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学長メッセージ

理事対談[自然科学研究機構研究力強化推進本部 小泉 周 氏]

これからの時代の「研究力強化」をめぐって

日本の研究力について国際的な地位の低下が叫ばれ、一般社会にも漠然とした不安感が漂うようになった昨今。この状況に対して、そもそも研究力とは何なのか?―そして今後、日本の大学はどのように研究の場を活発にして、世界に存在感を示してゆけるのかといったテーマで、国全体の研究力強化に携わる小泉周氏をゲストに迎え、永井由佳里理事・副学長と語り合いました。

小泉周氏 Koizumi Amane
小泉 周
大学共同利用機関法人自然科学研究機構 研究力強化推進本部 特任教授
慶応義塾大学医学部卒業、医師、医学博士。同大生理学教室で、電気生理学と網膜視覚生理学の基礎を学ぶ。2002年米ハーバード大学医学部、マサチューセッツ総合病院、ハワード・ヒューズ医学研究所のリチャード・マスランド教授に師事。2007年10月、自然科学研究機構生理学研究所の広報展開推進室准教授。同研究所・機能協関部門准教授併任、総合研究大学院大学・生理学専攻准教授も兼任。2009年8月から文部科学省研究振興局学術調査官(非常勤)。2012年5月から2015年3月までJST(科学技術振興機構)科学コミュニケーションフェロー。2013年10月より現職。
永井由佳里氏 Nagai Yukari
永井 由佳里
北陸先端科学技術大学院大学 理事(研究、国際担当)・副学長
武蔵野美術大学修士(造形学)、千葉大学博士(学術)、シドニー工科大学Ph.D. in Computing Sciences。2004年に北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科助教授に着任、2011年教授。研究科長、副学長、イノベーションデザイン国際研究センター長等を歴任し、2019年4月より現職。専門は知識科学、デザイン学、認知科学、特に創造性。

大学の現状を外側から捉え、キャッチボールしながら研究力強化を図る

大学の現状を外側から捉え、キャッチボールしながら研究力強化を図る

永井 小泉先生は日本の大学全体について研究力強化という重要な役割を担っておられますが、その背景には、日本の研究力を憂えるような状況、つまりかつてアジアトップであったところに、各国が競争力をつけてきたことで、強い危機感が生じているということがあると思います。小泉先生はこの状況の打開に向けて国内の多くの大学から頼りにされ、向かうべき方向性を示してくださっていますね。

小泉 僕が文部科学省の科学研究費助成事業・特別研究促進費(いわゆる政策科研費)で研究力分析をさせていただくようになった2016年当時は、アジアトップの大学といえば東京大学だったわけです。しかし、あれから7年ほど経っていまは誰もそう思っていない。アジアの優秀な大学といえば清華大学、北京大学、シンガポール国立大学と、東大以外に多くの名が挙がるようになっています。これから日本が再び研究力を高めてゆくには何をすればいいのか?―それを探るために、大学の現状について調査を行ってきました。その結果をフィードバックする形で大学側と話をする。あなたの大学は外側からこう見えますよとお伝えして、キャッチボールしながら研究力の強化に役立てていただくということを進めています。

永井 実際のところ、データに基づいて自分の大学をキチッと見ることは、できているようでなかなかできないですね。強みや特徴はある程度わかっても、それが国内で、あるいは世界的な規模で将来の発展や成長を保証するような特徴や強みになっているかどうかは確信が持てないものです。

小泉 意外に自分の大学の弱い所に目が行ってしまいがちという側面もありますね。逆に強みは当然だと思って気づいていないことがある。JAISTの場合、一番の強さは国際性で、日本ではダントツでしょうから、そういった所はもっとどんどんアピールすると良いと思います。

未だ定義の定まらない「研究力」とは? それを評価する指標は?

―――「研究力」というものをお二人はどのように捉えていますでしょうか?

