Monthly Archives: 6月 2016

泉丘高校てにスーパーサイエンスハイスクール活動

留学生11名および教員5名で泉丘高校へ出かけていった。今日は、最初の一時間がグループプレゼンテーションで各グループが研究計画を説明した(日本語と英語)。その後グループに分かれての研究活動となり、各部屋を回って(当方の留学生らが高校生に)詳しいことを聞いたり、質問したりした。

最初のグループプレゼンテーションでちょっと感動したのは、会の締めにコメントを求められて、JAISTの学生らが全員、堂々と高校生らのプレゼンテーションに意見を述べ、改善の仕方を提言したことである。その場ですぐに意見をまとめて、しっかり伝えられるのは素晴らしいとうれしかった。

JAISTの学生が所見を述べております

JAISTの学生が所見を述べております

後半は各部屋を回りつつ、個別に詳しい話を聞いたのだが、まだ実験を始めたばかりで、機材を使いこなすにも四苦八苦という感じだった。3週間後にまた訪れて高校生らの報告を聞くことになっているが、それまでにどこまで進むのか楽しみである。

太陽電池を作っているそうです

太陽電池を作っているそうです

engel

月初め、小倉にいたのだが食後の散歩で小倉城に行こうとして道に迷った。その際、面白そうなお店を見つけたので翌日、訪問した。お店の名前は engel という。

お城に行こうとして外したとき

お城に行こうとして外したとき

その晩は学会主催の大宴会があって、その後、知人らと次のところにいって日本酒を飲んで、それから酔い覚ましに歩いていったので、着いたときにはいい感じ(?)でまとまっていた。でも一歩踏み込むには幾分勇気がいる。場違いな気もしたし。。

(以下、店内写真。お店の方が撮影)
http://67.media.tumblr.com/87d8d83ee38904c570ef9c7ab9451cb4/tumblr_o88mohN4Ew1s4jj9qo1_1280.jpg

人は居たけれどやっているのだか(open)、閉めたところ(close)なのかよくわからないところもあって店主らしき人に尋ねたら、営業中とのことだったので安心して入った。ラムソーダを飲みながら、写真展をやっていたので撮影者の方(藤井ちづる さん)とお話しながら作品を拝見した。
https://scontent.xx.fbcdn.net/v/t1.0-9/13339463_1315863361760676_1157566906003021870_n.jpg?oh=d5d3a8e3e16e0a654d5a5db7f7a99e77&oe=57CF5584

男二人を取った一連の作品が面白くて、どう興味深いかを結構長々と話した。たぶん一時間くらいは作家さんと話したと思う。どうも他の人はそれだけ熱心に(?)批評したりしないらしく、こんなに自分の作品について人と話したのは初めてだ、みたいなことを言われた。せっかくなので名刺交換したところ、北陸の方の長い名前の大学にいた友人がいる。という話になった。

聞いてみたら10年くらい前に研究科にいた(元)学生だった。彼の話はこれ以上書かないが、何気なく入った店で知らない人と話して、実は共通の知人がいたというのは偶然以上の確率だろうなぁと思う。世界は狭い。

金沢ペーパーショウ

午前中、太極拳の演武。金沢市の大会なのだが、こういう場に出てくるのは久しぶりでいろんな知人に声をかけられた。残念ながら結果はあまりよくなかったのだが。見せることに関心がないから仕方がない、と思うことにする。一方で古くからやっている人たちが皆上達していて感心した。重病を克服するために太極拳に集中的に取り組んだという人を知っているが、演武から生死を超えた世界が感じ取れた。この世界も高齢化が留まることなく進んでいて、誰かが鬼籍に入ることで自分のランク(?)が上がるのだが、ある意味、誰もが命をかけてやっているようなところもあって、死ぬまでやれるスポーツというのもいいものだなと変な感慨にふけった。

帰り道、金沢ペーパーショウに立ち寄った。紙を使った作品、版画とかカレンダーとか、カードとか書とか見られて楽しめた。カラー墨流しというものに初挑戦して、ウチワに刷った。自分としては気に入っているのだが、、、 ちょっと不気味かもしれない。。

墨流しに初挑戦

墨流しに初挑戦

夜、知人宅にて北 順佑さんのコンサート&お話 を聴いた。ピアニストになる通常コースを完全に外れたところから出現した異才というべきか。ご自身の半生を語ったものがとても面白かった。音楽的なことをいえばそれほど好みでもないのだが、音楽を心の底から演奏している&没入していることは伝わってきて、こういう人が世に出てくるのはいいことなんじゃないかと思った。いろんな人がいろんな音楽をやってくれた方がよい。「ショパンとか、難しいのは弾けませんから」と率直に言い、19世紀のスタイルでチャイコフスキーをペダル踏みっぱなしでガンガン弾きまくるのが新鮮だった。同じような人は世の中に何人もいるかもしれないが、これで身を立てるんだという気迫が素晴らしい。希有なキャラクターだ。

