研究活動の検索
研究概要(研究室ガイド)やプレスリリース・受賞・イベント情報など、マテリアルサイエンスの研究室により公開された情報の中から、興味のある情報をタグや検索機能を使って探すことができます。非正多角形細孔を持つ多孔高分子材料の開拓に成功
非正多角形細孔を持つ多孔高分子材料の開拓に成功
北陸先端科学技術大学院大学(学長・浅野哲夫、石川県能美市)の先端科学技術研究科/環境・エネルギー領域の江 東林教授らの研究グループは、非正多角形細孔を有する高分子材料の開拓に成功した。 |
1. 研究の成果 | |||
今回研究開発された新種の多孔性高分子は2次元高分子注1) である。2次元高分子は、規則正しい分子骨格構造を有し、無数の細孔が並んでいるため、二酸化炭素吸着、触媒、エネルギー変換、半導体、エネルギー貯蔵など様々な分野で活躍され、新しい機能性材料として大いに注目されている。江教授らは、世界に先駆けて基礎から応用まで幅広い研究を展開し、この分野を先導してきた。
これまでの2次元高分子は、他の多孔性材料と同様に、正多角形を有する細孔だった(図1の1)。例えば、正六角形や正方形、正三角形などを有する2次元高分子が開発され、その細孔サイズや環境を制御することで、様々な機能が発現されている。しかし、規則正しい構造を有し、かつ非正多角形細孔を作り出す2次元高分子は皆無だった。非正多角形を有する細孔は、形が合った特定の分子だけに対して吸着能を示し、また、特定の基質だけに対して触媒するなど特異な形状に基づいた機能の発現が期待されているが、その開発が困難であった。 ![]() 図1.1)従来の正多角形細孔を有する高分子の設計。2)今回開発した非正六角形細孔を有する多孔材料の設計。3)今回開発した非正方形細孔を有する多孔材料の設計。 また、六角形の場合、3組の対辺を長さの異なる2種類の成分で構築することに成功した(図1の2)。この場合、対辺の比率を1:2あるいは2:1に合わせ ることが重要なポイントとなる。いずれの場合も、規則正しい配列構造を有し、サイズの異なる非正六角形細孔を設計してつくることができるようになった。 さらに、本研究では、六角形に加え、四角形にも適用できることを実証した(図1の3)。四角形の場合、対辺が2組になるため、長さの異なる2種類の成分と分岐点の1成分からなる3成分で重合することで、非正方形細孔を有する多孔材料の合成に成功した。 以上の設計原理は、長さの異なる成分に限られることがなく、機能の異なる成分にも適用できることを実証した。例えば、電子ドナーとアクセプターを組み合わせて、特異な電子配列構造を作り出せる。この場合、正多角形材料に比べて、非正多角形材料の電気伝導が1800倍も高くなったことが分かった。これらの多孔性高分子は1グラムで、2000平米という巨大な表面積を持っており、ガス吸着と分離への応用が期待されている。 多成分から構成された多孔性材料は、構造に複雑性をもたらしている。また、材料の多様性にも大きく寄与する。例えば、六角形の場合、従来の正六角形では、分岐点1成分と辺10成分の組み合わせでは、最大10種類の異なる多孔材料が合成できる。これに対して、多成分設計原理を用いれば、何と210種類の異なる多孔材料を作ることが可能となった。 |
|||
2. 今後の展開 |
|||
今回の研究成果は、2次元高分子分野に新たな設計原理を確立し、これまでになかった新種の多孔材料の誕生に繋がった。今後、これらの特異な多孔構造をベースに、ガス吸着や分離、触媒、光・電子などの機能に関して、様々な革新的な材料の開発がより一層促進される。
|
|||
3. 用語解説 |
|||
注1) 2次元高分子:共有結合で有機ユニットを連結し、2次元に規定して成長した多孔性高分子シートの結晶化による積層される共有結合性有機構造体。
|
|||
4. 論文情報 |
|||
掲載誌:Nature Communications
論文タイトル:Multiple-component covalent organic frameworks(多成分共有結合性有機骨格構造体) 著者:Ning Huang(北陸先端科学技術大学院大学博士研究員), Lipeng Zhai(北陸先端科学技術大学院大学特別研究学生), Matthew Addicoat (ドイツ ライプツィヒ大学博士研究員), Thomas Heine (ドイツ ライプツィヒ大学教授), Donglin Jiang(北陸先端科学技術大学院大学教授) 掲載予定日:7月27日18時にオンライン掲載 DOI: 10.1038/NCOMMS12325 |
平成28年7月27日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2016/07/27-1.html欠陥修復した酸化グラフェンから優れた電気特性をもつバンド伝導の観察に成功

![]() ![]() ![]() ![]() |
大阪大学 北陸先端科学技術大学院大学 名古屋大学 公益財団法人科学技技術交流財団 あいちシンクロトロン光センター |
欠陥修復した酸化グラフェンから
優れた電気特性をもつバンド伝導の観察に成功
~高結晶性グラフェン薄膜のスケーラブル製造への道筋を開拓~
研究成果のポイント | ||
|
<概要> 大阪大学大学院工学研究科の根岸良太助教、小林慶裕教授、北陸先端科学技術大学院大学の赤堀誠志准教授、名古屋大学大学院工学研究科の伊藤孝寛准教授、あいちシンクロトロン光センター渡辺義夫リエゾン副所長らの研究グループは、還元過程において微量の炭素源ガス(エタノール)を添加した高温(1100℃以上)加熱還元処理により欠陥構造の修復を促進させることで飛躍的に酸化グラフェンの結晶性を向上させ、還元処理をした酸化グラフェン薄膜においてグラフェン本来の電気伝導特性を反映したバンド伝導の観察に初めて成功しました。(図1)
このバンド伝導の発現により、還元処理をした酸化グラフェン薄膜としては現状最高レベルのキャリア移動度(~210cm2/Vs)を達成しました。 本成果によって、酸化グラフェンは、還元処理によりグラフェン薄膜の生成が可能なため、グラフェンを利用した電子デバイスやセンサーなど様々な応用が期待されています。 本研究成果は、日本時間 7月1日(金) 午後6時に英国の科学オープンアクセス誌「Scientific Reports (Nature Publishing Group)」に公開されます。 ![]() 図1 酸化グラフェンの還元法に対する(a)従来法と(b)本手法との比較。(c)低結晶性と(d)高結晶性グラフェンにおける電子・ホールの流れる様子の違い。処理温度の異なるエタノール還元処理後の酸化グラフェン薄膜の伝導度における観察温度存性(e)900℃、(f)1130℃。伝導機構モデルに基づく伝導度の温度依存性解析から、1130℃の高温エタノール加熱還元処理した酸化グラフェン薄膜では観察温度が室温~40Kの範囲においてバンド伝導が観察されている((f)のグラフ)。 |
<研究の背景> | |||
![]() その発見者であるガイム、ノボセロフはその重要性から2010年にノーベル賞を受賞しています。大量合成可能な酸化グラフェンは、還元処理によりグラフェンを形成させることが可能なため、グラフェンの合成における出発材料として、世界中で大変注目されています。 しかしながら、酸化グラフェンは非常に多くの欠陥構造を有するため、還元処理後に得られるグラフェン薄膜のキャリア移動度(トランジスタ性能の指標となり、物質を伝搬する電子・ホールの速さ:速いほどトランジスタ性能が良い)はせいぜい数cm2/Vsに留まっていました。 現在、最も結晶性の高いグラフェンの合成方法は、HOPG(高配向性のグラファイト)からスコッチテープで一枚ずつ剥離して基板へ転写する方法です。しかしながら、この方法では得られるグラフェン片のサイズは数μm程度と小さい上に、小さなフレークを幾重にも重ねてデバイスとして利用可能な薄膜にしなければなりません。これは至難の作業です(図2(a))。 一方、酸化グラフェンは親水性のため水によく分散させることができるので、その水溶液を基板上に滴下して水分を飛ばし還元するだけで、容易に厚さ1-3層分の薄いグラフェン薄膜を形成させることが可能となります(図2(b))。そのため、グラフェンを大量に合成する原料として、酸化グラフェンの合成法や還元法が世界中で研究されています。
酸化グラフェンからグラフェンを生成するためには還元処理が必須となりますが、一般的な化学還元や真空・不活性ガス(アルゴンなどカーボンと化学反応を起こさないガス)中での加熱還元処理では、酸化過程で形成した欠陥構造が還元後も多く残るため、これまで薄膜のキャリア伝導機構は電子が局在したホッピング伝導※7を示すことが知られていました。 ![]() 図3 処理温度の異なるエタノール還元処理後の酸化グラフェン薄膜およびグラファイト(HOPG)からのX線吸収微細構造スペクトル。1130℃の高温エタノール還元処理では非占有準位であるπ*とσ*のピーク強度比が900℃処理よりも完全結晶であるグラファイトで観察された強度比に近い値を示しており、酸化グラフェンの高結晶化に伴いバンド(電子)構造が理想的なグラフェンに近づいていることが分かる。 図1(c),(d)の伝導機構に対する模式図で示すように、薄膜内に欠陥構造が多い場合(図1(c))、欠陥構造がキャリア(電子・ホール)の流れに対して大きな壁となります。キャリアは熱エネルギーの助けを借りてこの障壁を乗り越えるようにホッピング伝導します。これは、キャリアにとって大きなエネルギーを必要とし、著しい移動度の低下を引き起こします。一方で、欠陥構造の領域が減少すると障壁の高さが低下し(図1(d))、キャリアの流れはスムーズになり、グラフェンの結晶性を反映したバンド伝導を示すことが期待されます。 |
|||
<研究の内容> | |||
本研究グループは、1-3層(厚さ:~1nm)からなる極めて薄い酸化グラフェン薄膜をデバイス基板上へ塗布し、エタノール添加ガス雰囲気で1100℃以上の高温加熱還元処理を行うことにより(図1(b))、高移動度の薄膜形成に成功しました。還元処理をしたグラフェン薄膜における電気伝導度の温度特性解析から、バンド伝導が観察されました。低結晶性を示す低温(900℃)でのエタノール還元処理では、電子の流れ(図1(e)のグラフ:Y軸)は観察温度Tの-1/3乗(X軸)に対して線形に変化しており、この振る舞いはホッピング伝導モデルで説明することができます。一方、高結晶性を示すグラフェン薄膜が生成される高温条件(1130℃)では、観察温度が室温から40Kの範囲で伝導度(図1(f)のグラフ:Y軸)がTの-1/3乗に対して非線形的変化を示し、バンド伝導モデルで説明することができます。これは、カーボン原材料となるエタノールガスの添加により、酸化過程で生成した欠陥構造の修復が効率的に促進し、グラフェンの結晶性が飛躍的に向上していることを意味しています。実際、バンド伝導の発現を裏付けるデータとして、X線吸収微細構造スペクトル※8 を実施して電子構造※9 の視点からもこの物性を実証しました(図3)。さらに、ミクロ領域の構造解析法である透過型電子顕微鏡※10 観察からも、結晶性の向上を明らかにしました(図4)。
![]() 図4 処理温度の異なるエタノール加熱還元処理後の酸化グラフェン薄膜の透過型電子顕微鏡像(a)900℃、(b)1100℃。処理温度1100℃では炭素原子の蜂の巣構造を反映した輝点が周期的に配列しており、結晶性が飛躍的に向上していることが分かる。 |
|||
<本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)> | |||
