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JAIST変人ラジオ

[JAIST変人ラジオ]スピンオフ特別対談

サイエンスコミュニケーションについて

越前屋 俵太 氏 ECHIZENYA Hyota
越前屋 俵太
JAIST変人ラジオ ナビゲーター
‘80~‘90年代にテレビ番組等の制作に携わり、「探偵!ナイトスクープ」など数々の人気番組に出演。現在は、京大変人講座のディレクター兼ナビゲーター、関西大学、高知大学、京都芸術大学、京都外国語大学、北陸先端科学技術大学院大学の客員教授、和歌山大学観光学部の非常勤講師を務める。
小泉 周 氏 KOIZUMI Amane
小泉 周
北陸先端科学技術大学院大学
副学長(総合戦略担当)・教授
1997年、慶応義塾大学医学部卒業、医師、医学博士。ハーバード大学医学部、自然科学研究機構でキャリアを積む。文部科学省、科学技術振興機構(JST)で科学コミュニケーションに携わる。2025年4月から現職。

サイエンスコミュニケーションについて

小泉 越前屋さんは、大学の研究について、ワクワク感をもって伝える活動を先駆的に続けてこられました。なぜ今、大学にサイエンスコミュニケーションが求められるのか、お話を伺います。

越前屋 僕は「サイエンスコミュニケーター」というより、「サイエンストランスレーター(翻訳者)」だと思っています。大学の学問を一般の方にわかりやすく伝える仕事は京都大学で始めました。
僕自身は、もともと映像の世界に進みたいと、関西大学でマスコミを学んでいました。ただ、先生が一方的に話すだけの授業をテストや単位のために聞くという意味がわからなくて。そんな頃にテレビ局のADのアルバイトを始めました。

小泉 映像への思いが強かったんですね。

越前屋 当時は80年代の漫才ブーム。面白いことは大好きだったけど、同じ芸人さんばかりがテレビに出ていて個人的には面白くなかった。企画会議で「若者には何がウケるか」と聞かれ、「見たことない、食べたことない、触ったことないもの」を取り上げることだと答えていました。スタジオの外に飛び出して、街の人をいじり出しました。今で言う街ブラ番組の先駆けになりましたが、当時のテレビ制作者からは誰からも理解されず、「やりたいなら勝手にやれ!」と言われ、実際にやったら大ヒットしてしまいました。テレビ局のスタジオを捨てたことで、「街」という世界最大のスタジオを手に入れたことになりました。今でいう「破壊的イノベーション」ですね。

小泉 テレビの世界から大学に関わるようになったのは、どのような経緯だったのですか?

越前屋 東京に事務所を構え、フリーのディレクターとして活動して、大学は除籍。当時、テレビにはヤラセとかややこしい問題がいっぱいあって、私はそういうものと戦った末に仕事がなくなり、40代ですべてを手放して山にこもった時期がありました。

小泉 なかなか厳しい世界ですね。

越前屋 その後、古巣の関西大学の先生と知り合って、「学生に現場の声を届けて欲しい」と頼まれたんです。大学にはいい思い出がないし、卒業もしていない人間が教壇に立つなんてもってのほかだなって。説得されてしぶしぶ引き受けたものの、エンターテインメント論と名付けたのがマズかったのか、いきなり400人の大授業。とはいえ、学生に対して何の理論も教えられない。自分が経験したことしか話せないから、最初の頃は学生にとってはただの自慢話に聞こえたかもしれません。でもある時、テレビを辞めた自分の苦悩を話したら、学生たちの目が一気に変わって、レポートでいろんな意見をもらって嬉しかった。そこから学生との対峙の仕方が変わって、大学という場所が面白くなりました。

小泉 視点ががらりと変わったわけですね。

越前屋 その後、和歌山大や芸大など一時期7大学で授業をしていました。

小泉 大人気講師ですね。

越前屋 例えば、和歌山大学観光学部では、閑散期の白浜の活性化を考える機会がありました。ブルーツーリズムみたいな学術的なものはわからないけど、現地の人としゃべってみたら何かわかるんじゃないかと言ったんです。でも、学生たちは現場に行く前に土地の歴史も、宿泊先や飲食店までもネットで調べ尽くしてしまう。ただそれを「確認」しに行くだけなんておかしいなと感じました。ならば、逆にネットを使わせようと思って「徹底的に調べなさい!」って言ったんです。

小泉 禁止したって絶対使いますからね。

越前屋 途中、「調べ方が甘い!」なんて言ってね(笑)。それで1泊2日のフィールドワーク当日になって、集合した駅でいきなり「資料は全部放棄しなさい」と言ったんです。

小泉 映画『トップガン・マーヴェリック』の中で、トム・クルーズが「今すぐ教科書をゴミ箱に捨てろ」と言うシーンのようです(笑)。

京大変人講座、待望の書籍化!
 京大変人講座、待望の書籍化!

