研究

教員インタビュー(この人に聞く)

池田心 准教授

「人間を楽しませる」「人間を上達させる」ゲームAIを目指して。

池田心准教授授

ゲーム・エンタテインメント領域 池田心准教授授 Ikeda Kokolo

東京工業大学博士(工学)
京都大学学術情報メディアセンター助教を経て2010年より本学勤務。
専門はゲーム情報学、進化計算、機械学習、エージェントシミュレーション。

研究室ガイド 研究室HP

人工知能(AI)は着実に進化しています。それがよくわかるのがゲームの世界で、1997年にIBMのプログラムがチェスのチャンピオンを破ったことが大きなニュースとなりました。約20年が経過した今、最もコンピュータには難しいゲームと言われた囲碁でもGoogleのプログラムが世界トップクラスの棋士を破り、ゲームAIの強さが人間を超えたことを知らしめました。
このようにゲームAIはこれまで「強さ」を追求して進化してきました。これに対し池田心准教授は、強さはもちろん、「人間を楽しませる」「人間を上達させる」という要素をもったゲームAIの研究を進めています。



JAISTの個性となる「ゲーム・エンタテイメント領域」の一翼を担う

私は囲碁や数学パズル、プログラミングを愛する父の影響で、物心ついたころからゲームやパズルに親しんでいました。2歳頃から囲碁を始め、やがてテレビゲームにも夢中になり、小学生の頃にはプログラミングもある程度やっていました。「将来はゲームのプログラマになる」という夢が「ゲームの研究者になる」に変わったのは、中学生になる前後でしょうか。
ところが囲碁については、父の指導を厳しいと感じて囲碁を楽しいと思えなくなってしまい、小学校入学前から高校生になるまで距離を置くことになります。おかげで囲碁の腕前は磨けませんでしたが、研究者としてはこれが非常に貴重な体験になりました。「なかなか勝たせてくれない父の代わりに、教え上手な『コンピュータ』が指導してくれたら囲碁を続けていたかもしれない」という発想が、現在の私の研究テーマにつながっています。

今でこそゲームは学術研究の対象として認知されていますが、私が大学生の頃はゲームの研究をしている研究室は国内には稀で、真面目な研究の対象ではないというような受け取られ方をされていました。海外に行く選択肢もあったかもしれませんが、私は機が熟すのを待とうと決め、学部時代は数学を、大学院では人工知能を学び、その後は大学助教のポストを得て、インフラを賢く動かすための研究に携わりました。

ゲーム分野でのキャリアをスタートさせたのはJAISTに研究室を構えてからです。本学は今年4月に従来の3研究科から9領域へと統合再編しましたが、その際に「ゲーム・エンタテイメント領域」が設置されました。国内ではゲーム研究を看板に掲げている研究室が少ない中、この領域はJAISTの魅力の一つになっているといえるのではないかと思います。

「面白さ志向」で人間が満足するゲームAIのあり方を探る

下図は、当研究室の主な研究テーマをマップ上に配置したものです。 日本のゲーム研究は、「強いボードゲームのAI」を追求するという観点で行われてきた歴史があります。これに対し私たちの研究室では、これまで手がつけられてこなかった「テレビゲームのAI」および「面白さに着目したゲームAIの研究」に取り組むことを特徴としています。

研究テーマ

その一例が『プレイヤの意図を汲み取るRPGの仲間AI』の研究です。
コンピュータゲームの中には,敵と対戦するだけでなく、チームを組んで仲間と協力することが重要になるものがあります。 例えば国民的RPGとして知られるドラゴンクエストなどがその例です。昔は強い仲間AIを作ることが難しく、90年に発売され“人工知能搭載”を謳ったドラゴンクエストIVでは仲間AIプレイヤが全く効果のない技を使うなど問題点が多く、当時私を含めて多くのプレイヤが不満を覚えました。
技術や機器が発展した今でも、RPGの仲間AIに不満を覚えることは少なくありません。これはこのようなゲームの目的が1回1回の戦闘に勝つことに限らず、「早く戦闘を終わらせたい」「MPを節約したい」など多様な副目的があることが原因です。仲間AIが「勝率を最大にする」ための最善行動として例えば回復や防御を選択したとしても、それは「少しリスクがあっても早く戦闘を終わらせたい」と思っている人間プレイヤには不満な行動となってしまいうるのです。そこで我々は、人間プレイヤの意図や価値観を推測し、それに合わせた行動を取れる仲間AIを作るという発想で研究を進めています。