酸化グラフェンは、還元処理によりグラフェン薄膜の生成が可能なため、グラフェンを利用した電子デバイスやセンサーなど様々な応用が期待されています。本研究の成果は、グラフェンの優れた物性を活用したスケーラブルな材料開発の進展において重要なマイルストーンとなります。
|
|||
<特記事項> | |||
本研究成果は、日本時間 7月1日(金) 午後6時に英国の科学オープンアクセス誌「Scientific Reports (Nature Publishing Group)」に公開されます。
タイトル:"Band-like transport in highly crystalline graphene films from defective graphene oxides" 著者名:R. Negishi, M. Akabori, T. Ito, Y. Watanabe and Y. Kobayashi なお本研究は、JSPS科研費PJ16K13639, 26610085, JST育成研究 A-STEP No. AS242Z02806J, AS242Z03214M, 大阪大学フォトニクス先端融合研究センター、「低炭素研究ネットワーク」京都大学ナノテクノロジーハブ拠点、北陸先端科学技術大学院大学ナノテクノロジープラットフォーム事業の一環として行われ、京都大学 大学院理学研究科 倉田博基教授、大阪工業大学教育センター 山田省二教授、大阪大学大学院理学研究科 髙城大輔助教、あいちSRセンター 仲武昌史氏、北陸先端科学技術大学院大学 村上達也氏の協力を得て行われました。 |
|||
<用語説明> | |||
※1 欠陥構造
グラフェンは炭素原子が蜂の巣状(ハニカム状)に結合したシート状の物質であり、欠陥構造とはこのハニカム状の構造の変形や、カーボンそのものが欠損した穴、カーボンがそれ以外の元素(酸素など)と結合した状態等を指す。 ※2 酸化グラフェン
酸化処理によりグラファイトから化学的に剥離させた厚さ1原子層分のシート状の材料。水や有機溶媒に溶け、液体として取り扱うことができるため、任意基板へ塗布するだけでグラフェン薄膜を容易に大面積で作成することができる。しかし、酸化処理により多くの欠陥構造や酸素含有基を含むため、その伝導特性は高配向性グラファイト(HOdivG)から得られるグラフェンと比較して著しく低い。このことが酸化グラフェン材料のデバイス応用に向けて大きなボトルネックとなっている。 ※3 バンド伝導
キャリアが周期的電子構造を持つ固体結晶内を波として伝搬する伝導機構。 ※4 キャリア移動度
固体物質内におけるキャリア(電子・ホール)の動きやすさを表わし、トランジスタ性能の基本的な指標となる。 ※5 還元処理
グラファイトの酸化処理により合成された酸化グラフェンは多くの酸素含有基を含むため絶縁性を示す。電子デバイスへの応用には、これら酸素含有基を取り除くための還元処理が必須となる。 ※6 スケーラブル
製造プロセスやネットワークシステムなどにおいて現時点では小規模なものであるが、リソースの追加により大規模なものへ拡張できる能力。 ※7 ホッピング伝導
キャリアが固体結晶内の欠陥構造などに起因した局在電子準位を熱エネルギーの助けを借りて移動する伝導機構。 ※8 X線吸収微細構造スペクトル
X線を物質に照射するとX線の吸収に伴い観察対象となる原子の電子が放出し、周辺に位置する原子によって散乱・干渉が起きる。このようなX線の吸収から原子の化学状態や電子構造を調べることができる。 ※9 電子構造
固体内の原子・分子の配置に起因した電子の状態。周期的な結晶構造を持つ物質では、物質中の電子のエネルギーと運動量の関係が物質間の相互作用のためにエネルギー状態が帯状に広がったバンド構造を持つ。 ※10 透過型電子顕微鏡
観察の対象となる物質に電子を照射し、それを透過してきた電子を観察する顕微鏡。原子スケールで固体結晶の構造解析が可能。 |
平成28年7月1日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2016/07/01-1.html学生のNikolaos Matthaiakakisさんの共同研究成果論文がScientific Reports誌に掲載

学生のNikolaos Matthaiakakisさん(サウサンプトン大学物理科学・工学部・ナノグループ/博士課程3年、英サウサンプトン大学との博士協働研究指導プログラム第一期生、環境・エネルギー領域・水田研究室)の共同研究成果論文がScientific Reports誌(IF 5.578)に6月9日オンライン掲載されました。
本学と英国サウサンプトン大学の物理科学・工学部は、2013年9月に博士協働研究指導プログラム協定を締結し、博士課程の2年次で相手側大学に1年滞在して共同研究を行う日⇔英双方向での学生派遣を実施しています。Nikolaos Matthaiakakisさんはこのプログラムの第一期生として、昨年7月より環境・エネルギー領域/水田研究室に在籍しています。
Scientific Reports は、ネイチャー・パブリッシング・グループ(NPG)によって2011年6月に創刊された自然科学(生物学、化学、物理学、地球科学)のあらゆる領域を対象としたオープンアクセスの電子ジャーナルです。Thomson Reuters が2015年に発表した2014 Journal Citation Reportsでは、Scientific Reportsのインパクトファクターは5.578です。
■掲載誌
Scientific Reports誌(IF 5.578)
■論文タイトル
「Strong modulation of plasmons in Graphene with the use of an Inverted pyramid array diffraction grating(逆ピラミッド型回折格子を用いたグラフェン内プラズモンの強い変調)」
■論文概要
シリコン基板に逆ピラミッド型孔を周期的に形成したアレイ構造を、2次元原子材料グラフェン膜で覆うことで、表面プラズモン(物質の表面に局在して発生する電子の集団的振動)の波長と吸収を電気的に高効率で変調できる現象を理論的に見出しました。さらに、グラフェン膜上にイオン性液体ゲートを備えることで、グラフェンの化学ポテンシャルの変調効率を高め、プラズモン励起を電気的にスイッチオン・オフさせることも可能であることもわかりました。
■掲載にあたって一言
今回の研究成果は理論解析の範囲ですが、この原理が実験的に検証されれば、将来のオンチップ光変調器、光ロジックゲート、光インターコネクト、さらに光センサーなど幅広い応用展開が期待されます。現在、応用物理学領域/村田研究室のご協力をいただきながら素子作製を進めており、英サザンプトン大学との連携も最大限に利用して研究を加速していきたいと思います。
参考:*N. Matthaiakakis, H. Mizuta and M. D. B. Charlton, Scientific Reports 6:27550 DOI: 10.1038/srep27550
水田研究室:中央 Nikolaos Matthaiakakisさん、中央左 水田教授
平成28年6月15日
出典:JAIST お知らせ https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/info/2016/06/15-1.html2次元高分子を用いた高速プロトン伝導材料の開拓に成功
2次元高分子を用いた高速プロトン伝導材料の開拓に成功
北陸先端科学技術大学院大学(学長・浅野哲夫、石川県能美市)のマテリアルサイエンス系環境・エネルギー領域の江 東林教授らの研究グループは、高速プロトン伝導を可能とする2次元高分子材料の開拓に成功しました。高速プロトン伝導材料は、燃料電池のキーテクノロジーとして世界中で熾烈な開発競争が繰り広げられています。2次元高分子の特異な多孔構造を活かして、高温下でも(100 °C以上)安定作業が可能な新型プロトン伝導体の構築に成功しました。従来の多孔材料を用いた伝導体に比べて、200倍も速く伝導することが可能となりました。 |
1. 研究の成果 | |||
2次元高分子注1) は、規則正しい分子配列を有し、ナノサイズの1次元チャンネル構造を創り出す高分子です。構成ユニットの開拓により、一次並びに高次構造をともにデザインしてつくることができる物質として、近年大いに注目されています。特に、周期的な骨格構造および1次元チャンネル構造を活かした機能材料の開発が盛んに行われています。 |
|||
![]() 図1.高速プロトン伝導を実現する2次元高分子(左:トリアゾール;右:イミダゾール) |
|||
2. 今後の展開 | |||
プロトン伝導体は燃料電池のキーテクノロジーであり、水素自動車などの性能を直接左右する主材料として、そのインパクトは大きく、特に、高温下で安定作業が可能な高速イオン伝導体は、燃料電池の効率向上、長寿命化、およびコストダウンにつながり、その開発が世界各国で熾烈な競争が繰り広げられています。今回の研究成果は、次世代燃料電池に新しいプロトン伝導体を提供するものであり、革新的なエネルギー技術の向上に貢献することが期待されます。 |
|||
3. 用語解説 | |||
注1)2次元高分子:共有結合で有機ユニットを連結し、2次元に規定して成長した多孔性高分子シートの結晶化による積層される有機構造体。結晶性と多孔性が2次元高分子の基本物性であり、安定な積層構造の構築が機能開拓をはじめ、応用の鍵を握る。 |
|||
4. 論文情報 | |||
掲載誌:Nature Materials(Nature Publishing Groupが発行する材料誌;インパクトファクター36.5) |
平成28年4月5日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2016/04/05-2.htmlLiNMC電極を高安定化するホウ素系電解液の開発
LiNMC電極を高安定化するホウ素系電解液の開発
ポイント
- リチウムイオン二次電池の汎用電解液にメシチルジメトキシボラン(MDMB)を加えた3成分系電解液は非常に高いリチウムイオン輸率を示した(エチレンカーボネート(EC):ジエチレンカーボネート(DEC):メシチルジメトキシボラン(MDMB)=1:1:1(v/v/v))。
- ホウ素を含む電解液の使用により正極上にホウ素を含む安定性の高い正極電解質界面(CEI)が形成され、正極の大幅な安定化につながった。
- XPS測定により正極電解質界面(CEI)へのホウ素導入が確認された。ホウ素導入の結果、電荷移動界面抵抗の顕著な低減及び電極反応の活性化エネルギーの低下につながった。
- 電解液中のホウ素成分は系内のHFをB-F結合形成によりトラップしており、これも正極の安定化の要因となっている。
- エチレンカーボネート:ジエチレンカーボネート:メシチルジメトキシボラン=1:1:1(v/v/v)系では溶媒層(solvation sheath)とリチウムイオンとの相互作用がMDMBを含有しない系よりも弱まっていることがMaterials Studioを用いた計算により示唆され、アニオントラップ効果と相まってリチウムイオン輸率を向上させていると考えられる。
北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)物質化学フロンティア研究領域の松見紀佳教授、Liu Zhaohan大学院生(博士後期課程)、Amarshi Patra研究員は、LiNMC正極を安定化できるホウ素系電解液の開発に成功した。 |
【研究背景と内容】