サロンクバヤ

少し前になりますが学会の帰り、福岡市美術館に寄って「サロンクバヤ: シンガポール 麗しのスタイル」という展示を見ました。帰路、小倉から博多に移動して、微妙に時間があったので駅から気の向くまま歩き出して、ずいぶん遠くまで歩いてしまったな、そろそろ休憩したいな、と思ったところで美術館に行き当たったのです。(意図的ではない。)建物だけでも近くで見ようかと立ち寄ったのですが、展示もよかったです。

シンガポールに暮らした中国系移民の人たちのファッションの紹介だったのですが、インドの生地が入ってきたり、ベルギーあたりから織物が入ってきたり、という交易の恩恵でファッションが変わっていく様がわかって興味深かったです。高価だったレースがミシンの発明により、それらしいものを手軽に作れるようになったお蔭で普及していったのだそうで、ここまで使いこなしてもらったらミシンも本望だろうと思いました。創意工夫が読み取れて刺激を受けました。

空気感がよい

空気感がよい

「ラフマニノフを弾け」

ラフマニノフを弾け」(土田定克著,アルファベータブックス)という本をしばらく前に読んだ。タイトルから推察されるようにラフマニノフに代表されるロシアのピアニズムを彼の地で学んだ著者が思い出とともに書き綴ったものである。面白くて一気に読んだが、何が記憶に残ったかといえば、フォルテッシモの出し方に関する説明だ。ここ最近、自分の(ピアノ演奏の)課題は「ピアノを鳴らしきる」ことなので興味深く読んだ。

以下、該当箇所を抜粋:

ある時、友人の別荘でバーベキューをするため薪を切っていた時のことである。ふと手を休めて友人を見ると、思わずその鋸の使い方に目を見張った。日本では鋸は手前に引いて使う。ところがロシアでは鋸を手前から向こうに押して切り込むのである。つまり日本とは正反対の方法である。この腕の使い方は昔、日本の音楽雑誌で読んだことがあった。というのも、ピアノの鍵盤の発音原理を辿っていくと、ハンマーが弦に当たる際の力学的な弧の描き方は、巡り巡ると鍵盤上においては手前に引く形ではなく、鍵盤の奥へ押す形になるそうである。(その構造上の仕組みへのヒントを与えたのが猫の手だったという記事であった。)つまり、西洋で発達した楽器は西洋的思考によって製造されているため、鋸の引き方に見られるように、フォルテの際にはピアノの奥に向かって弾くことが妥当だという結論である。このことはメルジャノフ教授に確かめたところ、やはり正しかった。「強い和音はピアノの奥に突っ込むように弾け」と言われた。丁度ピアノを自分から突き放すような勢いである。それは大きな鐘を打つ原理にも似ているかもしれない。(土田定克著,「ラフマニノフを弾け」 アルファベータブックス,p.130より抜粋)

「手前に引っ掻くように」弾くのか、「奥に突っ込むように」弾くのか。それが問題だ。というのも大袈裟だけれど。。 数年前のことになるが、ピアノ演奏の指導をされている方に招かれて食事しながら話したことがある。その時、その方が弟子に言うのを聞いたところでは「手前に引っ掻く」奏法を推奨していた。水泳のクロールの腕の動かし方といってもよい。鋸の使い方から言えば、日本式に手前に引く方が緻密な制御がしやすい。そういうことで引っ掻き奏法を推奨したのだろう。

しかし「奥に突っ込むように」弾くのがよいのだろうか。「鍵盤の発音原理」を持ち出すのが何だか怪しい。レバー(鍵盤)を押してテコの原理を利用するだけだから機構上はどちらでも同じだろう。(たとえば 「アクションの動き」http://pianolabo-sugiura.com/?p=1386)を参照のこと。)しかし猫の手(猫パンチ)がヒントになったというのは(ガセネタだったとしても)面白い。ということで少し考察してみる。

まずは猫のパンチを観察する。たしかに押している(推している)ように見える。しかし人間と猫では体のつくりが違うから、この猫の前足の動きが「奥に突っ込む」ものと言えるかどうか。。

最強の猫パンチ

猫拳というのがあったんじゃないかなぁと思い、調べてみた。以下の映画の冒頭に猫拳らしきものが出てくる。しかしこれは真面目にやっているとは思えない。(真の拳法とは信じがたい。)あくまでも映画のなかの創作だろう。ただこのパンチはどちらかというとクロール型の「引っ掻く」動作に近いように思われる。が、どうだろう。。(手首のスナップを効かせることで打撃力を強められることは知っています。)

Wu Tang Collection: Against the Drunken Cat Paws

Jackie Chan の方がもう少しまともかもしれない。演出された動きではあるが、推したり引っ掻いたり、一所懸命、猫の動きを真似ている。

Jackie Chan’s kung fu is inspired by the cat

Kung-Fu – Jackie Chan (Snake Hand & Cat Harp)

