Monthly Archives: 10月 2017

茶道熟練者「ぶれない」

今年3月に卒業したRoiさんの修論研究が北國新聞・記者の目にとまり、本日の朝刊で紹介いただいた。Roiさんはメキシコからの留学生で、日本語もかなり上手。日本文化に興味を持ち、茶道部の部長を務めた。茶道を指導してくださった先生が彼の研究を面白いと思って下さったようで、何かの機会に記者の方にお話くださったらしい。それで私のところに問い合わせがあり、諸々お話したところ記事になった。ありがたいことである。写真入りで長く書いてもらったが、要点はタイトルの「茶道熟練者『ぶれない』」と次の一文で伝わるだろう。

指導者は直線を描くような軌道で茶せんを動かし、振り幅は常に安定していた。これに対し、初心者は楕円を描くように茶せんを動かし、振り幅にむらがあった。

Roiさんの研究が北國新聞にて紹介された

Roiさんの研究が北國新聞にて紹介された

地元の方々が我々の研究に興味を持って下さるのはありがたいことである。茶道のデータもまだまだいろいろとりたいところ。

初めてのシャチハタ

生まれて初めてシャチハタで判を作ってみた。これまでは町の人間国宝みたいな職人気質の人に彫ってもらった判を使っていたのだが、時々うんざりするくらい何度も続けて(30枚とか)書類に判を押さなければならないことがあり、いちいち朱肉を使うのが面倒になったのである。シャチハタを半ば軽蔑していたところもあるのだが、朱肉を使わず連続して判を押せる誘惑に負け、とうとう作ることにした。

ネットで調べてみるといろんな字体を選んでシャチハタの印が作れることがわかった。さらに自分でデザインした文字で作ってくれることもわかった。そうとなるとむくむくとオリジナルな判が欲しいという気持ちが湧き上がり、資料を探して自分で「藤波」の二文字をデザインした。

私は中国の古代文字が好きなので、亀の甲羅に亀裂を入れて書いていた頃の文字を参考にした。「藤」の字も「波」の字も、二千年前には存在しないのだが、もしその頃に存在したらどうだったかと推察してくれている人がいてそういったものを見ながら作ってみた。

今回知ったのだが、「藤」のなかに含まれている月は天体の月ではなく、「舟」らしい。川面に浮かぶ舟から藤の花を愛でるといった趣が浮かび上がった。また「藤」には「水」の代わりに「糸」を使った異字があることがわかり、そちらを採用した。(起源はよくわからないのだが、藤の蔓を表したものか。)「波」の「さんずい」と被るので変化を付けたかったこと、また最近、繊維に興味があるので糸の文字に惹かれたこともあって「藤」は異字体を使った。

これをまた判にするとなるともう一工夫いるのだが、円の中をできるだけ自然に線で埋めるよう、ふくらみをつけて形を整えた。亀の甲羅の亀裂といった趣は失せたが、別の味わいが出てきて面白くなったので、よしとした。

忙しいくせにこんな手間をかけるなんて馬鹿だなぁと自分でも思うが、誰でも作れる判で書類に印を押すのは納得がいかない。オリジナルでなければならないという気持ちを抑えられなかった。我ながら面倒な人である。

ブルガリアから帰ってきたら出来上がって届いていたので、さっそく手持ちの書類に押して秘書の方のところへ持って行った。私はしつこい性格なので、押印したものをみてくれるよう彼女に頼んだ。驚いて欲しかったのだが、「おしゃれですね」と言われて、戸惑った。そういう感性もあるかもしれない。おしゃれな印が作れてよかった、と満足することにした。