リチウムイオン二次電池1においては、高エネルギー密度の向上を目的として高電圧化が可能なLiNMC系正極が活発に研究されている。LiNMCを安定化させるための様々な添加剤が検討されているが、本研究では電解液設計によりLiNMC系正極を安定化させるアプローチを試み、その有効性を見出した。LiNMCの安定化の手法として、ホウ素系添加剤を活用する試みはこれまで国外グループにおいて検討されていたものの、LiBOBを添加剤とした系では電解液中のHF(フッ酸)の捕捉において有効性が認められたものの、正極電解質界面(CEI)へのホウ素導入は認められていなかった。本研究においては、添加剤と比較して大幅に多い分量の電解液成分として液状のホウ素化合物(MDMB)を用い、HF捕捉のみならず、顕著なCEIへのホウ素導入及び界面抵抗の低減、電極反応の活性化エネルギー低下、それらの結果としての正極の安定性の大幅な向上につながった。
本研究では、エチレンカーボネート:ジエチレンカーボネート:メシチルジメトキシボラン=1:1:0(v/v/v)系(110)、1:1:1(v/v/v)系(111)、1:1:2(v/v/v)系(112)のそれぞれを電解液とした系について検討を行った。
Materials Studioによる計算の結果(図1)、各系におけるリチウムイオンと溶媒層との相互作用のエネルギーは110系においてEint=-156.67 kJ/mol、111系において-147.97 kJ/mol、112系において-149.97 kJ/molとそれぞれ算出された。MDMBを電解液成分として含む系においてはEC/DEC系と比較してリチウムイオンと溶媒層との相互作用が弱まっていることが示唆された。したがって、MDMB含有系においては脱溶媒和の活性化エネルギーの顕著な低下が期待される。
各電解液のリチウムイオン輸率を測定したところ(図1)、MDMBを含む系においては、EC/DEC (110)の0.41に対して0.93 (111)、0.86(112)と大幅に高い値を示し、ホウ素によるアニオントラップ効果に加えて前述のリチウムイオン―溶媒層相互作用の低下が影響を与えていると考えられる。
それぞれの電解液系を用いてLiNMC111を用いて正極型ハーフセルを構築した。サイクリックボルタモグラム2を図2に示す。EC/DEC系(110)においては掃引速度が向上すると電極反応の過電圧が上昇するが、MDMBを含む電解液(111)においては顕著な変化は見られず、高いリチウムイオン輸率により系内の電荷の分極が抑制されている効果によると考えられる。各充放電レートにおける充放電特性を検討したところ、111系電解液において最も優れた特性が観測された(図2)。また、電池セルのインピーダンス測定及びスペクトルの等価回路フィッティングにより、電荷移動界面抵抗の温度依存性に基づいた電荷移動プロセスの活性化エネルギーを算出したところ、111系において最も低い活性化エネルギー(30.5 kJ/mol)を観測した(図2)。結果として、長期サイクル試験においても111系が最も優れた放電容量を示すに至った(図3)。
充放電後の正極のXPS測定を行ったところ、MDMBを含んだ電解液を用いた系においてはいずれもB1sスペクトルにおいて192.5 eV(B-O)、194.0 eV(B-F)のピークが観測され、正極電解質界面(CEI)がホウ素化されていることが確認された(図4)。B-F結合の形成は、導入されたホウ素がHFを捕捉したことを示唆している。電極界面におけるB-Oの導入は、ホウ素―アニオン相互作用により界面における塩解離を促す役割が想定され、電荷移動界面抵抗の低減に寄与していると考えられる。
以上のように、MDMBを電解液成分とすることにより、従来のLiBOB添加剤を用いた正極の安定化手法と比較すると、直接的にCEIにホウ素導入が可能である点において優位性が顕著であり、今後一般化可能な正極安定化プロトコルとしての展開が期待できる。
本成果は、ACS Applied Energy Materials(米国化学会)オンライン版に2025年3月3日(英国時間)に掲載された。
【今後の展開】
本電解液系においてはHFの捕捉、リチウムイオン輸率の向上、界面抵抗の低減、電極反応の活性化エネルギーの低下などの多様なメカニズムにより正極が安定化されている。
今後は、企業との共同研究を通して将来的な社会実装を目指す。
本電解液系と既存の正極安定化剤などとの相乗効果も期待され、更なる研究展開の端緒となると考えられる。
図1 (a) 電解液系110, 111, 112のリチウムイオン輸率 (b) 30-60 ℃ における各系のイオン伝導度の温度依存性(c) 298Kにおける電解質系のモデル(リチウムイオンあり、上段;リチウムイオンなし、下段)
図2 2.8V-4.2 Vにおける各電解液(110,111, 112)を用いた正極型ハーフセル3のサイクリックボルタモグラム (a) 0.1 and (b) 0.2 mV s−1. (c) レート特性の検討結果(d) 異なる電解液系のEa (電荷移動の活性化エネルギー)の比較
図3 各電解液系110系、111系及び112系における長期充放電サイクル特性(正極型ハーフセル、0.5C)
図4 各電解液系111及び112における充放電後の各正極のXPS(B1s)スペクトル
【論文情報】
雑誌名 | ACS Applied Energy Materials |
題目 | A boron-containing ternary electrolyte for excellent Li-ion transference and stabilization of LiNMC based cells |
著者 | Zhaohan Liu, Amarshi Patra and Noriyoshi Matsumi* |
掲載日 | 2025年3月3日 |
DOI | https://doi.org/10.1021/acsaem.4c02806 |
【用語説明】
電解質中のリチウムイオンが電気伝導を担う二次電池。従来型のニッケル水素型二次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
電気化学分野における汎用的な測定手法である、電極電位を直線的に掃引し、系内における酸化・還元による応答電流を測定する手法(サイクリックボルタンメトリー)により、得られるプロファイルのこと。
リチウムイオン二次電池の場合には、正極/電解質/Liの構成からなる半電池を意味する。
令和7年3月21日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2025/03/21-1.html学生の萩原さんがGel Symposium 2024においてSmart Molecules Best Poster Awardを受賞
学生の萩原礼奈さん(博士後期課程1年、サスティナブルイノベーション研究領域、桶葭研究室)が14th International Gel Symposium(Gel Symposium 2024)において、Wiley社発行のジャーナルSmart MoleculesよりBest Poster Awardを受賞しました。
Gel Symposiumは、高分子ゲルおよび関連する材料科学・工学の基礎研究と実用的応用における最新の課題に焦点を当てた国際会議です。
Gel Symposium 2024は、令和6年11月17日~21日にかけて沖縄県にて開催され、高分子ゲルだけでなく、無溶媒エラストマー、ゴム、その他のポリマーネットワーク、およびアクティブソフトマターに関する研究についても議論が行われました。
※参考:Gel Symposium 2024
■受賞年月日
令和6年11月21日
■研究題目、論文タイトル等
Design of Open Systems Using Aqueous Polymer Solutions Causing Meniscus Splitting
■研究者、著者
萩原礼奈、桶葭興資
■受賞対象となった研究の内容
高分子溶液の乾燥過程で界面の変形が生じる界面分割現象は非平衡現象の一つとして注目されている。多糖類のみで確認されていたこの現象を合成高分子でも実証した本研究は、開口部のデザインにより湿度を調整することで界面変形パターンの制御に成功した。
■受賞にあたって一言
この度はGel Symposium 2024にてSmart Molecules Best Poster Awardを頂戴し、誠に光栄に思います。本研究の遂行にあたり、丁寧なご指導を賜りました桶葭興資准教授及び研究室のメンバーにこの場を借りて心より御礼申し上げます。今後も界面変形の普遍性を明らかにするため、研究を進めていきます。
令和7年1月21日
出典:JAIST 受賞https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/award/2025/01/21-1.htmlリチウムイオン2次電池の急速充放電を促すリチウムボレート型のバイオマス由来バインダーを開発

リチウムイオン2次電池の急速充放電を促す
リチウムボレート型のバイオマス由来バインダーを開発
ポイント
- リチウムイオン2次電池開発において、急速充放電技術の確立は急を有する課題となっている。
- リチウムイオン2次電池のグラファイト負極用バインダーとして、カフェ酸*1とLiBH4(水酸化ホウ素リチウム)との脱水素カップリング重合によりリチウムボレート型水溶性ポリマーを合成した。
- 本負極バインダーを適用した系では、低い最低被占軌道(LUMO)を持つポリマーによりホウ素を含むSEI(固体電解質界面)が形成され、界面抵抗が低減することが分かった。また、同バインダーを用いることにより、負極内におけるリチウムイオンの拡散係数の向上が観測された一方、リチウム挿入反応の活性化エネルギーは減少することが観測された。
- このことから、従来負極バインダーとして使用されているPVDF(ポリフッ化ビニリデン)やCMC-SBR(カルボキシメチルセルロース-スチレン - ブタジエンゴム)をバインダーとした系と比較して急速充放電条件において顕著な適性を示した。
北陸先端科学技術大学院大学 (JAIST) (学長・寺野稔、石川県能美市)の物質化学フロンティア研究領域 松見紀佳教授、ラージャシェーカル バダム元講師、アヌシャ プラダン研究員、宮入諒矢元大学院生、高森紀行大学院生(博士後期課程2年)は、リチウムイオン2次電池*2の急速充放電を促すリチウムボレート型バイオベースバインダーの開発に成功した。 |
【研究の内容と背景】
リチウムイオン2次電池の開発においては、高容量化やサイクル耐久性の向上、高電圧化など様々な開発課題解決に向けた取組みが行われているが、それと同時に急速充放電の実現に向けた技術開発についても高い関心が集まっている。しかしながら、その実現には固体中のリチウムイオンの拡散速度の向上や電極―電解質界面の特性、活物質の多孔性などの諸ファクターの検討を要している。
今回、本研究においては、カフェ酸とLiBH4(水酸化ホウ素リチウム)をテトラヒドロフラン溶液中で脱水素カップリング重合することによって、リチウムボレート型バイオベースポリマーを合成した(図1)。合成によって得られたポリマーは水溶性であり、環境負荷の少ない水系スラリーからの負極作製が可能であった。また、得られたポリマーの構造はNMR、XPS、SEM等の各測定によって決定した。
