動機構を組み込み開発されました。
- ロコモーションと地形のナビゲーション: Leafbotは、その形態学的な設計により、平坦や斜面、起伏のある地形や障害物がある複雑な地形での効率的な横断(ロコモーション)を可能としました。
- 最高速度: 高周波による振動にて、Leafbotの最高速度は、平坦な道を最高速度5 BL/s(体長毎秒)を達成しました。
- テラダイナミクスの解析: 本研究では、事前に定義した条件下でLeafbotの地形横断能力を評価しました。またLeafbotに組み込まれる運動機構を3パターン設計し、性能比較を行いました。
- 実験による分析:ロコモーションダイナミクスを解析するため、数学モデルを開発し、実験を行いその検証を行いました。
- 本研究の応用: Leafbotは人間が直感的に操作しやすいため、配管などの狭所や複雑な地形を持つ環境下での検査作業の容易化が期待されます。
| 北陸先端科学技術大学院大学(学長:寺野稔、石川県能美市)ナノマテリアル・デバイス研究領域のHo Anh Van教授が、NGUYEN, Linh Viet大学院生(博士後期課程)、NGUYEN, Khoi Thanh 大学院生(博士後期課程)らの研究チームを率い、柔軟素材を用いた機構とボディ一体型のシート状ソフトロボット「Leafbot」を開発しました。Leafbotは足やボディと一体化し、振動により駆動する画期的な機構を持ちます。これにより効率的な移動と地形ナビゲーションを実現しました。また、本研究により、Leafbotは、斜面や険しい路面を含む複雑な地形を横断する能力が示され、配管など狭所で複雑な環境下での応用の可能性があり、ソフトロボティクスの進歩に大きく貢献することが期待されます。 |
【研究の背景と内容】
柔軟素材を用いたソフトロボットは、その柔軟性と適応性により、硬さを持つ剛体ロボットでは適応が困難な環境への適応を可能とするため、大きく注目されています。ソフトロボットにはこのような利点があるにも関わらず、移動ソフトロボットの分野では、複雑な地形での効率的な移動の実現が未だ根強い課題として挙げられます。現在の移動ソフトロボットの設計は、振動を利用した機構を持つ移動ソフトロボットが得意な平坦な地形での移動に重点を置く傾向が見られます。しかし、それらは、斜面や障害物が存在する道、凹凸のある不規則な地形での移動には限界があります。このような限界は、実世界の条件下で、一体として機能する材料特性や動的設計、ロコモーション戦略(ロボットの運動・移動の計画)を統合することの難しさの起因となっています。
Leafbot(図1)は、複雑な地形での効率的なロコモーションという重要な課題に取り組んだ移動ソフトロボットの分野における画期的な成果です。Leafbotの特徴は、柔軟性・耐久性・適応性を兼ね備えたシリコンゴム製のシート型のソフトボディです。このロボットの核となる機構は、移動を行う環境とダイナミクス(動力学)な動きに相互作用する振動により駆動する機構です。

図1: (A)リーフボットのコンセプト、(B)Leafbotの設計
Leafbotの足は、曲率と弾力性を追求した形状をしており、凹凸のある地形と相互作用を最適化するだけでなく、非対称な摩擦力を利用して前進するための推進力を得ることができます。この足の設計は、多様な地形への適応性を持つだけでなく、限定された条件下で急斜面を乗り越えることを可能としています。
本研究チームは、手足の数が異なる3つのパターンのLeafbot(Leafbotの手足の数により3、5、9とナンバリング)を開発し、その動作検証を行いました。その結果、手足の数が多いほど摩擦が増加し、地形への適応性が向上しました。その一方で、手足の数が少なければ、より高速の移動が可能となることが示されました。Leafbotは、平坦な地形(道)において、最高速度5 BL/s(体長/秒)を達成します。さらに、このロボットは半円形の障害物のある道や険しい地形、斜面を移動する際にも卓越した性能を発揮しました。これはLeafbotが困難な環境下に適していることを証明しています。加えて、この研究では、Leafbotにロコモーションダイナミクスを解析する数値モデルを設計し、様々な条件下でのパフォーマンスを理解するための枠組みを提供します。

図2: Leafbot-X5は環境の凹凸をナビゲートし、2次元空間で操縦できる
Leafbotは、移動ソフトロボットが持つ行動能力を平坦な地形から拡大することで、この分野に新たな基準を打ち立てます。この技術は、工業検査や狭所の捜索救助活動、整地されていない農地の監視などへの用途で予想されます。さらに、Leafbotの柔軟でフレキシブルな構造は、平らな場所であれば起伏のある地形でも移動することが可能です。この機能は、2次元空間での操縦性を持たせるため、より多くの動力源(振動源)を搭載することで実現しました。また、改良型Leafbot-X5は、形態学的な手足も同様に、Leafbotが環境の凹凸に適応することを可能にしました(図2)。将来的には、より優れたエネルギー効率を実現するため、設計を改良し、また自律的なナビゲーションのために感覚システムを組み込み、多様な環境で耐久性・性能の担保・向上させるために新素材を追求する予定です。
【論文情報】
| 掲載誌 | IEEE Transactions on Robotics (T-RO) |
| 論文題目 | Terradynamics of Monolithic Soft Robot Driven by Vibration Mechanism |
| 著者 | Linh Viet Nguyen; Khoi Thanh Nguyen; and Van Anh Ho |
| 掲載日 | 2025年1月24日 |
| DOI | 10.1109/TRO.2025.3532499 |
【用語説明】
モノリシックとは、Leafbotのように、ロボットのボディに繋ぎ目がなく一体であり、耐久性・柔軟性・適応性が高められていることを指します。
令和7年2月17日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2025/02/17-1.html文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ(ARIM)第3回公開講座「原子間力顕微鏡の原理と応用」
| 日 時 | 令和7年3月25日(火)13:00~17:00 |
| 場 所 | JAISTナノマテリアルテクノロジーセンター 2F会議室 マテリアルサイエンス系研究棟Ⅳ 4F(M4-45) |
| 受講料 | 5,200 円(税込) |
| 定 員 | 5名(先着順、定員になり次第締め切らせていただきます) |
| 申込み | 以下の情報を記入し、マテリアル先端リサーチインフラ事務局(arim@ml.jaist.ac.jp)までメールでお送りください。 • 氏名(ふりがな) • 勤務先・職名 • 受講の目的 • 本講座に期待すること • 書類送付先 • 電話番号 • メールアドレス 下記URLからもお申し込みいただけます。 URL: https://forms.gle/AbzSsQmPKp4nLPXx5 |
| テーマ | 原子間力顕微鏡の原理と応用 |
| 講 師 | 安 東秀 ナノマテリアル・デバイス研究領域 准教授 伊藤 暢晃 ナノマテリアルテクノロジーセンター 技術専門職員 |
| 概 要 | 近年ではブラックボックスとなってしまったAFM装置の原理を基礎から学びます。 そのうえで、JAISTのAFM設備を用いて標準的な観察と応用観察の実習を行います。 |
穴水町立向洋小学校にてリフレッシュ理科教室に参画
10月4日(金)に、公益社団法人応用物理学会主催の能登半島地震被災地支援出張リフレッシュ理科教室が石川県穴水町立向洋小学校で開催され、本学から、ナノマテリアル・デバイス研究領域の安 東秀准教授が参画し、活動支援にあたりました。
趣旨:
本理科教室は、令和6年1月1日に発生した能登半島地震により被災した穴水町の向洋小学校児童・教員、および保護者の慰問、励ましを第一の目的として、応用物理学会のリフレッシュ理科教室WGが各支部・分科会に参加を募って実施するものです。
併せて、応用物理学会が青少年の理科離れを憂慮し開催している「リフレッシュ理科教室」の理念も念頭に置き、小中学校の先生の理科教育に関するリフレッシュ(物理現象の体験とその原理の理解を通じて理科教育を考える)と、実験工作を自ら体験することによって、参加児童が理科への興味と、自然現象・物理現象への理解を高める機会を提供することを目的としています。
演示実験と工作テーマ:
演示実験:「空気のサイエンスショー」
工作:低学年用(1、2、3年生)
怪力ボックス(パスカルの原理によるエアジャッキ)
高学年用(4、5、6年生)
リサイクルスライダー(磁石利用による鉄、アルミ、プラスチック分別)
最初に、体育館で全生徒38名を対象に空気の圧力を感じるサイエンスショーが実演されました。空気や水の力でさまざまな球や重いものを持ち上げる実験では、ボウリングの球を持ち上げた際に、子どもたちから大きな歓声があがっていました。
その後、低学年16名が空気の力で重いものを持ち上げる「怪力ボックス」を作製しました。高学年21名はフェライト磁石、ネオジウム磁石を用いて、スチール、アルミニウム、プラスチックコイン等の異なる材質のコインを仕分ける「リサイクルスライダー」を作製しました。
最後に修了式が行われ、様々な実験手法が掲載された工作の本、自分の名前入り鉛筆セット等がプレゼントされました。
各演示実験と工作テーマのいずれも、動きや変化がわかりやすいように工夫されており、児童が楽しく、面白く感じられる内容となっていました。今後も応用物理学会のリフレッシュ理科教室WGと連携して参加(主催も含めて)を検討していきます。






