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研究概要(研究室ガイド)やプレスリリース・受賞・イベント情報など、マテリアルサイエンスの研究室により公開された情報の中から、興味のある情報をタグや検索機能を使って探すことができます。名古屋国際学園(名古屋インターナショナルスクール)の生徒が来学 -SDGs特別授業&施設見学-
5月18日(木)、名古屋国際学園(名古屋インターナショナルスクール)の9年生(中学3年生相当)41名が来学し、SDGsに関する特別授業を受けました。
授業に先立ち、グローバルコミュニケーションセンターの元山琴菜講師から歓迎の挨拶があり、幅広い研究領域があることや、留学生・外国人教員の比率が高いといった本学の特色について紹介がありました。
その後、サスティナブルイノベーション研究領域の宮田全展講師によるSDGsの観点からのエネルギー変換に関する特別授業を開講しました。異なる金属間の電圧を温度差に変換するペルティエ効果と呼ばれる現象の科学実験もあり、生徒たちはペルティエ効果によって水が一瞬にして凍る様子に驚いていました。
続く施設見学では、本学の留学生による解説のもと、貴重図書室の『解体新書』(杉田玄白著)や情報社会基盤研究センターの大規模並列計算機「KAGAYAKI」、JAISTギャラリーのパズルを興味深く見ていました。留学生と生徒が、互いの出身国について紹介しあう場面も見られました。
今回の訪問は、SDGsの達成に寄与する科学技術について学ぶとともに、国際色豊かな大学院の雰囲気を体験する有意義な機会となったようです。

本学の紹介

科学実験を見つめる
名古屋国際学園の生徒

貴重図書室の見学

大規模並列計算機
「KAGAYAKI」の見学
令和5年5月22日
出典:JAIST お知らせ https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/info/2023/05/22-1.html動的核偏極磁気共鳴法による炭素材料表面の微細構造の解析に世界で初めて成功 -次世代の炭素材料の開発と利用促進に貢献-
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| 国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 国立大学法人京都大学 国立大学法人岡山大学 |
動的核偏極磁気共鳴法による炭素材料表面の微細構造の解析に世界で初めて成功
-次世代の炭素材料の開発と利用促進に貢献-
ポイント
- 次世代の炭素材料として、グラフェンや薄膜炭素といった材料が注目されている。炭素材料は、化学反応の触媒や燃料電池等の電極触媒としてだけでなく、ドラッグデリバリーシステムなどのバイオマテリアル分野を含め、多種多様な分野での応用が期待されている。
- NMR(核磁気共鳴分光法)による炭素材料の表面構造分析の感度を改善するため、信号強度増幅剤を用いた動的核偏極磁気共鳴法により、これまで同手法では不可能と考えられていた炭素表面の微量なメチル基、水酸基などの表面官能基の検出に成功した。
- これにより、炭素材料の性質に大きな影響を及ぼす表面構造の微細な違いが検出可能となった。
- 今後の炭素材料の表面構造制御ならびに様々な用途に応じた炭素材料の開発とその炭素材料の利用促進に貢献できる。
| 北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)(学長・寺野稔、石川県能美市)ナノマテリアルテクノロジーセンターの後藤和馬教授、岡山大学大学院自然科学研究科の安東映香大学院生は、京都大学化学研究所の梶弘典教授、鈴木克明助教ならびに岡山大学学術研究院自然科学学域の神戸高志准教授、異分野融合先端研究コアの仁科勇太研究教授らと共同で、動的核偏極磁気共鳴法(DNP-NMR)による炭素材料の微細表面構造解析に成功した。これまで不可能とされていたDNP-NMR法による炭素表面のメチル基や水酸基などの表面官能基の信号の大幅な増幅に成功し、炭素材料の性質に大きな影響をおよぼす微量のメチル基、水酸基の観測に成功した。今後の炭素材料の表面構造制御ならびに様々な用途に応じた炭素材料の開発とその炭素材料の利用促進に貢献できる。 |
【研究の背景】
次世代炭素材料の一つとしてグラフェンや薄膜炭素が注目されており、その応用に関して数多くの研究が行われています。グラフェンや薄膜炭素材料の作製にはいくつかの方法があり、黒鉛を化学的に酸化して炭素層を剥離することで、酸化グラフェンを得る方法などが知られています。この酸化グラフェンは触媒となる金属ナノ粒子を担持する[用語解説]ことや、ポリマーやカーボンナノチューブなどと複合化ができるため、化学反応の触媒、燃料電池等の電極触媒としてだけでなく、ドラッグデリバリーシステムなどのバイオマテリアル分野を含め、多種多様な分野での応用が期待されています。
このような炭素材料の表面には数多くの欠陥構造があり、そこには水酸基やカルボキシル基、エポキシ基、メチル基などの表面官能基が存在していることが知られています。炭素材料の性質はこの表面官能基の種類や結合量により、大きく変わることも知られています。よって、この表面官能基の状態を把握し、制御することが材料開発において重要となります。従来、炭素材料の表面官能基についてはX線光電子分光法(XPS)や昇温脱離法(TPD)といった分析手段により解析されてきましたが、これらの方法では分析の感度は良いものの、精度に課題がありました。一方、本研究で用いた核磁気共鳴分光法(NMR)[用語解説]では、官能基の種類の分析は高精度で行えるものの、従来の方法では検出感度が低いという問題があり、高精度かつ高感度な炭素材料の表面構造の分析手段が望まれていました。
【研究の内容】
本研究では、NMR による分析の感度を改善するために、近年溶液中の分子の水素(1H)原子や炭素(13C)原子を高感度で観測する技術として注目されている、動的核偏極(DNP)[用語解説]という手法を用いた分析を試みました。NMRは、磁場中に置かれた原子核が特定の周波数の電磁波(ラジオ波)を吸収する現象を利用することによって、対象原子の状態を観測する分析手段で、化学物質の同定や病院のMRI検査などに広く用いられています。DNP-NMRは、測定したい試料にマイクロ波(MW)を同時に照射することで、試料中に含まれる信号強度増幅に用いるラジカル分子[用語解説]の磁化を原子核に移し、NMRの信号強度を最大で200倍以上に増幅させる画期的手法です。しかし、炭素材料はマイクロ波を吸収し効率的な磁化移動を阻害する上に、マイクロ波吸収による温度上昇も生じることからDNP効果が減少するという問題があるため、これまでDNP-NMRを用いた炭素材料の信号強度増幅は不可能とされてきました。
これに対し、本研究では、DNPによる信号強度増幅を可能にするため、DNP測定で用いられる信号強度増幅用のラジカルと溶媒の組み合わせを、従来のTEKPol/有機溶媒系からAMUPol/水系に変更し、水酸基やカルボキシル基の存在により親水性が増していると考えられる炭素表面へラジカル分子の接近を可能とすることで、DNPによる信号強度増幅を実現しました。また、炭素材料自体がその欠陥構造内に所有している内在ラジカルを用いたDNP信号強度増幅現象を発現することも観測しました。この手法により、従来の一般的NMR測定ではほとんど観測できなかった酸化グラフェン末端のメチル基を、1H-13C CP/MAS 固体NMR法[用語解説]にて明確に観測することに成功しました。このとき、信号強度増幅は10倍以上となります。また、スクロースを焼成して作製した無定形炭素材料[用語解説] においても、水酸基の信号強度の10倍以上の増幅を達成しました。
本研究により、今後DNP-NMRを用いて炭素材料の微細表面構造の解析が進むことが期待されます。DNP-NMRを用い、炭素材料の表面構造に残存する微少量の表面官能基の存在を明らかにすることで、それぞれの炭素材料の表面状態の違いを解明することができ、これにより、各種触媒元素の担持への適合性などを知ることができるようになると期待されます。適合性が判明することによって、多種多様な分野の各種用途に最適化した薄膜炭素材料の開発に大きく貢献できることが期待されます。
本研究成果は、2月14日にElsevier社が発行する学術雑誌「Carbon」のオンライン版に掲載されました。また、3月25日に出版予定の当該誌206号において、表紙(front cover)に採択されることになりました。
【論文情報】
| 論文題目 | Dynamic nuclear polarization - nuclear magnetic resonance for analyzing surface functional groups on carbonaceous materials |
| 雑誌名 | Carbon |
| 著者 | Hideka Ando, Katsuaki Suzuki, Hironori Kaji, Takashi Kambe, Yuta Nishina, Chiyu Nakano, Kazuma Gotoh |
| WEB掲載日 | 2023年2月14日 |
| 出版予定日 | 2023年3月25日 |
| DOI | 10.1016/j.carbon.2023.02.010 |