小泉 実は、「研究力」という言葉の定義はフワッとしていて、これが研究力だというものがないままにみんな適当に使っている。それも問題かなと思っています。研究力を強化する政策といっても、何を強化するの?と尋ねると、人材ですといったり、国際性ですといったり、人によって捉え方がまちまちで、定義がない状態です。僕としては、研究者がハッピーに楽しく研究できる、その中で好循環が次々に生まれ、成果につながっていく。そういう環境をつくっていくことが研究力だと思っています。資金力といった特定の指標だけでは計れないと考えます。

永井 私自身は創造性の研究をしていますので、その視点からいうと研究力は大学の生命力のようなものだと思っています。企業なら経営の大きな目標は、富を生む、あるいは成長するということでしょうが、大学の場合は研究によって新しい知を生み出すことが本質的な意義です。大学院の場合は、研究を通じてこそ教育もできる。研究がなければ、そこでの教育は小・中・高という学校体制の延長になってしまいます。

小泉 知を生み出す力。知の生命力ということでしょうか。それはいい言葉ですね。

永井 一つ具体的なことをいえば、研究力は研究装置の高度さによって決まる面があり、これは非常に重要です。人間の発想だけあってもそれを実際に試せなければ研究にはなりません。ですからJAISTでは高度な研究装置を学生が自由に使えるようにしています。学生には“本物”に接することでこれが大学院なんだという感動を得て欲しい。技術職員によるサポートなど大変な面もありますが、これは本学の自慢であり、譲れないポリシーです。

―――大学の研究力を評価する場合はどのような指標に基づいているのでしょうか?

小泉 実際に調査するとなれば指標をもってみていくわけですが、例えば論文でいえば、その量とともに質も重視します。さらに我々がみているのは「厚み」です。一人のトップ研究者が突出して全体を押し上げるのではなく、大学という組織としていかに新しいイノベーションや新しい論文を出していく母体、しっかりした基盤があるか、これを厚みと呼び、それを持っているかどうかが我々の調査分析のポイントになりました。

●参考 大学の研究力における「厚み」
小泉氏が代表として調査検討を行った研究力分析指標プロジェクト(科学研究費助成事業)では、研究力の指標として研究のアウトプットの「量」を示す論文数、及び論文の「質」を示す被引用数・被引用指数を組み合わせて分析することが重要としている。これらに加え提唱された「厚み」は、「一定の質をクリアしたものの量」と考えられている。

参考資料:
『大学の研究力を総合的に把握する「量」、「質」、「厚み」に関する5つの指標と、新しい国際ベンチマーク手法の提案』(科学技術・学術政策研究所(NISTEP)発行「STI Horizon」2021 vol.7 No.1)
https://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-STIH7-1-00248.pdf

チーム力こそ研究力だという発想の転換

永井 以前、小泉先生にJAISTでご講演いただいた時に、厚みという観点で説明してくださって、目からウロコが落ちる思いでした。ただ、JAISTは従来の大学とは異なる構造になっていまして、教授、准教授、助教がセットになった大きな講座を持たず、それぞれが独立の研究室を運営しています。これは若い研究者が早く自立して自由に研究を発展させるには非常に良い条件なんですが、一つのテーマを共有する大きなファミリーがない。ですから、一歩離れてみれば、研究者が塊となって継承しながら10年、20年と取り組んでいくのに比べると、研究力の厚みをつくりにくい面があるかと思います。本学は国際共著の論文比率などが非常に良い成績なので、海外の方たちと組んでチームサイエンスでその分野をリードするような形がとれないかというのが、いまの私たちの考え方です。

小泉 今後はまさにそこがポイントですね。昔、僕が研究を始めた頃は研究者一人一人の発想力がそのまま研究力といえましたが、いまはライフサイエンス系でも、情報科学にしても、あらゆる分野で一人の力だけでやっていける研究がなくなってきました。すると発想力で勝ってきた日本も、いかにチームをつくっていくかという戦いにおいて、全体で弱くなってきてしまった。チーム力が研究力だという発想の転換がまだまだできていないのかと思います。ちょっと発想を変えて、自分だけでなく誰かと一緒に取り組んだら凄いケミストリーが起きて自分の研究も大きく化ける可能性がある、そこに気づくだけで大きな展開ができると思います。