令和6年10月21日
出典:JAIST お知らせ https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/info/2024/10/21-4.htmlソフトロボットハンドを農業の未来に
ソフトロボットハンドを農業の未来に
【ポイント】
- 柔軟性を持つ素材で作られたスキンが回転運動で変形することにより、大きさの異なる農作物を優しく掴んで収穫する汎用ソフトロボットハンド「ROSEハンド」に対し、有限要素解析ソフト「Abaqus」を用いて、把持動作によるスキンの変形に関する非線形解析を行いました。
- この解析により、把持性能や材料特性、幾何学的なパラメータなど、形態学的特徴の関係性を調査しました。
- 農作物の収穫など挑戦的な活用における「ROSEハンド」の可能性を示唆するデモンストレーションを行いました。
| 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)(学長・寺野稔、石川県能美市)ナノマテリアル・デバイス研究領域のHo Anh Van准教授、人間情報学研究領域のNguyen Huu Nhan助教、Nguyen Thanh Khoi大学院生(博士後期課程)らの研究グループは、実環境における様々な種類の農産物を収穫するため、座屈現象を利用した新しいソフトロボットハンドを提案しました。 |
【研究の内容】
近年、産業用ロボットの導入により、ロボットハンドは様々な業界において必要不可欠となっています。特に、農業分野では包装や収穫作業等、幅広く使用されています。農業の発展に伴い、ロボットハンドが対象とする農作物は、それら特有の幾何学的な形状や物理特性に合わせて、多種多様となってきています。その複雑性は、農業特有の技術的要件と相まって、従来のロボットハンドの課題となっています。そのため、形状やサイズ、質感など様々な属性を持つ農作物に適応可能な汎用性の高いロボットハンドの需要が高まっています。
既存の手法において、ロボットハンドは、データに基づくモデルによって生成される複雑な制御や動作計画に依存しています。これには膨大なデータベースと複雑な設計を必要とするため、既存の手法では限界になってきています。そのため、革新的な解決法の開発が急務となっています。以前、我々のグループでは、新たなソフトロボットハンドである「ROSE(ROtation-based Squeezing GrippEr)ハンド」を開発しました(※)。これは農業における実環境下の収穫作業に対し、よりシンプルで効果的な方法を提供するものです。(図1A)。
(※) https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/07/14-1.html
「ROSEハンド」は、薄く柔らかい弾性体である内側と外側の2枚の層で形成されています。これらの層の間には空間があり、内側の層を回転させることにより層が変形し、「ROSEハンド」本体の内部に「しわ」が生じます。(図1B)。この特有な変形によって、この中央の空間は徐々に収縮し、この空間内にある対象物を優しく掴むことが可能となります。
本研究では、「ROSEハンド」が持つ「掴む」メカニズムを最適化するため、柔らかい素材の複雑な非線形変形をシミュレーションすることができるソフトウェア「Abaqus」を使用しました。非線形性を持つ弾性体は、変形(曲げることや伸びること)しても元に戻る特性を持ちます。その力学的な挙動をモデリングすることは大きな課題となっています。「Abaqus」は、この特性に対処する高度なコンポーネントと制御モジュールを備えており、「ROSEハンド」が持つ複雑性について正確なシミュレーションを行うことができます。
「ROSEハンド」の機能の根幹には、回転動作により発生する「しわ」が生じる「ねじり」の現象があります。「ROSEハンド」の内側の層が外部モータによって「ねじり」の運動を受けると、外側の層と内側の層で「ずれ」が生じます。(図1A)。この「ずれ」は、「ROSEハンド」の縁周辺に不均一な「ひずみ」をもたらし、この「ひずみ」がある点から力が加わると「しわ」の形成に繋がります。この「しわ」によって、「ROSEハンド」の縁が狭まることにより、把持動作が可能となっています。「Abaqus」によるシミュレーションの結果、形態学的な特徴(高さ、直径、厚さ)と把持機能の相関関係が明らかになりました。この発見により、「ROSEハンド」の形状設計を最適化することで、全体的な性能を向上させることができ、これにより改良された「ROSEハンド」で、従来のロボットハンドでは困難であった様々なタスクを検証しました。
本研究では、農業での「ROSEハンド」の実用化が収穫作業における画期的な変化となり得ることを見出しました。農作物のようなデリケートなものを扱うには、従来のロボットハンドでは様々なハードルがありましたが、改良後の「ROSEハンド」は様々な形状や質感に適応可能なため、収穫のような作業に非常に効果的です。

図1. ROSE Design and Wrinkles formation mechanism.
本実験では、「ROSEハンド」でキノコ(図2A)やイチゴ(図2B)のような作物の収穫を行いました。これらのように柔らかい・硬いに関わらず確実に把持することができ、収穫作業の高い成功率を保証することができました。この「ROSEハンド」による収穫機能は、収穫作業の効率を向上させるだけでなく、高齢化に直面している地域での労働力不足にも効果があります。収穫作業を自動化することにより、「ROSEハンド」は農業の持続可能な効率化に貢献し、農業の未来に不可欠なツールとなります。

図2. A) ROSE harvesting mushroom and B) ROSE harvesting strawberry
【今後の展開】
この研究成果がもたらすインパクトは、科学的な研究とその応用の両方から述べることができます。まず、科学的なインパクトは、世界で初めて弾性体の持つ「しわ」の現象を把持機能へ応用したことです。「ROSEハンド」は、通常のロボット設計者が持つ弾性体に現れる「しわ」を引き起こす「たわみ」が望ましくないという一般的な考えを変えることができます。次に、応用面では、「ROSEハンド」の実用性は様々な分野の用途で有望視されています。例えば、「ROSEハンド」の持つ特性により、食品工場などにおける食品のハンドリングや本研究で示した農業の収穫だけでなく、箱詰めのような他の農作業へも利用することが可能です。
本研究では、「ROSEハンド」が農作業の自動化に貢献できることを明らかにしました。また、「ROSEハンド」の活用を他分野に応用することを視野に入れ、日本が直面している労働力不足解消に重要な役割を担うことが期待されます。
本研究成果は、2024年9月23日に、ロボティクス分野の主要ジャーナル「International Journal of Robotics Research」(米国SAGE Publications社)に掲載されました。
【論文情報】
| 雑誌名 | International Journal of Robotics Research |
| 論文題目 | Soft yet secure: Exploring membrane buckling for achieving a versatile grasp with a rotation-driven squeezing gripper |
| 著者 | Khoi Thanh Nguyen, Nhan Huu Nguyen, and Van Anh Ho |
| DOI | 10.1177/02783649241272120 |
令和6年9月26日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2024/09/26-1.html能美市の中学生の皆さんが来学
8月26日(月)、能美市の中学2年生20名の皆さんが施設見学のため来学しました。
中学生の皆さんは、能美市と沖縄県恩納(おんな)村との教育交流パートナー事業に基づき、9月に沖縄科学技術大学院大学(OIST)を訪問されます。その前に地元にある本学(JAIST)について知り、その後にOISTを見学することで両大学の違いや特徴を認識し、結果としてより学習効果が高まることを目的として、JAISTに見学に来られました。
貴重図書室の『解体新書』(杉田玄白著)や情報社会基盤研究センターの大規模並列計算機「KAGAYAKI」、ナノマテリアルテクノロジーセンターを見学した後、ナノマテリアル・デバイス研究領域のホ アン ヴァン准教授の研究室を訪問しました。ホ准教授と研究室の学生がソフトロボットの実演を行い、中学生の皆さんは科学技術を楽しく学ぶことができたようです。