図 DNP-NMRによる観測(信号強度増幅は10倍以上となる。)
【用語説明】
担持:他の物質を固定する土台となる物質のことを担体といい、担持は、その土台に金属などの物質を付着させること。金属をグラフェン上に担持した触媒は、水酸化触媒や酸化触媒として工業的にも利用されている。
NMR (Nuclear Magnetic Resonance) :核磁気共鳴分光法。試料を磁場中に置き、電磁波を照射すると、元素ごとに特定の周波数を吸収する「共鳴」現象が生じる。周波数を観測することで水酸基、カルボキシル基、メチル基などを分別して検出が可能なため、有機化合物の分析などに広く用いられている。
DNP (Dynamic Nuclear Polarization):動的核偏極。NMR測定時にマイクロ波を照射することで測定核近傍のラジカルの磁化を測定対象原子核に移動させる手法。NMRでの共鳴信号検出の際のエネルギー準位間の電子の占有数差を大きく変化させることにより、通常のNMR信号に比べて数倍から最大で200倍以上の信号強度を得ることができる。
ラジカル:不対電子を持つ原子や分子。共有電子対を形成していないため、極めて不安定かつ反応性が高い状態である。
1H-13C CP/MAS 固体NMR:体交差分極(CP)マジック角回転(MAS)NMR法。1H元素の磁化を13C元素に特定条件下で移動させ、さらに試料全体を数kHz以上の超高速回転で回転させることにより、炭素のNMR信号を高感度、高精度で検出する実験手法。
無定形炭素材料:黒鉛やダイヤモンド、カーボンナノチューブなどのような規則的構造をもつ炭素材料とは異なり、結晶構造を持たない非結晶性炭素。但し、非結晶性ではあるが完全に規則構造が無い訳ではなく、ある程度炭素の層状構造や内部細孔などが存在することが知られている。無定形炭素の一種である難黒鉛化性炭素(ハードカーボン)はリチウムイオン電池・ナトリウムイオン電池の負極として用いられている。
令和5年3月7日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/03/07-1.htmlリチウムイオン2次電池の急速充放電を促すリチウムボレート型のバイオマス由来バインダーを開発
リチウムイオン2次電池の急速充放電を促す
リチウムボレート型のバイオマス由来バインダーを開発
ポイント
- リチウムイオン2次電池開発において、急速充放電技術の確立は急を有する課題となっている。
- リチウムイオン2次電池のグラファイト負極用バインダーとして、カフェ酸*1とLiBH4(水酸化ホウ素リチウム)との脱水素カップリング重合によりリチウムボレート型水溶性ポリマーを合成した。
- 本負極バインダーを適用した系では、低い最低被占軌道(LUMO)を持つポリマーによりホウ素を含むSEI(固体電解質界面)が形成され、界面抵抗が低減することが分かった。また、同バインダーを用いることにより、負極内におけるリチウムイオンの拡散係数の向上が観測された一方、リチウム挿入反応の活性化エネルギーは減少することが観測された。
- このことから、従来負極バインダーとして使用されているPVDF(ポリフッ化ビニリデン)やCMC-SBR(カルボキシメチルセルロース-スチレン - ブタジエンゴム)をバインダーとした系と比較して急速充放電条件において顕著な適性を示した。
| 北陸先端科学技術大学院大学 (JAIST) (学長・寺野稔、石川県能美市)の物質化学フロンティア研究領域 松見紀佳教授、ラージャシェーカル バダム元講師、アヌシャ プラダン研究員、宮入諒矢元大学院生、高森紀行大学院生(博士後期課程2年)は、リチウムイオン2次電池*2の急速充放電を促すリチウムボレート型バイオベースバインダーの開発に成功した。 |
【研究の内容と背景】
リチウムイオン2次電池の開発においては、高容量化やサイクル耐久性の向上、高電圧化など様々な開発課題解決に向けた取組みが行われているが、それと同時に急速充放電の実現に向けた技術開発についても高い関心が集まっている。しかしながら、その実現には固体中のリチウムイオンの拡散速度の向上や電極―電解質界面の特性、活物質の多孔性などの諸ファクターの検討を要している。
今回、本研究においては、カフェ酸とLiBH4(水酸化ホウ素リチウム)をテトラヒドロフラン溶液中で脱水素カップリング重合することによって、リチウムボレート型バイオベースポリマーを合成した(図1)。合成によって得られたポリマーは水溶性であり、環境負荷の少ない水系スラリーからの負極作製が可能であった。また、得られたポリマーの構造はNMR、XPS、SEM等の各測定によって決定した。
まず、合成によって得られたポリマーを負極バインダーとして用い、アノード型ハーフセル*3を構築し、性能を評価した。本バインダーを用いた系においては、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)やCMC-SBR(カルボキシメチルセルロース-スチレン - ブタジエンゴム)を用いた系と比較して、リチウム挿入反応のピークにおけるオーバーポテンシャルが20 mV-100 mV低下し、よりスムーズな電極反応が示唆された。また、Randles-Sevcik式から、負極におけるリチウムイオンの拡散係数を算出すると7.24 x 10-9 cm2s-1であり、PVDFやCMC-SBR系バインダーと比較して有意に高い値であった。
さらに、インピーダンス測定を経て算出したリチウム挿入反応の活性化エネルギーは、本バインダー系において22.6 kJ/molであり、PVDF(28.78 kJ/mol)やCMC-SBR系(58.34 kJ/mol)バインダーと比較して有意に低下した。
次に、充放電試験の結果、1C*4条件において100サイクル時点で放電容量は本バインダー系では343 mAhg-1であり、PVDFで278 mAhg-1、CMC-SBRで188 mAhg-1であった(図2)*5。さらに、急速充電条件(10C)においては、本バインダー系では73 mAhg-1、PVDFで40 mAhg-1、CMC-SBRで17 mAhg-1であり、本バインダーの急速充放電条件における適性が示された(図2)。本バインダー系では1200サイクル(10C)まで安定した充放電挙動を示し、1200サイクル時点の容量維持率は93%であった。
また、動的インピーダンス(DEIS)測定を行ったところ、本バインダー系におけるSEI(固体電解質界面)抵抗はPVDFやCMC-SBR系バインダーと比較して有意に低下した(図3)。これは、充放電試験後に電池セルを分解し負極を分析したところ、XPSによる測定においてホウ素を含有したSEI形成が観測されたことから、SEI抵抗の低減に大いに寄与していると考えられる(図3)。
1200サイクル(10C)充放電後においても、負極を分解し、SEM(走査型電子顕微鏡)の断面像を観察したところ、PVDFバインダーの場合の体積膨張は15.49%であったが、本バインダー系では8.50%に抑制された。さらに本負極バインダーを用いたフルセルにおいても良好に作動した。
本成果は、ACS Materials Letters (米国化学会)のオンライン版に1月9日に掲載された。
本研究は、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(スマートバイオ産業・農業基盤技術)の支援のもとに行われた。
【今後の展開】
バインダーを含む負極コンポジットの担持量をさらに向上させつつ電池セル系のスケールアップを図り、産業的応用への橋渡し的条件において検討を継続する。
すでに国内特許出願済みであり、今後は、企業との共同研究を通して将来的な社会実装を目指す。急速充放電技術の普及を通して社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
【論文情報】
| 雑誌名 | ACS Materials Letters (米国化学会) |
| 題目 | Extreme Fast Charging Capability in Graphite Anode via a Lithium Borate Type Biobased Polymer as Aqueous Polyelectrolyte Binder |
| 著者 | Anusha Pradhan, Rajashekar Badam*, Ryoya Miyairi, Noriyuki Takamori and Noriyoshi Matsumi* |
| 掲載日 | 2023年1月9日 |
| DOI | 10.1021/acsmaterialslett.2c00999 |

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図1.(A) 高分子バインダーの合成スキーム
(B) MALDI-TOF MSスペクトル (C) DFT計算によるポリマーの最適化構造 (D) 1H NMR スペクトル (E) 13C NMR スペクトル (F) XPS スペクトル(Li 1s 及びB 1s) |

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図2.充放電試験結果
(a) 1C. (b) 10 C.種々の負極バインダー使用時の充放電曲線(0.01-2.1V at 1C ) (c) CAB. (d) PVDF (e) CMC-SBR |

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図3.動的インピーダンススペクトル
(a) 本バインダー使用時 (b) PVDF使用時 (c) フィッティングに用いた等価回路 (d) CMC-SBR使用時 (e) RSEI 抵抗の比較 (f) XPS スペクトルB 1s (g) XPS スペクトルO 1s |
【用語説明】
カフェ酸は、ケイ皮酸のパラ位及びメタ位がヒドロキシ化された構造を持つ芳香族カルボン酸で、フェニルプロパノイドの1種である。カフェ酸はリグニン生合成の重要な中間体であるため、全ての植物に含まれている。
電解質中のリチウムイオンがイオン伝導を担う2次電池。従来型のニッケル水素型2次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
リチウムイオン2次電池の場合には、アノード極/電解質/Liの構成からなる半電池を意味する。
バッテリー容量に対する充放電電流値の比であり、バッテリーの充放電特性(充放電するときの電流の大きさや放電能力・許容電流)を表す。1Cとは1時間で満充電状態から完全に放電した状態になる時の電流値を表し、この数字が高ければ高いほど大きな電流を出力できる。
電極電位を直線的に掃引し、系内における酸化・還元による応答電流を測定する手法である。電気化学分野における汎用的な測定手法である。また、測定により得られるプロファイルをサイクリックボルタモグラムと呼ぶ。
令和5年2月1日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/02/01-1.html分子自己集合の常識が覆る!? 自己集合で低対称な分子集合体を形成できることを発見
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| 国立大学法人長崎大学 国立大学法人東京大学大学院総合文化研究科 国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 |
分子自己集合の常識が覆る!?
自己集合で低対称な分子集合体を形成できることを発見
ポイント
- 分子自己集合によるC1対称性分子集合体の形成を発見し、分子低対称化に基づく光物性変化を確認した。
- 低対称な分子集合体の形成は大きなエントロピーロスを伴うため、分子自己集合で得ることは困難だと考えられていた。
- 低対称構造を有する分子集合体を得るための新たなアプローチを提供し、低対称構造に基づく新奇機能性材料の創出につながる可能性がある。
| 長崎大学大学院工学研究科の馬越啓介教授、東京大学大学院総合文化研究科の堀内新之介講師、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科バイオ機能医工学研究領域の山口拓実准教授らの研究グループは、有機分子と遷移金属錯体(注1)を混ぜるだけで、分子対称性が最も低いC1対称の分子集合体が形成することを発見し、自己集合に基づく分子低対称化が物質の光学特性にどのような影響を与えるかも明らかにしました。 通常、分子自己集合では化学熱力学の原理によって、物質の配置エントロピー(注2)が最も高くなる高対称構造体が生成物として得られやすいことが知られています。本研究では、そのような分子自己集合の常識を覆し、分子自己集合によって低対称な分子自己集合体が得られることを発見し、分子自己集合に基づく低対称化(Symmetry-breaking assembly)が起こることを見出しました。これまで様々な研究グループによって低対称構造を有する分子集合体を合成しようとするアプローチが報告されてきましたが、本研究成果はそれらとは一線を画す、新しい方法論となりました。 本研究成果は、1月11日に英国のNature Research社が出版する総合科学速報誌「Nature Communications」誌に掲載されました。 |
【研究の背景】
分子自己集合は自然界で一般的に観測される現象であり、小さな分子がひとりでに集まって巨大な集合構造が構築される現象のことを指します。身近な例では雪の結晶が成長する過程がそうであり、規則的で様々な形状を持つ美しい雪の結晶が報告されています。近年では新しい材料を作り出す手法にこの分子自己集合を取り入れる試みが盛んであり、自己集合性化合物に関する研究はノーベル化学賞の有力候補とされています(図1)。