まず、合成によって得られたポリマーを負極バインダーとして用い、アノード型ハーフセル*3を構築し、性能を評価した。本バインダーを用いた系においては、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)やCMC-SBR(カルボキシメチルセルロース-スチレン - ブタジエンゴム)を用いた系と比較して、リチウム挿入反応のピークにおけるオーバーポテンシャルが20 mV-100 mV低下し、よりスムーズな電極反応が示唆された。また、Randles-Sevcik式から、負極におけるリチウムイオンの拡散係数を算出すると7.24 x 10-9 cm2s-1であり、PVDFやCMC-SBR系バインダーと比較して有意に高い値であった。
さらに、インピーダンス測定を経て算出したリチウム挿入反応の活性化エネルギーは、本バインダー系において22.6 kJ/molであり、PVDF(28.78 kJ/mol)やCMC-SBR系(58.34 kJ/mol)バインダーと比較して有意に低下した。
次に、充放電試験の結果、1C*4条件において100サイクル時点で放電容量は本バインダー系では343 mAhg-1であり、PVDFで278 mAhg-1、CMC-SBRで188 mAhg-1であった(図2)*5。さらに、急速充電条件(10C)においては、本バインダー系では73 mAhg-1、PVDFで40 mAhg-1、CMC-SBRで17 mAhg-1であり、本バインダーの急速充放電条件における適性が示された(図2)。本バインダー系では1200サイクル(10C)まで安定した充放電挙動を示し、1200サイクル時点の容量維持率は93%であった。
また、動的インピーダンス(DEIS)測定を行ったところ、本バインダー系におけるSEI(固体電解質界面)抵抗はPVDFやCMC-SBR系バインダーと比較して有意に低下した(図3)。これは、充放電試験後に電池セルを分解し負極を分析したところ、XPSによる測定においてホウ素を含有したSEI形成が観測されたことから、SEI抵抗の低減に大いに寄与していると考えられる(図3)。
1200サイクル(10C)充放電後においても、負極を分解し、SEM(走査型電子顕微鏡)の断面像を観察したところ、PVDFバインダーの場合の体積膨張は15.49%であったが、本バインダー系では8.50%に抑制された。さらに本負極バインダーを用いたフルセルにおいても良好に作動した。
本成果は、ACS Materials Letters (米国化学会)のオンライン版に1月9日に掲載された。
本研究は、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(スマートバイオ産業・農業基盤技術)の支援のもとに行われた。
【今後の展開】
バインダーを含む負極コンポジットの担持量をさらに向上させつつ電池セル系のスケールアップを図り、産業的応用への橋渡し的条件において検討を継続する。
すでに国内特許出願済みであり、今後は、企業との共同研究を通して将来的な社会実装を目指す。急速充放電技術の普及を通して社会の低炭素化に寄与する技術への展開が期待される。
【論文情報】
雑誌名 | ACS Materials Letters (米国化学会) |
題目 | Extreme Fast Charging Capability in Graphite Anode via a Lithium Borate Type Biobased Polymer as Aqueous Polyelectrolyte Binder |
著者 | Anusha Pradhan, Rajashekar Badam*, Ryoya Miyairi, Noriyuki Takamori and Noriyoshi Matsumi* |
掲載日 | 2023年1月9日 |
DOI | 10.1021/acsmaterialslett.2c00999 |
図1.(A) 高分子バインダーの合成スキーム
(B) MALDI-TOF MSスペクトル (C) DFT計算によるポリマーの最適化構造 (D) 1H NMR スペクトル (E) 13C NMR スペクトル (F) XPS スペクトル(Li 1s 及びB 1s) |
図2.充放電試験結果
(a) 1C. (b) 10 C.種々の負極バインダー使用時の充放電曲線(0.01-2.1V at 1C ) (c) CAB. (d) PVDF (e) CMC-SBR |
図3.動的インピーダンススペクトル
(a) 本バインダー使用時 (b) PVDF使用時 (c) フィッティングに用いた等価回路 (d) CMC-SBR使用時 (e) RSEI 抵抗の比較 (f) XPS スペクトルB 1s (g) XPS スペクトルO 1s |
【用語説明】
カフェ酸は、ケイ皮酸のパラ位及びメタ位がヒドロキシ化された構造を持つ芳香族カルボン酸で、フェニルプロパノイドの1種である。カフェ酸はリグニン生合成の重要な中間体であるため、全ての植物に含まれている。
電解質中のリチウムイオンがイオン伝導を担う2次電池。従来型のニッケル水素型2次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
リチウムイオン2次電池の場合には、アノード極/電解質/Liの構成からなる半電池を意味する。
バッテリー容量に対する充放電電流値の比であり、バッテリーの充放電特性(充放電するときの電流の大きさや放電能力・許容電流)を表す。1Cとは1時間で満充電状態から完全に放電した状態になる時の電流値を表し、この数字が高ければ高いほど大きな電流を出力できる。
電極電位を直線的に掃引し、系内における酸化・還元による応答電流を測定する手法である。電気化学分野における汎用的な測定手法である。また、測定により得られるプロファイルをサイクリックボルタモグラムと呼ぶ。
令和5年2月1日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2023/02/01-1.html生体内の高分子混雑に着目した新規の細胞モデルの創成に成功

![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
生体内の高分子混雑に着目した新規の細胞モデルの創成に成功
名古屋大学大学院理学研究科の瀧口 金吾講師、同志社大学生命医科学部の作田 浩輝特任助教、藤田 ふみか大学院生、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科 生命機能工学領域の濵田 勉准教授、法政大学生命科学部の林 真人教務助手、三重大学大学院工学研究科の湊元 幹太教授、京都大学高等研究院医学物理・医工計測グローバル拠点の吉川 研一特任教授らの共同研究グループは、二種類の水溶性高分子のミクロ相分離条件下でDNAとリン脂質を共存させると、内部にDNAを取込み、リン脂質の膜で囲まれた細胞内小器官様の構造が自発的に生成することを発見しました。この発見が元になり、細胞が自律的に複雑な構造や高度な機能を生み出す機構の謎に迫る研究に発展することが期待されます。
その成果をまとめた論文が、国際科学雑誌ChemBioChem誌のオンライン版に2020年7月15日付けで公開されましたが、この度、Very Important Paper の1つに選ばれ、研究内容を紹介するイラストがChemBioChem誌の2020年21巻23号に掲載されました。
この研究は、平成24年度から始まった文部科学省科学研究費助成事業新学術領域『分子ロボティクス』プロジェクトおよび平成31年度から始まった日本学術振興会科学研究費助成事業『細胞結合ネットワークの構築による人工細胞モデルの組織化と集団動態発現』等の支援のもとでおこなわれたものです。
【ポイント】
- 異なる高分子 注1)の混雑によって高分子同士が相分離 注2)を起こしてミクロ液滴を形成している溶液にリン脂質を加えると、脂質が自発的にミクロ液滴の界面に局在化することで、細胞内小器官(オルガネラ)注3)の形成に似た区画化を起こすことを発見した。
- この新知見を利用することで、リン脂質によって小胞化されたミクロ液滴の内部に、長鎖DNAを濃縮して封入させることに成功した。
- 本研究で見出されたミクロ液滴のリン脂質によって区画化される小胞化は、原始生命体(細胞の起源)のモデル実験系と成り得ると同時に、人工脂質膜小胞を調製するための有力な新手法として期待される。
- この研究成果をまとめた論文が、国際科学雑誌ChemBioChem誌に掲載され、さらに、Very Important Paper (VIP)に選ばれた。【論文を紹介するイラスト(下図)はChemBioChem誌の2020年21巻23号に掲載】
【研究背景と内容】
近年、細胞内の複雑な構造が生み出される起源や、脂質膜によって区画化される多様な細胞内小器官および、顆粒などの膜によって隔てられていない領域 注3)などが形成・維持される機構について、相分離 注2)の視点から研究されています。
本研究では、液-液相分離(LLPS)注2)を示すことができる水溶性の高分子ポリマーであるポリエチレングリコール(PEG)およびデキストラン(DEX)注1)の混合によってミクロ液滴を生成させた溶液にリン脂質を加えると、ミクロ液滴の界面に脂質が自発的に集まって膜を形成することを見出しました(図1)。この脂質に覆われたミクロ液滴が、外液の浸透圧を高張にすると、脂質二重膜でできた膜小胞と同様に破裂や穿孔、収縮をすることから(図2)、ミクロ液滴を覆う脂質が、生体膜の基本構造である脂質二重膜と同じ性質を示すことが分かりました。
図1:ミクロ液滴の界面へのリン脂質の蓄積。
リン脂質添加後のPEG / DEX混合溶液の顕微鏡画像(ミクロ液滴の生成を示す明視野像とリン脂質の局在を示す蛍光像)。蛍光像(白の破線部分)から得られた蛍光強度の空間プロファイル。
図2:高張な水溶液(NaCl溶液)の注入による脂質膜構造の形態変化。
外液の浸透圧が変化することによって、リン脂質に覆われたミクロ液滴の内部から外液に向かって大量の水分子が移動しようとする結果、脂質膜の破裂や穿孔や収縮が起きる。左から、破裂後のリン脂質の凝集塊、穿孔を起こした脂質膜の残骸、収縮した脂質膜。
ところで、核酸であるDNAも生体内で重要な働きをしている天然の高分子です。我々共同研究グループの先行研究から、長鎖DNAがDEXを高濃度で含むミクロ液滴に遍在することが明らかにされていました。長鎖DNAを内部に濃縮して取込んだミクロ液滴を形成している相分離溶液系にリン脂質を加えると、やはり脂質が自発的にミクロ液滴を覆うことで、内部にDNAを含む細胞内小器官様の安定化された小胞の形成が認められました(図3)。
このミクロ液滴からリン脂質膜で安定化された細胞内小器官様の小胞が自発的・自己組織的に創成されてくる過程は、原始の生命体の細胞の内部構造の起源を考える際の貴重な知見であり、多種類の高分子の混合によって細胞内小器官(オルガネラ)や膜によって隔てられていない構造が自発的に形成されてくる可能性を示した研究成果です。
図3:リン脂質の膜で区画化・小胞化されたミクロ液滴へのDNAの自発的なカプセル化。
長鎖DNAを含むPEG / DEX混合溶液にリン脂質を添加すると、自発的にDNAを取込んだ脂質の膜に覆われたミクロ液滴が生成される。
【成果の意義】
本研究の発見は、多種類の高分子の混合によって生体高分子(ここでは長鎖DNA)を取込んだミクロ液滴が自発的に生じ、これに生体膜の重要な構成成分であるリン脂質を加えると、更にミクロ液滴の界面にリン脂質が集積して自己組織的に細胞内小器官様の小胞構造が形成されることを示した研究成果です。
この発見の特筆すべきこととして、本研究で用いられたどの成分、高分子のPEGとDEX、生体高分子の長鎖DNA、そしてリン脂質も、酵素と基質との間に観られる鍵と錠との関係のような相互作用を互いに示さないことが挙げられます。このことは、生命現象の説明や理解に必ず分子間の特異的な相互作用の存在を想定して来たこれまでの生命科学に一石を投じるものであり、非常に重要です。