貴重図書室の見学

大規模並列計算機KAGAYAKIの見学

ナノマテリアルテクノロジーセンターの見学

ホ研究室にてソフトロボットの実演
令和6年9月4日
出典:JAIST お知らせ https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/info/2024/09/04-1.htmlマルチモーダルセンシングを行う触覚センサにより人とロボットの協働をより安全に
マルチモーダルセンシングを行う触覚センサにより
人とロボットの協働をより安全に
【ポイント】
- 柔らかい素材を用いた連続体ロボット用触覚センサの形状復元情報の取得や接触検出を行うDeepLearningモデルを含む統合的なマルチモーダルセンシングプラットフォームを開発しました。
- 知覚情報を用いたロボットアームの動きを決定するアドミタンスベースコントローラにも取り組みました。
- 今後、このプラットフォームに基づいて、柔らかい素材を用いたセンサやロボットへの応用を期待します。
| 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)(学長・寺野稔、石川県能美市)ナノマテリアル・デバイス研究領域のHo Anh Van准教授、Nguyen Tai Tuan大学院生(博士後期課程)、Luu Khanh Quan大学院生(博士後期課程)及びハノイ工業大学(ベトナム)のNguyen Quang Dinh博士の研究チームは、ソフトロボットのための新しい触覚センシングプラットフォームを開発しました。 |
【研究の内容】
本研究では、柔らかいスキンを持つ柔軟なロボットアーム用に設計した"ConTac"と呼ばれる新たなビジョンベースの触覚センシングシステムを開発しました。このシステムは、ロボットアームの位置推定と触覚検出を行うことが出来ます。また、シミュレーション上のデータで訓練した二つのDeepLearningモデルを使用しており、追加の調整を行うことなく実世界のデータで動作することが可能です。このシステムにおいて、二つの異なるロボットモジュールでテストし、その有効性を確認しました。さらに、形状情報と触覚情報を利用する制御戦略を開発し、ロボットアームが衝突に適切に対応できるようにしました。これらにより、このアプローチは、柔軟性の高いロボットの知覚と制御を大幅に改善できる可能性があることを解明しました。
自然界では象の鼻やタコの足など器用な動きをする体が存在します。本研究チームは、これらの自然構造の原理をロボットへ応用することで、高い堅牢性や安全性を備えた連続体ロボット[1]の開発を目指しています。
連続体ロボットは、ほとんどのタスクで必要となる自由度(DOF)よりも多くの自由度を持ち、剛体ロボットと異なる柔軟性や器用さにより、不測の事態へ対応可能です。特に、障害物や外乱などがある環境下で真価を発揮します。しかし、連続体ロボットのように柔軟性の高いロボットは、動作中に複雑な屈曲やカーブを描くため、形状や動きを正確に把握することが課題です。解析により、これらのロボットの運動学・動力学的問題を解決することは可能ですが、複雑なモデリングが必要となります。
解析とは別のアプローチとして、連続体ロボットに組み込まれた柔軟性を持つセンサを用いる方法があります。このセンサは、ロボットの表面に取り付けたり、覆ったりすることが出来ますが、この方法では多くの低解像度センサを必要とし、システムが大型になってしまうという欠点があります。そのため、ロボットやアクチュエータの端に1つのセンサモジュールを使用し、大型化を避ける効率的な解決策が求められていました。ところが、これまでの研究では、ロボットの姿勢推定に重点が置かれており、ロボットの柔軟性に対応するための接触検出は含まれていませんでした。
この問題に取り組むため、本研究チームは柔らかいスキンを持つロボットアームの形状を推定し、接触を検出できるConTacシステムを開発しました(図1)。このシステムの最終的な目標は、連続体ロボットに実装することですが、本研究では、検証のため柔らかいスキンを持つ多関節ロボットアームを用いて"知覚"に焦点を当て、開発を行いました。このシステムには、連続体ロボットのような屈曲動作が可能な骨格、マーカー付きの柔らかいスキン、スキンの変形を撮影するカメラ、スキンの形状と触覚のセンシングモデル及び接触機構が含まれます。また、キャリブレーションを行うことなく、同じ機構や形態を持つあらゆるロボットに適用することが出来ます。さらに、知覚情報を用いてロボットアームの動きを決定するアドミタンスベースコントローラ[2]を開発しました。

図1:ConTac概要。人間がロボットに触れると、ロボットは衝突を避けるために動きを変える。
本研究チームが開発を行ったConTacは、複雑な調整を必要とせず、様々なロボットアームで使用することを目指しています。これを実現するために、シミュレーションデータのみで学習させたDeepLearningモデルを用いました。これらのモデルは実際のロボットへ適応できるため、時間とリソースを短縮できます(図2)。ConTacシステムを搭載した柔軟なロボットアームは、ロボットが障害物の多い環境をナビゲーションし、人間とロボットが安全に作業することが求められるスマート農業やヘルスケアサービスに適しています。また、その柔らかさと柔軟的な機構は、周囲の環境を感知する能力が組み合わさり、植物や患者などへの安全なインタラクションでもあります。

図2:ConTacフレームワーク。センシングモデルの開発には、シミュレーション環境によるトレーニングデータの収集が用いられる。このシステムを搭載したロボットは、人間とロボットのインタラクションに用いられることが期待されている。
【今後の展開】
将来的に、既存のロボットシステムに簡単に組み込むことができる触覚センサの開発が期待されます。この進歩により、新しいセンシングと制御手法が導入されれば、ロボット本来の設計に変更を加えることなく、人間とロボットの安全な相互作用が促進されます。すべてのロボットが触覚を持つ社会となれば、産業と日常生活などに大きな変革をもたらすこととなります。
本研究成果は、2024年7月15日から19日にかけてオランダのデルフトで開催の、ロボティクス研究会におけるトップカンファレンス「ROBOTICS: SCIENCE AND SYSTEMS」で発表されました。
【論文情報】
| 論文題目 | ConTac: Continuum-Emulated Soft Skinned Arm with Vision-based Shape Sensing and Contact-aware Manipulation |
| 発表先 | Robotics: Science and Systems (RSS) |
| 著者 | Tuan Tai Nguyen, Quan Khanh Luu, Dinh Quang Nguyen, and Van Anh Ho* |
| URL | https://enriquecoronadozu.github.io/rssproceedings2024/rss20/p097.pdf |
【用語解説】
令和6年8月6日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2024/08/06-1.html学生のLIUさんがICT/ECT 2024においてThe ICT2024 Outstanding Poster Prizeを受賞
学生のLIU, Ruianさん(博士後期課程3年、サスティナブルイノベーション研究領域、小矢野研究室)が40th International & 20th European Conference on Thermoelectrics (ICT/ECT 2024)においてThe ICT2024 Outstanding Poster Prizeを受賞しました。
国際熱電学会とヨーロッパ熱電学会が後援するICT/ECT 2024は、第40回国際熱電会議と第20回ヨーロッパ熱電会議の合同会議で、AGHクラクフ大学が主催し、ポーランド(クラクフ)にて令和6年6月30日~7月4日にかけて5日間にわたり開催されました。
国際熱電会議(ICT)は、理論とモデリング、物理現象、新素材、測定技術、熱電デバイス、システム、アプリケーションなどあらゆる側面を網羅するトピックを取り扱う、熱電変換技術に関する最も主要な国際会議であり、化学、物理学、材料科学の分野における新しいアイデアや発見、また熱電変換の進歩に寄与する産業およびエネルギー分野における実用的な応用について議論する場を提供しています。
ICT/ECT 2024では約300件のポスター発表があり、その中から優れた発表を行った8件の発表者に対してThe ICT2024 Outstanding Poster Prizeが授与されました。
参考:ICT/ECT2024
ICT/ECT2024参加レポート
■受賞年月日
令和6年7月3日
■研究題目、論文タイトル等
Investigation of lattice anharmonicity in Se-doped Bi2Te3 based on temperature-dependent Raman spectroscopy
■研究者、著者
劉鋭安(LIU, Ruian)、宮田全展、小矢野幹夫
■受賞対象となった研究の内容
SeドープのBi2Te3は、高性能なn型熱電材料としてインターネット光通信レーザーの温度制御などに広く応用されており、その熱電物性はよく調べられている。しかしながらこの機能性材料の低熱伝導率の原因であるフォノン散乱過程に関する実験はほとんど行われていない。私は、Seのドープ量を系統的に変化させたBi2Te3-xSex材料を合成し、ラマン散乱ピークの半値幅の温度依存性の解析から、結晶歪みやSe置換量による格子の非調和振動の変化を詳細に調べた。その結果、3次の非調和項の寄与が支配的である一方、4次以上の非線形的な非調和振動項はほとんど寄与しないことを明らかにした。いままでこの物質の低い熱伝導率は高次の非調和格子振動によるものと考えられていたが、私の実験結果はその考え方に修正をもたらすものであり、より現実的な低熱伝導率の原因の解明につながる重要な成果である。
■受賞にあたって一言
この度は、国際熱電会議よりThe ICT2024 Outstanding Poster Prizeを拝受しましたこと、誠に光栄に存じます。この表彰は私個人の力だけではなく、日々ご指導を賜りました小矢野幹夫教授、宮田全展講師(現産業技術総合研究所)をはじめ、研究室の皆様のお陰です。この場をお借りして心より深く感謝を申し上げます。また、渡航諸費用にご支援を頂いた丸文財団にも厚く御礼申し上げます。


