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学長メッセージ

学長対談[前文部科学事務次官 柳 孝 氏]

博士人材の活躍が生み出す地域社会と日本の活力
 世界トップの研究大学を目指すJAISTにとって、博士後期課程の充実は研究力向上を支える柱となるものです。現在そのための支援強化を図りながら、教員の皆様が研究活動に集中できる環境づくりを進めています。そこで、今回の対談では今後の博士人材育成を中心に据え、長年科学技術政策に携わってこられた前文部科学事務次官・柳孝氏と意見を交わしました。

柳 孝 氏 プロフィール
寺野 稔学長 プロフィール

博士とはどのような存在なのか?

前文部科学事務次官 柳 孝 氏

寺野 本学は創設から30年以上になりますが、初代の慶伊富長学長が掲げられた「世界最高の研究を通じて、世界最高の人材を育てる」というコンセプトを実現していくことで、日本社会あるいは世界全体に貢献していくことを目指しています。本日はそういった中で今後の博士人材の育成はどうあるべきなのか、そしてイノベーションを起こすために必要な資質などに対してもご意見をいただければと考えています。

  21世紀になり、DXやGXの進展によって産業基盤や社会が大きく変わろうとしています。産業のコメは鉄鋼から半導体になり、かつての直線型経済が循環型経済へと変わろうとしている。その中で産業界は博士人材に何を求めているか。それは、この変化に対応できる能力だと思います。かつてドクターとは狭い専門分野だけを掘り下げた、いわば専門バカという見方もありましたが、それは全く違うと思います。博士号とは、知識を持っている証ではなく能力を表す称号であり、その能力とは、まず課題を見つけ、それを解決するための仮説を立て、検証し、具体的な解決方法を提案して社会に伝えていくコミュニケーション能力まで、最近の言葉でいえばポータブルスキルということになりますが、質の高いポータブルスキルと特定分野で最先端の知見を備えた人、それが博士の名が示すものと思います。

寺野 確かにドクターというのは非常に狭い専門性の中での到達度の証明ではなくて、そこまで行けるという能力の証明でありたいと私も考えています。

イノベーションを起こすのは複数の軸足を持つ人

  社会が様々に変化するときにイノベーションが起こるのは境界的、あるいは学際的な融合領域であって、いま、産業界が期待するのは自分の深い専門分野だけでなく、ほかの領域にも軸足を複数持てるような人たちですね。

寺野 その意味でも、学生が専門性の幅を広げるために主テーマ以外にサブテーマを設定して、自分の研究とは違う内容に2~3か月、あるいはもっと長く取り組んでいます。様々な対象に柔軟に対応できる能力というのは企業に入ってからの教育ではなかなか難しいものです。総合的な力を養い、将来異なる分野でイノベーションを担う能力を備えるには、大学院でトップレベルの研究を通じて鍛えることが必要であり、博士課程のステップはやはり重要であるかと思います。

  日本企業のグローバル化を考えると、例えば時価総額上位100社の企業経営者の日米比較をすると、日本では8割強が学卒ですが、米国では7割弱が大学院卒です。私自身、EU代表部参事官時代に、大学院卒が第一線で働く国際スタンダードだと実感しました。ドクターに対して非常にリスペクトを持って接する欧米の人々と対等に渡り合っていくという意味でも博士人材の育成が重要であると思います。国としても育成のための支援を手厚くしていくために、私が内閣府時代に統括官としてとりまとめた「第6期科学技術・イノベーション基本計画」では、10兆円規模の大学ファンドの創設とともに、生活費相当額の支給という形で博士後期課程の学生への支援をそれまでの3倍に拡大しようという数値目標を掲げました。これは、マスターからストレートで進学する学生数の約7割に相当するもので、優秀な学生が経済的な問題でドクターを諦めることのないよう、しっかり支援しようと取り組んだものです。それとともにドクターコースに進むと就職口がないのではという不安を解消するためにも、キャリアパスの拡大が最大の課題と捉え、様々な施策に取り組んでまいりました。

キャリアパスを広げる「学び直し」に5つの要点

寺野 稔 北陸先端科学技術大学院大学学長

  ドクターのキャリアパスというのは、大学の教員になる、あるいは公的機関や企業の研究者に就くことが王道であり"勝ち組"と捉えられがちですが、自分の専門性に何か一つ加えて別の道に進む、ということも考えられるのではないかと思っています。例えば、「スタートアップの聖地」と言われるシリコンバレーですが、これを支えているのが、元々理工系出身でMBAや弁護士資格を更に取得した方たちが多いです。成功は多様な人的ネットワークの賜物です。日本でも技術系の方が更に英語を勉強し同時通訳として引っ張りだこになっているというのを最近テレビでも見ました。大学等の研究者を目指すだけでなく、ドクターとして多彩な働き方を模索することも大切ではないかと考えます。

寺野 プラスアルファを持つことについては、社会人教育も密接に関わると思います。自分の専門性の中でずっと仕事をしてきて、再び大学に戻って同じ分野でさらに高度な知見を得る、あるいは専門外の、例えば今ならAIの知識を身につける。そういったことで非常に大きな力が出せるようになるでしょう。修士を出て社会人となった方が、大学院に戻りドクターに進んで力をつけ直すということもある。少子高齢化の中での博士人材育成のために、社会人教育をもっともっと広げる必要があると考えています。