図1. 金属イオンと有機分子の自己集合によって得られる分子集合体の例
自己集合性化合物の一番の特徴は、雪の結晶でも見られるような、規則的で美しく対称性の高い構造です。これは、分子自己集合の過程が系の乱雑さを表す指標であるエントロピーを大きく減少させる反応であるため、自己集合によるエントロピーの損失を少しでも抑えるため、生成物の構造は高配置エントロピーをもつ対称性の高い構造体になりやすいことに由来しています。自然界では自己集合によって形成する酵素やDNAが生体活動を司っていますが、人類はまだそれらに匹敵するような洗練された機能をもつ自己集合性化合物を合成できていません。この理由は、酵素やDNAが人工的な自己集合性化合物と異なり、低対称で高い複雑性を持つ集合体であるためです。自己集合によって様々な集合構造が合成できることが当たり前となった今日では、自然界で達成されている複雑な仕組みを人工分子系でも達成するため、得られる分子集合体を低対称化する試みや複雑性を付与する研究が盛んに行われています。
【研究内容】
酵素やDNAは水素結合や分子間相互作用のような弱い会合力の協同作用によって自己集合構造を形成しています。研究グループは、自己集合の仕組みに弱い会合力の協同作用を取り入れることで、新しいタイプの分子集合体の合成を探索しました。その結果、水素結合能を持つ有機分子とカチオン性遷移金属錯体(注1)の組み合わせから、通常の自己集合では得ることが困難な最も対称性の低いC1の分子対称性を持つ分子集合体が得られることを発見しました(図2)。

図2. 有機化合物と遷移金属錯体を用いたC1対称性分子集合体の形成
さらに、分子自己集合によって遷移金属錯体の物性が大きく変化することも明らかにしました。遷移金属錯体が有機分子と分子集合体を形成すると、金属錯体の発光特性が大きく向上(高エネルギー化・高効率化・長寿命化)しました。次に研究グループは、用いた遷移金属錯体が2種類の光学異性体の混合物であることに目をつけ、低対称な分子集合構造がキラル光学特性(注3)に与える影響を調べました。その結果、分子自己集合に基づく低対称化(Symmetry-breaking assembly)によって、キラルな遷移金属錯体から観測される円偏光発光の異方性因子glum値が向上することを明らかにしました(図3)。類似な遷移金属錯体を用いてもSymmetry-breaking assemblyを伴わない場合はglum値に変化がなかったことから、このglum値の変化は低対称構造に由来する物性変化であると結論しました。

図3. 分子低対称化にともなうキラル光物性の変化
【今後の展開】
従来の分子自己集合では、得られる化合物の構造は対称性の高い構造という常識があり、低対称構造体を自己集合によって合成することは困難とされてきました。本研究では分子自己集合の常識を覆し、C1対称性を持つ分子集合体を得ることに成功し、その低対称構造に由来する特徴的な物性変化も明らかにしました。この研究成果は、低対称構造を有する分子集合体を得るための新たなアプローチを提供するだけでなく、低対称な分子集合体を用いた機能性材料の礎となる可能性があります。
【謝辞】
本研究は、科研費「若手研究(課題番号:JP19K15589)」、科研費「基盤研究C(課題番号:JP20K05542)」「新学術領域研究「配位アシンメトリー」(課題番号:JP19H04569、JP19H04587)」、「新学術領域研究「水圏機能材料」(課題番号:JP22H04554)」、「文部科学省 マテリアル先端リサーチインフラ(課題番号:JPMXP1222JI0014)」、JSPS国際交流事業「ナノ空間を反応場・デバイスとして活用する物質科学国際拠点の構築」(整理番号R2906)、長崎大学卓越大学院プログラム(整理番号1814)、日揮・実吉奨学会研究助成、野口遵研究助成、小笠原敏晶記念財団一般研究助成、泉科学技術振興財団研究助成、高橋産業経済研究財団研究助成
の支援により実施されました。
【発表雑誌】
| 雑誌名 | 「Nature Communications」(オンライン版:1月11日) |
| 論文タイトル | Symmetry-Breaking Host-guest Assembly in a Hydrogen-bonded Supramolecular System |
| 著者 | Shinnosuke Horiuchi, Takumi Yamaguchi, Jacopo Tessarolo, Hirotaka Tanaka, Eri Sakuda, Yasuhiro Arikawa, Eric Meggers, Guido H. Clever, Keisuke Umakoshi |
| DOI | https://doi.org/10.1038/s41467-023-35850-4 |
【用語解説】
遷移金属イオンと有機化合物が配位結合によって複合体となった化合物の総称。その中でも正の電荷を帯びたものはカチオン性と呼ばれる。
分子の位置と構造情報に関する状態量。分子の位置が平均化され構造情報が少ない集合構造は高配置エントロピーを持ち、全ての分子の位置が個別に観測され構造情報に富んだ集合構造は低配置エントロピーの構造となる。
元の構造とその鏡像が重なり合わない性質をキラリティと言い、この性質を持つことを形容詞系でキラルと表す。キラル分子特有の光学特性をキラル光学特性と言い、化合物の立体構造に由来した物性値である。
令和5年1月16日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/01/16-1.html学生の柿﨑さんが第30回日本ポリイミド・芳香族系高分子会議にて優秀ポスター賞を受賞
学生の柿﨑 翔さん(博士前期課程2年、サスティナブルイノベーション研究領域、金子 達雄研究室)が第30回日本ポリイミド・芳香族系高分子会議にて優秀ポスター賞を受賞しました。
日本ポリイミド・芳香族系高分子会議では、芳香族系高分子を中心に幅広い分野における合成、材料分野を基軸として研究を展開する研究者・学生らの学術交流として、毎年研究発表会を開催しています。今年はコロナ禍を考慮しながらの対面形式で、令和4年12月10日に千葉県の東邦大学にて開催されました。
優秀ポスター賞は、発表会ポスターセッションにおいて優秀な研究発表を行った学生に授与されます。
■受賞年月日
令和4年12月10日
■発表者名
柿﨑翔、Yin Hongrong、高田健司、金子達雄
■発表題目
Syntheses of Photoresponsive poly(amide-ester)s using itaconic acid and cinnamic acid
■研究概要
本研究では、バイオ由来物質であるイタコン酸及びm-クマル酸を原料とした紫外線応答性ポリアミドエステルの合成に成功しました。得られたポリマーは二段階の溶融重縮合を経て合成され、m-クマル酸の組成の増加に伴って分子量並びにガラス転移点が上昇しました。さらに、当ポリマーから作製したフィルムに対して紫外線照射を行ったところ、m-クマル酸特有のE-Z異性化による凸変形が確認されました。これは、紫外線から得られるエネルギーを力に変換することができるバイオ由来ポリマーの開発に大きく寄与する研究になります。
■受賞にあたって一言
この度は、第30回日本ポリイミド・芳香族系高分子会議におきまして、このような賞をいただけたことを大変光栄に思います。本研究の遂行にあたり、日頃よりご指導をいただいている金子達雄教授、高田健司助教にこの場をお借りして心より御礼を申し上げます。さらに、本研究に関して多くのご助言をいただきました研究室のメンバーに深く感謝いたします。