令和6年7月26日
出典:JAIST 受賞https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/award/2024/07/26-1.html機械学習を用いた太陽電池用シリコン薄膜堆積条件の新たな最適化手法を開発
|
国立大学法人 国立研究開発法人理化学研究所 |
機械学習を用いた太陽電池用シリコン薄膜堆積条件の
新たな最適化手法を開発
ポイント
- 実用で頻出する制約(膜厚制限や実現不可能な実験条件排除)を考慮した「制約付きベイズ最適化」を開発
- 制約内の実験条件範囲でキャリア再結合抑止能力が最良となる薄膜堆積を少ない実験回数で実現
- 太陽電池製造や薄膜堆積に限らず広く応用可能な手法として期待
| 北陸先端科学技術大学院大学 (JAIST)(学長・寺野稔、石川県能美市)の大橋亮太大学院生(博士前期課程)、Huynh, Thi Cam Tu特任助教(サスティナブルイノベーション研究領域)、東嶺孝一技術専門員(ナノマテリアルテクノロジーセンター)、大平圭介教授(サスティナブルイノベーション研究領域)と、理化学研究所革新知能統合研究センターの沓掛健太朗研究員は、結晶シリコン太陽電池に用いられる薄膜のシリコン堆積条件を最適化する新たな手法を開発した。 |
本研究グループではこれまで、触媒化学気相堆積(Cat-CVD)法*1を用いた太陽電池用薄膜形成に取り組んできた。特に、非晶質シリコン膜と結晶シリコン基板との接合からなるシリコンヘテロ接合太陽電池*2は、低損傷での膜堆積が可能なCat-CVDの優位性が生かせることから、有用な応用先として注力している。この製膜においては、多数の製膜パラメータが存在するため、太陽電池出力を最大化する最適製膜条件の発見には、一般に膨大な実験回数(試行錯誤)を要する。
このような実験条件の最適化問題に対して、「ベイズ最適化」*3と呼ばれる、機械学習を応用した逐次最適化法が、最近よく使用されている。しかし、太陽電池出力の最大化のみを目的とした単純なベイズ最適化では、次の実験条件で得られる膜の厚さを規定する機能は無く、デバイス動作上問題が生じるような厚膜が形成されうる。また、ベイズ最適化によって提示される実験条件が、実現不可能な組み合わせ(例えばガス流量と製膜装置のポンプの排気能力の不整合)となる可能性がある。
本研究では、これらのベイズ最適化における実践的な問題を解決するための、「制約付きベイズ最適化」を開発した。この手法では、未実施の実験条件のうち、製膜装置の仕様上実現が困難な実験条件を機械学習による予測に基づいてあらかじめ排除し、残りの条件の中からキャリア再結合抑止性能を最良化する可能性のある実験条件を提示させるよう工夫した。さらに、一定の製膜時間における予測膜厚を提示させる機能を持たせ、所望の膜厚を得るための製膜時間を逆算できるよう設計した。これらの制約を組み込むことで、製膜装置が実現可能な条件の範囲内でかつ一定の膜厚を有し、キャリア再結合抑止性能を最良化するベイズ最適化の手順を進行させることが可能となった。開発した「制約付きベイズ最適化」を用いることで、わずか8回のサイクルにより最適な製膜条件に到達し、20回のサイクルでベイズ最適化工程が完了した。また、本ベイズ最適化の提示に従って複数の製膜パラメータを広い範囲で変化させた結果、高いキャリア再結合抑止性能の実現には、製膜時の基板温度と原料ガスであるSiH4の流量の組み合わせが重要であることも見出した。
本研究で得られた手法は、太陽電池製造や薄膜堆積に限らず、幅広い分野や試料作製に適用可能な手法として期待される。