古代文字を参考にシャチハタで「藤波」の印をつくってみた

古代文字を参考にシャチハタで「藤波」の印をつくってみた

とりあえず仲間になった

二日間の会議と一日半の自由時間?を経て帰路につく。二日間会議に参加してわかったことはブルガリアの人たちが主力になり、スロベニアが重要なサポートをし、その他ドイツやオーストリア、スコットランドの人たちが関わるということだった。なにぶんプロジェクトを開始する最初の会議ということで情報も少なく、頼まれて引き受けたものの何をしたらよいのかわからず幾分当惑しながら加わったが、終わる頃にはお互い気心がしれた友人となった。忙しいでしょうから年に一度くらいですよね、プロジェクト全体会議に来て下さるのは、、という感じで到着時には控えめに遇してもらっていたが、最後の食事会では、ぜひどこかのグループに加わってくれ、4月にスロベニアでまた全体会議するから来てね、研究費も渡さずいろいろ要求して悪いんだけど、頼りにしてるから。お前は面白い、考えたこともないアイデアが出てくる。みたいな感じに受け止めて貰えて、助言役というよりは普通にメンバーになった。友人が増えるのはうれしいことなので断る理由もない。いろいろ苦労しながら学んだことが役立つようでうれしく思う。

赤十字社の人たち(ボランティア)との交流。地域のお年寄りの面倒もみているが、周りが変だと気づく前に我々が気づいて対応できるようにしてほしい、といった声があった。個人の尊厳を大切にする姿勢からくる意見だと思う。

赤十字社の人たち(ボランティア)との交流。地域のお年寄りの面倒もみているが、周りが変だと気づく前に我々が気づいて対応できるようにしてほしい、といった声があった。個人の尊厳を大切にする姿勢からくる意見だと思う。

通りを歩いていたら徒歩ツアーの始まりに行き当たり、成り行きで加わった。名所・旧跡の由来を丁寧に説明してもらえてよかった。

通りを歩いていたら徒歩ツアーの始まりに行き当たり、成り行きで加わった。名所・旧跡の由来を丁寧に説明してもらえてよかった。

なぜかタバコ屋が半地下になっており、怪しい雰囲気に。

なぜかタバコ屋が半地下になっており、怪しい雰囲気に。

民族博物館へ。刺繍の模様の意味とか丁寧に説明してくれた。袖や縁に刺繍するのはそこから悪いものが入ってこないよう防御する為だそうだ。体験的にも理解できる。安心できるということ。

民族博物館へ。刺繍の模様の意味とか丁寧に説明してくれた。袖や縁に刺繍するのはそこから悪いものが入ってこないよう防御する為だそうだ。体験的にも理解できる。安心できるということ。

旧共産党の建物だが天井が高くてきれいだから見ておいで、と進められて訪ねたらアートピアノが置かれていた。丁寧に観察していたら係の人が警戒し、近くにきて監視していた。

旧共産党の建物だが天井が高くてきれいだから見ておいで、と進められて訪ねたらアートピアノが置かれていた。丁寧に観察していたら係の人が警戒し、近くにきて監視していた。

郊外にある歴史博物館を訪れるよう進められ、地下鉄に乗る。(それからタクシー)

郊外にある歴史博物館を訪れるよう進められ、地下鉄に乗る。(それからタクシー)

歴史博物館は見応えがあった。たしかに民族博物館よりもたくさんの衣類が展示されており、訪れて良かったと思った。

歴史博物館は見応えがあった。たしかに民族博物館よりもたくさんの衣類が展示されており、訪れて良かったと思った。

民族博物館で買い求めた。店の人が、それ私が刺したのよ。というところから始まって仲良くなり、いろいろなことを教えてもらった。

民族博物館で買い求めた。店の人が、それ私が刺したのよ。というところから始まって仲良くなり、いろいろなことを教えてもらった。

ブルガリアでは良縁に恵まれた。プロジェクトに誘ってくれたのはエディンバラで学生していたころの学友で、実のところ私を外部助言者にするということを聞かされておらず、プロジェクトが採択されてから知らされるといういい加減さだが、もしかしたら言わなかったかも。という連絡に対して、まぁいいよ、と答える自分もいい加減だ。その頃、別件で毎週のようにSkype会議していたから、その延長と捉えた。