令和4年12月15日
出典:JAIST 受賞https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/award/2022/12/15-1.html学生のZUMILAさんが2022年度日本化学会北陸地区講演会と研究発表会において優秀ポスター賞を受賞
学生のZUMILA, Haililiさん(博士後期課程2年、バイオ機能医工学研究領域、藤本研究室)が2022年度日本化学会北陸地区講演会と研究発表会において優秀ポスター賞を受賞しました。
北陸地区講演会と研究発表会は、毎年秋に、金沢大学、福井大学、富山大学、北陸先端科学技術大学院大学のいずれかの大学にて開催しています。特別講演のほか、ポスター発表があり、200~300名が参加しています。
今回、2022年度日本化学会北陸地区講演会と研究発表会は、令和4年11月11日に富山大学にて開催されました。
■受賞年月日
令和4年11月16日
■発表題目
Development of 3-cyanovinylcarbazole induced ultra-fast photocrosslinking mediated DNA circuits
(超高速DNA光架橋反応を用いたユニークなDNA回路開発)
■発表者名
ズミラ ハリリ、セティ シダント、藤本 健造
■受賞対象となった研究の内容
DNAはナノスケールのバイオ高分子として知られており、過去数十年の間に様々なナノスケールの分子デバイスの構築に利用されてきました。今回、研究室オリジナルの超高速DNA光架橋剤である3-シアノビニルカルバゾールを用いて、光エネルギーによって制御可能な新しいDNA回路の設計に挑戦しました。高いDNA架橋率を実現することで、望ましくない複合体を防ぎつつ、高速にDNAの入力順を計算できるような光誘起メモリ回路の構築に成功しました。
■受賞にあたって一言
この度は、2022年度日本化学会北陸地区講演会と研究発表会におきまして、このような賞を頂けたことを大変光栄に思います。本研究の遂行にあたり、日頃よりご指導いただいている藤本健造教授にこの場をお借りして心より御礼申し上げます。また、多くのご助言やディスカッションにご協力頂いた藤本研究室の皆様に深く感謝いたします。
令和4年11月22日
出典:JAIST 受賞https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/award/2022/11/22-1.htmlサスティナブルイノベーション研究領域の宮田助教が第19回日本熱電学会学術講演会において優秀講演賞を受賞
サスティナブルイノベーション研究領域の宮田 全展助教が第19回日本熱電学会学術講演会において優秀講演賞を受賞しました。
日本熱電学会学術講演会は、熱電科学 · 技術、アルカリ温度差電池(AMTEC)、熱光電池(TPV)などに関する材料、素子、デバイス、モジュール、アセスメント等について幅広く議論するものです。優秀講演賞は、熱電科学、工学と技術の発展に貢献しうる優秀な講演論文を発表した者に授与されます。
今回、第19回日本熱電学会学術講演会は令和4年8月8日から10日にかけて新潟県長岡市のアオーレ長岡にて開催されました。
■受賞年月日
令和4年8月10日
■講演題目
二元系リン化物 AgP2 の電子・フォノン物性と Ag 原子の大きな非調和フォノン散乱
■受賞対象となった研究の内容
蒸気タービンによるエネルギー回収が困難な低温排熱から、エネルギー回収をおこなえる熱電変換材料が注目を集めています。中でも、リンPを主成分としたリン化物が候補物質として近年注目を集めつつありますが、格子熱伝導率が高いことが問題の一つとなっています。
本研究では、合成したリン化物AgP2が高いHall移動度と低い格子熱伝導率を両立することを発見し、その起源がキャリアの長い緩和時間、軽い有効質量、およびAg-Pの異方的結合・質量差によって引き起こされるAg原子の大きな非調和フォノン振動であることを、実験と第一原理電子・フォノン計算の両面から明らかにしました。これにより、「Ag原子が異方的結合をもつAg-P化物は、Agの非調和振動により低い格子熱伝導率を示す」という新たな材料設計指針を確立することに成功しました。
■受賞にあたって一言
この度、日本熱電学会より優秀講演賞を賜りまして大変光栄に思います。今回の受賞を励みに、当該研究分野の発展により貢献できるよう邁進してまいります。本研究の推進にあたり数多くのディスカッション・ご助言をいただきました小矢野幹夫教授をはじめ、研究室の学生の皆様、熱電学会関係各所の皆様に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。また。本研究は日本学術振興会(JSPS)科研費 JP20K15021の助成を受けて実施されました。感謝御礼申し上げます。


令和4年8月18日
出典:JAIST 受賞https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/award/2022/08/18-2.htmlダイヤモンド中に10兆分の1秒で瞬く磁化を観測 ~超高速時間分解磁気センシング実現に期待~
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国立大学法人筑波大学 国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) |
ダイヤモンド中に10兆分の1秒で瞬く磁化を観測
~超高速時間分解磁気センシング実現に期待~
| 磁石や電流が発する磁気の大きさと向きを検出するデバイスや装置を磁気センサーと呼びます。現在では、生体中における微弱な磁気から電子デバイス中の3次元磁気イメージングに至るまで、磁気センサーの応用分野が広がりつつあります。磁気センサーの中で最も高感度を誇るのが、超伝導量子干渉素子(SQUID)で、1 nT(ナノテスラ、ナノは10億分の1)以下まで検出可能です。また、ダイヤモンドの点欠陥である窒素−空孔(NV)センターと走査型プローブ顕微鏡(SPM)技術を組み合わせることで、数十nm(ナノメートル)の空間分解能を持つ量子センシングが可能になると期待されています。 このように、従来の磁気センシング技術は感度や空間分解能に注目して開発されてきましたが、時間分解能はマイクロ秒(マイクロは100万分の1)の範囲にとどまっています。このため、磁場を高い時間分解能で測定できる新しい磁気センシング技術の開発が望まれていました。 本研究では、表面近傍にNVセンターを導入したダイヤモンド単結晶に超短光パルスを照射し、それにより10兆分の1秒で瞬く結晶中の磁化を検出することに成功しました。検出感度を見積もると、約35 mT(ミリテスラ、ミリは1000分の1)となりました。また、計測の時間分解能は、超短光パルスにより磁化を発生させたことにより、約100フェムト秒(フェムトは1000兆分の1)となりました。 本研究成果により、NVセンターでは従来困難だった高速に時間変化する磁気のセンシングも可能であることが示され、高い時間分解能と空間分解能を兼ね備えた新たな磁気センシングの開拓につながることが期待されます。 |
【研究代表者】
筑波大学 数理物質系
長谷 宗明教授
北陸先端科学技術大学院大学 ナノマテリアル・デバイス研究領域
安 東秀准教授
【研究の背景】
磁石や電流が発する磁気の大きさと向きを検出するのが磁気センサーです。現在では、生体中における微弱な磁気から、電子デバイス中の3次元磁気イメージングに至るまで、磁気センサーの研究開発が進んでいます。磁気センサーには、比較的簡便なトンネル磁気抵抗素子注1)によるものや、超伝導体のリングを貫く磁束の変化を電流で読み取る超伝導量子干渉素子(SQUID)注2)などがあります。その中でも最高感度を誇るのがSQUIDで、1 nT(ナノテスラ)以下の磁場をも検出できるほどです。しかし、超伝導体を用いるSQUIDは電気回路や極低温などの高度な取扱いを要します。このため、近年では、ダイヤモンドの点欠陥である窒素−空孔(NV)センター注3)を用いた磁気センサーの開発が進んでいます。特に、負に帯電したNVスピン状態を利用した全光読み出しシステムが、室温でも動作する量子磁力計として注目されています。また、NVセンターの利用と、走査型プローブ顕微鏡(SPM)注4)技術を組み合わせることで、数十nmの空間分解能注5)で量子センシング注6)を行うことが可能になります。
このように、従来の磁気センシング技術は感度や空間分解能に注目して開発されてきました。その一方で、時間分解能注7)はマイクロ秒の範囲にとどまっています。このため、磁場をより高い時間分解能で測定できる新しい量子センシング技術の開発が望まれていました。
そうした中、NVセンターを高濃度に含むダイヤモンド単結晶膜において、入射された連続発振レーザーの直線偏光が回転することが分かり、ダイヤモンドにおける磁気光学効果が実証されました。NVセンターに関連する集団的な電子スピンが磁化として機能することが示唆されていますが、この手法では時間分解能を高めることができません。他方、逆磁気光学効果、すなわち光パルスで磁気を作り出すという光磁気効果に対するダイヤモンドNVセンターの研究については、行われてきませんでした。しかし、この光磁気効果を開拓することは、ダイヤモンドの非線形フォトニクスの新しい機能性を追求する上で非常に重要です。また、ダイヤモンドNVセンターのスピンを用いた非接触かつ室温動作の量子センシング技術を、高い時間分解能という観点でさらに発展させるためにも、光磁気効果の開拓が必要だと考えられます。
【研究内容と成果】
本研究チームは、フェムト秒(1000兆分の1秒)の時間だけ近赤外域の波長で瞬く超短パルスレーザー注8)を円偏光にして、NVセンターを導入した高純度ダイヤモンド単結晶に照射し、結晶中に発生した超高速で生成・消滅する磁化を検出することに成功しました。
実験ではまず、波長800nmの近赤外パルスレーザー光をλ/4波長板により円偏光に変換し、NVセンターを導入した高純度ダイヤモンド単結晶に励起光として照射しました。その結果、磁気光学効果の逆過程(光磁気効果)である逆ファラデー効果注9)により、ダイヤモンド中に磁化を発生できることを見いだしました(参考図1挿入図)。この磁化が生じている極短時間の間に直線偏光のプローブ光を照射すると、磁化の大きさに比例してプローブ光の偏光ベクトルが回転します。これを磁気光学カー回転と呼びます。磁気光学カー回転の時間変化はポンプープローブ分光法で測定しました(図1)。測定の結果、逆ファラデー効果で生じるダイヤモンド中の磁化は、約100フェムト秒の応答として誘起されることが確かめられました(図2左)。NVセンターを導入していないダイヤモンドでも磁化は発生しますが、導入すると、発生する磁化が増幅されることも明らかになりました(図2右)。
次に、励起レーザーの偏光状態を直線偏光から右回り円偏光、そして直線偏光に戻り、次に左回り円偏光と逐次変化させることで、波長板の角度とカー回転角(θ )の関係を調べました。すると、NVセンターを導入する前の高純度ダイヤモンド単結晶では、逆ファラデー効果を示すsin 2θ 成分および非線形屈折率変化である光カー効果を示す sin 4θ 成分のみが観測されました。一方、NVセンターを導入したダイヤモンドでは、それらの成分に加えて、新規にsin 6θ の成分を持つことが明らかになりました(図3a)。さらに、励起光強度を変化させながら各成分を解析したところ、sin 2θ 成分およびsin 4θ 成分は励起光強度に対して一乗で増加しますが(図3b,c)、新規のsin 6θ の成分の大きさは励起光強度に対して二乗で変化することが分かりました(図3d)。これらのことから、 sin 6θ の成分は、NVセンターが有するスピンが駆動力となり、ダイヤモンド結晶中に発生した非線形な磁化(逆コットン・ムートン効果注10))であることが示唆されました。また、この付加的で非線形な磁化により、図2で観測された磁化の増幅が説明できました。この非線形な磁化による磁場検出感度を見積もると、約35 mT(ミリテスラ)となりました。SQUIDの検出感度には及びませんが、本手法では約100フェムト秒という高い時間分解能が得られることが示されたといえます。
【今後の展開】
本研究チームは、今回観測に成功した光磁気効果を用いた量子センシング技術をさらに高感度化し、ダイヤモンドを用いたナノメートルかつ超高速時間領域(時空間極限領域)での量子センシングに深化させることを目指して研究を進めていきます。今後は、ダイヤモンドNVセンターが駆動力となった逆コットン・ムートン効果を磁気センシングに応用することで、先端材料の局所磁場やスピン流を高空間・高時間分解能で測定することが可能となります。さらに、パワーデバイス、トポロジカル材料・回路、ナノバイオ材料など実際のデバイスの動作条件下で、例えば磁壁のダイナミクスや磁化反転などデバイス中に生じるダイナミックな変化を、フェムト秒の時間分解能で観察できることになり、先端デバイスの高速化や高性能化への貢献が期待されます。
【参考図】