「制限付きベイズ最適化」の流れ
【論文情報】
| 雑誌名 | ACS Applied Materials and Interfaces(米国化学会) |
| 題目 | High Passivation Performance of Cat-CVD i‑a-Si:H Derived from Bayesian Optimization with Practical Constraints |
| 著者 | Ryota Ohashi, Kentaro Kutsukake, Huynh Thi Cam Tu, Koichi Higashimine, and Keisuke Ohdaira |
| 掲載日 | 2024年2月8日 |
| DOI | 10.1021/acsami.3c16202 |
【用語説明】
加熱触媒体線により原料ガスを分解し、薄膜を堆積する手法。原料ガスの分解時にイオンが生成されないため、イオンの衝突による結晶シリコン表面への損傷が起こらず、良好な薄膜/基板界面が得られる。
結晶シリコンウェハと非晶質シリコン膜の接合を基本構造とする太陽電池。非晶質シリコン膜により、結晶シリコン表面に存在する結晶欠陥が有効に不活性化され、キャリア再結合が抑えられる結果、汎用の結晶シリコン太陽電池と比べて高い電圧が得られる特長がある。
形状が不明な関数の最大値や最小値を得るための手法の一種。既知である実験条件(入力)とその結果(出力)のデータセットから、未実施の実験条件における結果の予測値を、不確かさ(標準偏差)とともに推定し、不確かさも含めて予測値が最良となる条件で次の実験を行う。その実験で得られた結果を含めて予測値を推定し直す。これを繰り返し、少ない実験回数で最適な実験条件を得る。
令和6年2月19日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2024/02/19-1.html令和5年度第3回全学FDを開催
1月19日(金)、「研究連携のすゝめ」というテーマで、Web会議にて令和5年度第3回全学FDを開催し、100名余の教職員が参加しました。
神田 陽治研究科長の挨拶に続き、村田 英幸教授(ナノマテリアル・デバイス研究領域)の進行で学内外における研究連携の推進に関する講演が4名の本学教員によって行われました。
講演者と講演タイトルは次の通りです。
- 前園 涼教授(サスティナブルイノベーション研究領域):
「External collaboration triggered by unexpected sources(瓢箪から駒の対外連携)」 - Dam Hieu Chi教授(共創インテリジェンス研究領域):
「Interdisciplinary Research Adventure: Naivety, Fidelity, Curiosity, and the Joy of Integrating Diverse Fields」 - 谷池 俊明教授(物質化学フロンティア研究領域):
「What we think of when conducting research collaboration(共同研究を行う際に考慮すること)」 - Sakti Sakriani准教授(人間情報学研究領域):
「Beyond Boundaries: Opportunities and Challenges in Global Collaboration」
閉会挨拶では、村田教授から、「共同研究における研究チームの人数が少なく、物理的距離が近い場合に、革新的な研究成果が生まれやすい」という研究報告があることが紹介されました。
事後アンケートでは、74名からの回答のうち95%の参加者から今回のFD参加によって新たな学びがあったという回答があり、「広い切り口のテーマに対し、各教員の視点・実績から、うまくまとめた発表だった」、「それぞれに特色があり、異なる気付きを得られた」、「実体験に基づいた講演は、今後の活動において参考になる」、「もっと国際的な研究連携に積極的になりたいと思った」、「JAISTの教員が協力し、国際的研究連携に積極的な雰囲気を作ることで、より良い大学になると思った」などの感想が寄せられました。
世界トップレベルの研究を目指す大学として、本FDが学内外との共同研究に対する前向きな雰囲気を醸成するきっかけとなり、具体的な共同研究の実施へと結び付くことが期待されます。
令和6年1月26日
出典:JAIST お知らせ https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/info/2024/01/26-1.htmlMoS2ナノリボンのエッジが示す特異な力学特性の観測に成功
MoS2ナノリボンのエッジが示す特異な力学特性の観測に成功
ポイント
- 雷、加速度、ガス、臭気などの環境電磁界を計測するセンサーの開発に必要な要素技術として、機械共振器がある。
- ナノスケールの超薄型機械共振器として期待されている、単層2硫化モリブデン(MoS2)・ナノリボンのヤング率測定に成功した。
- リボン幅が3nm以下になると、ヤング率がリボン幅に反比例して増加する特異な性質を発見した。
- リボンのエッジ部分における原子配列の座屈がエッジの強度を高める要因であることを、計算科学手法を用いて解明した。
| 北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)ナノマテリアル・デバイス研究領域の大島義文教授は、サスティナブルイノベーション研究領域の前園涼教授、本郷研太准教授、鄭州大学物理学院の刘春萌講師、張家奇講師らと、独自に開発した顕微メカニクス計測法を用いて、リボン状になった単層2硫化モリブデン(MoS2)膜の力学性質を調べ、リボンのエッジ部分の強度が、リボンの内部より高いことを明らかにした。 単層MoS2ナノリボンは、ナノスケールの超薄型機械共振器への応用が期待されているが、その力学性質の解明が課題となっている。ナノリボンの力学性質について、そのエッジ部分の影響が予想されており、第一原理計算による予測値は報告されているが、明確な結論が得られていない。本研究では、世界唯一の手法である「顕微メカニクス計測法」を用いて、単層MoS2ナノリボンの原子配列を観察しながら、そのばね定数を測定することに成功した。解析の結果、エッジがアームチェア構造である単層MoS2ナノリボンのリボン幅が3nm以下になると、ヤング率が増加することを発見した。リボン幅の減少とともにエッジ構造の物性への寄与が大きくなるため、この結果は、エッジ強度が内部に比べて高いことを示す。 このエッジ構造を第一原理計算で調べたところ、エッジにおいてモリブデン(Mo)原子が座屈しており、硫黄(S)原子へ電荷が移動していることが示唆された。このことから、両原子間に働くクーロン引力の増加が、エッジ強度を高めることに寄与したと説明できる。 |
【研究の背景】
シリコンをベースとした半導体デバイスを凌駕する新奇ナノデバイスの開発、あるいは、加速度、ガス、雷などの環境電磁場を測定するセンサーの開発が精力的に行われている。このような開発に必要な要素技術として、機械共振器[*1]がある。従来、高い剛性を持ち、かつ、高品位な結晶が得られることから水晶が機械共振器として用いられてきたが、近年、ナノスケールの超薄型機械共振器が求められており、その有力候補として単層2硫化モリブデン(MoS2)のナノリボン(ナノメートルサイズの幅に切り出した帯状物質)が挙げられている。しかし、単層MoS2ナノリボンの力学性質は、明らかになっていない。その理由として、物質の力学特性を理解するためには、力学的応答を測定すると同時に材料の結晶構造や形状を観察する必要があるが、そのような観察手法が確立されていないことが挙げられる。
従来手法では、原子配列を直接観察できる透過型電子顕微鏡(TEM)にシリコン製カンチレバーを組み込んだ装置を用いて、カンチレバーの曲がりから測定対象材料に加えた力を求め、それによって生じた変位をTEM像で得ることで、ヤング率(変形しやすさ)を推量している。しかし、この測定法は、個体差があるカンチレバーのばね定数を正確に知る必要があり、かつ、サブオングストローム(1オングストローム(1メートルの100億分の1)より短い長さのスケール)の精度で変位を求める必要があるため、定量性が十分でないと指摘されている。
【研究の内容】
大島教授らの研究グループは、2021年、TEMホルダーに細長い水晶振動子(長辺振動水晶振動子(LER)[*2])を組み込んで、原子スケール物質の原子配列とその機械的強度の関係を明らかにする「顕微メカニクス計測法」[*3]を世界で初めて開発した。この手法では、水晶振動子の共振周波数が、物質との接触による相互作用を感じることで変化する性質を利用する。共振周波数の変化量は物質の等価バネ定数に対応しており、その変化量を精密計測すればナノスケール/原子スケールの物質の力学特性を精緻に解析できる。水晶振動子の振動振幅は27 pm(水素原子半径の約半分)と微小なため、TEMの原子像がぼやけることはない。この手法は、上述した従来手法の問題点を克服するものであり、結果として高精度測定を実現した。
本研究では、この顕微メカニクス計測法を用いて、単層MoS2ナノリボンの力学性質を測定した。特に、アームチェア構造のエッジを持つMoS2ナノリボンに着眼し、そのヤング率の幅依存性について調べた。
具体的には、単層MoS2ナノリボンは、MoS2多層膜の端にタングステン(W)チップを接触させ、最外層のMoS2層を剥離することで作製した(図1)。図2に示す2枚は、それぞれ、同じ単層MoS2ナノリボンを断面から観察したTEM像(2-1)と平面から観察したTEM像(2-2)であり、単層MoS2ナノリボンが、MoS2多層膜とWチップ間に担持した状態にあることが確認できる(図3のイラストを参照)。また、エッジ構造は、平面から観察したTEM像のフーリエパターンから判定でき、アームチェア構造であることが分かった。この平面から観察したTEM像から、ナノリボンの幅と長さを測定し、それに対応する等価ばね定数をLERの周波数変化量から求めることで、このナノリボンのヤング率を得た。図3右側のグラフは、異なるリボン幅に対するヤング率をプロットした結果である。
同グラフから、リボン幅が3 nm以上では、ヤング率は166 GPa前後でほぼ一定であり、一方、リボン幅が2.4 nmから1.1 nmに減少すると、ヤング率は179 GPaから215 GPaに増加することがわかった。リボン幅の減少とともに物性へのエッジ構造の寄与が大きくなることを考慮すると、この結果は、エッジ強度が内部に比べて高いことを示す。
さらに、このアームチェア構造を第一原理計算で調べ、アームチェア・エッジにおいてモリブデン(Mo)原子が座屈し、硫黄(S)原子へ電荷が移動しているという結果を得た。このことから、両原子間に働くクーロン引力が増加することによりエッジ強度が高くなったと説明できた。
本研究成果は、2023年9月11日に科学雑誌「Advanced Science」誌のオンライン版で公開された。
【今後の展望】
現在、雷、加速度、ガス、臭気などの環境電磁界を計測するセンサーの開発が精力的に行われている。このようなセンサーの開発に必要な要素技術の一つが機械振動子である。本研究の成果は、ナノスケールの超薄型機械的共振器の設計を可能にする。近い将来、これを用いたナノセンサーがスマートフォンや腕時計などに組み込まれ、個人がスマートフォンで環境をモニタリングしたり、匂いや味などの情報を数値としてとらえ、自由に伝えることができる可能性がある。