細胞内では、細胞分裂の際、分離・分配された染色体が脂質の膜で覆われ核膜が再生することで2つの娘細胞の核が形成されます。また、オートファジーでは、変性したり役目を終えたりした生体因子や細胞内に侵入して来た細菌などの外敵の分解除去のため、あるいは細胞内物質のリサイクルのため、それらを取り込む様に脂質膜でできた"袋"を形成します。これらのことから、本研究で得られた知見は、非膜性の顆粒の様な細胞内領域と膜に覆われた細胞内小器官との関係に新たな視点を与えると共に、濃厚環境での生体高分子の在り様、細胞内に観察されるような重層的に区画された領域や細胞内小器官の様な特別な構造の起源の理解に迫る成果だと言えます。
【用語説明】
- 注1) 高分子(ポリマー):
ある化学物質が、様々な結合を介して連なっていくことで、より大きな分子になったもの。一本の鎖状のポリマーもあれば、枝分かれしながら繋がっているポリマーもあります。
今回の研究で用いられたポリエチレングリコール(PEG)やデキストラン(DEX)は、その代表的なものです。
DNAも、ヌクレオチドが連なってできた天然のポリマーです。生体内には、様々な糖鎖やアクチン線維や微小管の様なアクチンやチューブリンと呼ばれる蛋白質が繊維状に集まってできた細胞骨格などが存在していますが、これらも天然のポリマーと考えることができます。 - 注2) 相分離、液-液相分離 (Liquid-Liquid Phase Separation, LLPS):
LLPSは、複数の水溶性高分子を混合し混雑化すると(図4 (a))、ある高分子が他の高分子よりも高濃度で存在する領域が水溶液中に現れる現象です。このように異なる領域に分かれていく現象を相分離と呼びます。そのようにしてできてくる領域ですが、混合の仕方によって生きた細胞や細胞内小器官と同等のサイズを持つミクロ液滴になります。
今回の研究では、PEGが濃く存在する溶液中に、DEXが濃く存在するミクロ液滴が生じる条件下で実験が行われました(図4 (b))。
図4:PEGとDEXの混合(左)によって生じるLLPS(上)。Bars = 100 μm。本共同研究グループの先行研究論文 ChemBioChem 2018, 19(13), 1370-1374 (Figure S1) より転載。
- 注3) 細胞内小器官(オルガネラ):
細胞内に存在する核やミトコンドリア、ゴルジ体などの総称。
これまで細胞内小器官は、膜によって外界から隔てられて、その構造や機能が維持されていると考えられてきました。しかし近年、膜によって外部から隔てられていない領域・顆粒(例として核小体やストレス顆粒など)が、非膜性の細胞内小器官として重要な働きを担っていることが分かってきて、それらの形成維持機構が、細胞内の複雑で階層的な構造の組織化に関連して議論される様になっていました。
【論文情報】
雑誌名 | ChemBioChem 2020, 21 (23), 3323-3328. |
論文タイトル | "Self-Emergent Protocells Generated in an Aqueous Solution with Binary Macromolecules through Liquid-Liquid Phase Separation." |
著者 | Hiroki Sakuta, Fumika Fujita, Tsutomu Hamada, Masahito Hayashi, Kingo Takiguchi, Kanta Tsumoto, Kenichi Yoshikawa. |
論文本文 | DOI: 10.1002/cbic.202000344 |
イラスト (Cover Feature) |
DOI: 10.1002/cbic.202000760 |
【研究費】
・科研費 基盤研究(A)(15H02121)
・科研費 基盤研究(C)(19K06540)
・科研費 基盤研究(B)(20H01877)
・特別研究員奨励費(18J12947)
・文部科学省新学術領域研究
「アメーバ型分子ロボット実現のための要素技術開発とその統合」(24104004)
・文部科学省新学術領域研究
「ゆらぎと構造の協奏:非平衡系における普遍法則の確立」(25103012)
・文部科学省新学術領域研究
「宇宙からひも解く新たな生命制御機構の統合的理解」(18H04976)
令和2年12月9日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2020/12/09-1.html多糖膜が超らせん構造によって湿度変化に瞬間応答 -ナノスケールから再組織化-

多糖膜が超らせん構造によって湿度変化に瞬間応答
-ナノスケールから再組織化-
PRポイント
- ナノメートルスケールから階層的に再組織化されたマイクロファイバー
- 湿度変化に瞬間応答して曲がる天然高分子のフィルム
北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)の先端科学技術研究科、環境・エネルギー領域の、博士後期課程大学院生ブッドプッド クリサラ、桶葭 興資准教授、岡島麻衣子研究員、金子 達雄教授らは、シアノバクテリア由来の多糖サクランを用いて、水中で自ら形成するマイクロファイバーが乾燥時に2次元蛇行構造、3次元らせん構造など高秩序化することを見出した。さらにこの構造を利用して、水蒸気をミリ秒レベルで瞬間感知して屈曲運動を示すフィルムの作製に成功した。天然由来の代表物質でもある多糖をナノメートルスケールから再組織化材料としたこととしても意義深い。光合成産物の多糖を先端材料化する試みは、持続可能な社会の構築に重要である。
多糖は分子認識や水分保持など、乾燥環境下で重要な役割を果たす。しかし、天然から抽出された多糖が潜在的に持つ自己組織化を活用することはこれまで困難であった。特に、セルロースナノファイバーなど分子構造を制御した透明素材などはできても、外界変化への応答材料には利用されてこなかった。一方で、我々の研究グループはこれまでに、シアノバクテリア由来の多糖サクランに関する研究を進め、超高分子量の物性やレアメタル回収能など様々な特性を持つ多糖であることを明らかにしてきた。本研究では、1)分子・ナノメートルスケールからマイクロファイバー形成の階層化、2)界面移動による秩序立った変形、3)その多糖膜の水蒸気駆動の運動について報告した。 ![]() 用いた多糖サクランのユニークな特徴として、直径約1 µm、長さ 800 µm以上と他には類を見ない大きなマイクロファイバーを水中で自己集合的に形成する。今回、これが乾燥界面の移動によって蛇行構造やらせん構造に変形することを解明した。乾燥した多糖フィルムの内部では、このねじれた構造がバネ様運動を引き起こす。このメカニズムを利用して、水滴が接近した際、瞬時に屈曲する運動素子の開発に成功した(図)。 本成果は、科学雑誌「Small」誌に6/9(米国時間)オンライン版で公開された。なお、本研究は文部科学省科研費はじめ、旭硝子財団、積水化学工業、澁谷工業の支援のもと行われた。 |
<背景と経緯>
天然高分子など生体組織が水と共生して高効率なエネルギー変換を達成している事実に鑑みれば、持続可能な社会への移行に向けて学ぶべき構造と機能である。例えば、ソフトでウエットな高分子ハイドロゲルは人工軟骨や細胞足場など医用材料をはじめ、生体機能の超越が有望視されている。同時に、刺激応答性高分子を用いたケモメカニカルゲルや湿度応答する合成高分子フィルムなど、しなやかに運動するアクチュエータの研究も注目されてきた。これに対し、天然物質の多糖を再組織化させて先端材料とする研究は発展途上にある。
我々はこれまでに、シアノバクテリア由来の多糖サクランに関する研究を進め、超高分子量、レアメタル回収能など様々な特性を持つ天然高分子であることを明らかにしてきた。さらに直近の研究では、サクラン繊維が水中から乾燥される際に、空気と水の界面にならび一軸配向膜を形成することも見出している。
<今回の成果>
1.多糖サクランのマイクロファイバーの微細構造(図1)
用いた多糖サクランは、直径約1 µm、長さ 800 µm以上と他には類を見ない大きなマイクロファイバーを水中で自己集合的に形成する。このマイクロファイバーを電子顕微鏡で観察すると、直径約50 nmのナノファイバーが束となり、ねじれた構造をとっていることが分かった。これは、人工的に形を作ったわけではなく、多糖が潜在的に持つ自己集合によるものである。他の多糖やDNAやタンパク質の自己集合体と比較しても、驚異的に大きなサイズである。
2.乾燥界面の移動によってファイバーがしなやかに蛇行・らせんを描いて変形(図2)
今回、これが乾燥界面の移動によって蛇行構造やらせん構造に変形することを解明した。界面移動がゆっくりの場合、マイクロファイバーが一軸配向構造、もしくは蛇行構造を形成する。一方、界面移動が早い場合、3次元的な超らせん構造を形成する。1本のマイクロファイバーが蛇行構造をとった後に超らせん構造をとることから、界面がマイクロファイバーの変形に強く寄与していると考えられる。
3.多糖膜の水滴接近に伴う瞬間応答(図3)
乾燥した多糖膜の内部では、このねじれた構造がバネ様運動を引き起こす。このメカニズムを利用して、水滴が接近した際、瞬時に屈曲する運動素子の開発に成功した。時空間解析から、水滴が接近/離隔した際、曲った状態とフラットな状態を可逆的にミリ秒レベルで屈曲運動を示すことが分かる。このような瞬間応答は、湿度変化を膜中のねじれた構造が瞬時に水和/脱水和を大きな変化に増幅したためと考えられる。
<今後の展開>
天然多糖を再組織化することで、水蒸気駆動型の運動素子をはじめ、光、熱など外界からのエネルギーを変換するマテリアルの構築が期待される。多糖ファイバーに機能性分子を導入しておくことで、湿度だけでなく、光や温度の外部環境変化に応答するソフトアクチュエーターである。本研究の成果は、天然由来の代表物質でもある多糖をナノメートルスケールから再組織化材料としたこととしても意義深い。光合成産物の多糖を先端材料化する試みは、持続可能な社会に非常に重要である。
![]() マイクロファイバーはナノファイバーが束になってねじれた状態。 |
A![]() |
B![]() |
C ![]() A. 蛇行構造をとったマイクロファイバー。B. 界面移動による高次構造化。C. 1本のマイクロファイバーが蛇行構造やらせん構造をとった様子の顕微鏡画像。 |
A ![]() |
B ![]() |
図3. 多糖膜の水滴接近に伴う瞬間応答 A. 多糖フィルムに水滴を接近させた際に示す屈曲運動と時空間解析。水滴が接近した際、ミリ秒レベルで屈曲運動を示す。 B. 屈曲変形の概念図。乾燥した多糖フィルムの内部にあるファイバーのねじれた構造がバネ様運動を引き起こし、高速な屈曲変形を示す。 |
【用語説明】(Wikipedia より)
※1自己組織化:
物質や個体が、系全体を俯瞰する能力を持たないのにも関わらず、個々の自律的な振る舞いの結果として、秩序を持つ大きな構造を作り出す現象のことである。自発的秩序形成とも言う。
※2シアノバクテリア:
ラン藻細菌のこと。光合成によって酸素と多糖を生み出す。
※3多糖:
グリコシド結合によって単糖分子が多数重合した物質の総称である。デンプンなどのように構成単位となる単糖とは異なる性質を示すようになる。広義としては、単糖に対し、複数個(2分子以上)の単糖が結合した糖も含むこともある。
※4サクラン:
硫酸化多糖の一つで、シアノバクテリア日本固有種のスイゼンジノリ (学名:Aphanothece sacrum) から抽出され、重量平均分子量は2.0 x 107g/mol とみつもられている。
※5界面:
ある均一な液体や固体の相が他の均一な相と接している境界のことである。
【論文情報】
掲載誌 | Small (WILEY) |
Vapor-sensitive materials from polysaccharide fibers with self-assembling twisted microstructures | |
著者 | Kulisara Budpud, Kosuke Okeyoshi, Maiko K. Okajima, Tatsuo Kaneko DOI: 10.1002/smll.202001993 |
掲載日 | 2020年6月9日(米国時間)にオンライン掲載 |
令和2年6月11日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2020/06/11-1.htmlリチウムイオン2次電池の長期的安定作動を指向した高耐久性負極バインダーの開発に成功

リチウムイオン2次電池の長期的安定作動を指向した
高耐久性負極バインダーの開発に成功
ポイント
- リチウムイオン2次電池の長期的安定作動を可能にする高耐久性負極バインダーの開発に成功した。
- 500回の充放電サイクルを経ても95%の容量維持率を示した。
- 本バインダー材料を用いた系ではPVDF系で顕著であった電解液の電気分解が抑制された。
- 充放電サイクル後に、本バインダー材料を用いた電池系ではPVDF系と比較して大幅に低い内部抵抗が観測された。
- 各種電気化学測定により、負極内部のリチウムイオンの拡散性に優れていることが分かった。
- SEI被膜が薄く界面抵抗が低いことが示唆され、充放電後に生成するLiFの量がPVDF系の5分の1に減少したことがイオンの拡散性とSEIの力学特性の両面に寄与したと考えられる。
- 電極―電解質界面抵抗*1を低減できる高性能バインダーとして、リチウムイオン2次電池のみならず広範な蓄電デバイスへの応用が期待される。
北陸先端科学技術大学院大学 (JAIST) (学長・浅野哲夫、石川県能美市)の先端科学技術研究科物質化学領域の松見紀佳教授、ラージャシェーカル バダム助教、テジキラン ピンディジャヤクマール(博士後期課程学生)はリチウムイオン2次電池*2の耐久性を大幅に向上させる負極バインダー材料(図1、図2)の開発に成功した。
リチウムイオン2次電池は一般に長期的な使用に伴い充放電能力が経時的に劣化することは、広く知られており、ユーザーレベルでも広範に問題が認識されている。その原因は極めて多様であるが、様々な電極内における副反応によるバインダーを含む電極複合材料の変性、電極/集電体の接着力の劣化が主要因の一つと考えられる。 本負極バインダーは、市販のポリ(ビニルベンジルクロリド)を1-アリルイミダゾールとジメチルホルムアミド中80oCで48時間反応させてイオン液体構造を形成させた後に、水溶液中でLiTFSIとのイオン交換を行うことにより合成した(図2)。 開発した高分子化イオン液体型のリチウムイオン2次電池用バインダーは、長く検討されてきたポリフッ化ビニリデン(PVDF)と比較すると、 LUMO*3が低い電子構造的特徴を有する(表1)。バインダー材料が有するアリルイミダゾリウム構造は、PVDFやエチレンカーボネート(EC)が負極側で還元分解する前にイミダゾリウム環C2位が還元を受けカルベンを形成する。その結果ECの過剰な分解による厚いSEI被膜の形成は抑制される。また、アリルイミダゾリウム基の存在により、サイクリックボルタンメトリー*4後に見積もられたリチウムイオンの拡散係数はPVDF系と比較して41%高い値となり、結果として充放電レート特性も改善された。また、リチウム脱挿入ピークの電位差(オーバーポテンシャル)は高分子化イオン液体系において200.3 mVとPVDF系と比較して89.6 mV減少し、より容易なリチウムイオンの拡散を支持する結果となった(図3)。充放電後の電池セルの界面抵抗も高分子化イオン液体系において大幅に低い値を示した(36.39Ω;PVDF系では94.89Ω)(図4)。 その結果としてイオン液体系では500回の充放電サイクルを経ても95%の容量維持率を示し、非常に優れた耐久性が明らかとなった(図5)。 原因を解明するため、500回の充放電サイクル後に負極のXPS測定を行ったところ、高分子化イオン液体系では1.5倍のグラファイティックカーボンのピークが観測された。また、充放電後も負極内部のバインダー由来のN1sピークを観測可能であり、これらの結果はいずれも薄いSEI被膜の形成を示唆した。さらに興味深い観測としては、高分子化イオン液体系ではLi2CO3とLiPF6との反応の結果生成するLiFの量がPVDF系と比較して5分の1程度であった。LiF生成の抑制は、負極内のリチウムイオンの拡散性やSEIの力学的安定性の改善において、重要な結果に結び付いたと考えられる。 なお本研究は、文部科学省元素戦略プロジェクト拠点形成型(京都大学) JPMXP0112101003の支援のもと実施された。 |
成果はACS Applied Energy Materials (米国化学会)オンライン版に2月11日に掲載された。
題目: Allylimidazolium-Based Poly(ionic liquid) Anodic Binder for Lithium Ion Batteries with Enhanced Cyclability
著者: Tejkiran Pindi Jayakumar1, Rajashekar Badam1 and Noriyoshi Matsumi1, 2 *
(1: JAIST, 2: 京大触媒・電池元素戦略)
<今後の展開>
セル構成や充放電条件を最適化し、最も優れた特性を有する蓄電デバイスの創出に結びつける。
イオン液体構造の多様性の視点から、構造をさらに検討し最善の特性の発現に向けたチューニングを行う。
電極―電解質界面抵抗を大幅に低減できる機能性高分子バインダーとして、リチウムイオン2次電池のみならず広範な蓄電デバイスへの応用が見込まれる。
図1.Liイオン2次電池における負極バインダー
図2. 高分子化イオン液体バインダーの合成法
Chemical Moiety (Octameric units except EC) | ELUMO (eV) | EHOMO (eV) | Bandgap (eV) |
PVBCAImTFSI (PIL) | -11.75 | -16.28 | 4.53 |
PVDF | 0.27 | -8.76 | -9.03 |
EC | 0.63 | -8.23 | -9.03 |
表1.高分子イオン液体(PIL)、PVDF、ECのHOMO*5、LUMOエネルギー準位
図3.BIAN型高分子(左)及びPVDF(右)を用いて構築したハーフセルのサイクリックボルタモグラム*4(第一サイクル)
図4.BIAN型高分子(左)及びPVDF(右)を用いて構築したハーフセルの充放電サイクル後の内部インピーダンススペクトル
図5.(a) 1st、100th、300th、500thサイクルにおける高分子化イオン液体系の充放電曲線、(b) 高分子化イオン液体系及びPVDF系のサイクル特性
<用語解説>
*1 電極―電解質界面抵抗
エネルギーデバイスにおいては一般的に個々の電極の特性や個々の電解質の特性に加えて電極―電解質界面の電荷移動抵抗がデバイスのパフォーマンスにとって重要である。交流インピーダンス測定を行うことによって個々の材料自身の特性、電極―電解質界面の特性等を分離した成分としてそれぞれ観測し、解析することが可能である。
*2 リチウムイオン2次電池
電解質中のリチウムイオンが電気伝導を担う2次電池。従来型のニッケル水素型2次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
*3 LUMO
電子が占有していない分子軌道の中でエネルギー準位が最も低い軌道を最低空軌道(LUMO; Lowest Unoccupied Molecular Orbital)と呼ぶ。
*4 サイクリックボルタンメトリー(サイクリックボルタモグラム)
電極電位を直線的に掃引し、系内における酸化・還元による応答電流を測定する手法である。電気化学分野における汎用的な測定手法である。また、測定により得られるプロファイルをサイクリックボルタモグラムと呼ぶ。
*5 HOMO
電子が占有している分子軌道の中でエネルギー準位が最も高い軌道を最高被占軌道(HOMO; Highest Occupied Molecular Orbital)と呼ぶ。
令和2年2月17日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2020/02/17-1.html環境・エネルギー領域の桶葭講師が公益財団法人高分子学会2018年度高分子研究奨励賞を受賞

環境・エネルギー領域の桶葭 興資講師が公益財団法人高分子学会2018年度高分子研究奨励賞を受賞しました。
高分子研究奨励賞は、公益財団法人高分子学会が、高分子学会年次大会等において活発に発表あるいは活動している若手会員を対象に、将来、高分子科学の発展のために貢献する人材を育成することを目的に制定しているものです。
*参考
高分子学会ホームページ
■受賞年月日
令和元年5月30日
■研究題目
界面制御による多糖の自己組織化と機能性材料の設計
■受賞概要
桶葭興資氏は、多糖水溶液が乾燥界面で起こす散逸構造の研究を行ってきた。特に、自然界にある乾燥環境が多糖に与える影響に着目し、自己組織化によるユニークなパターン形成を見出している。多糖は光合成によってつくられた重要な天然由来物質の一つで持続可能社会の構築に必須でありながらも、その多様な潜在能力を活かした先端材料として普及が進んでいない。本研究では、自己集合性多糖水溶液の界面制御下、マクロ空間を分割する現象を見出すと同時に、三次元的な配向化技術の構築に成功した。高分子科学、コロイド科学、界面化学など多方面にわたる学問分野において意義深い。また、ゲルや液晶を主とした機能性ソフトマテリアルの開発に重要な一手となり、産学面への貢献も期待される。これらの研究成果は、高分子の自己組織化の解明に貢献するとともに、機能性材料設計に重要な指針を与えるものであり、高分子研究奨励賞に値するものと認められた。
■受賞にあたっての一言
大変名誉ある賞を頂き大変嬉しく存じます。高分子学会、選考委員会、および北陸支部の皆様に深く感謝申し上げます。また、本学金子達雄教授はじめ共同研究者の皆様、ご助言頂いた研究室の皆様にこの場をお借りして深く御礼申し上げます。科学技術の発展に貢献すべく誠心誠意励んで参ります。
令和元年6月4日
出典:JAIST 受賞https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/award/2019/06/04-01.html蛍光タンパク質フォトルミネッセンスの電気制御に成功
蛍光タンパク質フォトルミネッセンスの電気制御に成功
ポイント
- 蛍光タンパク質とは下村脩らが発見したGFP及びその類縁分子の総称で、大きさおよそ4ナノメートル、基礎医学・生物学研究に広く利用されている。今回、金属と水溶液の界面に蛍光タンパク質を配置し、そのフォトルミネッセンス(蛍光)を電気制御することに世界で初めて成功した。
- この原理をもとに、蛍光タンパク質を用いた微小ディスプレイの作成と動作にも成功した。