民族博物館でおみやげを買ったのだが、作家さんがお店に立っていたお陰で見所を教えて貰えた。勧めに従って歴史博物館を訪れることもできた。真剣に勧めてくれたから従った。行き方まで考えてくれて。風の吹くまま、気の向くまま、ふらふらと漂ってしまうわけですが、人々の善意と好意で動ける体験は久しぶりだったので楽しかった。ブルガリアの人たちの心根が少しわかった気がする。(一方で変なタクシーにぼられたりもしましたが。次はだまされない。)

The halfbike

プロジェクトミーティングの方は順調に進んでいる。Supporting Active Ageing through Multimodal coaching というものに外部助言者として参加しているのだが、技術者だけでなく赤十字の人とか、日本でいう厚労省の人もメンバーとして入っている点がユニークだと思う。40人以上もいて壮観。今回のホストは VALKAN INSTITUTE FOR LABOUR AND SOCIAL POLICY というところでプロジェクトの説明の仕方をみても力の入れようがわかる。

プロジェクトを始める kick-off 会議ということで初対面の人同士も多く、初々しい雰囲気。いつも感心するのはこちらの人たちの hospitality というか、部外者をリラックスさせて仲間として迎え入れる包容力のすばらしさである。共通の知人が多くいる人もいたりして、狭い業界だなぁと思ったり。。

sofia 訪問には別の付随的目的もあって Halfbike に乗ること。前々から Halfbike のことが気になっていたのだが、たまたまSofiaが拠点で工房があるとのことで、連絡とったところ試乗させてもらえることになった。(昼休みの後半を利用)

Halfbike に試乗した

Halfbike に試乗した

Marioさんという方が指導してくれたが、最初は立つことも出来ない。というか進んだ方がバランスが取れて安定する。自転車と同じ原理だから当たり前だけど。。一輪車よりは簡単に乗れるような気もするが、Halfbike の方は手も使うので上肢と下肢の連係能力が鍛えられそうだ。5分くらい歩道の上を行き来する打ちになんとか動けるようになった。ターンとかは難易度が高く、まだまだ練習が必要。3年乗ったら飛んだり跳ねたりもできるよ、と言われてただただ感心した。毎日30分くらい練習して一週間くらい経てばある程度乗れるようになると言われ、その通りだなと感じた。上達の過程も含めて楽しむべきものだろう。持って帰るかどうかは考え中。その前に仕事しなくては。日本にも結構輸出しているそうですが、乗ったことなくて映像だけで買おうと決断できるひとはすごいなぁと思った。乗り物として結構革新的なものという気がする。

バルカン半島へ

機内にて読了

機内にて読了

経由地ミュンヘンに到着。乗り換え便を待つ。ここまでの機内で「バルカン」を読了した。この地域に関する知識がほとんどないことに気づいて前夜、急いで紀伊国屋にて買い求めた。オスマントルコの支配を肯定的にとらえているところが特徴かな。民族の違いを理由に差別することがなかったという指摘が目新しかった。イスラム教やキリスト教といった信条が生活習慣と一体となっており、そのなかで人々が複数の宗教を使い分けていたという説明も面白かった。要するに民族主義とかナショナリズムという考え方は19世紀になって西ヨーロッパで生まれ、それが領土拡張主義を刺激するまで人々は平和に共存していたということだ。アルメニア人が100万人単位で虐殺されたり、アナトリアあたりからロシアへ知識人が亡命したりといったことは断片的に知識としてあったが、ギリシア正教とイスラム教の対立、それを利用した西欧諸国といった構図が理解できた。第三者としてみれば、「民族」はひとつの概念であって、宣伝によって流布し、定着したものであろう。日本が単一民族の国家という宣伝も同根であろう。言語や習慣、姿形で人は区別がつくがそれを根拠に国境線をひくのは無理があると感じた。「多民族」国家というのも考え方としては同じところにある気がする。

ヨーロッパ共同体はひとつの理念であるが、これもその根拠をどこに求めるかとなると難しい。トルコが加入を拒否されたが、根は深いとわかった。しかし部外者としては、トルコとの対話を通してEUの思想も深まるのではないかなと(無責任だが)感じた。まぁ、とにかくブルガリア到着前に読むことができて良かった。ブルガリアがEUに加わったのはつい10年前ということも知った。