|
図1.MoS2多層膜の端にタングステン(W)チップを接触し、最外層の単層MoS2膜を剥離する過程を示したイラスト
図2.同じ単層MoS2ナノリボンを断面から観察したTEM像(2-1)と平面から観察したTEM像(2-2)
図3.(左)単層MoS2ナノリボンが、MoS2多層膜とWチップ間に担持した状態を示すイラスト、
(右)アームチェアエッジの単層MoS2ナノリボンに対するヤング率のリボン幅依存性を示すグラフ |
【論文情報】
| 掲載誌 | Advanced Science(Wiley社発行) |
| 論文題目 | Stiffer Bonding of Armchair Edge in Single‐Layer Molybdenum Disulfide Nanoribbons |
| 著者 | Chunmeng Liu, Kenta Hongo, Ryo Maezono, Jiaqi Zhang*, Yoshifumi Oshima* |
| 掲載日 | 2023年9月11日 |
| DOI | 10.1002/advs.202303477 |
【用語説明】
[*1] 機械共振器
材料には、ヤング率、その形状(縦、横、長さ)、質量によって決まる固有振動があり、これを共振周波数と呼ぶ。この共振周波数は、他の材料と接触したり、あるいは、ガス吸着などによる質量変化に応じてシフトする。そのため、この変化から、接触した材料の等価ばね定数や吸着したガスの質量を評価できる。このような評価法を周波数変調法という。本研究でも、周波数変調法によって、単層MoS2ナノリボンのばね定数を算出している。
[*2] 長辺振動水晶振動子(LER)
長辺振動水晶振動子(LER)は、細長い振動子(長さ約3 mm、幅約0.1 mm)を長辺方向に伸縮振動させることで、周波数変調法の原理で金属ナノ接点などの等価バネ定数(変位に対する力の傾き)を検出できる。特徴は、高い剛性(1×105 N/m )と高い共振周波数(1×106 Hz )である。特に、前者は、化学結合の剛性(等価バネ定数)測定に適しているだけでなく、小さい振幅による検出を可能とすることから、金属ナノ接点を壊すことなく弾性的な性質を得ることができ、さらには、原子分解能TEM 像も同時に得られる点で大きな利点をもつ。
[*3] 【参考】「世界初! 個々の原子間の結合強度の測定に成功―強くて伸びる白金原子の鎖状物質―」(2021年4月30日 JAISTからプレスリリース)
https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2021/04/30-1.html
令和5年9月19日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/09/19-1.html炭素1原子層厚のグラフェン膜を使った超低電圧・急峻動作のナノ電子機械スイッチ開発に成功 - 究極の低消費電力エレクトロニクスや集積センサシステム実現に期待 -
炭素1原子層厚のグラフェン膜を使った
超低電圧・急峻動作のナノ電子機械スイッチ開発に成功
- 究極の低消費電力エレクトロニクスや集積センサシステム実現に期待 -
ポイント
- 単層グラフェン膜で作製した両持ち梁を、機械的に上下させて安定動作するNEMS(ナノ電子機械システム)スイッチを世界で初めて実現
- スイッチング電圧<0.5 Vの超低電圧動作と急峻なオン・オフ切替え(電流スイッチング傾き≈20 mV/dec)を実現。従来の半導体技術を用いたNEMSスイッチに比べて約2桁の低電圧化を達成
- 制御電極表面に単層の六方晶窒化ホウ素原子層膜を備えることで、従来のグラフェンNEMSスイッチの問題であったグラフェン膜張り付き(スティクション)を解消し、5万回のオン・オフ繰り返し動作を実現
| 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)(学長・寺野稔、石川県能美市)サスティナブルイノベーション研究領域の水田 博教授、マノハラン ムルガナタン元JAIST講師、デンマーク工科大学のゴク フィン ヴァン博士研究員(元JAIST博士研究員)らは、単層グラフェン[用語解説1](原子1層厚の炭素原子シート)膜で作製した両持ち梁を、0.5V未満の超低電圧で機械的に上下させ、5万回繰り返しても安定動作するNEMS(ナノ電子機械システム)[用語解説2]スイッチの開発に世界で初めて成功しました。本デバイスを用いれば、スイッチオフ状態での漏れ電流を原理的にゼロにすることが可能となり、現在のエレクトロニクス分野で深刻な問題となっている集積回路やセンサシステムの待機時消費電力[用語解説3]の飛躍的な低減が実現し、今後のオートノマス(自律化)ITシステムの実現に向けた革新的パワーマネジメント技術として期待されます。 |
【背景と経緯】
現在のIT技術は、シリコン集積回路の基本素子であるMOSFET(金属酸化物半導体電界効果トランジスタ)の堅調な微細化に支えられ発展を遂げてきました。最新のマイクロプロセッサでは、数十億個という膨大な数の高速MOSFETをチップに集積することで、大量のデータを瞬時に計算・処理しています。しかし、この半導体微細化の追求に伴って、MOSFETのオフリーク電流(トランジスタをスイッチオフした状態での漏れ電流)の増大が深刻な問題となっています。オフリーク電流によりシステム待機時の消費電力(スタンバイパワー)は急増し、現代の集積回路システムにおいてはシステム稼動時の消費電力(アクティブパワー)と同等の電力消費となっています。スタンバイパワーを低減するために、現在、デバイス・回路・システム全てのレベルにおいてさまざまな対策が検討されています。このうちデバイスレベルでは、トンネルトランジスタや負性容量電界効果トランジスタなどいくつかの新原理のスイッチングトランジスタが提案され、研究開発が進められていますが、未だ従来のMOSFETを凌駕するオフリーク電流特性を実現するには至っていません。
【研究の内容】
水田教授、マノハラン元講師らの研究チームは、原子層材料であるグラフェンをベースとしたナノメータスケールでの電子機械システム(Nano Electro-Mechanical Systems: NEMS)技術による新原理のスイッチングデバイスを開発してきました。2014年には、2層グラフェンで形成した両持ち梁を静電的に動かし、金属電極上にコンタクトさせて動作するグラフェンNEMSスイッチの原理実験に成功しています。しかし、このスイッチではオン・オフ動作を繰り返すうちにグラフェンが金属表面に張り付く(スティクション)問題が生じ、繰り返し動作に限界がありました。
今回、研究チームは、制御電極表面に単層の六方晶窒化ホウ素[用語解説4]原子層膜を備えることで(図1参照)、グラフェンと電極間に働くファンデルワールス力[用語解説5]を低減させ、スティクションの発生を抑制して安定したオン・オフ動作を5万回繰り返すことに世界で初めて成功しました(図2参照)。また、素子構造の最適化を併せて行うことでスイッチング電圧が0.5 V未満という超低電圧を達成し、従来の半導体技術を用いたNEMSスイッチに比べて約2桁の低電圧化を実現しました。同時に、従来のNEMSスイッチでは不可避であったオン電圧とオフ電圧のずれ(ヒステリシス)の解消にも成功しました。
5万回を超える繰り返し動作を経ても、5桁近いオン・オフ電流比や、電流スイッチング傾き≈20 mV/decの急峻性が維持され、それらの経時劣化が極めて小さいことも確認されました。
本成果は、2022年12月22日にWiley社が発行する材料科学分野のトップジャーナルである「Advanced Functional Materials」に掲載されました。
本成果を含めて、水田教授は「ナノメータスケールにおける電子-機械複合機能素子の研究」の業績で2018年度科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞 研究部門を受賞しています。
【今後の展望】
これらの優れた性能と信頼性の高さから、本新型NEMSスイッチは、今後の超高速・低消費電力システムの新たな基本集積素子やパワーマネジメント素子として大いに期待されます。さらに、今回の新型スイッチの作製においては、大面積化が可能なCVD[用語解説6]グラフェン膜とhBN膜を採用しており、将来の大規模集積化と量産への展望も広がります。

