研究

教員インタビュー(この人に聞く)

寺野稔 教授

次世代型高機能ポリオレフィン材料の創製を通して資源循環型社会に貢献

寺野稔教授

マテリアルサイエンス研究科 寺野稔教授

東京工業大学工学博士。
1981年、東邦チタニウム株式会社に入社。同社触媒部主席技師長を経て1993年より現職。専門は高分子科学、触媒化学。高資源循環ポリマー研究センター長、産学官連携総合推進センター長を兼務。

ポリプロピレンやポリエチレンに代表されるポリオレフィンは、使用範囲が広く有害な元素を含まないこと、再資源化が可能なことから、人類にとって最も重要性の高いプラスチックであるとされ、今後も大幅な増産が見込まれています。
マテリアルサイエンス研究科の寺野稔教授は、イタリアの研究者とともにポリオレフィンの研究に関する世界最大規模の国際学会International Colloquium on Heterogeneous Ziegler-Natta Catalystsを主宰しています。今年3月に金沢市内で開催された第8回の会議には海外の研究者約120名を含む約300名が参加し、各国の大学・企業の研究者50名が口頭発表を行ったほか、130件におよぶポスター発表がありました。
この分野で世界をリードし続ける寺野教授に、これまでの研究の歩みと今後の展望、そして大学院教育への思いについてうかがいました。

1,000兆円産業を支えるポリオレフィン

 ポリエチレンやポリプロピレンなどオレフィン系の高分子化合物は総称してポリオレフィンと呼ばれ、分子構造がシンプルでリユース・リサイクルが可能なことから、環境の時代を担うプラスチックと位置づけられています。ポリオレフィンは剛性や耐熱性が高いことに加えて優れた成形加工性を持ち、精密機器や自動車の部品から日用品にいたるまで幅広い用途に使用されています。その生産量は現在、世界で年間1億トン以上、金額にして20兆円、製品レベルでは1,000兆円に上り、産業界において突出した存在となっています。こうしたことからも私たちが進めているポリオレフィン材料の研究は、低炭素、低環境負荷、資源循環型社会への転換に直接つながる社会的インパクトの非常に大きいものといえます。
 この分野はこれまで主に企業が研究開発をリードしてきており、最先端の研究を手掛ける大学は世界でも数えるほどしかありません。当研究室はそのひとつであり、世界の研究開発をリードする存在であると自負しています。

ポリオレフィンの高機能化・高安定化を図る

 ポリオレフィンを合成する遷移金属触媒として最も広く使用されているのがZiegler-Natta触媒です。しかし、触媒の重合メカニズムやポリマーの一次構造制御はいまだ未解決のままです。そこで当研究室では、触媒化学、高分子科学、表面科学、計算科学などを融合させてオレフィン重合のメカニズムの解明を進めるとともに、新しい触媒の開発や高機能ポリオレフィンの合成にも取り組んでいます。
 プラスチック材料としては、ダイオキシンなど有害な物質を発生させるポリ塩化ビニルも未だに多く使用されており、その代替品となるポリオレフィンにはさらなる高機能化が求められています。このため当研究室では、ナノ微粒子や特殊な構造を持つポリマーをポリオレフィン中に分散させた高機能ポリオレフィン系ナノコンポジット材料の開発に取り組んでいます。その一例として、添加するナノ粒子の粒子間距離を制御することで、高透明性ポリオレフィン材料の開発に成功しています。
 長期使用やリサイクル、リユースの観点から、ポリオレフィンの高安定化や劣化メカニズムの解明に取り組んでいます。一般にポリオレフィンの安定性を向上させるためには添加剤が用いられますが、その中には人体や環境に有害なものもあり、かつポリオレフィン自体が安定化するわけではありません。私たちはポリオレフィンの一次構造を制御することで、添加剤に頼らずに高安定化を図っています。
 近年は計算科学の発展により、実際に実験を行わなくても触媒反応を予測することが可能になってきています。当研究室では、実験と計算を互いにフィードバックさせながら研究を進め、分子レベルでの触媒設計を目指しています。計算科学の応用は最先端のポリオレフィン研究においてさらに一歩先を行く取り組みであり、3月に開催した国際学会でもこれに関する発表、議論が多数行われました。

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JAISTが世界にリーダーシップを発揮

 Ziegler-Natta触媒はその名の由来となったドイツとイタリアの二人の研究者が発見したもので、二人はこれらの業績により1963年にノーベル化学賞を受賞しました。その後のオレフィン重合の基礎研究と産業化をリードしてきたのは日本です。JAIST初代学長である故・慶伊富長先生は、オレフィン重合研究の新機軸を拓いた研究者として知られています。こうした歴史からもJAISTがこの分野におけるリーダーシップを世界に発信する意義は非常に大きいものがあります。
 本学は昨年4月、資源の高度循環使用を可能とするポリマーについての組織的かつ広範な科学技術の確立と実用化を目指し「高資源循環ポリマー研究センター」を開設しました。センターは当研究室のほか、マテリアルサイエンス研究科の海老谷研究室、山口研究室、松見研究室、金子研究室の5研究室が中心となって構成され、この1年間で5回のセミナーを主催するなど活発な活動を行っています。
 ポリオレフィンの研究をさらに推し進めるためには、国の枠組みを超えて大学や企業が連携することも不可欠です。私は平成21年より、イタリア、オランダ両国の研究者と共同で、オランダの政府系ファンドを得てオレフィン重合に関する最先端の国際共同研究を実施しています。今後はこれと平行し、同じ機関からのファンドを基にフランスの研究者と連携して、より産業の現場に近いテーマでの国際共同研究もスタートします。

「人材」が研究室の最大のアウトプット

 当研究室には留学生や国内外の企業の派遣研究員が多数在籍しており、日本人学生を含めて互いに刺激し合える環境があります。企業のアウトプットが製品であるなら、大学のアウトプットは学生です。私が企業との共同研究や国際共同研究を積極的に手掛けるのも、それを通じて社会に役立つ学生を育てたいという思いが根底にあるからです。
 学生は「研究テーマ」「研究室の雰囲気」「就職」の3つの視点で研究室を選びます。逆にいえばこの3つが揃っている研究室こそ、優れた人材を育てることができます。当研究室はこれまで多くの優秀な学生を第一線の研究開発を行っている企業へと送り出してきました。私がよく学生に言っているのは「社会に出てからが本番だ」ということです。その意味では、この研究室で何をしたかどんな成果を出したかよりも、何を身につけたかが重要です。研究者としての真の実力を会得すれば、どんな分野であっても活躍できると信じています。

平成24年5月掲載

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