永井 チームづくりでいえば、本学の寺野学長が力を入れている産学連携においても企業を媒介することで、いままで考えもしなかった他の研究者と繋がる可能性もありますし、“こうでなければいけない”という縛りを一回外せば、もっといろいろな可能性が広がっていくと思います。

小泉 JAISTが素晴らしいと思うのは、北陸のあの場所にあって、みんなが同じ空気を吸って同じ場を共有している。心理的にも距離的にも近い場で、分野を越えて人が集まりチームをつくり、そこに地元の産業界も入って、ケミストリーが生まれる。とても良い環境だと思います。

挑戦を支援し、若手研究者がワクワクする場を

―――チームによって研究力を伸ばしていくためにはどういった支援が必要でしょうか?

小泉 一つには、新しいことに挑戦しようとする若い研究者をしっかりと支援してあげることでしょう。彼らが自由な発想力で、私の研究とあなたの研究を組み合わせたら、こういうことができるかもしれないと考えたら、何バカなことをと抑えつけるのではなく、それを後押ししてあげる。それはお金かもしれないし、研究環境の整備かもしれません。失敗しても責めることなく、成功と失敗は表裏一体だから頑張ってみろという眼差しでいろいろな挑戦ができるよう支えてあげる。いま、若い研究者はとても萎縮しているように感じています。彼らに「もっといろんなことができる」といっても、「この先の研究キャリアを考えると、そんな寄り道していたら次の職がとれません」と返ってくる。そこをもうちょっと頑張ってみようという気にさせるには、失敗しても罰を与えるのではなく、チャレンジを応援することを国全体としても大学としても考える時でしょう。

永井 そうですね、マインドセット的な面も大事です。そしていまはコロナ禍で海外との交流が難しい状況ですが、やはり様々な場を経験し、そこで元気を吸収しながら研究者としての次の段階を目指していくのが理想的ですね。

小泉 いろいろな人との関わりの中で、新しい発想が生まれてきますからね。

永井 若手の海外渡航を支援する制度はかなりあって、JAISTも積極的に取り組んでいますし、国際シンポジウムなどの研究集会を積極的に開催してもらうよう若手研究者に働きかけてもいます。自分の発想でプログラムを企画し、会ったことのない海外の研究者にも講演依頼する。そんな活動にワクワクする、という声も聞きました。

小泉 それは素晴らしい、若手がワクワクする機会をつくるのは大切なことですね。

永井 自分でシンポジウムを企画する、というのはプレッシャーに感じる人もいるかもしれませんが、それをポジティブに自分の課題としていくことができる研究者であることも重要かと思います。そんなプレッシャーも一つの支援になると考えています。ただ、それが研究力の評価にも現れてくれるかというと、なかなか2〜3年では出てこない。成果を確かめるには5年~10年、さらにその先をみていかないといけないかと。

小泉 おっしゃるとおりで、何かを始めたらすぐに指標が上がるというわけではないですね。人づくりには時間がかかるものです。

良いネジをつくる研究から、共存共栄のための研究へ

―――異分野の融合など、海外における研究の場の状況はいかがでしょうか?

小泉 組織レベルでも、研究テーマごとでも、「連携」はキーワードです。また、世界全体でみるとオープンサイエンスの流れがあります。これは自分の研究成果をオープンにして広くステークホルダーとデータやナレッジを共有しながら新しい知を生み出していくという考え方ですね。僕が研究を始めた頃は、自分の研究データを人に見せるなんてありえなかったのですが。

永井 研究成果はデータを持つものにある、というのが常識でした。でも、アカデミアの世界も人間がつくったものですから、時代とともに変わっていくのかもしれないですね。大学が論文で研究力を示す状態も永遠ではなく、私たちには仕組みやメディアも変えていける力が本来あるはずです。そこで改めて研究力とは何かという問いを考えると、先ほど生命力といいましたが、それはたぶんポテンシャルの部分で、それがうまく活動していることこそが研究力なのでしょう。その指標となり得るのは、論文に代えて社会的インパクトと呼ばれるような、生み出した知識がどう活用され、世の中を変革していくのか、危機的な状況を回避する力になるのか、という面もあると考えます。