越前屋 まさにそうです。インターネットにない情報を得てほしかったんですね。戸惑いながらも街の人に声をかけた学生たちは、「家に上がってジュース飲んでいけ」って至れり尽くせりの歓待を受けて、「人って優しいんだ」「ネットにない情報があるんだ」と生の情報にたどり着く喜びを知りました。彼らに僕がかつて街に出て学んだのと同じ体験をしてもらいたかったんです。ただ学校からは、僕はちゃんとした先生じゃないから、「非常勤」ならぬ「非常識講師」と呼ばれましたけどね(笑)。

小泉 その「非常識」さが重要だと思います。僕は90年代と2000年代では大学ががらりと変わったという印象があります。自分の経験を話させていただくと、医学部出身で90年代から神経科学・ニューロサイエンスの研究をやり始めて、当時のボスは世界的権威と呼ばれる方でした。僕自身は、社会とのコミュニケーションに興味があったので、「研究成果について市民対話をしたらいいんじゃないですか」と伝えてみると、ボスは「世界トップレベルの研究は市民に分かるわけがない」と。市民講座をバンバンやり始めたのは、もっと後になってからです。当時は、社会との壁がありました。

越前屋 僕は研究者を「知の職人」だと思っています。職人さんは誰のためというより、自分が納得するものをつくるために探求し続ける。研究者も同じで、その諦めない思考のアプローチや、論文には決して出ない独自の世界観こそが面白い。そこをみんなに伝えたかったんです。

小泉 越前屋さんの「人への愛」を感じます。「人」にフォーカスすることは一番重要だと思います。私は医学部出身なのに、医者としてはほとんど活動していません。医学の勉強は実は病気の勉強で、私は「病気以上に、人そのものに興味がある」と気づいてしまった。だからこそ、研究成果だけでなく、「人」としての研究者の魅力を伝えたいという思いがあります。

越前屋 その「人」の魅力という点では、JAISTは面白い場所です。国が実験的につくった研究機関だけあって、普通の大学では使えないようなスーパーコンピュータが学生でも自由に使えますし、なにより研究に没頭できる環境が素晴らしい。そして凄い先生や面白い先生がたくさんいる。学生を含めてこの魅力をもっと知ってほしいなと思います。JAISTをもっとメジャーにするために、その存在をどう伝えるか。「変人ラジオ」のほかにも何か仕掛けを考えないと。

小泉 「変人」たちのパッションをどう伝えるかがカギですね。

越前屋 京都大の「変人講座」もそうですが、YouTubeでやらないかという話もあったんです。「いつでも、どこでも、誰にでも」聞けるネットの時代だからこそ、「今だけ、ここだけ、あなただけ」の価値を追求しました。

小泉 変人ですね(笑)。でもその場でしかわからない熱さがありますよね。

越前屋 だけど心の中では一人でも多くの人に伝えたい気持ちはあったので、出版社に話を持ち掛けたらそれが本になって、学術本としては異例の5万部の大ヒットに。自分の知らない世界、先生方の世界を一瞬だけでも理解したいから、最初は100%翻訳しようと頑張りましたが、ある時、専門家自身もわかっていないような深遠な研究話に出会った。そこで気づいたのは「トランスレーションは3割わからなくていい」ということ。全部わからせてたまるか、という奥深さがあるから入口に立つ意味があるんです。

小泉 同感です。私は、野球のリトルリーグで完璧な技術を教えるコーチより、長嶋茂雄さんみたいなスターが来て、「バーンと打てばいいんだよ」とパッションで伝える方が、子どもたちのプラスになると思っているんです。科学コミュニケーターが論理を極めるよりも、本物の研究者が好き放題にしゃべる。その「なんだかわからないけど凄い」という熱量を伝えるべきなんです。

満員御礼!熱気あふれる京大変人講座

満員御礼!熱気あふれる京大変人講座

越前屋 社会ではロジカルシンキングも必要ですが、「エモーショナルムービング(衝動的に動く)」が大事。エビデンスばかり追っていては新しいことに巡り合えない。見切り発車でやりながら考える「ロジカルムービング」の姿勢が必要。そのためには自分にたくさんの引き出しがないとね。基礎は学ぶべきですが、いつまでもそこに留まっていてはダメ。僕は基礎なしで苦労したけど、大学の先生から基礎を学べた今だからこそ、「守破離」の両方大事と言えます。