北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)(学長・浅野哲夫、石川県能美市)の先端科学技術研究科のTRISHA, Farha Diba(博士後期課程学生)、濱宏丞(博士前期課程学生・研究当時)、生命機能工学領域の今康身依子研究員、平塚祐一准教授、筒井秀和准教授らの研究グループは、蛍光タンパク質のフォトルミネッセンス(蛍光)を電気的に制御する手法を世界で初めて確立し、この原理を用いた微小ディスプレイの作成と動作に成功した。
蛍光タンパク質とは、下村脩らによりオワンクラゲから最初に発見された緑色蛍光タンパク質(GFP)及びその類縁分子の総称で、大きさおよそ4ナノメートル、成熟の過程で自身の3つのアミノ酸が化学変化を起こし明るい蛍光発色団へと変化する。生体内の細胞や分子を追跡したり、局所環境センサーを作ったりすることが可能になり、GFPの発見は2008年のノーベル化学賞の対象になった。蛍光タンパク質は多様な光学特性を示すことでも知られ、例えば、フォトスイッチングという現象を使うと、蛍光顕微鏡の空間解像度を格段に良くすることができ、その技術も2014年のノーベル化学賞の対象に選ばれた。 研究グループは、金薄膜に蛍光タンパク質を固定化し、±1~1.5V程度の電圧を溶液・金属膜間に印加することによりフォトルミネッセンスが最大1000倍以上のコントラスト比で変調される現象を発見した。またこの原理に基づいた、大きさ約0.5ミリのセグメントディスプレイの試作と動作に成功した(下図)。 本成果は、5月8日(水)に「Applied Physics Express (アプライド・フィジックス・エクスプレス)」誌に掲載された。 なお、本研究は、国立研究開発法人理化学研究所・光量子工学研究センターとの共同研究であり、また、科学研究費補助金、光科学技術振興財団、中部電気利用基礎研究支援財団などの支援を受けて行われた。 |
<今後の展開>
基礎医学・生物学研究で広く使われている蛍光タンパク質の性質は、溶液や細胞内環境において詳しく調べられてきた。今回、金属―溶液の界面という環境において、新たな一面を示すことが明らかになった。現状での表示装置としての性能は既存技術に比べれば動作速度や安定性の点で及ばないものの、今後、電気制御メカニズムの詳細が明らかになれば、蛍光タンパク質の利用は、分子センサー素子など、従来の分野を超えてより多様な広がりをみせる可能性がある。
<論文情報>
"Electric-field control of fluorescence protein emissions at the metal-solution interface"
(金属・溶液界面における蛍光タンパク質発光の電圧制御)
https://iopscience.iop.org/article/10.7567/1882-0786/ab1ff6
T. D. Farha, K. Hama, M. Imayasu, Y. Hiratsuka, A. Miyawaki and H. Tsutsui
Applied Physics Express (2019)
令和元年5月16日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2019/05/16-1.html環境・エネルギー領域の桶葭講師、金子教授らの論文がAdvanced Materials InterfacesのBack Coverに採択
環境・エネルギー領域の桶葭 興資講師、金子 達雄教授らの論文がAdvanced Materials Interfaces (WILEY) のBack Coverに採択されました。
■掲載誌
WILEY, Advanced Materials Interfaces 2018, 5 (3)
■著者
Kosuke Okeyoshi, Gargi Joshi, Maiko K. Okajima, Tatsuo Kaneko
■論文タイトル
Formation of polysaccharide membranes by splitting of evaporative air-LC interface
■論文概要
筆者らは多糖水溶液を乾燥する空間を制御すると、自らセンチメートルスケールのパーティションを形成する現象を見出している。本論文では界面曲線の長さの実験結果と理論計算結果から、界面分割してパーティションを形成する場合の方が形成しない場合よりも、蒸発面が約2倍となることが分かった。この現象には気液界面における析出と蒸発を両立する条件が重要で、本研究の成果は自然界で多糖がマクロ空間を如何に認識するのか知る手がかりになると期待される。
参考URL : http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/admi.201701219/full
従来型バインダー材料を代替するリチウムイオン2次電池用新型高性能バインダーの開発に成功

従来型バインダー材料を代替するリチウムイオン2次電池用
新型高性能バインダーの開発に成功
ポイント
- 従来型バインダー材料であるPVDF(ポリフッ化ビニリデン)を代替し得る特性を有するリチウムイオン2次電池用新型高性能高分子バインダーの開発に成功した。
- 本バインダー材料を用いた系ではPVDFを用いた場合よりも約1.5倍高い放電容量が観測された。
- 本バインダー材料を用いた系ではPVDF系で顕著であった電解液の電気分解が抑制された。
- 充放電サイクル後に、本バインダー材料を用いた電池系ではPVDF系と比較して大幅に低い内部抵抗が観測された。
- 電極―電解質界面抵抗を低減できる高性能バインダーとして、リチウムイオン2次電池のみならず広範な蓄電デバイスへの応用が期待される。
北陸先端科学技術大学院大学 (JAIST) (学長・浅野哲夫、石川県能美市)の先端科学技術研究科物質化学領域の松見紀佳教授、ラーマン ヴェーダラージャン助教(当時)らはリチウムイオン2次電池*1における電極―電解質界面抵抗*2を大幅に低減し、PVDFを代替し得る高機能性高分子バインダーの開発に成功した。 リチウムイオン2次電池用バインダー (図1)としては、長きにわたってポリフッ化ビニリデン(PVDF)が広範に用いられてきた。活発な基礎研究が展開されてきた正極・負極、電解質等の部材に常に脚光が当たってきた一方で、バインダーに関しては近年論文数は向上しているものの、十分に検討されていなかった。 |
<今後の展開>
セル構成や充放電条件を最適化し、最も優れた特性を有する蓄電デバイスの創出に結びつける。
電極―電解質界面抵抗を大幅に低減できる機能性高分子バインダーとして、リチウムイオン2次電池のみならず広範な蓄電デバイス(リチウムイオンキャパシタ、金属―空気電池等)への応用が見込まれる。
![]() |
![]() |
図1.Liイオン2次電池における負極バインダー | 図2.BIAN型高分子バインダーの設計概念 |
|
|
図3.EC、PVDF及びBIAN型高分子バインダーのHOMO、LUMOエネルギー準位 | |
|
![]() |
図4.BIAN型高分子(左)及びPVDF(右)を用いて構築したハーフセルのサイクリックボルタモグラム | |
|
|
図5.BIAN型高分子及びPVDFを用いて構築したハーフセルの充放電サイクル後の内部インピーダンススペクトル |
<用語解説>
1.リチウムイオン2次電池
電解質中のリチウムイオンが電気伝導を担う2次電池。従来型のニッケル水素型2次電池と比較して高電圧、高密度であり、各種ポータブルデバイスや環境対応自動車に適用されている。
2.電極―電解質界面抵抗
エネルギーデバイスにおいては一般的に個々の電極の特性や個々の電解質の特性に加えて電極―電解質界面の電荷移動抵抗がデバイスのパフォーマンスにとって重要である。交流インピーダンス測定を行うことによって個々の材料自身の特性、電極―電解質界面の特性等を分離した成分としてそれぞれ観測し、解析することが可能である。
3.HOMO
電子が占有している分子軌道の中でエネルギー準位が最も高い軌道を最高被占軌道(HOMO; Highest Occupied Molecular Orbital)と呼ぶ。
4.LUMO
電子が占有していない分子軌道の中でエネルギー準位が最も低い軌道を最低空軌道(LUMO; Lowest Unoccupied Molecular Orbital)と呼ぶ。
5.サイクリックボルタンメトリー(サイクリックボルタモグラム)
電極電位を直線的に掃引し、系内における酸化・還元による応答電流を測定する手法である。電気化学分野における汎用的な測定手法である。また、測定により得られるプロファイルをサイクリックボルタモグラムと呼ぶ。
平成29年8月17日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2017/08/17-1.html多糖が自らパーティション -光合成産物の多糖が乾燥下、センチメートルスケールの3次元空間を認識-

多糖が自らパーティション
-光合成産物の多糖が乾燥下、センチメートルスケールの3次元空間を認識-
PRポイント
- 「多糖が乾燥環境下、3次元空間を認識することを世界で初めて発見」
- 「乾燥によって析出した多糖の薄膜はナノメーターから階層的に整った構造で、新たなバイオマテリアルの設計手法が期待」
- 「天然高分子への展開」:今回、淡水性シアノバクテリア由来の多糖類を使用したin vitro実験によって新現象が確認されており、今後、他の多糖や天然高分子などでも展開を検討
北陸先端科学技術大学院大学(学長・浅野哲夫、石川県能美市)、環境・エネルギー領域の桶葭興資助教、金子達雄教授らは、シアノバクテリア由来の多糖が自ら乾燥環境でセンチメートルスケールのパターンを形成することを発見した。多糖と乾燥環境は自然界で密接な関係にあり、今回のin vitro実験で「多糖が空間を認識する能力」が実証されただけでなく、簡便な乾燥によってバイオマテリアルの新たな設計手法が見出されると期待される。 自然界では熱帯魚の縞模様や巻貝のらせんなど様々な幾何学模様がセンチメートル以上のスケールで存在し、パターン発生原理の議論は歴史的研究の一つである。例えば、人工的に化学物質を選択してチューリングパターンやベローソフ・ジャボチンスキー反応など、パターン発生原理の研究が世界的に何世紀にも渡ってなされてきた。しかし、「自然界にある物理化学的な条件を再現して人工的にパターンを制御すること」はこれまで困難を極めていた。 これに対して研究チームは今回、シアノバクテリア由来の多糖が乾燥環境下、センチメートルスケールで空間分割パターンを形成することを発見した。多糖の水溶液を狭い間隙の制限空間から乾燥させると、1つの空間を複数の空間に分けるように多糖が析出する(図)。蒸発時、多糖は気液界面を増加させようとして界面を分割して薄膜として析出した。このように空間がパーティション化される現象はin vitro実験で確認されたもので、自然環境の多糖が乾燥と常に対面していることと密接に関係する。特に、今回使用した多糖は、シアノバクテリアが光合成によって生み出したサクランという生体適合性に優れた物質を用いているため、再生医療用材料としても有望である。 本成果は、英国科学雑誌「Scientific Reports」誌に7/21午前10時(英国時間)オンライン版で公開された。 |
<論文情報>
掲載誌:Scientific Reports
論文題目:Emergence of polysaccharide membrane walls through macro-space partitioning via interfacial instability.