小泉 そうした場合に大学がいかに大きな社会目標をもち、社会的インパクトを与えて人々に貢献できるかが問われる時代になってきたのかもしれないですね。

永井 人々への貢献というところの繋がりでいえば、ヨーロッパの大学では「デザイン・オリエンテッド」に向かう動きがあります。ドイツのカールスルーエ工科大学は、芸術大学なども巻き込んで再編成したのですが、その際に「デザイン」という言葉が多く用いられました。一般には工学と芸術の合体がデザインと思われていますが、実はこの二つは根拠とする次元が異なり、例えば高精度なミサイルをつくることは工学としての目的となりえるのですが、デザイン学はそれをつくるのが是か非かを問うものです。単なる意匠ではなく、大局的に先々を考え、知識を使う目標をどこにおくかを考える。いま起きている国際紛争もそれぞれが研究成果を活用し戦っているわけですが、デザイン的にいえばそれは世界全体のためにはならず、回避する、あるいは早期解決が最善の策となる。しかし、人間社会はまだまだ不完全で、世界中の大学で研究を重ねても、それを解決する叡智を持つには至っていません。

小泉 確かに、工学的、自然科学的な発想でいえば良いモノをつくればいい。良いネジをつくればいいということになる。でも、そのネジが本当に社会的に価値があるかどうかはわからないですからね。

永井 人間の創造性が持っている本質的な問題、創造がすべて善とは限らないという問題から目をそらさず、それを制御しながら共栄共存を目指していくということを大学できっちり学ぶことが大切です。そのために人文系と理工系は決して分離してはいけないと思うし、ヨーロッパの大学連携の動きにもそれが現れているのでしょう。

小泉 大局的な視野に立った大きなチームになっていくことが必要なんでしょう。日本の高度成長期には精度の高いモノを大量につくり出すというのが科学技術であり、それが研究力だったかもしれません。しかし、いまはそういう時代ではない。人類が抱える社会的課題をいかに解決するか、そうした課題意識を発想の原点に置きながら様々な知見を持った人たちが集まってくる、そんなチームが求められています。

時代を越えてリスペクトされる存在を目指す

永井 今回コロナ禍で気づかされたのは、これまで本学は国際性を重要視してきたわけですが、それだけに頼ると国内だけでは研究が止まってしまう事態になりかねない。国内でしっかり進められる体制もつくらなくてはいけないと感じました。

小泉 日本の中でしっかりした基盤を育てるのも大学の役割だということですね。一方でオープンサイエンスで世界の人と手をとりあって研究を進めるという動きもある。そうして流動化が進むほど、もしかしたら国内に空洞ができてしまうかもしれないという懸念もあります。

永井 そこは賢くどちらも、ということになるのでしょうか。

小泉 日本の中で研究者を育てつつ、鎖国はせずに国際的にもうまくやっていくということでしょう。

永井 本学としても、世界中の大学が同じようではつまらないから、JAIST独自の仕組みや若手研究者育成のシステムをつくっておきたいし、マネジメントや研究のスタイルにしても日本ならではのものがあったほうが強みになると考えています。それらはきっと博士学生を育てるという教育面でも活かされるはずです。

小泉 その意味で、JAISTは十分に強みがあり、それを世界的なアピールポイントとしていけると思います。さらにいえば、各研究者が持っている自分の目標を尊重しつつ、より一段上の大きな目標を掲げることで、世界と手をとりあっていけるでしょう。

永井 時代を越えて何かリスペクトされるようなもの、研究の信頼性や質の高さなど、その何かを大事にしていきたいです。

小泉 JAISTといえばこれだ、という大きな目標があれば良いと思います。

永井 まず、日本が世界から絶対に必要とされるチームの一員になり、その中でJAISTはここを担うという研究力の特徴をもちたいですね。小泉先生には今後もぜひ、高度な知識のご教示と連携をお願いしたいところです。本日は誠にありがとうございました。

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