ところで以下のロシア人は Jackie Chan を真似たのでしょうか。(笑える。)まぁこれを観察したところでロシア流の猫拳がわかるはずもなく。。

Стиль “Храм Кота” 寺猫 Cat Kungfu Style of Martial Arts

というところで土田定克氏の先生だったというMERZHANOV氏の演奏を観察してみる。そんなに推している(ピアノの奥に突っ込むように弾いている)ようにはみえない。ロシア人の猫拳(上述)に似ているかな。。見ていると、首が前に振れることが多いから「手前に引っ掻くように」弾いていることの方が多いという印象を受ける。時々、ffで弾いた後にのけぞっているが指が鍵盤を叩いた後の動作だから、それが音に影響するとは思えない。おそらく「のけぞる」ことで指をピアノの奥に突っ込むような感覚が得られるのであろうが、音には関係しないんじゃないかな。。と思う。

VICTOR MERZHANOV – CHOPIN. Piano Sonata no. 2, op. 35 (1/4)

ChopinじゃなくてRachmaninovの演奏で再度観察してみる。ffで肩が上がるように見える。ということは、どちらかというと前のめり派なんじゃないかなという気がする。

VICTOR MERZHANOV – RACHMANINOV. Prelude in c-sharp minor, op. 3, no. 2

MERZHANOV氏の先生は Samuel Feinberg らしい。この人は私が好きな演奏家のひとりである。残念ながら演奏の様子を映した動画がないのだが、写真でみると推して弾いているようにもみえる。

The art of Samuel Feinberg – Vol. 5 – Liszt – Chopin – Schumann: PianoWorks
http://www.russiancdshop.com/music.php?zobraz=details&id=30219&lang=en

重力奏法を完璧に習得していると言われる Emil Gilels の演奏で確認してみる。こちらの演奏の方が「推している」派のようにみえる。まず前のめりになって弾くことが比較的(相対的に)少ない。ただ最後の盛り上がりになると前のめり気味かな。。でも「猫の手」と言われると確かにそんな風に見えてくる。

Emil Gilels – Chopin – Piano Sonata No 3 in b minor, Op 58

しつこくもう一人、ロシア人ピアニストの演奏を見てみる。Gilelsより上体がよく動くが、基本的には同じように弾いているように見える。頭ではなくて上半身でリズムをとっているのだろう。

Sviatoslav Richter – Chopin Piano Recital,1976 – Moscow Conservatory

以下の人は超絶技巧だが頭でリズムをとっているようだ。前のめりに弾かれると見ている方はつらい。

横山幸雄 ショパン バラード第1番ト短調

同じ東洋人でも Yuja Wang は安定しているようにみえる。この人は中国拳法をやっているらしい。「奥に」とか「手前に」という議論がおかしい気がしてきた。真下に降ろすのが正しい、拳法的には。この人は体が小さいけれど、かなりのパワーが出ているように感じるのは鍵盤に振り下ろす掌の移動距離(高さ)が長いからではないかという気がする。それができるのは上体が安定しているからだろう。変に肩が上がることもないし、首もそんなに振らない。

Yuja Wang – Scriabin, Selections for Solo Piano

というわけで、とりあえずの結論は「奥」でも「手前」でもなく、垂直落下です。体重はかけない方がいいんじゃないかという気がする。音の大きさは加速で決まるから、大きな上体を動かしても必要な速度は出ないのではないか。肩も上げない方がよいのではなかろうか。Yuja Wangの演奏をみると手首の柔軟性とバネが重要という気がする。それはRichterにも共通するように思われるし、Gilelsも同様という気がする。

土田定克氏の演奏も見てみる。
Rachmaninov のピアノソナタ1番

先生であるMERZHANOV氏の演奏法に似ている。弟子だから当たり前だけど。もう一つ気づいたというか気になる点は、鍵盤を触る手の位置が一定しないこと。上体を動かしたり、頭を振ったりするからなのか。これってもしかしたら音がばらつくという形で影響が出ているのではないかという気がした。演奏者の姿勢が前のめりになったり、のけぞったりすることで、鍵盤を触る手の位置が前後にぶれるという点がロシア流重力奏法の神髄かとも思われる。

どちらかというと「のけぞり」かな。Brahmsにもそういうイラストが残されている。しかしこれは太っていたり、体がでかいという身体的要因でそうなっているのではないだろうか。(Yuja Wangのように)体が小さくて痩せていたら、前にいったり後にいったりする必要もないかと思われる。体の小さい人、華奢な人は「重力奏法」とかやらない方がいいんじゃないかという気もしてきた。

ピアノに向かうBrahms

ピアノに向かうBrahms

Brahms at the piano
http://media.gettyimages.com/photos/the-german-composer-johannes-brahms-at-the-piano-drawing-by-willy-picture-id534970113

長くなった。最後にRachmaninovの曲をジャズにアレンジしたものを。Rachmaninovってコルトレーンだな。。と常々思っているのだが、それが実証されたような感じで興味深い。

Jazz
Rachmaninoff’s Prelude in C# minor