著者:Kosuke Okeyoshi, Maiko K. Okajima, Tatsuo Kaneko
DOI: 10.1038/s41598-017-05883-z
掲載日:7月21日午前10時(英国時間)にオンライン掲載
本研究成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。 |
<背景と経緯>
建築学で駆使されている3次元的な幾何構造は、自然対数を利用した橋の設計など自然界と調和した形状である。材料学においても自然界と調和する幾何形状や規則性の制御によって新しい材料設計方法が期待され続けている。しかし、「自然界にある物理化学的な条件下を再現して人工的に幾何学パターンを制御すること」はこれまで困難を極めていた。
自然界では熱帯魚の縞模様や巻貝のらせんなど様々な幾何学模様がセンチメートル以上のスケールで存在し、パターン発生の議論は歴史的研究の一つである。例えば、人工的に化学物質を選択してチューリングパターン注1)やベローソフ・ジャボチンスキー反応注2)など、パターン発生原理の研究が世界的になされてきた。さて、生物の体表などのパターンはなぜできるのか?遺伝子?天気?それとも..?果たして「人工的な実験」で、「ビーカーの中」で、科学によって再現できるのか?
<今回の成果>
1.乾燥環境下で多糖が3次元空間を認識することを発見(図1)
乾燥環境下、シアノバクテリア注3)由来の多糖注4)がセンチメートルスケールの3次元空間を認識して、自らパーティションとなるように析出膜を形成することを発見した。この現象はin vitro注5)実験で確認されたもので、高粘性の多糖「サクラン」注6)の水溶液を2枚のガラス板に挟まれた間隙の制限空間から乾燥させると、1つの空間を複数の空間に分けるように多糖が析出する。
初期状態:間隙1 mmの上面開放型セルに多糖の水溶液を満たす。セルの幅をセンチメートルスケールで様々に変えて乾燥実験を行った。
乾燥過程:セルの幅が0.7 cm 程度であると、2枚のガラス板を橋掛けするような析出膜は形成されず、底に析出するだけであった。これに対して、1.5 cm 容器の幅を広げると、2枚のガラス板を橋掛けするような析出膜が形成された。高分子のサイズからすれば、1 mm の間隙は著しく大きいにもかかわらず、橋掛けできることは驚異に値する。これは、多糖が自己集合的に20 µm以上の長さのファイバー状となっていることが関係する。さらにセルの幅を広げると垂直に析出する膜の数は増え、3次元空間が複数に分けられた。幅が10 cmの場合でもこの現象は確認され、多糖が乾燥時に自らパーティションとなる析出膜を形成し、センチメートル空間を認識可能であることを裏付けている。
2.垂直に析出した膜は、高分子がナノメータースケールから3次元的に揃っている(図2)
さらに、この析出膜を偏光顕微鏡や電子顕微鏡で観察すると、2枚のガラス板を結ぶ方向に、高分子が整然と揃っていることが判明した。多糖の水溶液を乾燥するだけで高分子が3次元的に方向制御されることは極めて驚異である。
この析出膜に架橋構造を導入したあと水に再び戻すと、遮光用ブラインドのように一方向に大きく伸びる。図2中の青いまま伸びている様子は、高分子の3次元的な整列を保ったまま一方向に伸びていることを示す。
なお、研究チームはこれまでにも、層状構造を持つ膜から一次元膨潤するゲルの作製に成功している。今回の新たな膜作製技術と合わせてバイオマテリアルへの応用が期待できる。
<今後の展開>
パーティション現象を他の天然高分子へ展開
物理化学的な条件と幾何学的な条件を整えることで、他の多糖や高分子へ展開可能である。特に「乾燥環境」に注目して、パターンの形成法則を系統的に解明することで、陸上進出する多糖の進化を紐解けるかもしれない。
パターンが多糖で構成されているため、新たなバイオマテリアル設計手法が期待される
センチメートル以上の空間パターンを自発的に形成する構造には、リーゼガング現象やチューリング現象など自己組織化による「散逸構造」が挙げられる。しかしこれらの現象は、生体が存在し得る自然界の物理化学条件から遠く離れた環境でのみ可能で、材料分野への適用は困難を極めていた。
一般に、多糖、DNAおよび骨格タンパク質などの剛直な生体高分子はナノメートルやマイクロメートルスケールのパターンを形成することが知られている。ポリペプチドのαヘリックスやβシート、DNAの螺旋構造はその代表例である。これに対して研究チームが発見したパーティション現象は、光合成産物の多糖を使って発見したセンチメートルスケールの空間パターンであり、散逸構造を用いた材料学の道が一気に開かれる。さらに、DDSなど医療用材料に期待の大きい多糖を使用していることから、臓器の再生医療などに向けた新たな材料設計手法として有望である。
図1. 多糖の乾燥実験とパーティション現象
A. 上面開放型セルから多糖の水溶液を乾燥させる実験の概念図。
B. 様々な幅からの乾燥過程を2枚の偏光子を介して観察した画像。白色部分は高分子が配向している(揃っている)。
C. 幅10 cmの上面開放型セルから乾燥させたあとに現れる空間分割パターン。
図2. 析出した垂直膜の顕微鏡観察と瞬時に一方向へ膨らむゲル
乾燥実験後に析出した垂直膜を特殊な光学フィルターが入った偏光顕微鏡で観察すると、2枚のガラス板を結ぶ方向に高分子が整然と配向していることが分かる。さらにこの乾燥した膜を水にもどすと、「窓のブラインド」のように瞬時に一方向へ膨らむことが分かった。
<用語解説>(Wikipedia より)
注1)チューリングパターン:
イギリスの数学者アラン・チューリングによって1952年に理論的存在が示された自発的に生じる空間的パターンである。
注2)ベローソフ・ジャボチンスキー反応:
系内に存在するいくつかの物質の濃度が周期的に変化する非線型的振動反応の代表的な例として知られている。この反応などの振動反応は平衡熱力学の理論が成り立たない非平衡熱力学分野の代表例である。
注3)シアノバクテリア:
ラン藻細菌のこと。光合成によって酸素と多糖を生み出す。
注4)多糖:
グリコシド結合によって単糖分子が多数重合した物質の総称である。デンプンなどのように構成単位となる単糖とは異なる性質を示すようになる。広義としては、単糖に対し、複数個(2分子以上)の単糖が結合した糖も含むこともある。
注5)in vitro:
"試験管内で"という意味で、試験管や培養器などの中でヒトや動物の組織を用いて、体内と同様の環境を人工的に作り、薬物の反応を検出する試験のことを指す。in vitroの語源はラテン語で「ガラスの中で」という意味。
注6)サクラン:
硫酸化多糖類の一つで、シアノバクテリア日本固有種のスイゼンジノリ (学名:Aphanothece sacrum) から抽出され、重量平均分子量は2.0 x 107g/mol とみつもられている。
平成29年7月21日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2017/07/21-1.html超分子ポリマーの新しい構造解析法の発明

超分子ポリマーの新しい構造解析法の発明
【ポイント】
- 従来不可能であった超分子ポリマーの構造と機能を同時に観察する新たな構造解析法の発明
- 環状分子のシクロデキストリンが包接したポリエチレングリコール鎖の構造解析に成功
- 高速原子間力顕微鏡による超分子ポリマーの両端がエンドキャッピングされた構造の解明
北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)物質化学フロンティア研究領域の堀諒雅大学院生(博士後期課程)、篠原健一准教授は、高速原子間力顕微鏡(高速AFM)を用いた固液界面における一分子イメージングにより、従来不可能であった超分子1ポリマー2の構造解析に成功しました。この成果は、超分子材料のさらなる機能解明に繋がるものであり、将来の分子マシンの開発に一石投じる発見です。 |
【研究背景と内容】
ポリマー分子の構造解析法は、ポリマー材料のさらなる機能化のため必要な技術です。中でも超分子ポリマーは単一分子内に動きを伴うため、そのダイナミクスを解明することが重要となります。
従来の超分子ポリマーの構造解析には、核磁気共鳴分析(NMR)による分光法や顕微鏡法が主に用いられてきました。しかし、これらの手法では構造あるいは機能のいずれかしか確認できず、それらを同時に観察することは困難でした。特に今回観察した分子ネックレス構造3は水中で不安定であり、さらに溶解性が低いことが問題となり、その詳細な構造と機能を観察することが難しいとされてきました。
今回、高速原子間力顕微鏡(高速AFM)を用いたことにより、従来不可能であった超分子ポリマーの構造と機能を同時観察する新たな手法を発明することができました。本手法では、1ミリリットル当たり1マイクログラム未満という低濃度の溶液を用いて超分子ポリマーを基板に固定することで、これまでの問題点を解決しました。
具体的には、シクロデキストリンという環状分子がポリエチレングリコールという長鎖分子に包接した、いわゆる分子ネックレス構造を高速AFMを用いて直接観察し、その分子の構造とダイナミクスを確認することに成功しました(図1)。なお、この分子の構造とダイナミクスは、全原子動力学(全原子MD)シミュレーションによって再現され、実験結果とも整合性が確認されています。本研究成果は、超分子材料の構造特性や機能解明に大きく貢献するものであり、特に分子レベルでの精密な構造制御が求められている次世代の分子マシンの開発に一石を投じる発見です。今後、本手法を応用することで、超分子ポリマーの新たな設計の可能性を拓かれることが期待されます。
図 1 高速AFMで観察された分子ネックレスの構造とそのダイナミクス、および全原子MDシミュレーションを用いたダイナミクスの再現。 |
本研究成果は、高分子化学のトップジャーナルであるアメリカ化学会のMacromolecules誌に掲載されました。なお、本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業基盤研究(C)「23K04520」、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム「JPMJSP2102」の支援を受けたものです。
【論文情報】
掲載誌 | Macromolecules |
論文題目 | Direct Observation of "End-Capping Effect" of a PEG@α-CD Polypseudorotaxane in Aqueous Media |
著者 | Ryoga Hori, and Ken-ichi Shinohara |
掲載日 | 2025年3月4日 |
DOI | https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.macromol.4c02491 |
【用語説明】
令和7年3月11日
出典:JAIST プレスリリース https://www.jaist.ac.jp/whatsnew/press/2025/03/11-1.html