『プレイヤの意図を汲み取るRPGの仲間AI』のイメージ

プレイヤが自然に感じる「乱数」の作り方

コンピュータゲームでは、トランプを配る、サイコロを振るなどの作業で乱数が用いられています。弱いコンピュータプレイヤを勝たせるため裏で乱数を操作していた時代もありましたが、ある程度強いコンピュータプレイヤが実現できる今は乱数の操作は必要なくなってきています。ところが目の出方によっては、“認知バイアス”が働き、プレイヤが「不当に操作されている」とゲームへの不信感を抱く場合もあります。
『偏りがあるように思わせない(偏った)乱数生成』の研究では、人間の認知バイアスに対応し例えば同じ目が連続ででる頻度を落とすなどの調整を加えることで、真の乱数より自然に“見える”乱数生成のアルゴリズムを考案しています。実際、数学的に正しい乱数と、私たちが調整した乱数を見せると、被験者の多くは後者の方を真の乱数だと判断します。
「不当な乱数操作している」という理不尽なレビューに困惑するゲームメーカーが多いという現状を反映し、この研究をまとめた論文は情報処理学会の電子図書館で閲覧数一位になるなど注目を集めています。

ゲームの擬似乱数

プレイヤを楽しませる「教え上手」な囲碁AI

『接待碁・指導碁プログラム』の研究は、ボードゲーム寄りの研究になりますが、AIを指導役として「勝つこと」ではなく「プレイヤを楽しませる」ことを目的とするプログラムを目指します。私たちはまず、AIが指導するために必要とされる要素について調査を行い、下記のように6つの要素を洗い出しました。
特に初中級者を相手にする場合は「勝たせてあげること」しかも「あからさまな悪い手は避けること」が重要になります。私たちはどんな手が不自然に見えるのかを調査し、機械学習の手法を用いてそれらを抑制する手法を開発しました。さらにコンピュータにありがちなワンパターンさを避ける手法なども開発し、実験を通じて効果を確認しています。

指導碁で楽しませるのに必要なこと

人間の満足度を上げるという観点でのゲームAI研究は、これまで個々のゲーム会社では事例がありますが、学術論文は限られています。私の使命は楽しいゲームをつくるための知見をアカデミックに追求し、論文として公開すること。それによって人間が満足できるゲームが増えれば嬉しいですね。

ゲームが好き、その上で今のゲームに「不満」がある学生を募集

今年1月、Googleの囲碁AIがプロ棋士に勝利しましたが、これに続いて今後プロレベルのプログラムが世の中にたくさん出てくることが予想できます。しかしプロレベルの「指導」ができるプログラムが出てくるかというと。それは分かりません。そこはぜひ、私たちが一番乗りしたいと思っています。またGoogleの囲碁AIの技術的なキーとなった「ディープラーニング」についても、教育のテーマとして取り上げていきたいと思っています。

当研究室の所属学生は、バックグラウンドはさまざまですが、共通しているのはゲームが好きということです。学生時代の私は自分が制作したゲームをネットで公開していたのですが、「あのゲームやりましたよ」と研究室に入ってくる学生もいます。
私が学生たちによく言うのは、ゲームに対する愛着だけでなく、「好きだけど、こういうところが不満」という気持ちを研究のモチベーションにしてほしいということです。
AIがプロ棋士に勝利したといっても、世の中にはまだまだゲームを面白くできる難しい課題があります。そこに挑戦したいという人を歓迎します。

平成28年7月掲載

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