図1.開発に成功した超低電圧動作グラフェンNEMSスイッチの(a)作製方法, (b)構造, (c)CVDグラフェン膜とhBN膜のラマンスペクトル, (d)作製した素子のSEM(電子顕微鏡)写真

図2.オン・オフの繰り返し動作測定結果:(a)印加電圧(上)と電流応答(下)、(b)繰り返し測定直後と(c)25,000回繰り返し後のオン・オフ電流特性。特性の経時劣化は極めて小さい。
【論文情報】
| 掲載誌 | Advanced Functional Materials (Volume32, Issue52) |
| 論文題目 | Sub 0.5 Volt Graphene-hBN van der Waals Nanoelectromechanical (NEM)Switches |
| 著者 | Manoharan Muruganathan, Ngoc Huynh Van, Marek E. Schmidt, Hiroshi Mizuta |
| 掲載日 | 2022年12月22日 |
| DOI | 10.1002/adfm.202209151 |
【用語解説】
2004年に発見された、炭素原子が蜂の巣状の六角形結晶格子構造に配列した単原子シート。
半導体集積回路作製技術によって形成されたナノメータスケールの機械的可動構造を有するデバイス。
電源に接続された集積回路・システムが、電源の切れている状態でも消費する電力。
グラフェンのユニットセルの2個の炭素原子の代わりに、窒素原子(N)とホウ素原子(B)で蜂の巣状格子構造を構成する化合物。電気的に絶縁体である。
原子や分子の間に働く力(分子間力)の一種。
さまざまな物質の薄膜を形成する蒸着法の一つで、基板物質上に目的とする膜の成分元素を含む原料ガスを供給し、化学反応・分解を通して薄膜を堆積する方法。
令和5年1月10日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/01/10-1.htmlダイヤモンド中に10兆分の1秒で瞬く磁化を観測 ~超高速時間分解磁気センシング実現に期待~
![]() |
国立大学法人筑波大学 国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) |
ダイヤモンド中に10兆分の1秒で瞬く磁化を観測
~超高速時間分解磁気センシング実現に期待~
| 磁石や電流が発する磁気の大きさと向きを検出するデバイスや装置を磁気センサーと呼びます。現在では、生体中における微弱な磁気から電子デバイス中の3次元磁気イメージングに至るまで、磁気センサーの応用分野が広がりつつあります。磁気センサーの中で最も高感度を誇るのが、超伝導量子干渉素子(SQUID)で、1 nT(ナノテスラ、ナノは10億分の1)以下まで検出可能です。また、ダイヤモンドの点欠陥である窒素−空孔(NV)センターと走査型プローブ顕微鏡(SPM)技術を組み合わせることで、数十nm(ナノメートル)の空間分解能を持つ量子センシングが可能になると期待されています。 このように、従来の磁気センシング技術は感度や空間分解能に注目して開発されてきましたが、時間分解能はマイクロ秒(マイクロは100万分の1)の範囲にとどまっています。このため、磁場を高い時間分解能で測定できる新しい磁気センシング技術の開発が望まれていました。 本研究では、表面近傍にNVセンターを導入したダイヤモンド単結晶に超短光パルスを照射し、それにより10兆分の1秒で瞬く結晶中の磁化を検出することに成功しました。検出感度を見積もると、約35 mT(ミリテスラ、ミリは1000分の1)となりました。また、計測の時間分解能は、超短光パルスにより磁化を発生させたことにより、約100フェムト秒(フェムトは1000兆分の1)となりました。 本研究成果により、NVセンターでは従来困難だった高速に時間変化する磁気のセンシングも可能であることが示され、高い時間分解能と空間分解能を兼ね備えた新たな磁気センシングの開拓につながることが期待されます。 |
【研究代表者】
筑波大学 数理物質系
長谷 宗明教授
北陸先端科学技術大学院大学 ナノマテリアル・デバイス研究領域
安 東秀准教授
【研究の背景】
磁石や電流が発する磁気の大きさと向きを検出するのが磁気センサーです。現在では、生体中における微弱な磁気から、電子デバイス中の3次元磁気イメージングに至るまで、磁気センサーの研究開発が進んでいます。磁気センサーには、比較的簡便なトンネル磁気抵抗素子注1)によるものや、超伝導体のリングを貫く磁束の変化を電流で読み取る超伝導量子干渉素子(SQUID)注2)などがあります。その中でも最高感度を誇るのがSQUIDで、1 nT(ナノテスラ)以下の磁場をも検出できるほどです。しかし、超伝導体を用いるSQUIDは電気回路や極低温などの高度な取扱いを要します。このため、近年では、ダイヤモンドの点欠陥である窒素−空孔(NV)センター注3)を用いた磁気センサーの開発が進んでいます。特に、負に帯電したNVスピン状態を利用した全光読み出しシステムが、室温でも動作する量子磁力計として注目されています。また、NVセンターの利用と、走査型プローブ顕微鏡(SPM)注4)技術を組み合わせることで、数十nmの空間分解能注5)で量子センシング注6)を行うことが可能になります。
このように、従来の磁気センシング技術は感度や空間分解能に注目して開発されてきました。その一方で、時間分解能注7)はマイクロ秒の範囲にとどまっています。このため、磁場をより高い時間分解能で測定できる新しい量子センシング技術の開発が望まれていました。
そうした中、NVセンターを高濃度に含むダイヤモンド単結晶膜において、入射された連続発振レーザーの直線偏光が回転することが分かり、ダイヤモンドにおける磁気光学効果が実証されました。NVセンターに関連する集団的な電子スピンが磁化として機能することが示唆されていますが、この手法では時間分解能を高めることができません。他方、逆磁気光学効果、すなわち光パルスで磁気を作り出すという光磁気効果に対するダイヤモンドNVセンターの研究については、行われてきませんでした。しかし、この光磁気効果を開拓することは、ダイヤモンドの非線形フォトニクスの新しい機能性を追求する上で非常に重要です。また、ダイヤモンドNVセンターのスピンを用いた非接触かつ室温動作の量子センシング技術を、高い時間分解能という観点でさらに発展させるためにも、光磁気効果の開拓が必要だと考えられます。
【研究内容と成果】
本研究チームは、フェムト秒(1000兆分の1秒)の時間だけ近赤外域の波長で瞬く超短パルスレーザー注8)を円偏光にして、NVセンターを導入した高純度ダイヤモンド単結晶に照射し、結晶中に発生した超高速で生成・消滅する磁化を検出することに成功しました。
実験ではまず、波長800nmの近赤外パルスレーザー光をλ/4波長板により円偏光に変換し、NVセンターを導入した高純度ダイヤモンド単結晶に励起光として照射しました。その結果、磁気光学効果の逆過程(光磁気効果)である逆ファラデー効果注9)により、ダイヤモンド中に磁化を発生できることを見いだしました(参考図1挿入図)。この磁化が生じている極短時間の間に直線偏光のプローブ光を照射すると、磁化の大きさに比例してプローブ光の偏光ベクトルが回転します。これを磁気光学カー回転と呼びます。磁気光学カー回転の時間変化はポンプープローブ分光法で測定しました(図1)。測定の結果、逆ファラデー効果で生じるダイヤモンド中の磁化は、約100フェムト秒の応答として誘起されることが確かめられました(図2左)。NVセンターを導入していないダイヤモンドでも磁化は発生しますが、導入すると、発生する磁化が増幅されることも明らかになりました(図2右)。
次に、励起レーザーの偏光状態を直線偏光から右回り円偏光、そして直線偏光に戻り、次に左回り円偏光と逐次変化させることで、波長板の角度とカー回転角(θ )の関係を調べました。すると、NVセンターを導入する前の高純度ダイヤモンド単結晶では、逆ファラデー効果を示すsin 2θ 成分および非線形屈折率変化である光カー効果を示す sin 4θ 成分のみが観測されました。一方、NVセンターを導入したダイヤモンドでは、それらの成分に加えて、新規にsin 6θ の成分を持つことが明らかになりました(図3a)。さらに、励起光強度を変化させながら各成分を解析したところ、sin 2θ 成分およびsin 4θ 成分は励起光強度に対して一乗で増加しますが(図3b,c)、新規のsin 6θ の成分の大きさは励起光強度に対して二乗で変化することが分かりました(図3d)。これらのことから、 sin 6θ の成分は、NVセンターが有するスピンが駆動力となり、ダイヤモンド結晶中に発生した非線形な磁化(逆コットン・ムートン効果注10))であることが示唆されました。また、この付加的で非線形な磁化により、図2で観測された磁化の増幅が説明できました。この非線形な磁化による磁場検出感度を見積もると、約35 mT(ミリテスラ)となりました。SQUIDの検出感度には及びませんが、本手法では約100フェムト秒という高い時間分解能が得られることが示されたといえます。
【今後の展開】
本研究チームは、今回観測に成功した光磁気効果を用いた量子センシング技術をさらに高感度化し、ダイヤモンドを用いたナノメートルかつ超高速時間領域(時空間極限領域)での量子センシングに深化させることを目指して研究を進めていきます。今後は、ダイヤモンドNVセンターが駆動力となった逆コットン・ムートン効果を磁気センシングに応用することで、先端材料の局所磁場やスピン流を高空間・高時間分解能で測定することが可能となります。さらに、パワーデバイス、トポロジカル材料・回路、ナノバイオ材料など実際のデバイスの動作条件下で、例えば磁壁のダイナミクスや磁化反転などデバイス中に生じるダイナミックな変化を、フェムト秒の時間分解能で観察できることになり、先端デバイスの高速化や高性能化への貢献が期待されます。
【参考図】