| 図1 本研究に用いた実験手法 パルスレーザーから出たフェムト秒レーザー光はビームスプリッタでポンプ光とプローブ光に分割され、それぞれ波長板と偏光子を通過した後、ポンプ光は光学遅延回路を経由した後レンズで試料に照射される。プローブ光も同様に試料に照射された後、偏光ビームスプリッタにより分割されて二つの検出器で光電流に変換される。その後、電流増幅された後、デジタルオシロスコープで信号積算される。右上の挿入図は、逆ファラデー効果の模式図を示し、右回り(σ+)または左回り(σ-)の円偏光励起パルスによりダイヤモンド結晶中に上向き(H+)または下向きの磁化(H-)が生じる。なおデジタルオシロスコープでは、下向きの磁化が観測されている。 |

| 図2 高純度ダイヤモンド(NVなし)およびNVセンターを導入したダイヤモンド(NVあり)における時間分解カー回転測定の結果。赤色および青色の実線はそれぞれ、右回り円偏光、左回り円偏光により励起した実験結果を示す。 |

| 図3 NVセンターを導入したダイヤモンドにおけるカー回転の解析結果 (a) 下図(青丸)はカー回転角の波長板の角度(θ )に対するプロットである。黒い実線はCsin 2θ + Lsin 4θ による最小二乗回帰曲線(フィット)を示す。上図(赤丸)は下図の最小二乗回帰の残差を示す。太い実線はFsin 6θ による最小二乗回帰曲線(フィット)を示す。また最上部は偏光状態の変化(直線偏光→右回り円偏光→直線偏光→左回り円偏光→直線偏光)を表す。(b) Csin 2θ の振幅Cを励起フルエンスに対してプロットした図。 (c) Lsin 4θ の振幅Lを励起フルエンスに対してプロットした図。(d) Fsin 6θ の振幅Fを励起フルエンスに対してプロットした図。(b)と(c)の実線は一次関数によるフィットを示し、(d) の実線は二次関数によるフィットを示す。 |
【用語解説】
注1)トンネル磁気抵抗素子
2枚の磁性体の間に非常に薄い絶縁体を挟んだ構造(磁性体/絶縁体/磁性体)からなる素子。磁性体は金属であり、電圧を加えると、薄いポテンシャル障壁を通り抜けるという量子力学的なトンネル効果により絶縁体を介したトンネル電流が流れる。各磁性体の磁化の向きが平行な場合と反平行な場合で、素子の電気抵抗が大きく変化する。これをトンネル磁気抵抗効果という。よって、この効果を原理とした素子をトンネル磁気抵抗素子と呼ぶ。
注2)超伝導量子干渉素子(QUID)
超伝導体のリングにジョセフソン接合(二つの超伝導体間にトンネル効果によって超伝導電流が流れるようにした接合のこと)を含む素子を、超伝導量子干渉素子(SQUID)と呼ぶ。リングを貫く磁束が変化すると、ジョセフソン接合を流れるトンネル電流が変化するため、高感度の磁気センサーとして用いられる。
注3)窒素−空孔(NV)センター
ダイヤモンドは炭素原子から構成される結晶だが、結晶中に不純物として窒素(Nitrogen)が存在すると、そのすぐ隣に炭素原子の抜け穴(空孔:Vacancy)ができることがある。この窒素と空孔が対になった「NV(Nitrogen-Vacancy)センター」はダイヤモンドの着色にも寄与し、色中心と呼ばれる格子欠陥となる。NVセンターには、周辺環境の温度や磁場の変化を極めて敏感に検知して量子状態が変わる特性があり、この特性をセンサー機能として利用することができる。
注4)走査型プローブ顕微鏡(SPM)
微小な探針(プローブ)で試料表面をなぞることにより、試料の凹凸を観察する顕微鏡の総称である。細胞やデバイスなどにおいて、分子や原子などナノメートルの構造を観察するのに用いられる。代表的なものに原子間力顕微鏡(AFM)などがある。
注5)空間分解能
近い距離にある2つの物体を区別できる最小の距離である。この距離が小さいほど空間分解能が高く、微細な画像データの測定が可能になる。
注6)量子センシング
量子化したエネルギー準位や量子もつれなどの量子効果を利用して、磁場、電場、温度などの物理量を超高感度で計測する手法のこと。
注7)時間分解能
観測するデータに識別可能な変化を生じさせる最小の時間変化量である。最小時間変化量が小さいほど時間分解能が高く、高速で変化する画像などのデータ識別が可能となる。
注8)超短パルスレーザー
パルスレーザーの中でも特にパルス幅(時間幅)がフェムト秒以下の極めて短いレーザーのことをいう。光電場の振幅が極めて大きいため、2次や3次の非線形光学効果を引き起こすことができる。
注9)逆ファラデー効果
ファラデー効果は磁気光学効果の一種で、磁性体などに直線偏光が入射し透過する際に光の偏光面が回転する現象のことをいう。その際、入射光の伝播方向と物質内の磁化の向きは平行である。逆ファラデー効果はこれとは逆に、円偏光したレーザー光を物質に入射することで、入射した方向に平行に磁化が生じる現象のことをいう。磁性体に限らず、あらゆる物質で生じる非線形光学過程である。
注10)逆コットン・ムートン効果
コットン・ムートン効果は磁気光学効果の一種で、磁性体などに直線偏光が入射し透過する際に、光の偏光面が回転する現象のことをいう。その際、入射光の伝播方向と物質内の磁化の向きは垂直である。逆コットン・ムートン効果は、逆に、磁界が印可された物質に直線偏光のレーザー光を入射した際に、入射した方向に垂直に磁化が生じる現象であり、磁性体などで生じる高次の非線形光学過程である。
【研究資金】
本研究は、国立研究開発法人 科学技術振興機構 CREST「ダイヤモンドを用いた時空間極限量子センシング(JPMJCR1875)」(研究代表者:長谷 宗明)、および独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費補助金「サブサイクル時間分解走査トンネル顕微鏡法の開発と応用」(研究代表者:重川 秀実)による支援を受けて実施されました。
【掲載論文】
| 題 目 | Ultrafast opto-magnetic effects induced by nitrogen-vacancy centers in diamond crystals. (ダイヤモンド結晶中の窒素空孔センターが誘起する超高速光磁気効果) |
| 著者名 | Ryosuke Sakurai, Yuta Kainuma, Toshu An, Hidemi Shigekawa, and Muneaki Hase |
| 掲載誌 | APL Photonics |
| 掲載日 | 2022年6月15日(現地時間) |
| DOI | 10.1063/5.0081507 |
令和4年6月16日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2022/06/16-1.htmlリチウムイオン2次電池用シリコン負極を大幅に安定化する自己修復型ポリマーコンポジットバインダーを開発
リチウムイオン2次電池用シリコン負極を大幅に安定化する
自己修復型ポリマーコンポジットバインダーを開発
ポイント
- リチウムイオン2次電池の高容量化のため、シリコン負極が注目されているが、シリコン粒子の大きな体積変化等の問題によって安定した充放電が困難となっている。
- リチウムイオン2次電池用シリコン負極を安定化する目的で、BIAN(ビスイミノアセナフテン)構造を有する共役系高分子とポリアクリル酸との水素結合ネットワークから成るコンポジットバインダーを開発した。
- アノード型ハーフセルを構築し充放電特性を評価したところ、600サイクル後に2100 mAhg-1を維持し、極めて高い安定性を示した。
- 充放電後における界面抵抗が極めて低いことや、充放電後の負極の構造的耐久性も高く、劣化は極めて軽微であることが分かった。
- 高容量放充電技術の普及を通して社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
| 北陸先端科学技術大学院大学 (JAIST) (学長・寺野 稔、石川県能美市)の先端科学技術研究科 物質化学フロンティア研究領域の松見 紀佳教授、バダム ラージャシェーカル講師、アグマン グプタ研究員らのグループは、リチウムイオン2次電池*1用シリコン系負極を大幅に安定化するポリマーコンポジットバインダーの開発に成功した。 |
【背景と経緯】
リチウムイオン2次電池開発においては、EV車の更なる普及を見据えたエネルギー密度の向上を目的として、従来型負極であるグラファイトの理論放電容量を大幅に上回るシリコンの活用に関心が高まっており、カーボンニュートラルの見地からも高容量蓄電池の早期実用化が望まれている。また、シリコンは地殻に豊富に含まれる元素でありコスト面の利点が明白で、元素戦略の観点からも活用が期待される。
一方、シリコン負極においては、充放電時における大幅なシリコン粒子の体積変化が問題となっており、シリコン粒子の大幅な体積膨張による破断などの問題がある。また、充放電によってシリコン上に形成された界面被膜の破壊、集電体からの剥離、シリコン上に生成するクラック上の新たなシリコン面からの電解液の分解による厚いSEI被膜形成などの諸問題による大幅な内部抵抗の上昇によって、電池性能の劣化にも至っている。
【研究の内容】
本研究においては、負極の環境で還元され伝導性を発現するn型共役系高分子バインダー(ビスイミノアセナフテン骨格を有する共役系高分子、P-BIAN)と、この高分子(ポリマー)と水素結合性ネットワークを形成するポリアクリル酸(PAA)を組み合わせることにより、内部抵抗の低減と自己修復機能との相乗的な効果によりシリコン系負極を大幅に安定化できるコンポジットバインダーを開発した(図1)。両ポリマー間の水素結合形成はXPS測定(N1s)から確認された。
また、本コンポジットバインダーを用いてアノード型ハーフセル*2[アノード:Si/C/(P-BIAN/PAA)/AB =25/30/25/20 by wt%]を構築し、充放電特性を評価したところ、600サイクル後に2100 mAhg-1を維持し、極めて高い安定性を示した(図2)。さらに、サイクリックボルタンメトリー*3からは、可逆的で明瞭なリチウム脱挿入挙動や、電解液の分解抑制が示された。
次に、動的インピーダンス測定(DEIS)を行ったところ、本系における充放電後のSEI抵抗は、比較対象のポリアクリル酸バインダー系の場合の約1/6程度となった。
充放電試験後に電池セルを分解し負極を分析したところ、XPSにおいて負極内部の諸元素の環境に由来するピークが明瞭に観測されたことから、表面に形成したSEIは非常に薄いことが分かった。加えて、SEM観測においては400サイクル後においてもクラック形成は極めて軽微であり、比較対象(ポリアクリル酸)と対照的であったことから、本系においては充放電後の界面抵抗が極めて低いことが明らかとなった。また、充放電後の負極のSEMによる分析結果においても構造的耐久性が高く、有意な劣化が見られないことが分かった。
本成果は、ACS Applied Energy Materials (米国化学会)のオンライン版に4月29日に掲載された。なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(JP18077239)の支援を受けて実施した。
【今後の展開】
活物質の面積あたりの担持量をさらに向上させつつ電池セル系のスケールアップを図り、産業応用への橋渡し的条件においての検討を継続する。(国内特許出願済み)
今後は、企業との共同研究を通して将来的な社会実装を目指す。高容量充放電技術の普及を通して、社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
【論文情報】
| 雑誌名 | ACS Applied Energy Materials |
| 題目 | Heavy-Duty Performance from Silicon Anodes Using Poly(BIAN)/Poly(acrylic acid)-Based Self-Healing Composite Binder in Lithium-Ion Secondary Batteries |
| 著者 | Agman Gupta, Rajashekar Badam, Noriyoshi Matsumi* |
| 掲載日 | 2022年4月29日 |
| DOI | 10.1021/acsaem.2c00278 |