小泉 日本人はもともと破っていくことが得意だと思いますけどね。

越前屋 研究者はクリエイティブだし、職人的でもあります。今、経済がどうとか言われていますけど、僕は日本を救うのは最終的に学術だとずっと思っています。しかし、地震とか事件とかが起こって、エビデンスが欲しい時にだけ先生が呼ばれるのは残念で、社会から分断されているように感じます。本来、人が生きる行為の中に学問があったはずだと思うんです。

小泉 僕らは「タコツボ」と呼んでいますが、研究者が偉そうな世界に閉じこもらず、社会ともっと身近に垣根なく話せるといいですよね。そこで重要になるのが「共創」です。

越前屋 西陣織などの工芸の世界では、職人とデザイナーがコラボして新しいものが生まれています。学問の世界もそれがあり得ると思う。でも、先生を神棚に上げて距離を置いちゃうと生まれるものも生まれない。「お知恵を拝借させてください」という気持ちで僕は先生方と話しているつもりです。学者と職人が出会って何か起こるかもしれないし、もしかしたら学者とおばちゃんが出会った瞬間に何かが生まれるかもしれない。

小泉 その点では、ノーベル賞を受賞した北川進先生の「MOF(多孔性金属錯体)」の研究が象徴的です。先生がつくられたのは、何の機能も持たない単なる「ジャングルジム」のような構造体でした。

越前屋 関係者にお聞きしたのですが、北川先生は「何に使えるかわからないけど」と言って、いろんな人にそれを使ってもらっていたそうですね。

小泉 普通は、触媒として働くようなファンクショナルなものをつくろうとするものですが、北川先生はなぜか「空っぽの空間」をつくったのが不思議なんですよ。

越前屋 そのジャングルジムで「遊べ」ということだったんですね。それ自体は楽しいわけではなく、いろんな使い方がされた時に初めてジャングルジムの意味が出てくる。

講演に聞き入る参加者たち

講演に聞き入る参加者たち

小泉 面白いですよね。

越前屋 国が「意味のあることをしてほしい」と言ったところで、最初からわからないし、本当の意味は後からついてくるものですよね。まさに、周りから「何をしているんだ?」と言われながら研究している学者こそが、新しい可能性を秘めているので、もっと話を聞いていきたいですね。
逆に、小泉先生にとって「研究者」って何でしょうか?

小泉 子どものように、好奇心に純粋な人かもしれないですね。AIは過去のデータからロジカルに答えを出すんですが、それだとつまらない。だから研究というのは、AIには出せない人間らしい活動なのかもしれません。

越前屋 僕が研究者を好きなのは、自分独自の世界観を持たれていて、話を聞いていて楽しいからです。

小泉 これからの研究者は、市民やステークホルダーの方たちと一緒に考える姿勢が必要だと思うんです。90年代の頃のような「教えてやる」という態度では絶対に共創は起きません。実はこんなことで悩んでいるとか、もっと自分をさらけ出した方がいい気がします。

越前屋 今は、学者が今まで出会わなかった人たちと交わることで新しい何かが生まれるような時代に突入していると思うんです。僕らの役割は、タコツボに閉じこもっている研究者を「こそばす」こと。片足だけでも出してもらって、合いの手を入れながら、一瞬みんなが笑った瞬間に情報がスッと入っていく。その「パッと開いた瞬間」に共創が起こるわけです。
僕の夢は、京都大学で生まれた「変人講座」を北大から琉球大、JAISTまで広げ、日本中の国立大学を変人でつなげることです。赤本のように並べて、すごく面白い研究をしている人が日本中の大学にいることを伝えたい。「偏差値で選ぶ」のではなく、「この先生の研究室でこの研究をやりたい」という動機で大学を選ぶ学生を増やしたいですね。

小泉 共創のためには越前屋さんみたいな方が100人は必要ですね。

越前屋 たまに僕のところに聴講生から質問が来たりする時があって、僕がやっているような仕事に興味のある人がいる。サイエンストランスレーターの役割を引き継ぐ人材も育てていかないとと考え始めています。


和歌山大学でのフィールドワーク

和歌山大学でのフィールドワーク

小泉 共創の未来のためには、越前屋さんのような、研究者と社会をつなぎ、そのパッションを引き出せる人材の育成もJAISTの使命だと感じました。本日は本当に刺激的なお話をありがとうございました。

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