  おっしゃる通りで、社会環境が変わり、産業構造も激変する状況で、求められるスキルも当然変わっていく。その時に社会人として学び直そう、頑張ろうという気があれば、それは大きく飛躍するチャンスになると思います。学び直しはリスキリングやリカレントといわれて注目されていますが、どちらにせよそこには重要なポイントが5点あると考えます。1つはニーズにしっかり応えるプログラム。2つ目は学びやすい環境。3つ目が財政的支援による学生の負担軽減。4点目は仕事を辞めずに取り組める、学び直しを促すような職場環境。そして5つ目は社員が学び直した成果をしっかり評価し処遇に反映することで、この点が一番重要かと思います。これらはそれぞれ責任を持つべきところが違って、最初の2点は大学ですね。次の負担軽減は国などの公的機関、後の2点は民間企業。ですから、いくら大学だけが頑張っても企業側にその意識がなければ進まない。大学、産業界、国のそれぞれが力を合わせて取り組むべき課題だと思います。

寺野 本学は東京にサテライトを開設し、社会人の方が勤務後や週末に通って、情報系など様々な知識を身につけ、研究できる環境をつくっています。現在200人以上が在籍しており、今後はドクターコースを中心に定員増も考えながら社会人教育を強化していきたいと考えています。

  今後若年人口が減っていく中で、日本の国力維持を考えると、重要になってくるのは社会人が大学で学んでさらにステップアップして活躍していただくことでしょう。そしてもう一つ重要なファクターが留学生です。世界でみれば人口は増加していますから、彼らの活躍で日本の国力を維持向上させていくという観点が大切かと考えます。

将来に向けて期待したい留学生の活躍

寺野 留学生については、日本で学んで自国に帰ってもらい、日本親派を増やせばいいという考え方もありますが、やはり今後は日本に定着して、より直接的に貢献していただく、それが大事だと思います。そういった方をどれだけ増やせるかについては、まず日本語の壁を崩さなければいけない。そのために本学では十年近く前から、日本人への英語教育と共に留学生への日本語教育に力を入れています。

  それはおっしゃる通りで、大学の授業は英語だけでも卒業できる。しかし、日本の良さを知ってもらい、将来日本で働くことを視野に入れてもらうには日本語に親しんでもらうことが重要ですね。この点は文科省としても日本語教育が非常に重要と捉えていますから、JAISTにもぜひお願いしたいです。

寺野 それに加えて、留学生が日本で暮らし学ぶ時間がいかに良いものであるか、ここが素晴らしいと感じてくれれば、なかなか日本を離れがたくなるのではないかと思います。大学や地域社会、国や行政がどれだけそう思える環境をつくれるか。これは将来を見据えて、社会全体で意識して取り組んでいく必要があるでしょう。幸い私たちの地域では留学生を地元全体で大事にしていただいていて、例えば山菜取りに学生を招いてくれて、一緒に山道を歩いたり料理をつくったりする機会があります。そんな経験が、日本で暮らすことに前向きな意識を生み出すのではないかと思います。

  素晴らしいですね。そういった形で地域と交流できれば、日本で働くことというのが自分のイメージとして、現実のものとして捉えられるようになるでしょう。

地域の産業界を元気にしながら、JAIST自身も伸びてゆきたい

学長対談

寺野 留学生の定着のためにも地域の産業を元気にして、彼らを受け入れられるような地盤をつくっていくことが重要です。ご存知のように日本企業は99・7%が中小企業に分類され、その多くが地方に拠点を持っていますが、規模は小さくても技術力が高い会社は、マスターはもちろんドクターも積極的に採用しています。ですから、そういった企業を元気にすることができれば博士人材の受け皿となり、地域活性化にも貢献できます。そこでJAISTでは一つの「場」に研究成果のシーズと企業側のニーズを集結したMatching HUB(マッチングハブ)というイベントを開催しています。北陸を中心に他地域を合わせるとすでに19回開催し、最近では一日1000人以上が来場する中で500件近くのマッチングが生み出されています。

  素晴らしい取り組みだと思います。新たな価値は他者との接触の中で創出されますから、まさにJAISTが中心になって進めているマッチングハブは接触する機会を提供することで、種を植え、苗床をつくっているわけで、産学連携にとって非常に有意義なものと思います。

寺野 この取り組みは既存の企業をどれだけ元気にできるかですが、それに加えて今後は大学発のスタートアップについても積極的に取り組み、地域活性化の両輪にしていきたいと考えています。

  スタートアップと産学連携という観点で見ると、私が文科省で産業連携課長を務めていた十数年前はまず大学の技術提供から始まるシーズオリエンテッドでの連携が主流でしたが、いまは企業側から、遠いけれど実現が見えているような技術に狙いを定めて大学と手を結ぶようなニーズオリエンテッドの形が多くなってきました。それに加えて最近は、先が全く見えていない、あるいは特定の研究テーマがなくても大企業が大きなお金をかけて、自社の人間を大学に送り出すようになっています。これは大学の持っている基礎研究力に期待して、課題を見つけ出し将来のあるべき姿を探っていこうという動きなんですね。こういったところからもイノベーションにつながる可能性が期待できると思います。

寺野 マッチングハブはシーズ/ニーズオリエンテッドが共存する集大成のようなものと捉えていますが、新たな考え方として、ビジョンオリエンテッドという概念を提唱しています。これは、将来どうありたいかというビジョンを想定し、そこからバックキャストしてどんな技術が必要かを考える。そのビジョンづくりにはメタバースを使って、例えばアインシュタインとベートーベンをメタバースで対話させ、そこに我々現実の研究者も加わって議論することで、通常では出てこないようなものが創り出せるかもしれない、といった試みも始めています。

  それは面白い。ぜひ進めていただきたいです。

寺野 新たな取り組みからJAISTをどこまで拡げ、伸ばせるか。最近は研究成果もめざましいものがありますので、初代の慶伊学長の想いを実現できるようなところまで本学を元気にできればと考えています。本日は事務次官としてのご経験に基づくご意見を頂き、たいへん勉強になりました。貴重な機会を頂いたことに感謝いたします。

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