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図1.(a) 高分子化BIAN(P-BIAN)及びポリアクリル酸(PAA)の構造式
(b) P-BIAN/PAAコンポジットバインダーの設計戦略 (c)P-BIAN/PAAのコンポジット生成に伴う強靭さ及び自己修復能による力学的特性の向上のイメージ図 |

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図2.(a) Si/C/(P-BIAN/PAA)/AB負極を有するアノード型ハーフセルのサイクリックボルタモグラム
(b) P-BIAN/PAA系バインダーとPAAバインダーを有するSi系負極を用いたアノード型ハーフセルとの500 mAg-1における充放電サイクル特性の比較 (c) Si/C/(P-BIAN/PAA)/AB負極を有するアノード型ハーフセルの充放電曲線(500 mAg-1) (d) Si/C/(P-BIAN/PAA)/AB負極を有するアノード型ハーフセルと比較系(PAAバインダー系)との容量維持率の推移の比較 |
【用語解説】
*1 リチウムイオン2次電池:
電解質中のリチウムイオンが電気伝導を担う2次電池。従来型のニッケル水素型2次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
*2 アノード型ハーフセル:
リチウムイオン2次電池の場合には、アノード極/電解質/Liの構成からなる半電池を意味する。
*3 サイクリックボルタンメトリー(サイクリックボルタモグラム):
電極電位を直線的に掃引し、系内における酸化・還元による応答電流を測定する手法である。電気化学分野における汎用的な測定手法である。また、測定により得られるプロファイルをサイクリックボルタモグラムと呼ぶ。
令和4年5月12日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2022/05/12-1.htmlサイエンスヒルズこまつで子ども向け科学教室 「JAISTサイエンス&テクノロジー教室」を開催
3月6日(日)、サイエンスヒルズこまつにおいて、「JAISTサイエンス&テクノロジー教室」を開催しました。同教室は、小松市との包括連携協定に基づく青少年の理科離れ解消に向けた取組のひとつであり、サイエンスヒルズこまつがJR小松駅前に開館して以来、毎年実施しているものです。
今年度の第2回目「お湯と氷で車が走る!?熱電ミニカーを作ろう!」には、10名の子どもが参加しました。はじめに先端科学技術研究科(環境・エネルギー領域)の小矢野 幹夫教授から、温度差によって電圧が発生する原理についての説明がありました。その後、子どもたちはこの原理を利用して動く熱電ミニカーを作り、より速く走らせることに熱心に取り組んでいました。




令和4年3月8日
出典:JAIST お知らせ https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/info/2022/03/08-1.htmlダイヤモンド量子イメージングプローブの新規作製法を開発 -ナノ量子イメージングに道-
ダイヤモンド量子イメージングプローブの新規作製法を開発
-ナノ量子イメージングに道-
ポイント
- レーザー加工と集束イオンビーム加工を用いた走査ダイヤモンド量子イメージングプローブの作製法の開発に成功
- 高性能化へ向けた加工自由度の高いナノ量子センシング・イメージングプローブ作製法として期待
| 北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野 稔、石川県能美市)、先端科学技術研究科 応用物理学領域の貝沼 雄太大学院生(博士後期課程)、安 東秀准教授らは、京都大学、産業技術総合研究所と共同で、レーザー加工と集束イオンビーム加工注1)によりダイヤモンド中の窒素-空孔複合体中心(NV中心(図1[右]))注2)と呼ばれる極小な量子センサーをプローブ先端に含有するナノ量子イメージングプローブ(図1[左])の新規作製法の開発に成功しました。 |
【背景と経緯】
近年、新しいデバイスやセンサーの創出による環境・エネルギー問題の解決、安心安全な社会の実現、これらによる人類社会の持続的繁栄への貢献が求められています。この中で量子計測・センシング技術は、量子力学を原理とした従来とは異なる革新的な技術を提供する分野であり、将来の社会基盤を支えるしくみを一新すると期待されています(量子技術イノベーション)。その中でも、ダイヤモンド中の欠陥構造であるNV中心を用いた量子計測技術は、室温・大気中で動作可能なこと、センサーサイズがナノスケールであることより注目を集めており、特に、NV中心を走査プローブとして用いた際にはナノスケールの量子イメージングの実現が期待されています。
従来、走査NV中心プローブの作製にはフォトリソグラフィーと電子線リソグラフィーを用いたリソグラフィー法が用いられていましたが、この方法ではプロセスが複雑であること、再加工ができないという課題がありました。今回の研究では、レーザー加工と集束イオンビーム加工(FIB)による加工自由度の高い走査NV中心プローブの作製法を開発し、さらに磁気イメージングの動作を実証しました。
【研究の内容】
図2に示すように、まず、表面下約40ナノメートルにNV中心を有するダイヤモンド結晶の板を、レーザー加工によりロッド状の小片に加工した上で、水晶振動子型の原子間力顕微鏡の先端に取り付けました。続いて、FIB加工においてドーナツ型の加工形状を用いることで、当該小片の中心位置に存在するNV中心の加工ダメージを回避して走査ダイヤモンドNV中心プローブを作製しました。このNV中心プローブを走査しながら磁気テープ上に記録された磁気構造からの漏洩磁場を光学的磁気共鳴検出法(ODMR)注3)により計測し、磁気構造のイメージングに成功しました(図3)。
本研究成果は、2021年12月28日(米国東部標準時間)に米国物理学協会の学術誌「Journal of Applied Physics」のオンライン版に掲載されました。
【今後の展開】
本研究では、レーザー加工とFIB加工による加工自由度の高い走査NV中心プローブの作製法の開発に成功しました。今後、プローブの形状や表面状態を最適化することで、より高性能な走査ダイヤモンドNV中心プローブを作製し量子イメージング分野に貢献することが期待されます。

図1 ダイヤモンド中の窒素(N)-空孔(V)複合体中心(NV中心)[右]と、
走査ダイヤモンドNV中心プローブ[左]