| 図1 本研究に用いた実験手法 パルスレーザーから出たフェムト秒レーザー光はビームスプリッタでポンプ光とプローブ光に分割され、それぞれ波長板と偏光子を通過した後、ポンプ光は光学遅延回路を経由した後レンズで試料に照射される。プローブ光も同様に試料に照射された後、偏光ビームスプリッタにより分割されて二つの検出器で光電流に変換される。その後、電流増幅された後、デジタルオシロスコープで信号積算される。右上の挿入図は、逆ファラデー効果の模式図を示し、右回り(σ+)または左回り(σ-)の円偏光励起パルスによりダイヤモンド結晶中に上向き(H+)または下向きの磁化(H-)が生じる。なおデジタルオシロスコープでは、下向きの磁化が観測されている。 |

| 図2 高純度ダイヤモンド(NVなし)およびNVセンターを導入したダイヤモンド(NVあり)における時間分解カー回転測定の結果。赤色および青色の実線はそれぞれ、右回り円偏光、左回り円偏光により励起した実験結果を示す。 |

| 図3 NVセンターを導入したダイヤモンドにおけるカー回転の解析結果 (a) 下図(青丸)はカー回転角の波長板の角度(θ )に対するプロットである。黒い実線はCsin 2θ + Lsin 4θ による最小二乗回帰曲線(フィット)を示す。上図(赤丸)は下図の最小二乗回帰の残差を示す。太い実線はFsin 6θ による最小二乗回帰曲線(フィット)を示す。また最上部は偏光状態の変化(直線偏光→右回り円偏光→直線偏光→左回り円偏光→直線偏光)を表す。(b) Csin 2θ の振幅Cを励起フルエンスに対してプロットした図。 (c) Lsin 4θ の振幅Lを励起フルエンスに対してプロットした図。(d) Fsin 6θ の振幅Fを励起フルエンスに対してプロットした図。(b)と(c)の実線は一次関数によるフィットを示し、(d) の実線は二次関数によるフィットを示す。 |
【用語解説】
注1)トンネル磁気抵抗素子
2枚の磁性体の間に非常に薄い絶縁体を挟んだ構造(磁性体/絶縁体/磁性体)からなる素子。磁性体は金属であり、電圧を加えると、薄いポテンシャル障壁を通り抜けるという量子力学的なトンネル効果により絶縁体を介したトンネル電流が流れる。各磁性体の磁化の向きが平行な場合と反平行な場合で、素子の電気抵抗が大きく変化する。これをトンネル磁気抵抗効果という。よって、この効果を原理とした素子をトンネル磁気抵抗素子と呼ぶ。
注2)超伝導量子干渉素子(QUID)
超伝導体のリングにジョセフソン接合(二つの超伝導体間にトンネル効果によって超伝導電流が流れるようにした接合のこと)を含む素子を、超伝導量子干渉素子(SQUID)と呼ぶ。リングを貫く磁束が変化すると、ジョセフソン接合を流れるトンネル電流が変化するため、高感度の磁気センサーとして用いられる。
注3)窒素−空孔(NV)センター
ダイヤモンドは炭素原子から構成される結晶だが、結晶中に不純物として窒素(Nitrogen)が存在すると、そのすぐ隣に炭素原子の抜け穴(空孔:Vacancy)ができることがある。この窒素と空孔が対になった「NV(Nitrogen-Vacancy)センター」はダイヤモンドの着色にも寄与し、色中心と呼ばれる格子欠陥となる。NVセンターには、周辺環境の温度や磁場の変化を極めて敏感に検知して量子状態が変わる特性があり、この特性をセンサー機能として利用することができる。
注4)走査型プローブ顕微鏡(SPM)
微小な探針(プローブ)で試料表面をなぞることにより、試料の凹凸を観察する顕微鏡の総称である。細胞やデバイスなどにおいて、分子や原子などナノメートルの構造を観察するのに用いられる。代表的なものに原子間力顕微鏡(AFM)などがある。
注5)空間分解能
近い距離にある2つの物体を区別できる最小の距離である。この距離が小さいほど空間分解能が高く、微細な画像データの測定が可能になる。
注6)量子センシング
量子化したエネルギー準位や量子もつれなどの量子効果を利用して、磁場、電場、温度などの物理量を超高感度で計測する手法のこと。
注7)時間分解能
観測するデータに識別可能な変化を生じさせる最小の時間変化量である。最小時間変化量が小さいほど時間分解能が高く、高速で変化する画像などのデータ識別が可能となる。
注8)超短パルスレーザー
パルスレーザーの中でも特にパルス幅(時間幅)がフェムト秒以下の極めて短いレーザーのことをいう。光電場の振幅が極めて大きいため、2次や3次の非線形光学効果を引き起こすことができる。
注9)逆ファラデー効果
ファラデー効果は磁気光学効果の一種で、磁性体などに直線偏光が入射し透過する際に光の偏光面が回転する現象のことをいう。その際、入射光の伝播方向と物質内の磁化の向きは平行である。逆ファラデー効果はこれとは逆に、円偏光したレーザー光を物質に入射することで、入射した方向に平行に磁化が生じる現象のことをいう。磁性体に限らず、あらゆる物質で生じる非線形光学過程である。
注10)逆コットン・ムートン効果
コットン・ムートン効果は磁気光学効果の一種で、磁性体などに直線偏光が入射し透過する際に、光の偏光面が回転する現象のことをいう。その際、入射光の伝播方向と物質内の磁化の向きは垂直である。逆コットン・ムートン効果は、逆に、磁界が印可された物質に直線偏光のレーザー光を入射した際に、入射した方向に垂直に磁化が生じる現象であり、磁性体などで生じる高次の非線形光学過程である。
【研究資金】
本研究は、国立研究開発法人 科学技術振興機構 CREST「ダイヤモンドを用いた時空間極限量子センシング(JPMJCR1875)」(研究代表者:長谷 宗明)、および独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費補助金「サブサイクル時間分解走査トンネル顕微鏡法の開発と応用」(研究代表者:重川 秀実)による支援を受けて実施されました。
【掲載論文】
| 題 目 | Ultrafast opto-magnetic effects induced by nitrogen-vacancy centers in diamond crystals. (ダイヤモンド結晶中の窒素空孔センターが誘起する超高速光磁気効果) |
| 著者名 | Ryosuke Sakurai, Yuta Kainuma, Toshu An, Hidemi Shigekawa, and Muneaki Hase |
| 掲載誌 | APL Photonics |
| 掲載日 | 2022年6月15日(現地時間) |
| DOI | 10.1063/5.0081507 |
令和4年6月16日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2022/06/16-1.html