図2 レーザー加工とFIB加工による走査ダイヤモンドNV中心プローブの作製

図3 走査ダイヤモンドNV中心プローブによる磁気テープの磁気構造イメージング
【論文情報】
| 掲載誌 | Journal of Applied Physics |
| 論文題目 | Scanning diamond NV center magnetometor probe fabricated by laser cutting and focused ion beam milling |
| 著者 | Yuta Kainuma, Kunitaka Hayashi, Chiyaka Tachioka, Mayumi Ito, Toshiharu Makino, Norikazu Mizuochi, and Toshu An |
| 掲載日 | 2021年12月28日(米国東部標準時間) |
| DOI | 10.1063/5.0072973 |
【研究助成費】
本研究の一部は、次の事業の支援を受けて実施されました。
・科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST (JPMJCR1875)、
次世代研究者挑戦的研究プログラム(未来創造イノベーション研究者支援プログラム)(JPMJSP2102)
・澁谷学術文化スポーツ振興財団
・日本学術振興会(JSPS)科研費 基盤研究(C) (21K04878)
・文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP, JPMXS0118067395)
【用語解説】
注1)集束イオンビーム加工(Focused Ion Beam, FIB)
イオンビームにより材料をナノスケールで加工する加工法。本研究では、ガリウム(Ga)イオンを用いてダイヤモンド片をプローブ形状に加工した。
注2)NV中心
ダイヤモンド中の窒素(N)不純物と空孔(V)が対になった構造(窒素-空孔複合体中心)であり、室温、大気中で安定的にスピン量子状態が存在する。
注3)光学的磁気共鳴検出法(Optically Detected Magnetic Resonance, ODMR)
磁気共鳴現象を光学的に検出する手法。本研究では532ナノメートルのレーザー光入射により励起・生成されたマイクロ波印加による蛍光強度の変化を計測しNV中心スピンの磁気共鳴を検出する。
令和4年1月5日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2022/01/05-1.html学生のZHOUさんが第29回日本ポリイミド・芳香族系高分子会議において優秀ポスター賞を受賞
学生のZHOU, Jiabeiさん(博士前期課程2年、環境・エネルギー領域、金子研究室)が第29回日本ポリイミド・芳香族系高分子会議において優秀ポスター賞を受賞しました。
日本ポリイミド・芳香族系高分子系会議では、芳香族系高分子を中心に幅広い分野における合成、材料分野を基軸として研究を展開する研究者・学生らの学術交流として、毎年、研究発表会を開催しています。今年はコロナ禍の影響で対面&オンラインのハイブリッド型で、令和3年12月10日に開催されました。
優秀ポスター賞は、発表会ポスターセッションにおいて優秀な研究発表を行った学生に授与されます。
*参考:第29回日本ポリイミド・芳香族系高分子会議
■受賞年月日
令和3年12月10日
■発表者名
Zhou Jiabei、Zhong Xianzhu、Nag Aniruddha、高田健司、金子達雄
■発表題目
Toughening of Ultrahigh Thermoresistant Biopolybenzimidazoles by Forming Porous Structure
■研究概要
本研究では、スーパーエンジニアリングプラスチックの中でも特に高レベルの力学的・熱的安定性を有するポリベンズイミダゾールの多孔質化による高タフネス化に成功しました。シリカ粒子の分散・除去によるハードテンプレート法で多孔質ポリベンズイミダゾールフィルムを作製したところ、フィルムの力学物性が大きく向上する性質を見出しました。走査型プローブ顕微鏡によりポリベンズイミダゾール表面の力学強度を観測したところ、シリカ分散により生じた空孔周辺の靭性が著しく向上し、その空孔率が増えるごとに高靭性を示すことが分かりました。従来、ポリベンズイミダゾールは高い化学的安定性から物性の改質は困難でしたが、本研究で確立した方法を用いれば複雑な工程無しで、成型物の物性を改良することができ、材料開発における重要な手法となることが期待されます。
■受賞にあたって一言
この度は、第29回日本ポリイミド・芳香族系高分子会議におきまして、このような賞をいただけたことを大変光栄に思います。本研究の遂行にあたり、日頃よりご指導をいただいている金子達雄教授、高田健司助教にこの場をお借りして心より御礼を申し上げます。さらに、VISTECのNag Aniruddha様、株式会社島津製作所の長野浩一様、および多くのご助言をいただきました研究室のメンバーに深く感謝いたします。


令和3年12月28日
出典:JAIST 受賞https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/award/2021/12/28-1.html学生の柿﨑さんが第70回高分子学会北陸支部研究発表会において優秀研究賞を受賞
学生の柿﨑 翔さん(博士前期課程1年、環境・エネルギー領域、金子研究室)が第70回高分子学会北陸支部研究発表会において高分子学会北陸支部優秀研究賞を受賞しました。
高分子学会北陸支部では、北陸地域を中心に幅広い分野における高分子科学を基軸として研究を展開する研究者・学生らの学術交流として、毎年、研究発表会を開催しています。今年はコロナ禍の影響で11月27日~28日にかけてオンラインにて開催されました。
優秀研究賞は、北陸支部研究発表会の「高分子化学部門」「高分子構造・高分子物理部門」「高分子機能部門」において、それぞれ優秀な研究発表を行った学生に授与されます。
■受賞年月日
令和3年11月28日
■研究題目、論文タイトル等
Syntheses of Polymer Composites of Itaconic Acid-derived Biobased Polyamide and Nylon 11
■研究者、著者
柿﨑翔、高田健司、金子達雄
■受賞対象となった研究の内容
本研究では、ヒマシ油から抽出される11-アミノウンデカン酸をベースとしたバイオナイロンに、同じくバイオ由来で得られるイタコン酸ベースバイオナイロンをコンポジット化することに成功しました。得られたバイオナイロンコンポジットにおける11-アミノウンデカン酸の組成が増えるごとに、成型物の伸び率が向上したことから、柔軟性に優れたバイオナイロンを得ることができました。さらに当該バイオナイロン成型物をタンパク質分解酵素であるペプシンにより処理したところ、樹脂が軟化し崩壊していく挙動を示しました。これは、生体内に入ったとしても臓器を傷つけずに排出されるなど、海洋プラごみ問題である海洋生物の誤飲事故などの防止につながる成果であり、特定の条件下でのみ分解する新しいバイオベースポリマー開発に大きく寄与する研究になります。
■受賞にあたって一言
この度は、第70回高分子学会北陸支部研究発表会におきまして、このような賞をいただけたことを大変光栄に思います。本研究の遂行にあたり、日頃よりご指導をいただいている金子達雄教授、高田健司助教にこの場をお借りして心より御礼を申し上げます。さらに、多くのご助言をいただきました研究室のメンバーに深く感謝いたします。


令和3年12月16日
出典:JAIST 受賞https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/award/2021/12/16-1.html生命機能工学領域の藤本教授らの論文がJournal of Chemical Technology and Biotechnology誌の表紙に採択
生命機能工学領域の藤本 健造教授らの論文がWiley社刊行の Journal of Chemical Technology and Biotechnology誌の表紙(Front cover)に採択されました。
■掲載誌
Journal of Chemical Technology and Biotechnology
掲載日2021年12月2日
■著者
Kenzo Fujimoto*, Masakatsu Ichikawa, Shigetaka Nakamura
■論文タイトル
Photoinduced aggregation of liposome modified with DNA containing ultrafast DNA photo-cross-linker
■論文概要
脂質二分子膜により構成されるリポソームは細胞膜のモデル系及びドラッグデリバリーのキャリアーとして魅力的なバイオ高分子である。本研究では、光に応答するDNAをリポソーム膜に修飾させることで、リポソーム同士を光照射エネルギー依存的に会合させることに成功した。さらに、この会合したリポソーム群を別の波長で光照射することで解離させることも可能となった。リポソームの会合状態を光制御するという今までにない独自のリポソーム操作性を実現することに成功した。本成果は細胞間相互作用解析やリポソームを基盤としたドラッグデリバリー開発に役立つものと期待される。
論文詳細:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jctb.6941
表紙詳細:https://onlinelibrary.wiley.com/toc/10974660/2022/97/1

令和3年12月13日
出典:JAIST お知らせ https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/info/2021/12/13-2.htmlリチウムイオン2次電池の急速充放電を実現する負極活物質を開発 ~バイオベースポリマー由来高濃度窒素ドープカーボン~
リチウムイオン2次電池の急速充放電を実現する負極活物質を開発
~バイオベースポリマー由来高濃度窒素ドープカーボン~
ポイント
- リチウムイオン2次電池の急速充放電技術の価値が国際的に高まっており、これに適した材料の開発が期待されている。
- 耐熱性バイオベースポリマーであるポリベンズイミダゾールを焼成することにより、高濃度窒素ドープカーボンを得ることに成功した。
- 得られた窒素ドープカーボンを負極活物質としてアノード型ハーフセルを構築し充放電試験を行ったところ、本活物質は急速充放電に対してグラファイトとの比較において大幅に優れた適性を示した。
- 急速充放電に適した電極材料として、リチウムイオン2次電池のみならず広範な蓄電デバイスへの応用展開が期待される。
| 北陸先端科学技術大学院大学 (JAIST) (学長・寺野 稔、石川県能美市)の先端科学技術研究科 松見 紀佳教授(物質化学領域)、金子 達雄教授(環境・エネルギー領域)、バダム ラージャシェーカル講師(物質化学領域)、東嶺孝一技術専門員、Yueying Peng元研究員、Kottisa Sumala Patnaik(博士前期課程2年)は、リチウムイオン2次電池*1の急速充放電を可能にする新たな負極活物質の開発に成功した。 |
【研究背景と内容】
今日、次世代リチウムイオン2次電池開発においては、高容量化、高電圧化、難燃化など多様な開発の方向性が展開されている。なかでも最も重要性を増しているものとして、急速充放電の実現が挙げられる。現状、ガソリン車にガソリンスタンドで給油するためには数分を要するのみであるため、電気自動車(EV)が要する長い充電時間は、消費者の購買意欲を低減させている主要因の一つと考えられる。そのような状況にもかかわらず、多くの国々は将来的なガソリン車の生産中止の意向を決定しており、今後、急速充電に対応する関連技術の国際的な価値は極めて高いものとなっていくことが予想される。これらの背景のもと、米国エネルギー省(DOE:Department of Energy)においても超高速充電(XFC:extreme fast charging)の目標として15分以内での充電の実現を掲げてきた。
アノード(負極)側の活物質において、充放電速度の向上に適用可能な設計戦略としては、炭素系材料における層間距離の拡張によりイオンの拡散速度を上昇させることに加え、窒素などのヘテロ元素ドープが潜在的に有効な手法として検討されてきた。しかし、層間距離やヘテロ元素濃度を自在に制御する手法は確立されていない。
そのような背景のもと、本研究グループでは、含窒素型芳香環密度が高く高耐熱性を有するバイオベースポリマー*2のポリベンズイミダゾールを前駆体とすることにより、焼成後に高濃度窒素ドープハードカーボン*3を得た(図1)。バイオベースポリマーを前駆体とすることにより、低炭素化技術としての相乗的効果が期待される。得られた材料は17 wt%という高濃度の窒素を有していた。低分子前駆体の場合には焼成過程で多量の含ヘテロ元素成分が揮発してしまうが、高耐熱性高分子を前駆体とすることで大幅に窒素導入率を向上させることができた。
また、ポリベンズイミダゾールを800℃で焼成して得られた窒素ドープカーボンに関してXRD測定で層間距離(dスペーシング)を観測すると3.5Åであり、通常のグラファイトの3.3Åと比較して顕著に拡張した(図2A)。一般に、広いdスペーシングは系内のリチウムの拡散を促し、リチウム脱挿入の速度を向上させる。ラマンスペクトルはId/Ig比が0.98と極めて高く、(通常のグラファイトでは0.18)、効果的な欠陥の導入によりイオン拡散において好影響を有することが期待された(図2B)。また、XPSスペクトル(N1s)においては、窒素がグラファイティック窒素、ピロリジニック構造、ピリジニック構造等としてそれぞれ導入されている様子を観測した(図2C)。
得られた窒素ドープカーボンを負極活物質としてアノード型ハーフセル*4を構築し充放電試験を行ったところ、本活物質は急速充放電に対して優れた適性を示した。同様の充放電条件においてグラファイトと比較して大幅に優れた放電容量を示した(図3)。また、13分充電条件(0.74 Ag-1)においては1,000サイクル後に153 mAhg-1 (容量維持率89%)を示し、1.5分充電条件(7.4 Ag-1)においては1,000サイクル後に86 mAg-1 (容量維持率90%)を示すなど、良好な耐久性を示した。さらにフルセルにおいても好ましい充放電挙動を示した。
なお、本研究は、戦略的イノベーション創出プログラム(スマートバイオ産業・農業基盤技術)の支援のもとに行われた。
本成果は、Chemical Communications (英国王立化学会)オンライン版に11月25日(英国時間)に掲載された。
【今後の展開】
前駆体である高分子材料においては様々な構造の改変が可能であるほか、焼成条件の相違においても様々な異なる高濃度窒素ドープハードカーボンの化合物が得られ、さらなる高性能化につながると期待できる。
前駆体高分子には様々な有機合成化学的アプローチを適用可能であり、本研究が示すアプローチにより、急速充放電能を示す負極活物質材料における構造―特性相関の研究の進展が期待できる。
今後は、企業との共同研究(開発パートナー募集中、サンプル提供応相談)を通して将来的な社会実装を目指す。急速充放電技術の普及を通して社会の低炭素化に寄与する技術への展開を期待したい。


図2. (A) 800oCで焼成したポリベンズイミダゾール(窒素ドープカーボン)とグラファイトのXRDパターンの比較、(B) 800oCで焼成したポリベンズイミダゾール(窒素ドープカーボン)とグラファイトのラマンスペクトルの比較、(C) 800oCで焼成したポリベンズイミダゾール(窒素ドープカーボン)のXPS N1s スペクトル

図3. (A) 800oCで焼成したポリベンズイミダゾール(窒素ドープカーボン)及びグラファイトを用いて作製した負極型ハーフセルの充放電レート特性、(B) 800oCで焼成したポリベンズイミダゾール(窒素ドープカーボン)及びグラファイトを用いて作製した負極型ハーフセルの長期サイクル特性、(C) 各レートにおける(0.37, 0.74, 3.72, 7.44, 11.16, 18.60 Ag-1 )800oCで焼成したポリベンズイミダゾール(窒素ドープカーボン)を負極活物質としたハーフセルの長期サイクル特性
【論文情報】
| 雑誌名 | Chemical Communications |
| 題目 | Extremely Fast Charging Lithium-ion Battery Using Bio-Based Polymer-Derived Heavily Nitrogen Doped Carbon |
| 著者 | Kottisa Sumala Patnaik, Rajashekar Badam, Yueying Peng, Koichi Higashimine, Tatsuo Kaneko and Noriyoshi Matsumi* |
| 掲載日 | 2021年11月25日(英国時間)にオンライン版に掲載 |
| DOI | 10.1039/d1cc04931c |
【用語解説】
*1 リチウムイオン2次電池:
電解質中のリチウムイオンが電気伝導を担う2次電池。従来型のニッケル水素型2次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
*2 バイオベースポリマー:
生物資源由来の原料から合成される高分子材料の総称。低炭素化技術として、その利用の拡充が期待されている。
*3 窒素ドープカーボン:
典型的にはグラフェンオキシドにメラミン等の含窒素前駆体化合物を混合した後に焼成することにより作製される。従来法では可能な窒素導入量に制約があり、急速充放電用活物質の合成法としては不十分であった。一方、電気化学触媒やスーパーキャパシター用など様々なアプリケーションへの用途も広がりつつある材料群である。
*4 アノード型ハーフセル:
リチウムイオン2次電池の場合には、アノード極/電解質/Liの構成からなる半電池を意味する。
令和3年12月9日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2021/12/09-1.html最先端ナノ材料グラフェンを用いた電界センサ素子で、雷雲が生み出す電界の検出に成功 -襲雷予測に向けた「広域雷雲監視ネットワーク」実現に期待-
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北陸先端科学技術大学院大学 音羽電機工業株式会社 東京工業大学 |
最先端ナノ材料グラフェンを用いた電界センサ素子で、雷雲が生み出す電界の検出に成功
- 襲雷予測に向けた「広域雷雲監視ネットワーク」実現に期待 -
北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科/環境・エネルギー領域のアフサル カリクンナン研究員、マノハラン ムルガナタン講師、水田 博教授の研究チームは、音羽電機工業株式会社、東京工業大学と共同で、グラフェン(炭素原子シート)を用いた超小型電界センサ素子を開発し、雷雲が生み出す大気電界(最小検出電界~67V/m)を、センサにグラフェンを使用して検出することに世界で初めて成功しました。
本研究成果に関し、11月26日に、北陸先端科学技術大学院大学において記者発表を行いました。
<記者発表出席者>
・北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科/環境・エネルギー領域
水田 博 教授
マノハラン ムルガナタン 講師
アフサル カリクンナン 研究員
・音羽電機工業株式会社 技術本部
圓山 武志 取締役 本部長
工藤 剛史 部長
・東京工業大学 地球インクルーシブセンシング研究機構
堀 敦 URA(リサーチ・アドミニストレーター)
<ポイント>
- 超小型グラフェン電界センサで、雷雲が生み出す大気電界の検出に世界で初めて成功。
- 雷雲内の電荷の分布を反映した大気電界のプラス・マイナス極性判定にも成功。
複雑な雷現象のメカニズム解明と襲雷予測の精度向上に期待。 - 既存技術に比べて大幅な小型化と低消費電力化を実現。
<研究背景と内容>
雷の事故による世界の死者数は年間6千~2万4千人と推定され、日本では毎年数名が亡くなっています。また、雷サージ(雷による異常電圧・電流)は情報システムや生産ラインなどに甚大な影響を与えます。こうした被害を軽減するには、早期に襲雷/避難情報を提供する予測システムを開発し、人々に行動変容を促す必要があります。高精度な襲雷予測には広域かつ高密度な雷雲監視ネットワーク作りが重要ですが、そのためには電界センサの小型化と省電力化が大きな課題となっています。
これに対して研究チームは、ナノ炭素材料のグラフェン(炭素原子が蜂の巣状の六角形結晶格子構造に配列した単原子シート)膜を検出用チャネルとした微細センサ素子を開発しました(図1参照)。このグラフェン電界センサを用いて、雷雲が生み出す大気電界の時間変化を電気的に検出することに世界で初めて成功しました。最小検出電界は約67V/mで、これは晴天時の地表付近における大気電界レベルです。さらにこの電界センサでは、大気電界の極性の判別も可能です(図2参照)。これにより、雷雲内部の電荷分布の推定が容易になり、複雑な雷現象のメカニズム解明に大きく寄与するものと予想されます。
このグラフェンセンサをモジュール化して、屋外で雷雨時に動作試験を行ったところ(図3参照)、20km以上離れた地点での落雷を電界ピーク信号として検出することに成功しました。信号検出のタイミングは、既存のフィールドミル型電界検出装置(重量~1kg, 要外部電源)と精度よく一致しています。今回の電界センサは、従来のフィールドミル装置と比べて、電界検出部の寸法で約2万分の1の小型化(ミルの直径:170mm ⇒ グラフェンチャネル寸法:10mm)と、低消費電力化(太陽電池駆動)を実現しています。さらに、測定された電界の時間発展データを特異スペクトル変換法で解析することで、5km圏内の落雷を32分前に予測できることも見出しています。これらの新技術を統合すれば、既存技術では困難だった多数のセンサ素子を広域に配置した落雷検出ネットワークの構築が容易となり、高精度な襲雷予測の実現に向けた大きな前進が期待できます。
本成果は、第82回応用物理学会秋季学術講演会で発表されました。
・題名:Enhancing Electric Field Sensitivity in Graphene Devices by hBN Encapsulation(11a-N306-9)
・題名:雷予測精度向上のための特異スペクトル変換法を用いた電界波形解析(9p-Z22-10)
本成果は、科学技術振興機構(JST)による以下の研究助成によって得られました。
・事業名:センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム
研究課題名:「『サイレントボイスとの共感』地球インクルーシブセンシング研究拠点」
研究代表者:サテライト拠点代表 水田 博(北陸先端科学技術大学院大学 教授)
研究開発期間:平成29年度~令和3年度
・事業名:研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)トライアウト JPMJTM20DS
研究課題名:「襲雷予測システムのためのグラフェン超高感度電界センサの開発」
研究代表者:マノハラン ムルガナタン(北陸先端科学技術大学院大学 講師)
研究開発期間:令和2年度~令和3年度
図1 グラフェン雷センサイメージ図
図2 (a)開発したセンサの構造, (b)電界検出感度特性, (c)電界極性判定
図3 (a)フィールドテストの様子, (b)グラフェン電界センサの検出信号と既存のフィールドミル電界計の検出信号の比較,
(c)検出地点から10km以内での雷発生状況
令和3年11月26日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2021/11/26-1.html





